常連客二組目との出会いもトラブルでした 5
『法具店アマミ』のドアの外には閉店の札が既にかけられていて看板の照明も消されてはいる。
しかし店内の照明はまだ落されておらず、そんな時間にセレナと一緒にやってきた店主は本日二度目。 カウンターの向かいのソファには、この日はもう来るはずのない客が座っていて、カウンターにはバイトの時間が終わってねぐらに帰っているはずのバイトの双子がいた。
「みんな、待たせたわね。えっとテンシュ……」
セレナが何から話そうかと考えるよりも先に、ソファに座っている客を全く相手にしないまま店主がバイトの双子に声をかけた。
「んなことよりも双子よぉ、お前ら明日はバイトどうすんだ?」
店主自身や店の心配よりも、いきなり自分たち二人のバイトの話を持ち出されて戸惑う姉妹。
二人には当然辞める気はない。ここでバイトを辞めたら糊口を凌ぐことすら難しくなる『風刃隊』。今日のトラブルを避けることが出来なかったことを気に病むが、店主にはそのことよりも今日の仕事の報酬の話が大切のようだ。
「用心棒ではなく店の店員としてバイトしてもらうって言ったよな? 余計なことに気を回すより、続ける気があるならとっとと家に帰って明日に備えろ」
気持ちは前向きでも、健康を損ねられたら仕事にならない。もっとも一日二日徹夜しても体力を損ねるような連中ではないが。
しかし今この場に居座られたところでバイトの仕事上では何の役にも立つことはない。店主はぶっきらぼうにそう言い放って双子を店から追い返した。
二人が帰るのを見送りもせず、店主は作業場に行こうとする。
「ちょっ、ちょっとテンシュっ。話聞いてよっ」
連れてきた目的をそっちのけにされそうになり焦ったセレナは慌てて呼び止めた。
お詫びだけなら伝言を伝えるだけで済ませられるが、それに加えて店主への依頼の件を持ち込んできたのだから、そのまま素通りされては意味がない。
「聞きしに勝る風変わりな……いや、とても特徴的な店主……あ、テンシュさんか?」
こちらの世界では店主の名前がテンシュと誤解されている。が、なるべく疎遠でありたい店主にとってはその方が都合がいい。
「別にどう思われようとも構やしねぇし、お前らの名前とか種族だ何だってのもどうでもいい。俺が関心があるのは道具作りの作業だけ。その依頼を受けるか受けないかはお前らからの話を聞いてからだ。大義名分があっても俺が気に入らなきゃ引き受けねぇし、そんなもんがなくても引き受けることもあるかもしれねぇ。まぁ話を聞いてからじゃなきゃ何も始まらん。ただ……セレナ、暑苦しいな、こいつら」
依頼客は六人。
左右二本ずつの腕を持つ筋肉質の男女二人。
人の顔と体形ではあるが手足は鳥そのもので、全身は頭部ですら鳥の体毛に覆われている女。彼女の腕の下には鳥の翼に見える物がついている。
ネコ科の大型肉食獣が人の体つきになったような男。
一見人間だが、セレナよりも顔二つ分大きい体格で、体全体も筋肉で覆われている男。
そして最初に『法具店アマミ』に押しかけて来た女。
誰もがそれぞれに見合う金属のような素材の防具を身につけている。そのパーツの間から彼らの体つきがあふれ出ている。
見た目だけでもかなりの実力の持ち主ということが分かるそれぞれの佇まい。
何か品物が欲しいようだが、もしも仕事に使う道具なら、そんな物は必要としないのではないかと思えるほど。
そんな冒険者達が店主に依頼を持ち込んできた。
「まぁいろいろ理由はあるんだろうが、俺が作る物は美術品でもないし高値で売れる物じゃねぇ。実用品を作ることを念頭に置いてる。まずお前らはそんな物を希望するかってことだが」
「もちろんある!」
四本の腕の男はソファから立ち上がりカウンターに近寄る。
台を四本の腕で抑え、身を乗り出して即答する言葉に力が籠っている。
「俺達は次の世代の四十チームと呼ばれるカテゴリーで上位二十に入りかけてるんだが、そんな俺達でも手に負えない魔物とかを討伐する依頼が斡旋所にはあるんだ」
「住民たちが困ってるのを手をこまねいて見ているわけにはいきません。けれども斡旋所は達成率を上げてもらいたいという理由から、魔物討伐の依頼の中には我々に紹介出来ない件もあるようなんです」
ネコ科の男が丁寧な言葉遣いで四本腕の男の後に続く。
斡旋所とやらもいろいろ気苦労は多いらしい。
力のない者達に無理難題は絶対にふっかけないのは『風刃隊』の苦悩を聞けばわかる。
しかし見た目だけでも十分実力者と分かる者にも、むやみやたらに依頼を斡旋するわけではないことを知る。
仕事を紹介した相手から、「すみません。依頼達成できませんでした」という報告を受けたなら、依頼主の問題解決はさらに長引くことになる。
冒険者達の力を見極める必要があるのだろうと店主は考えるが、そこに職人気質というか、斡旋所のこだわりを何となく感じ取り、共感に似た思いを持った。
「セレナとはずいぶん親しくしてもらってたから、請け負える依頼の仕事をしながらセレナにそのための道具作りを依頼しようと思ってたの。何日かかかって他の地方での依頼をようやくやり終えて帰って来たんだけど、そしたら行方不明って噂が聞こえて来て……。頭の中真っ白になっちゃって……本っ当にごめんなさい!」
黒い翼の女が腰から折り曲げ、店主に頭を下げる。
「べつに謝罪なんざどうでもいいけど……うん、やっぱりすごくどうでもいいわ。で、何を使ってどんな物をどうするかってのはお前らの頭の中にあんのか?」
許してもらえたのか許してくれなかったのか判断に困る店主の言葉。その女は店主の言葉に不安を感じるも、店主の問いには素直に答える。
「私達の能力にあったものという曖昧な条件しかありません。私達の能力などを見て判定してもらった上で作ってもらえないかと……」
彼女はセレナから何を言われたのか想像もつかないが、日中の態度とは急変している。
だが推察するに、四本腕の男の言からすれば、彼らの力を大幅に上回っている上に専業冒険者から遠ざかってもなお遠く及ばない実力をセレナは持っているということになる。
店主は思考が彼らの依頼からずれ始めつつあることに気付いて、頭を振って思い直す。
結局のところ、彼らはさらに自分の力を引き出せる道具類が欲しいということなのだろう。
しかしそう結論を出したところで何ともならない。
「分からん。ダメだ。雲をつかむような話だ」




