初めての常連客と初めてのトラブル 6 今日は昨日で 明日は今日で
早朝のトラブルを回避した後に昨日の依頼主五名がやってきた。
店主は一つずつ、出来上がった装備品の説明をしていく。
「……まぁこんなものが出来上がったわけだが、昨日の話だとお前らが弱っちいからどの店も相手にしてくれなかったと」
「言ってることは間違っちゃいないんですが、弱っちいって……」
「まぁこの道具に頼り切りにならなくなったら成長の証しってことでな。そしたら他の店も相手にしてくれるだろうよ。そういうことでもう来んな」
店主が一人一人に手渡すと、つっけんどんな物言いで突き放す。
「来るなって……あ、支払いも用意してるんですが、お金と代用品でもいいって言いましたよね? 宝石持ってきたんですが」
「足りるかどうか分かんないけどね」
「リーダー、甲斐性ないもんね」
この五人組のリーダーは人種族の男らしい。
希望通りの装備品を受け取って浮かれている四人だが、この男だけは真顔で落ち着き払っている。
新人のグループとは言え、それなりにその風格がある、ような気がする。
「二人揃って俺をけなすな。で、テンシュさん、これなんですがお眼鏡に叶うといいんですが……」
トカゲの女二人を諫めて店主に差し出すお金と宝石。
その額にセレナは少し眉をひそめるが、店主は満足げな顔をしている
「セレナ、そっちは随分不満そうだな。だが釣りを出したくなるほどの価値がある。この世界でのこの宝石の価値はどうだかは知らんが、倉庫の中にある宝石に引けを取らねぇ。十分だ」
彼らが出す石を受け取ると機嫌が良くなったのか、店主はさらに助言を付け加えた。
「俺が言うこっちゃねぇけど、くれぐれも道具に頼り過ぎんなよ? 万能の道具じゃない。まずお前らが斡旋所で依頼を選べられるようになること。それから他の道具屋でも相手をしてもらえるようになるまでの成長を目的とした道具と割り切れ。それで中級者レベルに近づけられるんじゃないか? 知らんけど」
最後の一言が、助言に無責任さも感じるが、そのリーダー格の男は態度を変えることなく店主とセレナに謝意を伝えた。
そして気持ちが浮ついている四人に向き直り、気を引き締めにかかる。
「これで今日の斡旋所も朝一番に飛び込める。だがテンシュさんの言う通り、お前ら、浮かれるなよ? 確実に、やれる仕事があるってことを斡旋所の人達にも分からせること。いいな」
四人は拳を振り上げて気勢を上げるが、店主がそれに水を差す。
「調子に乗んな。ここは見ての通り販売店だ。お前らの出発式の式場じゃねぇんだよ。用事がすべて終わったんだからさっさと出てけ」
今までのぶっきらぼうながらそれなりに親切な対応が豹変し足蹴にするように五人を店から追い出した。
ひょっとしたら今後お世話になるかもしれない。
そんな店の人の気分を損ねるのはまずいとばかりに脱兎のごとく、五人は慌てて店を飛び出し走り去った。
厄介ごとを遠くに吹き飛ばして疲れたように、店主は大きく一つ息を吐く。
「さて……散々な目に遭ったがまずは仕事一つ完了だな。さて次は……」
嵐が去った後のような静けさの店内にそぐう静かな声でセレナは話しかける。
「それで、その……毎日来てくれるとうれしいんですけど……」
今日の一組目の客の狼藉に責任を感じているようで、その時のセレナの態度を見て、店主は問題にはしなかった。それでもセレナには気にするところはあるらしい。
「毎日あんな目にあうのはご免だがな。こんなことが続くようじゃ身が持たねぇし、心身ともに健全で向こうに戻れなきゃ意味がねぇ。もちろん俺もそうならねぇように努力はするが元々はお前さんの依頼だから、俺の努力が及ばないところは面倒見てもらわんと割に合わん。とりあえず当初決めた通り一日一回だが……」
壁の時計を見る店主。それに釣られたセレナは、店主がここに来てから二十四時間以上経過していたことに気付いた。
「ここの時間の明日は来てみるさ。品物何とかしないとまずいだろうしな」
店主はそう言うと、自分への報酬として受け取った宝石を鷲掴みにして『天美法具店』に向かう。
セレナは手順を踏んで帰る店主を背中から見送った。
こうして『天美法具店』に戻ってきた店主。
「さて……今日も一日……あれ? 確か向こうで一泊したから今日は昨日で、昨日が今の……あれ?」
二十四時間以上相手の世界に滞在すると、今日はいつだったか軽く混乱してしまう弊害もある。
「朝っぱらから何でこんなややこしいこと考えなきゃならねぇんだ……すごく面倒くせぇ……」
時間の経過の混乱だけは免れようがない。
その対策はただ一つ。セレナとの取り決めの一つである二十四時間を超える滞在はなるべく避けること。
何気なく決めたルールの一つが、次第に重要事項に成り上がっていく。
気持ちを切り替えるまでのわずかの間、誰にもぶつけようのない愚痴をこぼし続けた。




