常連客一組目が常連客になる前はアルバイターでした 2
「テンシュー。相談だって。この子たちのこと覚えてるでしょ?」
「客の顔なんぞ覚えてる訳ねぇだろうが! これから仕事しようって時に邪魔すんな!」
セレナは作業場のガラスの壁を軽く叩いて店主に呼びかける。
これから何かを始めようとするときに水を差されるのは、好きではないどころではないらしい。
それにしても店主は随分と遠慮のない言い方になったものである。
しかしセレナから見れば、その分こちらも砕けたものの言い方が出来るようになって、最初に出会った時と比べれば、店主に打ち解けてきたと言えなくもない。
「す、すいません、テンシュさん。以前道具の作製をお願いした者なんですが」
人間の男は、鞘に収まった剣を店主に見せながら近づく。
彼ら、新人冒険者チームの五人は新装開店の予定の日に飛び込んできた。
その予定日が延長されたのはこの五人のせいばかりではない。
だがその予定を狂わせた一因ということもあったことと、相当なことがない限り店主は自分が手がける品物すべてを忘れることはなく、その男の剣の柄だけを見てあの日の一件を思い出す。
「ここで最初に作った道具の依頼主か。一人一品っつったのに二つも作らせた奴もいたっけな。覚えてるぞ。お前らの事は忘れたが。と言うか覚える気はないが」
「俺らのことは覚えてくれないんですか……」
彼らが所有または装備している物をよく見るために作業場から出てカウンターの近くにいる彼らに近づく。だがその持ち主にはまったく見向きもしない。
「十分に活用……してる割には傷の跡が少ないな。いや、使ってねぇんじゃねぇか? これじゃ作ってやった意味がねぇじゃねぇか。ま、全部俺が作ったわけじゃねぇから別にいいが、それでも作ったもんを無駄にされると気分は良くねぇわな」
批判めいた店主の言葉を聞いた五人の表情は暗い。喉から手が欲しかった装備を手にした者の顔ではない。
「それが……ちょっとそのこと絡みで相談に来たんです」
込み入った話になりそうだ。
そう感じたセレナは五人をソファに座らせる。
お茶の用意をする間にポツリポツリと話し始めた。
「えっと、まだきちんと自己紹介してなかったっすよね。俺らみんな冒険者で『風刃隊』ってチームを作ったんです。で俺がリーダーの」
「すまんな。興味ないから話聞かなくていいか?」
「……テンシュ?」
セレナはお茶を出しながら、腕組みをしながら突っ立っている店主を睨む。
彼女は五人の力になる気満々だが、その五人は彼女の迫力に気圧されるように感じる上、店主からも突き放されて居心地悪そうに肩身を狭くしている。
「テンシュ。話進まないでしょ? いいから人の話聞いたげて。装備品に関することかもしれないでしょ?」
低めの声を店主に向けたあと五人に向き直り、安心させるような穏やかな顔と声を向ける。
「この人話聞いてなかったら私が後で伝えるから気にしないでどんどん話して?」
「じゃあ俺はここにいなくていいじゃねぇか」
すかさず揚げ足をとる店主を睨んで大人しくさせると、リーダーに話の続きを促した。
自分に非がある時は店主からの罵声も受け止める。
しかし自分に非がなく店主の言動が、用事を持ってきた客に非礼があると遠慮なく店主を叱ったりもする。
「俺は人族のワイアットって言います。この背の高い奴はエルフ種のギース。こっちの背の低い奴はミュール。ドワーフ族です」
「あー、もうわかんね。仕事始めていいか?」
「テンシュ……いちいち話の腰折らないでくれる? いい加減にしないと流石の私も」
「種と族ってどう違うんだよ。何も知らねぇのに知ってる前提で話すんなよ。分からないところが分からないって言う成績の低い学生の言い訳が出ちまうっつーの」
「が、学生?」
ワイアットの反応で、この世界には学校というものがないらしいことを知った店主。
彼が言った言葉が自分にも即座に返ってきたかたちだが、店主はそのことに気付かない。
セレナが店主に分かりやすく説明をする。
