常連客一組目が常連客になる前はアルバイターでした 1
『天美法具店』が、店主と異世界の遭遇に巻き込まれて一か月以上経った頃、異変が見られた。
と言っても店に何かが起きたわけではないし、その異変も店主にしか感じ取れないもの。
しかしその異変は、この世界では今まで起きたことのない、店主が案じている事故の発生に関することだった。
「……なんか、力がしぼんできてないか?」
『天美法具店』のショーウィンドウの前にずっと置き去りにされているトルマリンの一種であるアクロアイトの岩。その力が減ってきているように感じられた。
同意を誰かに求めようとするが、店主と同じように感じ取れる者はいない。
真っ二つに割ったら、どちらかが力が飽和してしまうかもしれないが、少し欠けただけなら力が暴走するようなことはなさそうだ。
店の前に現われた時に感じた力量を思い返すと、間違いなくその危険度は低くなっている。
だが異変はそこではない。
「社長……。あの岩、どうするんです? ちょっと問題が起きてるんですが」
九条が困った顔で発言する。
その日も業務が終わる前の時間の会議が行われていた。
「うん……もう少し辛抱してくれないか? もう少ししたら解決できると思うから」
これまではそんな危険がはらんでたもののこのまま力がどんどん減っていけば、こっちで勝手に割るなり切るなりすればいい。セレナの世界での出来事が原因で彼女と一緒にやってきただけなら、セレナも所有権に固執するはずもない。
いずれ、何の問題にもならなくなるはずだった。
しかし。
「商店街の人達とこの路地周辺の人達の間でちょっと問題が起きてるんです。その岩のことで」
「はい?」
九条が言うこの付近の住民達も含めた商店街の人達みんなから、あの岩のことで文句を言われているのか、と針の筵の上にいる気持ちになっていた店主。思いもしない話を聞き、口が半開きのまま九条の方を向いてボーっとしている。
「えっと? 内輪もめ起こしてる、みたいな感じに聞こえたんだけど?」
「まぁ、そんな感じです」
宝石岩が突然店の前に置かれている。
まず従業員達の間で文句と不安が生まれた。
地面が傾かないかということと、ショーウィンドウに飾られている物を通行人に見てもらえないということ。
そしてこの付近に住む人達からも不安の声が上がった。
車が通る時、通行人が危ない目に遭うのではないかと。
地域開発の工事が始まる前は人通りが多い道路。メインの通りは別に移ったため、随分通行人は減った。
急いで駆け抜ける車や人はいないが、それでも気にする人は気にする。
そんな人達からのクレームだった。
ところが九条によると、今はそういう話ではないらしい。
「社長、あの岩にペイント塗ったじゃないですか」
「あぁ、うん」
「まず、勝手に置かれたとはいえ落とし物ですよね? それをこっちで勝手に弄っていいんですか? 警察に通報しないという理屈は、それを逆恨みされないようにという配慮は分かりますが」
「じ、実は持ち主と思われる人から連絡が来てな、もう少しそこに置かせてほしいって。で、あんな風に手を加えてもいいからって許可をもらってな」
九条はただの質問のつもりだったが、店主は九条から問い詰められているような気がしてややうろたえる。
彼女はそれには気付いてないようで、さらに話を続けた。
「そうなんですか。でもそれが仇になったようです」
「仇? なんで?」
ゆるキャラの様なペイントを施して従業員の気持ちを和ませることに成功したが、それが目に触れるのは従業員ばかりではない。
通行人、近所の人達、そして商店街の人達、とにかくいろんな人の目に触れるようになり、人気が出たのだそうだ。
「見物客でこの通りも賑わいを見せるようになりました。それが日にちと時間帯によっては車が通りづらくなるようなんです」
効果てきめんを通り越してしまった。
人だかりが出来る訳でもないし熱狂的なファンがいるわけでもない。
けれども少しでも人が集まれば、この路地を通り抜ける人の邪魔になる。
「そりゃまずいよな。必ず撤去するが、あの分だと一か月先になるのかな……」
「そこなんです」
「そこ?」
撤去されると見物客が減ってしまう。
