常連客一組目 のバイトはしばらく続くようです
巨塊討伐の際の爆発事故の調査に協力するために、日中は店を不在になることが多くなるかもしれないという話がセレナからあがった。
その話から、セレナがいない間の販売業務はどうするのかという話題に変わる。
売値や持ち込んでくる素材の買い取りの価格の決定は、いくら通訳の魔術がかかっていても物の価値の判断を理解させる効果はない。
店主一人きりでは出来ない仕事の一つである。
やや投げやりな店主。少し心配気味のセレナ。
開店時間になってからそんな会話をする二人。
そこへ間もなくやってきたこの日の最初の客は、これで二回目の『法具店アマミ』の来店。
店主が一目見て「弱っちい」と評した新人冒険者五人組であった。
ようやく相手にしてもらったこの店で、使い古した武器と防具を初めて新調した彼らは喜び勇んで店を後にした。
これで仕事が増え、依頼の達成率も上がればほかの店でも買い物は出来るようになる。
冒険者としての能力や強さ、そして知名度も上がれば、面識のない人達から得られる信頼度も高まるからだ。
そうなれば装備品も新品に買い替えることが出来、さらに難易度の高い依頼も舞い込んでくる。
いい流れが来るはずだった。そんな期待をしていた五人だった。
彼らからの依頼を果たした店主も、もう世話をしなくて済むだろうと思っていた。
彼らの事情を必要以上に知るつもりもない店主は、彼らと関わるのはこれっきりと一安心していた。
ところが自分の都合よく物事は進まないことが多い世の中であり、それはこの世界でも同じだった。
斡旋所から宛がわれる仕事は確かに増えた。しかし毎日彼らの実力に相応しい依頼があるわけではない。
彼らの思った通りに仕事は増えず、報酬面でも期待どころか明るい展望が見えない。
さらに生活費は必ずかかる。
バイトの仕事が本職と離れたものであったとしても、その確保のためならなりふり構っていられない。 専業に拘る意見もあったが、なりふり構っていられなくなったら手遅れになる意見も出る。
生活費が切羽詰まってから他の仕事を探すとする。見つけたバイトに適性があるかどうかの判別も冷静に出来なくなる。自分たちの収入どころかバイト先に損害を与えかねない。
冒険者関連の業務はどうかと考えるが、客として相手にされなかったことがネックになる。
そこで消えかかっていても可能性は存在する『法具店アマミ』へバイトの申し込みをしに来たという展開であった。
「ちょうど良かった。今カウンター係どうしようか話してたとこなの。ね? テンシュ」
「お前ら……話長ぇよ」
「そういうのいいから話聞いたげなよ」
セレナにとっては渡りに船。喜色満面で彼らの申し出を受け入れた。
五人も心配事から解放されたような安心した表情を浮かべる。
「でも五人一緒にここでバイトとなると満足にバイト料出せないから、えーっと、ウィーナちゃんとミールちゃんの二人にレジ係お願いしよっかな? 二人分までは出せるかな。五人で二人分のバイト料分けるより、バイト先見つからないかもしれないけど他の三人は別口を探してみたらどうだろ? 見つかったら三人分のバイト料の収入はかなり大きいと思うんだ」
出来れば五人一緒に働きたい。
しかし好き勝手なことも言っていられない彼らは、セレナからの提案を受け入れた。
バイトの話はトントン拍子で進んで行き、男三人は二人にここを託し、セレナと店主に頭を下げて店を出た。
彼らのバイト先を案じる残された二人だが、バイトの仕事を覚えなければならない。仲間を心配している場合ではない。
セレナは店の中を案内する。
一階の売り場とカウンター、そして店主の作業場を案内した後は隣の倉庫、そして彼女の住まいである二階まで見せて回る。
「だって一日中やってもらった方がいいもの。バイト代上げるための理由も必要でしょ? 天引きさせてはもらうけど、お昼ご飯はここにある食材自由に使っていいから。私もたくさん食べたりするからその分買い置きもしてるの。テンシュと三人いても食べ切れないくらいだと思うから心配しなくていいからね」
「ご飯までお世話になるなんて逆に恐縮です」
「どうしてそこまでしてくれるんですか? あたしたちここに来たの二回目だよね」
彼女らにとっては厚遇。それが逆に不思議でしょうがない。
「私には可愛い後輩だからよ。私はチーム組んだことはないけど、冒険者の新人時代はおんなじ苦労したもの。依頼の内容で苦労したことはあったけどそれは自分が望んだ本職だったから自分の力で乗り越えるべきものだけど、それ以外の苦労って冒険者の仕事の足を引っ張ることになるからね。それにバイトって人脈増やすいい機会でもあるし」
「え? 冒険者やってたことあるんですか?!」
「何か立ち振る舞いでそれらしい感じはしたけど」
彼女の名前を聞いても、どこかで聞いたことがあるような気がする程度にしか記憶の中にはなかったようで、セレナの体験談は二人を仰天させた。
この苦しい状況を打破するためのノウハウを知りたいのだろう。さらに彼女の冒険者時代の話を聞きたがった二人だが、セレナは店の入り口に立っている黒いスーツっぽい服を着た男二人を見てその話を止めた。
「聞きたいならしてあげたいのはやまやまだけど、これから一日中かかる用事がしばらく続くから無理ね。まぁ時間が出来たらお話してもいいけど、そのころにはそんな時期を卒業するかもね。テンシュ、じゃあ行ってくるわね」
店主はいつの間にか作業を始めている。自分に役立つ知識ではなさそうな雑談ばかりか出かける挨拶にも耳を傾けない。
「えーっと、テンシュさん……でいいのかな? 九時開店でしたよね。まだ一時間くらいあるからまず掃除しちゃいますね」
「お姉ちゃん、拭き掃除はやめとこ? 埃払うだけにした方がいいよ。そのガラスのケース割っちゃうとまずそうだし」
慣れないうちは失敗するかもしれない仕事を避ける二人。案内の途中でリニューアルしたばかりと言う説明を受けたばかり。出来る仕事のうち、失敗はしない確実に出来る仕事を選んで取り掛かる。
店主は二人の仕事ぶりにも無関心。彼はすっかり周りが見えないほど作業に没頭している。
「こっちの仕事はあたしらで何とかするしかないかも」
「カウンターの仕事任せられたしね。まず品物の管理と釣銭の確認しとかないと」
この二人も真面目に仕事に取り組む。手抜き、手落ちと言う評価を受けるとバイト料どころか、それこそ数少ない人との縁まで断たれてしまいかねない。過失による失敗も避けることも必要だ。
過剰な反応かもしれないが、それだけ彼らの冒険者としての立場は瀬戸際に立たされているのだろう。
しかしそれでもトラブルは外からやってきた。




