依頼の趣旨は
「今日は特に冷えるね。クリスは大丈夫?」
声をかけられて振り返る。
小さなくしゃみをしたフィオが、ショールをはおりなおしている。
フィオの言う通り、ここ数日は日中でも風が冷たくなっていて、指先が寒さで痛い。
そういえば公都に戻る為にリーリエを出発した頃は、周囲の田畑を見渡すとまだ鉄製の稲木に収穫された稲が干されていたな。でも公都に間もなく到着する現在、景色の中から稲木はすっかり撤去されていて、それが冬の到来を強調しているようだ。
「あぁ。大丈夫だよ」
返答と共に、買ったばかりのウール製のマントを、彼女に見えるようにヒラヒラとたなびかす。
ボクの仕草の意味が伝わり、彼女は納得顔になる。
「もし寒かければ、そっちの荷物に毛布を入れているから使ってね」
「うん」
彼女が毛布をしまっている荷物をほどいたのを確認して、ボクは再度前を向く。
馬車を引くアランを見る。馬着(馬の防寒具)も用意するべきかもしれないなんて考えが脳裏に浮かぶ。
まあ、お祖母様に詳しく依頼内容を聞いてからでも遅くはない。
――――――――――――――――
到着時刻こそ知らせていないが、今日到着すると事前に手紙で知らせていた。
それ故かは定かでないが、実家の商会に挨拶に行くと、そのまま屋敷に連れていかれ、あれよあれよの間にお祖母様が待つ応接室へと案内された。
「遠路はるばるご苦労様でした。道中何もなかったようで幸いです。今暖かい物を用意させていますから、少しお待ちなさいな」
うっ。
道中何もなかったの一言が、チクリと来た。
前回の反省から、道中の危機管理は特に心掛けていた。
それが功を奏したのか、幸いにも今回は問題が起きずに到着出来て、結果怒らずにはすんだけど……。
「ありがとうございます」
考えこむボクを知ってか知らずか、フィオは素直にお礼の言葉を口にする。
ちらりとボクを見て、お祖母はフィオに話しかける。
「いいのよ。そんな事」
……うーむ。
なんとなく扱いは腑に落ちないが、それよりもお祖父様と鉢合わせるのは、前回の二の舞になりそうでゴメンだ。
さっさと要件を聞いて切り上げたい。
「それでボクらへの依頼とはなんでしょうか?」
「せっかちですね。性急と迅速は違いますよ」
しかし期待通りにはいかず、窘められてしまう。
どうしたもんかね。
「もう。昔からこうなのですよ、この子は……。フィオちゃんは迷惑かけられていない?」
「そうですね。偶にイラッとしますけれど、でも彼はそういう人ですから」
「理解があって嬉しいわ。でも時にはビシッと言っておやりなさい。私が許可します」
「じゃあそうさせて頂きます」
「そうなさい」
さて、どう切り返したものかと考えていると、やっぱりボクを他所にお祖母様とフィオは話し出す。
しかも内容はボクの悪口ときたものだ。
なんだいまったくさ。
『まっ、女性が小言を言いだしたら、黙ってやり過ごすか、イエス、もしくはダー、あるいはハーイしかないのさ』
それは楽かもしれないが、誠意がない態度だと思うよ。
『じゃあ否定意見を表明したければバブーだ。決して真正面から立ち向かうのは得策じゃない』
……ハーイってそういう意味かい。
女性陣が話し込み、ボクはティーナの漫談で時間を潰していると、やがてお茶が配膳される。
置かれたジンジャーティーで口を湿らせ、二人の様子を見る。
会話も止まっているようだし、もういいよね。
「それで本題に移っても?」
「……まあいいでしょう。さて、それで貴方はどこまで聞いていますか?」
姉様からは危険な依頼で、公姫様の護衛としか聞かされていない。
だが領主様の、ウィンザー公爵家の家族構成と、今というタイミングを考えればある程度の想像はつく。でも説明を受けるこの場で、憶測を口にする必要もないだろう。
「公姫様の護衛と。危険な任務になりそうだと」
だから聞いている内容をそのまま言う。
「なるほど。……ところで公姫様はお二人ともご存じですよね」
「はい。存じております。カタリナ様とシャーロット様ですね。もっともシャーロット様に拝謁した事はありませんので、伝聞のみですが」
このシャーロット様は、ちょっとした事情を抱えている。
単純に御体が強くないってだけだが、その程度が問題だ。
だってその存在が発表されたのは、生まれてから3年もしてからなのだから、かなり危険な状態だった事は用意に想像に難くない。
さらには発表された後も、数年は屋敷の奥から出てくることは無かったぐらいで、ボクも子供の頃にウィンザー家へ伺った時に、シャーロット様にはご挨拶する事はかなわなかった。
「であれば、依頼内容もおおよそ検討はついておりますね」