ただの野次馬や見物しに来ただけという人もいれば、ついでに買い物をしてから帰ろうとする人達もいて、商店街の売り上げに意外にも貢献しているという。
「撤去してほしい。ずっとそこに置いておいてほしい。この両者の意見がぶつかり合ってまして」
「マジですかー」
四六時中、年中無休の渋滞ではなく、むしろ渋滞になる時間は短い。
それでも近所付き合いのこともある。不安を取り除くのが思いやりというものだろうが、経済面での活性化の糸口でもある。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
「とまあ、そういう問題になってしまったわけだ」
「何か……ごめんね、テンシュ」
『法具店アマミ』でその一件をセレナに伝えると、神妙な顔で店主に謝った。
「俺らの世界から見れば、セレナの持ち物って言えるんだが厳密にはそうではないんだよな」
「まぁ……そうよね」
「つまりこっちで自由に使えるならこっちで処分してもいいんだよな?」
思いがけない店主からの提案は、セレナの負担も軽くすることになる。
セレナにとって迷惑な問題が一つ消滅するかたちになる。
「いいの?」
「どういうわけか危険度がどんどん減っている。つっても重さが変わるわけじゃない。移動に手間がかかるんでなかなか取り掛かるのが難しいってんならこっちで処分は引き受けてもいい」
セレナにとって予想外の朗報だが、こっちの都合に合わせてもらってばかりで何となく気が引けた。
「だから考える順番を変えれば、俺はここに来る必要はないんだなとも思うんだ。ここに来る理由ってば、岩の撤去の計画を進めているかどうか監視するためでもあるんだから」
「え」
続く店主の話も予想外だった。
店主の世界に迷い込んで、無事に自分の世界に戻って来れたのは店主の善意によるもの。
最初にセレナと出会った時点で、その岩には何の危険もなければ店主はただで誰も所有権を持っていない大きな宝石を手に入れ、セレナを向こうの世界に見送って終わりになるはずだったからだ。
「で、でも、私……」
誰も持ってない力の持ち主と、会うはずのない機会を得た。
しかも自分同様に行方不明者を救ってくれる可能性も高い。
そんな人と縁が切れるかもしれない。
考えてみれば、店主はあくまでも『天美法具店』の社長を専業にしている。
行方不明者捜索を自らすすんで協力する者ではないし、自ら望んでボランティアや副業を求めているわけでもない。
この世界の鉱物に高い関心を示しているが、それがなければ生きられない体でもない。
店主と縁が切れてしまう。
セレナの脳内は、その一言で埋まってしまった。
「わ、私、毎日迎えに行きますっ!」
「へ?」
ここに来るつもりがなくなったら、セレナが持つ希望は失ってしまう。
手放したくないセレナは必死に引き留める。
「この扉さえ交換しなければそっちに行けます! そっちの扉が交換されても行けるはずです!」
急に立ち上がり真摯に訴えるセレナに、店主は正気を失ったかと驚くような目を向ける。
「はい?」
「世界間を移動できる力があの宝石にまだあるなら、そっちに行ってもまた帰って来れます!」
何のつもりでセレナはそんなことを言っているのかは不明だが、その中身は筋が通っている。
それは、セレナがいつでも『天美法具店』に訪問できることを意味し、店主は理解した。
そして、人間以外の、妄想でしか存在しない種族が次々と『天美法具店』から現れることを想像する。
「いやお前、ちょっと待て」
「今まで通り、約束通り毎日来てくれるなら有り難いですしうれしいです! これからも来てください。お願いします!」
「……セレナ」
セレナが頭を下げた後沈黙の時間が流れる。
そしてようやく店主がぼそりと呟いた。
「お前って……すげぇめんどくせぇ奴だな」
「めんどくさい……ですか?」
「あぁ。この店、お前が辞めるって言ってくれるとこっちはすごく助かるが」
「テンシュっ。そんなこと言うのやめてくださいっ」
セレナは目がバツになるくらい店主の言葉を嫌がった。
いくら店主は異世界に移動できるようになったといっても、異世界の存在を知っただけであって、歴史、地理、社会制度まで知り尽くしたわけではない。
