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休暇最終日(前編)

視点は姉様⇒クリス⇒姉様


 前々から懸念していたことがある。

 もう一度剣をこの手にした時、ひょっとすると剣が私を拒絶しないだろうか?

 そう怖れていた。

 なにせ私から一度は捨てたのだから、剣が私を見捨ててもなんらおかしくない。


 だがしかし。今この手の中にある剣は、私を受け入れてくれている。

 想像よりも、ずっとずっと、私の手に馴染んでくれている。

 懸念は杞憂であった。


 私は剣に感謝した。



 振り上げる。

 止める。

 そして振り下ろす。


 一度目の素振りは、一つ一つの動作を止めて行った。


 少し高めの風切り音を、私の手が生むのは久しぶり。

 剣速は余り衰えていないし、イメージとの乖離もほぼない。

 10年かけて積み上げたものが、今でも少しは残っている。


 だが残ってはいるが、衰えている。

 この剣筋だと、人は斬れない。

 何かを斬れば、すぐに刃こぼれするだろう。


 少しでも戻すため、問題の原因を探る。


 まずは体の変化を考える。

 あの時に比べて、少しだけ背が伸びた。

 筋肉量はあまり落ちていないが、バランスは変わっている。


 修正の為に、素振りを続ける。

 なんどか降ると、なんとも言えない気持ち悪さを覚える。


 このしっくりこない感覚は?


 振った瞬間に生じる違和感。

 神経を研ぎ澄まして、その正体を探る。


 ……右腕、特に肩が違和感の原因か。

 少し力み過ぎている。


「日常生活では、右手ばかりを使うものねー」


 誰もいない部屋で、自分に語り掛ける。

 考えを纏める時に、私はよく独り言を言う。


 しばらくして考えが纏まり、修正を再開。


 抜きすぎた。

 違う。

 良くなった、が左膝が悪くなった。

 左足の人差し指が今一つ。


 一振り毎に、私の剣が少しずつ見えてくる。


「ふぅ……」


 300回ほど振って、素振りを終える。

 人も何人か斬れる程度には、剣筋が安定してきた。



 体の汗を拭う。結構な量の汗ね。

 この程度の回数で情けないが、まあこんなもの。

 そう開き直る。


 なんせ本番は明日だから。


 時間があるのであれば、余りに少ない訓練量。

 しかし明日、目的を成そうというのであれば、これで良い。

 私は強くなるためでなく、目的を果たすために剣を手にしたのだから。


「……ふふっ」


 そう結論して、おかしいと思った。

 堪えきれず、口に出して笑ってしまう程に。


 その考えは、私が戦士ではなく商人であると強調しているのだから。


 苦笑は込み上げる。しかし悪い気はしない。

 だってこれは別に善し悪しではなくて、只の性だから。

 ただ単に向きと不向きってだけ。


 そこまで考えて、今度は別の事を理解する。

 あの子が戦士に向いているという事実に。

 違う。ドラゴンスレイヤー並という相手から逃げない理由に。


 戦士であるあの子の気持ちを、商人である私が理解出来た。

 それが久方ぶりに剣を手にした結果成されたというのは、必然なのか、皮肉なのか。


 さらに思考を進める。

 剣を齧ったものとして、あの子の戦士としての道を、商人の私が云々するべきでか?

 それは余りに傲慢な考えだろう。


 でもそれがどうした。


 あの子は戦士で、私は商人。

 しかし私は商人である前に、あの子の姉なのだ。


 ――あの子が冒険者をするのは仕方ない。

 男だというのも……再び剣を手にした今、少しだけど理解出来た。

 認めよう。確かにあの子の思考は男性的だ。


 でも、妹だろうが、弟だろうが無茶をするのを、姉は見過ごせない。

 目を閉じれば『姉様、姉様』と慕ってくれた、あの子の昔の姿が、こんなにもあっさりと瞼に浮かぶのだもの。


 姉としてあの子に願う事は単純で、幸せならそれで良い。

 その為に私は戦う。


 私が力ずくであの子を諫めるのか?

 それとも無茶を超える手助けをするのか?

 それはすべてあの子次第。



 ――――――――――――――――


 休暇7日目。

 途中長過ぎたとうんざりしかけたが、いざ終わりを迎える時は、少し寂しさを覚えてしまう。


 仕事の手伝いは、存外に楽しく充実していた。

 するともう少し勉強してみたいと思う。

 そんな事言ったら、姉様に叱られてしまいそうだが。

 『中途半端はダメよー』なんて言われそう。


 あぁ。そうか。充実していたのは姉様のお陰かも。

 姉様と一緒にいるのが、何よりも心地よかったのかな。


 なにせ、姉様が王立学校へ行って以来、こんなにも長時間、何かを一緒にしたことはなかったから。

 子供の頃の訓練は、姉様といつも一緒にしていたっけ……。



「兄さん。私も混ざって良い?」


 そんな事を朝に考えていたら、今日の訓練には姉様も参加すると言い出した。


「それは構わないが、どうした」

「気まぐれよ。いつもの」

「……そうか」


 兄様は特に止めずに、姉様も参加することになった。

 不真面目だけれど、ちょっとボクはわくわくする。


 基礎訓練で、本当に姉様は6年振りなのかと驚いた。

 重心のブレがごく稀に生じるけれど、現役の冒険者の水準に十分達している。


 やっぱり凄いな。姉様は。

 昔は一方的に負けていたからな。

 今からでも3か月くらい訓練を再開すれば、一流の冒険者並になるんじゃないか?