「正しいかはわかりませんが、冒険者であるボクへの依頼という事を鑑みれば、姉のカタリナ様の護衛ではなく、妹のシャーロット様の王都までの護衛かと想定していますが……間違えないでしょうか?」
シャーロット様は今年15歳。来年は王立学校へ進まなければならない。
領主様の子女が王立学校へ行かれる際に、当然警護という仕事が発生する。
大体領の騎士団から護衛が出て、それとは別に道中の街からも兵士が護衛に出る。
ところが令息ならそれだけで事足りるが、令嬢の場合は女性の騎士が少ないので、冒険者も護衛に加わるケースも珍しくはない。
「概ね間違いはありません。シャーロット様がいかに重要な方かも貴方は承知している事でしょう」
お祖母様の問いに、ボクは首肯する。
ウィンザー公爵家は、先代の公爵様が7年程前に45歳という若さでなくなられ、その後は奥様であらせられたブリジット様が爵位をついだ。
そして時期ウィンザー公の爵位はシャーロット様に婿入りされる男性がやがて継ぐ予定で――ようするにボクらのいる公爵領で最重要人物と言える。
「万が一の事があれば、この公爵領全体にどれだけの影響があるか想像もできません」
「よろしい」
『なあ。姉のカタリナ様より、妹のシャーロット様の継承権が高いってどういう訳だ?』
あぁ君は知らなかったね。
えっと簡単に公爵家の事を説明すると、先代の公爵様の時代に御結婚なされてから何年も、お世継ぎのご懐妊がなかったんだよ。
それで養子を迎えようという話が出ていたそうだ。
まあそんなこんなで先代の奥様、そして現公爵のブリジット様が20歳の頃、カタリナ様がウィンザー家の養子になったんだ。
でも結局はその2年後にシャーロット様がご誕生された。
だから継承権の順位が変わったって訳だよ。
『ふーん。先代が亡くなった際に、先々代に爵位は戻らなかったのか? まだ亡くなってないよな』
うん。先々代は王都で閣僚をされているよ。
たしか外務省だったかな。
それはともかく爵位の件だけれど、先代が亡くなられた時には、先々代以外に3親等以内に男性はいなかったそうだよ。
貴族身分法のガイドライン、ましてや最上級貴族が該当する部分なんて、ボクはちゃんと覚えていないけれど、多分順当な話なんじゃないかな。
まあしかし、
「それで、概ね間違えないとは、どういう意味でしょうか?」
「そうですね。貴方は貴族令嬢と姫様の侍女、どちらになりたいですか?」
……はい?
「護衛ではないのですか?」
「護衛ですよ。その前提での質問です」
要するに令嬢か侍女に扮して実際は護衛を……ってオーダーされているのか?
だけどまた、
「なぜそんな不合理な事を?」
「そんなにも不合理ですかね?」
「護衛としては」
侍女に扮するという事は、鎧を脱いで、剣も持たず、暗器程度の装備しかしないという事だ。
雇った護衛の、護衛としての能力を著しく下げるオーダーというのは理屈にあわない。
うーん。もしかして……
「もしや先日の件が関係しているのでしょうか?」
先日のテッド達の破壊工作事件で、ボクは事情聴取を意図的に避けた。
お祖母様が後始末を請け負ってくれたが、そのやり取りの中で話が変な方向に行ってしまい、結果、落とし前としての今回の依頼……なんて側面があるのかもしれない。
「いいえ。その件は差しさわりなく処理しましたよ」
ならばなぜ故?
ボクの疑問を態度から読み取ったお祖母様は、言葉を続ける。
「考えてもみなさい。貴方が指名される理由はなんだと思いますか」
「護衛としての能力、それから血縁関係に付随する信頼に身分、……あとは女性であるという点でしょうか」
最後の一点は個人的にはアレだけど、まあそれはそれだ。
依頼者にしてみれば、一考する必要がないか、知らない話だし。
「つけ加えると年齢もあるの。シャーロット様と貴方は年が近いでしょ」
「? と、いいますと?」
「シャーロット様はお体が余り強くなかった為、小学校も中学校も通いませんでした。もちろん一切の公務に携わっていません」
そいつは驚いた。中学も、とは知らなかったよ。
『深窓のご令嬢って奴だな。なるほど妥当かどうかはともかく、言いたい事は見えてきたかな』
ふむ。
「つまりは世間慣れをされていないので、武装している人間など威圧感を受けてしまうから、という事でしょうか?」
「それもそうだけど……少し待って」
そこで場に変化が起こる。
お祖母様がボクの問いを答えるために、口を開こうとした時に、お祖父様の秘書が近くにきて、お祖母様に耳打ちした。
「話の途中ですが、とりあえず二人とも立って下さい」
なんだろう? と思ったのも束の間、ノックの音が響き、こちらの合図を待たずにドアが開く。
開いたドアから、先頭にお祖父様がやや端を通り入室。
そして、後ろにいた若い女性が続けて……ひっ!!