それなのにいきなり手伝ってくれと言われても何をどうすればいいか分からないし言語や時間経過の問題もある。事情を知るための順番というのもあるだろうに、もうここには来ないというセレナの思い込みから出てきた頭ごなしの押しかけ宣言。
店主は店主で、この世界に来ることを拒絶するつもりはなかったが、セレナの反応を見て一気に疲れた表情に変わる。
彼女に観念したわけではないが、そんな頼まれ方をされては誰だって気分は良くはならない。
一方セレナは、悪態の一つや二つ、いや、十くらい叩いても毎日店に来て仕事をきちんとこなすなら大歓迎。
このやりとりが、店主の無愛想っぷりにさらに拍車がかかることになる。
店主の作業場は売り場とはガラスの壁で仕切られている。とはいえ、防音ではない。
作業場から売り場の様子が分かるようにするための処置だったが、来訪者たちによって作業を中断させられることも多い。
セレナの知り合い達は、まず店の名前が変わったことと店の中においてある品物が変わったことに驚く。
行方不明になったことが原因で彼女の人格が変わったのではないかと心配されることも多い。
彼らは、セレナが見も知らぬ男に怒鳴られているのをしばしば目にする。
主に、仕事の邪魔になるような声を出すなという内容だが、そんな男にいきなり怒鳴られるのだから、客の中にはセレナを擁護しようと憤慨する者も多い。
その客を見てさらに店主はいきり立つ。だがセレナは仲裁に入りその男を宥めるものだから、人格が変わったと思われるのも当然だろう。
仕事の邪魔ばかりではなく、セレナとただならぬ仲と誤解され嫉妬されたりクレームをつけられたりと、店主にとっては謂れのない事を幾度となく責められる。
責める方は一度きりであったとしても受ける側は流石に我慢の限界を越えることもある。
彼の怒りはもっともであり、時折セレナは客を諫めることもある。店主の主張が正しいと納得しているからだろう。
しかしセレナの心情など来訪者たちは予想もしていない。ここでもやはり来客たちは驚く。
そんな日々を過ごす中、セレナは店にやってきた店主にある報告をする。
「それでなんだけど、いよいよ調査団が結成されたみたいなの」
「俺のところに飛ばされた原因の爆発事故とやらか? それで?」
「私にも聞き取り調査の協力を要請する便りが届いたのよ。協力は惜しまないつもり」
「俺は無関係。協力は拒否。この世界の事も知らなきゃ事故の詳細も聞かされちゃいねぇ。俺はお前だけの件で巻き込まれただけだしな」
セレナは店主の抗議を留める。
「調査に協力してくれって話じゃなくて、調査は一日中かかるかもしれないって話。それが何日続くか分からないから、この店の帳簿とかの話なんだけど」
「それも俺はそっちは無関係。こっちの値でつけてもいいが単位も違けりゃ価値も違う。この店潰してもいいなら俺が好き勝手に決められるが」
店内に見られるこの世界やこの国の文字による表記は、セレナの魔術により店主の目には日本語を中心として彼が意味を理解できる言葉に変化している。というより、見る者によって言葉が変化する現象が起きている。
しかし表記が変化しない言葉もある。たとえば品物につけられた値札の値段など。
この世界の客が支払うお金は、この世界で流通されている物なので、日本円に表記が変わったとしてもそのお金を支払う者は存在しない。表記の変化が意味をなさない言葉やこの世界や国の文明文化に干渉しかねない事態を招きそうな言語には変化しないため、店主も教わらない限りは理解は出来ない。
「うん、それは勘弁して。品名書いてもらえればそれでいいから。お客さんにはツケにしてもらえればいいかな」
「それならいいが、店の寿命が短くなるな」
「うれしそうに言わないで。テンシュが来てくれるだけで、こっちは本っ当にとても有り難いんだから。私の気持ちも分かってほしいな」
そんなやりとりをしている最中に客がやってきた。
「ごめんください……」
「いらっしゃいませ。どんな御用でしょう?」
それを見て店主とセレナは会話を中断。恐る恐る店に入ってくる客五人にセレナが応対する。
店主は作業場に入り、この日の仕事に取り掛かった。




