守護者
ティーナ視点
「朝は4本、昼は2本、夜は3本。これなーんだ?」
「人間ね」
「不正解。答えは俺が今飲みたいものだ」
戦いを終えて、帰りついた頃には、すでに明け方近く。
疲弊しきっていた為、正午過ぎまで休息すると決めていた。
しかし期待通りに進まず、遠くの空が白み始めた今も、俺はまだ起きている。
この女、レベッカが来ていたからだ。
明日ではダメかと確認したが、急遽早朝に公都を離れなくてはいけなくなったらしく、別れの挨拶にきたそうだ。
ならばと宿の食堂兼酒場で、簡単な食事を取りながら談笑した。
しばらくして、限界を迎えたフィオが船を漕ぎだす。
仕方がないので、場所を部屋に変えて今に至る。
クリスはすでに寝ている。
寝る前に『色々聞いておいて』とだけ俺に念押しをして。
ある程度は察しがついているらしい。
「エナジードリンクの類いかしら? 貴方も寝たら?」
寝たいのは山々なんだがな。
レッド○ルは無いので仕方なく熱い茶を淹れる。
「お前と話したら、寝させて貰うさ。っと、アチチ。ほい、どうぞ」
立ち話もなんだ。
茶を出して座らせる。
「ありがとう。……それって、私を口説こうとでも言うのかしら?」
そう言ってレベッカは鞄をあさりだす。
おいおい。何が入っているんだよ。その鞄。
「そういう意味の寝るじゃねーよ」
「別に一晩くらい可愛がってあげてもいいわよ」
そう言いながら視線を鞄に固定させたまま、こちらへ向けた下半身を艶めかしく動かす。
……頭が痛くなってきた。
この茶番に付き合わないとダメなんですかねぇ。
「あざとすぎて、引くわぁ」
「そう言えるって事は、しっかり見ていたという事ね」
振り返れば頬を染めて瞳を潤わして、妙に色っぽい表情ですね。
それとさりげなく胸元を開けるでない。
「なんなの? とりあえず童貞には色仕掛けしないと死んじゃう病気なの?」
「そうねぇ……。まあ仕事で付き合いが必要そうな男には、試しておかないと気が済まない性分だわ」
あぁ。なるほど。
そういう事なら一応説明はつかなくもない、のか?
「信用できるか試しているって事か?」
うーん。でもなぁ。
普通の色仕掛けは、巧妙だぞ? これいい加減過ぎじゃない?
いや。こいつにはこれでわかる何かがあるのかも……。
「そういう事。こんなあからさまに怪しい誘いに乗るようじゃ、ね」
あるいはこうやって考えさせて、何かミスリードを誘う為とか?
……よし。わからん。
わからんが、この話は切り上げるべきだと、俺の勘が言っている。
ぼったくりバーを嗅ぎ分ける、俺の嗅覚がそう告げている。
「まあ、それはそれとしてだ。ちゃんと礼を言おうと思ってな」
「あらあら。もう前戯は終わりなの? あんまり短いと女の子に嫌われるわよ」
やかましい。
いい加減本題に入らせてくれ。
「いや。本当に色々と助かった。礼を言う」
「別に私は何もしていないわ」
まじめな面で礼を言うと、彼女は肩をすくめてそう応える。
「そんな事ないさ。それから華を持たせてくれたテッド君にも礼を言っておいてくれ」
彼女の表情がストンと消える。
途端に場の空気が重くなるのを感じる。
俺は空気を無視して、熱い茶を啜る。
彼女もそんな俺をじっと見つめていたが、やがていつもの豊かな表情へと戻った。
「OK。伝えておく。で、いつから気付いていたの」
「確信を持ったのはさっきだ。あいつの言動からな」
あいつは俺の事を『前世人格』と呼んだ。
前回戦った時は初め二重人格である事も知らなかったのにだ。
つまりこの短期間で、俺という人格が前世のそれであると知った人間と、通じているという事だ。
それは目の前にいるレベッカしかいない。
「ふーん。ちょっと教育しておくわ」
いつの間にか手に持っていた、鞭を撫でながら彼女は言う。
おぉ。怖。くわばらくわばら。
「それでいくつか聞きたいんだが?」
だがテッドの冥福を祈る前に、色々と聞かなきゃならん。
「うーん……好奇心猫を殺すって言葉を知っている?」
酷薄そうな笑みを浮かべて彼女は言う。
どこまでも芝居がかった態度だな。
「残念だが俺はタチよりのリバでな」
「……くすっ。それじゃあネコにもなるじゃない。いいわ。何でも聞いて」
彼女は相好を崩す。
つまらんジョークが、多少は心の琴線に触れたらしい。
「んじゃ、遠慮なく。――それで、結局お前らはどこの誰なの?」
「アザル王国統制省独立外局一部の職員よ」
やはり、か。
予想はしていても、確認すると気が重たくなった。
初っ端から重たいところを聞いちまったかね。
いや、どうせこいつは話すつもりだったんだろうけど。
「独立外局ね……」
王国統制省に独立外局なんて組織は無い。
正確には存在根拠となる法が制定されていない。
つまりこいつらは法の外にいる人間な訳だ。