「あ、テンシュは時々こっちでは分からない話を始めちゃう時があるから気にしないでいいよ。テンシュ、族ていうのはそれ以外に所属する種族がないってこと。種は大まかに分けた種族の分類。だからこのリーダーのワイアットは純粋な人間。テンシュと同じよ。だけどこっちの背の高いのはエルフって言う種族。私と同じだけど、他の種族も混ざってる。私よりも筋肉が盛り上がってるからドワーフ族も入ってるのかな? でもほかの種はほとんど見受けられないから私と同じと見ていいかもね。背の低い彼もワイアットと同じく、ドワーフ以外の何者でもないってことね」
店主は何となく把握はしたが、それが確かかどうかが分からない。
店主がこの世界に巻き添えを食った原因の一つで例えるなら、世界が持つ価値観が違っても理解してもらえる確信は持てた。
「同じトルマリンでも、無色ならお前が置き去りにしたでかいアクロアイトとか黄色ならイエロートルマリンとか、赤っぽいルベライトなんて呼び名が別になったりするみたいなものか」
「初めて聞く名前があるけど、そっちのトルマリンって宝石がこっちのヴェイコーダなら、多分その解釈で合ってる。同じ種類だけど別名の物だったり別物だったりする感じね」
その例えはビンゴ。
セレナは自分の説明を店主は理解してくれたことを確認し、ワイアットに説明を続けるように促した。 それを見てワイアットは安心して仲間の紹介を続ける。
「それでこっちは獣人種の双子姉妹。杖の長いのを持っているのが姉のウィーナ。短い杖を持ってるのがミール」
「ウィーナ」
「ミール」
「「です」」
双子姉妹が同時に挨拶。セレナがさらに説明の補足をする。
「獣人族というのはないわね。獣と人の混ざった種族なんだけど、獣の種類はたくさんあるし獣ばかりじゃなく昆虫類も当てはまるのよ。それに混ざる割合も様々だしね。一般的にその種が定着して、同じ割合の種族が多くなると何とか族って言われるようになるわね。だからこの二人は爬虫類の獣人種ってわけ。けど爬虫類の中でさらに種族が絞られると族を付けることもあるの。えっと、二人はトカゲの獣人族でいいのかしら? 鱗っぽいのがあるけど、ワニとかヘビとかよりも体や顔つきがそっちに似てるし」
セレナの問いかけに二人は頷く。
「テンシュさん……つんだっけ? そういう呼び方とか知らない人? 他の国から来たのか? この国じゃごく当たり前の呼び方なんだけどな」
ギースと紹介された背の高いエルフは怪訝な顔をする。一般常識の事を改めて尋ねられればその常識を知らない人物ということになるから彼のような疑問を持つのは自然の事。
「テンシュさんがどこから来たかって話はおいといて、あの後テンシュさんに作ってもらった物を装備して斡旋所に行ったんだ。確かに紹介してもらえる依頼の数は増えたんだけど」
「二つや三つじゃ……増えたことには違いないけど、毎回依頼が見つかるわけでもなし」
「装備品なしでも達成できる依頼がほとんどだったよね」
冒険者になったばかりかここに来たばかりの初心者めいたチームなら、確かに頼りにする依頼人も多くない。双子が力を落として不満が出るのも分かる。
せめて経験を積んだり鍛錬を重ねれば斡旋所からの待遇も良くなるのだろうが、そこで切実な問題が存在する。
「その前に生活費が底をつきそうなんです……」
ドワーフ族のミュールが泣き言を言い出す。
しかしそんな相談をされても何ともしようがない。何せ道具屋なのである。自分の持ち物でも売りに来ればいくらかはお金は入るだろうが、持っている物が店で買い取れるとは限らない。
「愚痴言うだけなら、相手は案山子だって別に構わんだろ? 俺作業に入るから」
冷たい、思いやりのない店主と思われるだろうが、彼と店の出来ることは道具作りであり、生活に困窮している者達への援助ではない。のだが、この後彼らが切り出した話で、その趣旨が変わって来る。
「ここでバイトなんかはさせてもらえませんか? 用心棒とか」
「斡旋所からは待遇が急に良くなったわけじゃないだろ? それだけ力に成長は見られないと判断されてるってこった。そんな奴が用心棒をしてる店なら、賊からすりゃ狙い目の店になっちまう。完璧に撃退できても次から次へと賊が押し入られる評判は流れるわな。この店にはいい印象は生まれない」
「じゃあレジとかはどうですか? 店員のバイトとか」
「あ」
双子の姉からの提案にセレナは思わず声を出す。




