幕間 二:異世界にない物を贈る 3
「社長、珍しいですね、スーツ姿なんて」
朝一番にやってきた九条から、どちらかというと誉め言葉を貰う店主。
あまり関心のない身だしなみ。そんな店主に厳しく指導する部下の九条。
その九条からそんなことを言われまんざらではないが、しかしそう言われる心当たりはない。
いつもと変わらない出勤する服装のフォーマルスーツの姿なのだから。
「あー、うん。いつもと同じですよ? まぁ普段と違うところはしいて言うならクリーニングしたてくらいか。」
「あ、いえ、そうじゃなく」
「?」
何が言いたいのかよく分からない店主は首をかしげる。
スーツ姿を褒められたわけではないのか? と九条の言った言葉の解釈に困っている。
「今日、社長は休暇日じゃないですか? それでもそのように身なりを整えておられるんですから、肩書に相応しい心構えが生まれてきたのかと」
九条の誤解は店主の冷や汗を呼び起こした。
休暇を取っていたことはすっかり忘れていて、出勤日の普通の服装をしていただけ。
いつもの行動が生活レベルを無理やり引き上げさせられたようなものである。
「え、えーと、こ、これから外出なので……そ、そうだ。く、九条さんにも聞いてみようかな」
奇妙な緊張感で縛られながら、勝手に上げてくれたハードルを下げることを考えながら出まかせ半分に九条に話しかける。
しかし出まかせである分、話しかけるネタもない。
「私に、ですか?」
「え、えーと……」
なぜかセレナの、初めて会った時よりも不安そうな顔が浮かんだ。
「そうだ。なんかこう、心強くしてくれそうな物ってないかな」
「はい? えーと、何をおっしゃってるのか分かりませんが……」
店主は言葉通りに受け取ってほしかったが、九条は小首をかしげている。
なぜ分かってくれないんだと店主は内心憤ったが、九条が理解できないのも納得できた。
「社長の作るアクセサリーで何とかしてあげられるんじゃないですか? パワーストーンの素材とか、見る目抜群じゃないですか」
「え、あ、うん。えーと、ほら、心の拠り所っていうか、えーと、そう! パワーストーンってば、いわばお守りに実益効果を強く持たせたものって感じがするでしょ? 神秘性が高いって言うか。それにパワーストーンだとその効果が頼もしく感じることもあるだろうけど、パワーストーンと望む結果に因果関係を感じなければ意味ないし。そうじゃなくてその物体自体が心強く感じさせる物って言った方がいいかな」
「横から失礼しますよ、社長。私の孫娘とぬいぐるみの関係を連想してしまい……」
「それだ!」
九条との会話中にやってきた東雲の感想が、店主のひらめきを誘った。
ぬいぐるみ。
何かの慰めにはなるのではなかろうか。
あの殺風景な部屋がもし、いかにも女の子の部屋と思わせる内装であるならばその発想も出なかっただろう。
「じゃ、ちょっと出かけてきます! 帰りは遅くなるかもです!」
「ちょ、ちょっと社長? 今日は社長、休暇日で……って、まあいいですけど……」
「九条さん、何かあったんですか?」
口を挟んだものの事情を知らない東雲は九条に聞くが、彼女は「さぁ……」としか答えようがない。
「誰に買うんでしょうね。まさかぬいぐるみ作りにも手を出すんでしょうか」
「それはないと思いますよ、東雲さん……」
二人は店主が出ていった出入り口をしばらく見ていた。
「おもちゃ屋……だよな。ぬいぐるみっつったら。でも客の対象は子供が中心だろ? 漫画、アニメ、童話のキャラ物が中心だよなぁ」
セレナがこっちに縋りつくことがないようにするには、彼女が自分よりも強く関心を示す物を彼女のそばに置いておけばいい。
店主はそう考えるが、彼女の好みなどに全く無関心だったため、どんなものを選べばいいか見当もつかない。
「本人に選ばせるのが一番手っ取り早いんだろうが……。あ」
明日、すなわち今『天美法具店』に戻ってくる直前の『法具店アマミ』での日時は、セレナが休日を貰ったと言っていたことを思い出した。
「向こうに行って帰ってくるのは、ここにいる人にとっては一瞬のことだろうから、少し目を離してもらえればそれで済むはず。ただ明日の俺は……。まだ仕事始まって間もない時間。休みを明日にしてもらってこっちに連れて来てほしいものを買わせれば……。それでいくか」
衆目には晒したくはない。
けれどもこのままでは向こうの世界と関わりを深くしてしまいかねない。
どちらかに天秤をかけるとしたら、やはり自分の身代わりとして何かを与え、自分の世界でセレナとの関係を怪しまれることがあったら知らぬ存ぜぬを貫き通す。
それしかないと意を決し、商店街を歩く足を反転させて『天美法具店』に急いで戻った。




