幕間 二:異世界にない物を贈る 2
「あまり関わりたくはないんだがな」
しばらく間を空けて、店主はぽつりと呟いた。
「『憧れのお兄ちゃん』も行方不明で、その情報が欲しくて調査に協力してたんだよな? お国のためって気持ちもあったんだろうがよ」
それのどこかが悪く、それを責めるというつもりは店主にはない。
しかし下心を見透かされた気持ちになったセレナは何かに怯えるように、肩をすくませ体を強張らせている。
「俺はこの世界の宝石に興味があるし、こないだ貰ったドラゴンの体の一部の宝石、ありゃ見事なもんだった。他の部位だって喉から手が出るほど欲しい。その代わり行方不明者の捜索を手伝ってって言われりゃ、俺が出来ることなら協力してやってもいい」
セレナとの約束を検める店主。
特別セレナにとって好条件に変化したわけではない。彼女の表情は硬いまま。
「俺に出来ないことをするつもりはないし、俺でなくても出来ることもするつもりはない。だから俺を『憧れのお兄ちゃん』の代わりにすんじゃねぇよ。誰かに付き添ってもらいたいっつーんなら警備役の二人にでも頼みゃ良かったじゃねぇか。それともあいつらじゃ力不足か?」
店主はお茶を飲み干し、ゆっくりと席を立つ。
「付け加えて言うなら、基本的に涙は自分で拭うもんだ。拭ってほしいってんなら、特定の誰かじゃなきゃならん理由を見つけてそいつを指名して拭いてもらえ。俺は知らん。大体俺には向こうでの生活も待ってるんでな」
店主はティーカップを片付けて一階に向かおうとした。
セレナは慌てて呼び止める。
「何かあったんか? ま、こんだけ期間かけながら手掛かりなしなら焦ったり心細くなる気持ちも分からんでもないがな。俺は俺のやれることしかやれねぇよ。結果的にお前を助けることは出来ただろうが、この世界の英雄になるつもりはないしなれる資質も志しもねぇ。そこんとこ勘違いすんなよ?」
下りる階段の手すりに手をかけながらセレナに視線を合わせた店主は、セレナの背後のフロア全体もなぜか気にかかった。
名うての冒険者。そんな話しか聞こえてこない彼女の評判。
とは言っても一人の女性である。その女性の住む場所にしては異様なくらい殺風景。
この二階で華やかな物と言えば、彼女のベッドを囲むように取り付けられているカーテンくらいだ。
「誰もが自分が持つ誰かへの理想をそいつに押し付ける。その誤解がおんなじ中身で、本人もそれを分かってるから始末に負えん」
魔物の討伐計画に参加する時には、おそらく相談する相手がいなかったのだろう。
だから胸の内を明かそうにも、いきなり初めてそんな思いを伝えられてもその相手は戸惑うばかりだろうし、本人もその経緯やそれに伴う心情の説明も難しい。
だからこそ、親密と思われていないと分かっている相手でも、その現場を共にしてきたというだけで縋りたくなる理由となる。
店主が嫌うこの異世界でのトラブルは、必ずしも敵意を見せてくる相手との関わりばかりではない。
「払える火の粉は払った方がいいよなぁ。それでこっちに二度と飛ぶことがなきゃ、な」
「……何の話?」
「何でもねぇよ」
独り言を言ったつもりがセレナにも聞こえたようだ。
自分の思考以外に意識が向いていなかった店主は軽く舌打ちをする。
「て、テンシュっ。もう……帰っちゃうの?」
「……ここで俺を帰す気か? 鬼かお前。戻ったら俺の世界の今日の一日が始まるんだぞ? 休みなしで二日分働けってか?」
「あ、ううん。何か、今もう帰っちゃう気がして」
翌日の夜明け前に目を覚まして自分の世界に帰る店主の生活サイクルを、これまでずっと見てきたはずだが、まるで今までと今夜とでは全く別の物と思っているかのようなセレナ。
あやす気もなければ宥める気はない店主は、自分の体のケアの必要性の説明に、何に対してか明確ではないが何となく嫌気がさした。




