休暇最終日(後編)
視点
姉様⇒クリス⇒姉様
私の目的は、無謀な行動を止める事。
だというのに私は何をしているのだ。
無意味に模擬戦を終わらせてしまうなんて……。
呆然、焦燥、悔悟、そんな感情が混ざって、鼻の奥がつんとする。
やってしまった。体が勝手に動いてしまったのだ。
気がつけば、私は目の前に来たチャンスをドブに捨てていた。
「……私の勝ちですね。お兄様」
なんと取り繕えば良いのか、考える。
しかし間が開くと、いよいよ不自然だろう。
思考が纏まらない中で、とっさに出た言葉は、兄さんへの勝利宣言。
「チッ」
――よし。
少なくとも兄さんには額面通りに受け取ったようだ。
ともかく状況に応じた言葉を選べば良さそうだ。
小さく息を吐いて、気持ちを切り替える。
「流石ですねぇ。まったく衰えていませんね」
クリスも気づいていないかな。
だったら……仕切りなおせるか?
成功の確率は格段に下がっただろう。
けれど、その事を意識してしまうと、今私は何をするかわからない。
何をすれば良いのかわからなくなる。
考えろ。
判断材料を探して、現状を再確認。
私の勝利宣言に対して、兄さんは顔を背けて小さく舌打ちをした。
その行為は騎士らしくないが、本人は気づいていない。
昔から、私にやり込められた時に兄さんはこうする。
降伏宣言を受諾して、私は突きつけた剣を降ろす。
この形になった理由は?
えっと、そうそう。
まず始めに受けに徹するクリスを打ち崩すことは困難。
だからなんとか隙をついて後衛の私を倒すしか、兄さんの勝ち筋はない。
相手の狙いがわかっていれば、するべき事はそう多くない。
兄さんに疲労と焦りが生まれてきた頃合を計って、挟み込む形で兄さんの後方に私が回り込めばいい。
そうすれば即座に兄さんは、私に向かってくる。
勝つためにはそうせざるを得ない。
それと攻撃する際に、対象へ剣気を向けるのは、誰だって同じという事も勝因の一つね。
結論として、兄さんの剣気が私に向いた瞬間、私は魔法で狙えばいい。
兄さんなら回避はできる。だがそれでも攻撃に移る刹那にカウンターを合わせられれば、体は一瞬硬直するし、動揺で思考が途切れてしまう。
思考が途切れた際には、ともかく動作を続けるのが私達兄妹の共通の癖。
そう教えられてきたし、実際に私一人ならそれで詰む。
しかし今回は2対1の戦い。
一瞬の硬直が生む時間。
そして思考から、つまり兄さんの意識から、その瞬間はクリスが外れてしまう。
結果、クリスは私の前に滑り込むし、兄さんは攻撃を止められない。
すると無意識の攻撃はクリスに流されて、兄さんは体制を崩す。
――ここだった。
そのタイミングが私にとって絶好の機会だった。
だが私は兄さんに剣を突きつけていた。
……焦らない。
「あらあら。兄さんが弱いだけよ」
「お前は……今日はもう終わりな」
兄さんはそう言って、訓練を切り上げて庭から出て行った。
……あれで負けず嫌いだし、兄貴風を吹かせているのだから、隠れて悔しがるのでしょうね。
「姉様。言い過ぎですよ」
「そんなに悔しがらなくても、内容は私の負け同然だと思うけどねー」
確かにルール上は私たちの勝ちだけど、実質的には兄さんの勝ちだと思う。
あのルールじゃあ、私からすればタイムアタックよね。
それで2分以上粘られたのだから私の負けでしょう。
「そう思うなら、兄様にそう言えば……いや、逆効果ですかね」
「でしょー。まあ今度とりなすから気にしないで」
兄さんのフォローは後日。
とにかく今は、今するべきことをしよう。
「そうですか。まあ姉様と兄様のいつものやりとりですからね」
「そうそう。私たちも柔軟して終わりにしましょうか」
「はい。ところでこの後ですが、今日も商会に行っても良いですか?」
……さてと。
「いいえ。今日は私もクリスも休みにしたわ。それよりも大事な事があるでしょう?」
その私の言葉に、クリスは不思議そうな顔をする。
「どういう事です?」
「今日だけは商会の事はお母様に頼んでいるわ。それよりもちょっと付き合って。話がある」
私がそう伝えると、少し疑念の表情を浮かべる。
でもすぐに嬉しそうに『はい。姉様』と返事をした。
この子のそんな姿を見たら、後ろから斬らないで良かったと、後悔は幾分マシになった。
マシになってしまった。
――あぁ。もう。
どうして私一人で右往左往しているのだろう。
バカバカしい。
はぁ。
そう言えばこの子といると、昔からこういう事がよくあったわね
『こっちの気も知らないで……』と私に思わせる事が。
父様と兄さんも、そういうマイペースなところがある。
視野が狭くて、思い込みが激しくて、自分がいつでも正しいと思っていて……傍から見ている私や母様を、うちの男どもはイライラさせる習性がある。
……なるほど。こいつは弟だ。
父様と兄さんとこいつは男だ。
――――――――――――――――
『要するにあれだ。クリスはシスコンだったわけだ』
……なんでその結論に至ったか良くわからないし、知りたくも無いなぁ。
ただボクにわかる事は、姉様の堪忍袋の緒が切れたという事だけだ。
『うーむ。俺の中のイメージで、姉様はおっとりした人だったのだが』
あぁ。うん。間違っては無いよ。基本はそうだと思う。
ただごく稀に、平均して一年に一度あるかないかくらい、姉様は癇癪を起こす。
そういう時は無言なのだけれど、雰囲気で怒っている事が伝わってくる。
何も言わないのが余計に怖い。
でもなぜ突然?