 基礎訓練を終えると、姉様が一つの提案をした。


「兄さん。久しぶりに模擬戦をしましょう」

「うん? いや、それは流石に……」


 兄様は戸惑う。

 確かに、流石になぁ。


 基本動作は体が覚えていても、カンは戻ってないだろうし、兄様の相手はいくらなんでも危ないとボクも思う。


「あらあら。兄さんは婦女子に挑まれて逃げるの?」

「ほぉ。いいだろう。受けてやろう。おちょくられて、泣くなよ」


 でもあっさりと発言を翻して、兄様は受けた。

 もちろん挑発に乗った訳ではない。

 おそらくは姉様が訓練を再開した事が嬉しくて、やる気を削ぎたくないのだろう。


「ふふ。じゃあクリスが前衛で、私が後衛ね」

「「はっ?」」


 兄様とボクの声が被る。


「ね、姉様。どういう意味ですか?」

「いやー。流石に今の私と兄さんでは、前衛は無理よ」


 あれ? 要するにそういう事か。

 あはは。それもいいかも。


「お、おい。なんで2対1なんだよ」

「なんでって……私たちの模擬戦はいつもそうじゃないですか? お・に・い・さ・ま」


 普段は兄さんと呼ぶのに、こういう時は『お兄様』だ。

 この兄様に対していやらしいところは、相変わらずの姉様だ。

 もっともボクと兄様しか知らない一面だけど。


「待て。今のクリスの相手は1対1でも、俺には精一杯なんだ。2対1などもってのほかだ」


 嘘ばっかり。

 2対1がきついのはまあそうかもしれない。

 けれど、いつもボクとの模擬戦では、1発、2発入ったところで、ほとんど効いていないくせに。


 お父様譲りの頑健さだと思う。

 正直うらやましい。


「だいたいそれじゃあ、3対1だ。無理だ。無理無理」

「お兄様は一度受けると言った戦いから逃げるのですか? それでも騎士ですか?」

「待て。それとこれとは話が違う」


 うーむ、兄様が本気で嫌がっている。

 でもボクは久しぶりに姉様と組んでみたい。

 口添えをしてみるか。


「じゃあ、ティーナ抜きにしましょう」

「クリス。お前まで……」


 兄様はそれでも嫌そうだ。

 まだ模擬戦を渋る。


 姉様程の使い手に、ボクの相手をしながら戦うのは難しいか。

 ティーナと違ってあらゆる角度から、魔法が飛んでくる訳だし。


「いいじゃないですか。兄様。そうだ。ボクは手を出しません。兄様がボクを崩せたら、兄様の勝ち。姉様の魔法が直撃したら、ボクらの勝ちで。あっ、姉様。流石に上級魔法は駄目ですよ」

「そうね。庭を汚したら母様が怒るものね」

「フィーナ。心配するのはそこじゃない。クリス。その条件は俺で遊んでいるだけだぞ。……はぁ。まあいいよ。それでやろう」



 ――――――――――――――――


 攻める兄さん。守るクリス。

 二人が模擬戦をするのは、ここ数日何度も見た。

 しかしそこに参戦すると、離れて見ていた時とは比べ物にならないほど、驚愕する。


 クリスは兄さんの剣を捌きながら、私が攻撃しやすいように兄さんの動きを誘導する。

 逆に兄さんはクリスへの攻撃を続けながらも、私が攻撃しづらい、あるいは私の攻撃を自分が防ぎやすい位置を保つ。


 繰り広げられる眼前の光景は、初めて見るダンスに似ている。

 即興で私が作る曲に、二人が振り付けを施していく。

 魔力操作、目線、姿勢、重心とその動きなど、それらの情報から二人には私の行動が正確に読めているからこそ行える芸当だ。


 私を中心として三人での戦いは、素敵な男性にリードされたダンスのように、私を高揚させる。

 だが別の意味で私の足は震えそうだ。


 だって要するに二人の意識は、私にも向いているという事だから。

 剣と剣を打ち合う二人の意識が、剣気が、私にも向かって来ているのだ。

 戦いの最中、格上に意識されるこの感覚は、只それだけで本能を刺激し恐怖を生む。


 しかし恐れは、私の中の何かを呼び覚ます。

 どんどん五感が研ぎ澄まされていくのがわかる。


 牽制の魔法を私は放つ。

 派手な動作のその裏で、私は、ゆっくり、細く長く、息を吐く。

 空気と共に、恐れもまた私の体から抜けていく。


 頭が恐ろしい程に冷えている。

 私の中の何かは、息を潜めてその時を待つ。



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