辛うじて立つのが間に合ってよかった。
ご尊顔を確認したボクは、あわてて片膝をつき礼をしようとする。
だがその行動は、直々に手で制せられる。
「初めまして。クリスティーナ。私はケイト・シェイルスです」
初めまして? ケイト?
一瞬訳がわからなかったが、数秒して理解する。
つまり今はお忍びだから、過剰な礼をするなという意味だ。
「お初にお目にかかります。閣下」
「閣下などとやめてください。同じ貴族の子女でしょう」
あーどうやらそういう設定らしい。
「失礼しました。お初にお目にかかります。ケイト様」
「様付けは年長者ですし我慢するとして、もう少しくフランクに話しましょう」
そうは言われてもね。流石にちょっとと思ってしまう。
「ケイト様。孫が不作法で、ごめんなさいね」
「何をおっしゃいますか。不意打ちですし、当たり前の反応ですよ。気にしていませんから」
取り成してくれてありがとうございます。
しかし本当に不意打ちですよ。
逡巡しているボクを見て、お祖母様が閣下と挨拶をする。
その時、閣下の護衛と思しき男性と目が合う。
うん。この人、とんでもなく強いな。……じゃなくて。
続けて今度は反対隣に立っていたお祖父様を見ると、頷かれる。
うーん。だったら構わないのかなぁ。
「改めて紹介します。孫のクリスティーナです」
お祖母様が閣下と話す間に、隣に来たお祖父様が、会話が止まったところで、ボクを紹介する。
「クリスティーナ・サザーランドです。冒険者をしております。隣の彼女はフィオナで、ボクの仲間です」
「フィオナ・アップルです。よろしくお願いします」
「ケイト・シェイルスです。ウィンザー家の代理人を務めています」
「紹介も終わりましたし、ともかくかけて下さい」
ボクとフィオが無難に挨拶をすると、お祖父様が着席を促す。
護衛の方の紹介が終わってない気がするけれど、わざわざそこを追及できるほど、ボクの発言権は強くない。
各々お祖父様が勧めた席に着く。
貴族の子女という建前に従い、上座にホストのお祖父様とお祖母様が座った。
「それでクリスティーナ。さっそくだけど、今回の依頼は受けて頂けると思っていいかしら?」
ボクの正面に座った、ケイト様がまずは切り出した。
この状況で『はい』以外の返事を言える奴がいるのだろうか?
「もちろんです。名誉ある任務を頂き光栄な事と存じます。……ただ護衛という観点から、依頼内容について、多少考慮して頂きたい事はありますが」
「ありがとう。それで考慮して欲しい事って何かしら?」
「その侍女に扮しながらの護衛というのは、武装に難がありまして、護衛という依頼が困難になります」
否はない。
けれど、少しでもボクの希望に沿う形にしてもらおうと、ボクはもっともらしく抗弁を試みる。
いろいろと小理屈を振りかざしているが、とどのつまりは侍女だの令嬢だの女の子らしい振る舞う状況を、ボクは勘弁して欲しいのだ。
「あら? 少し認識に相違がありそうね。もちろん護衛もお願いはするのだけれど……」
「どういう事でしょう」
改めてケイト様を見据える。
途端に彼女の言葉が、表情が、ボクの拒否感を揺さぶりかける。
「それよりもね、私がお願いしたいのは、あの子のお友達になってあげて欲しいのよ」
だってカタリナ様の表情は、妹を心配する一人の姉に見えたのだから。
新キャラの名前が複数出てきました。まとめです。
ウィンザー公爵家=クリス達の住む公爵領の領主一族。ここまで物語の中で明記されてはいませんが、クリスの高祖父は公爵家の4男坊で3代前のリーリエの街長です。
ブリジット=現公爵、先代公爵の奥方。
カタリナ=ブリジットの養子。シャーロットの義姉。お忍びの際はケイト・シェイルスと名乗る。
シャーロット=護衛対象。順当に行けば彼女の旦那になる人物が次期公爵。