ただ今日訓練を姉様が再開した事も、何か関係がある事だけは、なんとなく察せられた。
姉様と二人で街を出て、少し離れた丘の上へと来た。
兄様に勝つために、二人で隠れて訓練していた場所。
ここが発覚した時は、お母様に怒られたな。
その時にお父様が『まあいいじゃないか』と口を滑らせ、一緒に怒られる羽目になったのは、今では我が家の定番の笑い話だ。
今考えると、その後もここでの訓練をボクらが続けられたのは、きっと誰かが隠れて見守ってくれていたのだろう。
「さて、と。早速だけど昨日の事よ。貴方あてにお祖母様から連絡があった」
なるほど。そのお祖母様からの連絡が、今日の姉様の行動を促したのか。
隠れられそうな場所を探してボクが辺りを見回していると、振り返った姉様はそう言った。
ボクへ向ける視線の強さが、その意思の強さを表しているかのよう。
しかし疑問だ。なぜ姉様にではなく、
「ボクに?」
「頼みたい事があるそうよ」
頼み事、か。
けれどやっぱり腑に落ちない。
ボクへの頼みが、なぜ姉様を動かしたのか。
「そうですか。それで内容は?」
「その前に一つ。お祖母様に私は貴方が行けそうなら行かせると言った」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「私は貴方の姉よ。姉として無茶はさせない。本音を言えばやめて欲しい」
姉様はそこで一度言葉を区切る。
首を横に振り、遠くを見て、やがて視線をボクに戻す。
「姉様?」
「それでも。貴方がどうしてもというのなら」
姉様は右手を上げて、ボクに向ける。
掌へと魔力が集まりだす。
一連の動作に対して、ボクらのスイッチが入る。
ティーナは強化魔法を使い、ボクは抜剣して構えを整える。
何故? その二文字が頭に浮かぶ。理由は未だに藪の中。
しかし姉様が本気でボクと戦うつもりなのは、ひしひしと伝わってくる。
強い威圧感が、肌を刺している。
その時、異常な事に気づいた。
害意というか、敵意というか、そういった感情が、姉様からまるで伝わってこないのだ。
普通、攻撃行動を起こすためには、感情をある程度昂らせる必要がある。
何かを殴れば、こちらの拳も痛む。
だから、攻撃行動というものに、人はストッパーをかけている。
そのストッパーを外すのが、感情の高揚だ。
その昂らせた害意は、いいかえれば剣気。
ボクらが戦いの中で発する、あるいは感じるもの。
だから、攻撃魔法の構築という、あからさまな攻撃行動を取っている姉様から、害意を感じないのは異常である。
異常なのだ。ボクの常識では。
感情の助走なしで攻撃行動を行えるのは、異常者だけ。
僅かな昂りで攻撃行動へ移れるようにすることは、訓練次第で可能。
だがいくら訓練をしても、全くの助走なしなんて、異常者以外には不可能。
もちろん姉様は異常者ではない。
感情が昂っているのは間違えない。
だがその感情の根源が見えてこない。
「――必要な力を手に入れてからになさい」
「!!」
考える。姉様の言葉の意味を。
しかし理由を一瞬で言葉に纏められるほどボクは賢くない。
でもこれは誰かの為の力で、その誰かは他でもないボクだということは理解した。
すると、ボクの中に力が生まれてくる。
集中力が増していく。覚悟が決まる。
「――感謝します」
端的に感謝の言葉を伝える。
姉様がボクを見る瞳。その虹彩色が僅かに変わる。
その揺れが何を意味するかを考える暇はなく、次の瞬間に魔力が収束。
間もなく魔法へと変化する。
「いくわ――ファイヤーボール!」
やってくる魔法を、躱すことも、魔法で迎撃することも、斬り払う事も今なら出来る。
そんな益体もない事を考えられる程、スローモーションの世界。
迫る火球を観察する。
テッドのファイヤーボールと比べても、遜色のない程の威力と速度だ。
直撃はまずい。
あの時と同じく左手でガード。
着弾と同時に爆発。
衝撃に飛ばされそうになるが、どうにか堪える。
やがて粉塵が収まり、視界が晴れる。
姉様は魔法を放った時の姿勢そのままに、ボクを見ている。
その目が『やってみなさい』、そうボクに言っている。
忘れていたけど、いつかもこんな事があった。
「母なる世界よ」
違う。よくあった、だ。
秘密の訓練で、姉様が手本を見せて、ボクに促す。
「三界の全てに遍在する光よ」
体格に勝る相手、当時は兄様と戦う為の手段。
テクニック、速度、魔法を磨くという事。
「祈りに応え祝福を」
姉様にそんなつもりはないだろう。
けれど、女の体に生まれてしまったボク。
女の体で戦う技術。その根幹は姉様から習ったんだ。
「至高の輝きをここに」
だから。
姉様が協力してくれた今日。
そんな姉様の見ている前で、失敗なんて出来るはずもない。
ボクの感情は昂る。
感情に引きずられるように、魔力が噴き出てくる。
「エクストラヒール!」
魔力は傷口へ集まり、腕全体が活性化されていく。
――――――――――――――――
「はぁ……本当に習得するとはねー」
なんと言えば良いのだか……。
有り体に言えば驚いた。
欠損部位を瞬時に回復できる魔法。
とてつもなく高位の魔法だ。
王都の近衛騎士どころか、その中でも王や継承権の高い王族を守るロイヤルガードを探しても、この魔法の使い手などいるのだろうか?
それを16歳のこの子が……。
ましてや中身はどうであれ、この子の身体は女性な訳で……仕官を希望すれば、諸手を挙げて歓迎されるだろうに。
「ありがとうございました。これも姉様のおかげです」
あっそう。
なんか驚きすぎて、お礼を言われても、まったく実感がわかない。
――はぁ。返す返すももったいない。
仕官すれば、栄達は望むままでしょうよ。
でも……そんなところに、仕官は出来ないのよね。
「仕方ないか。男の子だし」
もしこの子が女の子で、仕官したなら、王妃か王女の護衛。
だがこの子の心が男の子なので、王や王子の護衛になるだろう。
「姉様……」
すると今度はこの子の容姿がねー。
ゴリラみたいな容姿ならいいんだけど、身内の欲目を差し引いても、美人だしなー。
護衛仲間、あるいは護衛対象を害する未来が容易に想像できる。
はー。
もったいないけど諦めるしかない。
……そういえば、
「ところでさー。フィオちゃんと良い感じなのでしょう」
なんとこの子に好意を持ってくれている女の子がいるらしい。
お祖母様の手紙によると、この子の心の問題に対しても、受け入れてくれているとか、なんとか。
「えっと、その……」
何照れくさそうに、モジモジしているのかしらね。
こっち方面は年相応か。
先ほどのとんでも魔法とのギャップで、なんかイラっとくる。
「あはは。そんな照れくさそうな顔をしないでよ。もう」
「はい」
私は仕事、仕事で、彼氏の一人も作る暇もないっていうのに、こいつは。
……いや、待て。八つ当たりはカッコ悪い。
姉として弟の恋を応援してやらねば。
……うん?
「ところで一つ疑問なんだけど……」
「なんでしょう?」
「休暇中、いつデートしたの?」
ここ数日、朝の訓練と、夜までずっと仕事をしていたような気がするのだけれど。
深夜か?
「えっ?」
……どうやら違うようね。
しかもただ単に忘れていたとかじゃなくて、
「あのさーそれって不味いわよ」
「そうですかねぇ?」
事態の深刻さをまるで理解していない。
あ……もう駄目。
よりにもよって『そうですかねぇ?』ときたもんだ。
すっと呆けた返答に、私の頭の血管が切れる音が、本気で聞こえた気がした。
「さっさと帰って誘ってきなさい!」
私が怒鳴るも、
「は、はい! ……あの、姉様一人で」
こいつはここに至って、まだ私の心配をして、
「大丈夫に決まってるでしょ!」
余計に火に油を注ぐ。
「申し訳ありません!」
怒りのボルテージを更に上げて喝をいれ、ようやくあの子は走り去った。
一人残った私は、頭を抱えて、ある事を願う。
頼むから『私に怒られたからデートに誘った』などといってくれるなよ、と。
クリスが見えなくなって、私は草原に寝そべった。
こんな事をするのはいつぶりだろう?
いつからか好まなくなったはずの、地面のべたつきも、枯草の肌を刺す感触も、少し冷たくなった風も、火照った身体には心地よい。
握った剣を少し上げて、目の前に持ってくる。
しばらくじっと見るが、どうやら剣は去らないらしい。
すると剣の先にある景色が目に入った。
剣を下げて眺めていると、箒で掃いたような巻雲が、ゆっくりと流れていた。
「さて、と」
立ち上がり、もう一度流れる雲を見上げて、そして私は前を向く。
帰って汚れを落として、それから商会にっと……そういえば、今日は母様にお願いしたのだった。
うーむ……。
「ま、どうとでもなるわ」
用事は済んだわけだし、仕事に戻ろう。
少し忙しくなりそうだ。そんな予感を胸に、私は帰路についた。
以上で間章は終了です。
割烹で記載した内容を、こちらでも二重に記載させていただきます。
次回の更新は、仕事の都合で5月の終わりか、6月頭になりそうです。
本当に申し訳ありません。
貴重なお時間を割いてここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
もしお待ちいただければ、幸いです。