「あらあら。その様子だと私たちの事が理解できたみたいね。話が早くて助かるわ」
この国のシステムは、俺のいた現代に極めて近い近代国家だ。
おそらくは他国と比べて、地球基準で数百年単位で進んでいる。
そんな国だから実務上は連邦国家のような運営だ。
しかし、諸外国との兼ね合いもあり、形式上は立憲君主制であり、三権はあくまで議会等に委任されているに過ぎない。
何よりも王権神授という考えが根底にある。
「王命か……」
「ビンゴ」
要するに王命は法に縛られない。
愚王が出たらどうなるとか、そんな心配は今までしていなかった。
俺達下々にはどうしようもないし。
だが今回、王命という存在が身近なものになっちまった訳で……。
はぁ。やだやだ。
そうだ。王と言えば。
「テッドは勇者なのか?」
なにせ『エドワード・アザル』だからな。
「正確には次期勇者よ。現勇者は部長」
実行部隊という意味では、あいつが勇者で確定か。
気になるのは……。
「だが、エドワードなんて王族はいないぞ?」
「彼は百合姫が興したアザル子爵家の末裔よ。もっとも彼はその傍流だけど」
そういや百合姫の爵位は、彼女の甥が養子入りして継いでいたな。納得だ。
さて、そうなると。
「んじゃあ、その相棒のお前は何者な訳? ただの同僚って訳じゃないだろう?」
「わざわざそれを聞くという事は、おおよその見当はついているのでしょう?」
質問を質問で返すなよ。
ちょっと自信ないんだから。
「見当違いかもしれないが、魔王……とか?」
勇者という仕事が、裏で続いているのなら、魔王もまた同じように続いていてもおかしくない。
「あら? 私には牙も角も翼も無いわよ?」
「牙やらなんやらは、創作だろうが」
「まあね。でもハズレ。私は魔王じゃない。近い血筋の魔族ではあるけどね。ようするに、貴方やテッドと似たようなもの」
なるほどね。
今時、貴族の中に建国王の血を引いている奴なんて数百人以上いる。
1世代3人子供が生まれていけば、単純計算6代で243人だ。
150年たった今なら、魔王の子孫も魔族の中では同様に多いのだろう。
「ところで貴方は魔族って何か知っている?」
「うん? そりゃどっかの地方の少数民族……」
そこまで言って、ふと気づく。
「そうか。王領のどこかに元魔族の領土があるのか」
「……私が問うたのはそういう事じゃないのだけれどね。魔族は150年前までは魔法族と呼ばれていたの」
ふーん。まあそういうもんだろうよ。
地球でも、敵対する民族を蛮族とかそんな詐称で呼んでいたしなぁ。
似たようなニュアンスなんだろうさ。
「まあそんなもんだろうな。魔法族の起源については、時間がある時に聞かせてくれ」
「つまらないわね。もう少し驚いてくれてもいいのよ」
つまらないと言いながらも、どこか安心した雰囲気だ。
「勝者が歴史を作るのは世の常だ。月並みなセリフだが、お前はお前なんだし」
人間的にどうこうという意味では、別にこいつ個人を嫌いじゃない。
ただしこいつらが背負う、王命という名の使命の内容が正直怖い。
今重要なのはそれだけだ。
「うーん。本気で言っているのだから驚きよ」
「本音かどうか、区別がつくお前に俺は驚きだよ」
「外部の人で、動じない人は本当に珍しいのよ。……貴方は前世で何をしていたの?」
唐突に身の上話を振られる。
あーどうするかねぇ……。
あまり人に話せるような立派な人生じゃなかったから、この話題は嫌なんだがなぁ。
「仕事か? あー、なんだ。そうだな、商社のような……経営コンサルのような……」
俺だけいろいろ聞くというのもアンフェアだ。
そうは理解しても、やはり自らの恥を晒すには何とも言えない抵抗があり、それが歯切れを悪くする。
「便利屋?」
そこまで吹っ切れてもいない。
ただの底辺職業だ。
……しゃあないか。
「そんなあからさまにアングラな住人じゃない。仲介屋だよ。……ゴミ溜めをあさる野良犬だったさ」
わんわんお。
……思い出すと悲しくなってきたワン。
「その犬が必要な人間だっているでしょう」
フォローされたのか、貶しめられたのか。
スルーしてくれるのが、一番気が楽なんだがな。
「ともかく俺の事はもういいだろう」
「ふーん。詳しく聞いてみたいけど、まあ今日の所はいいわ」
ほっ。
「それでお前らの組織はいつからあるんだ?」
「原型が出来たのは十年戦争終結時からよ。明確に組織化されたのは130年程前ね」
建国の時からか。
存命中の人間じゃないなら少しは安心だ。
使命がころころ変わる事はないからな。
今のこいつらと敵対さえしなければいいのだから。
「そうか。それならまだマシだな。じゃあ次の質問」
「マシって、不敬ねぇ。まあいいけれど。……なんなりとどうぞ」
「今回のターゲットは結局なんだったんだ?」
勇者が動く程の物。
それが何かで、こいつらの使命も見えてくるだろ。
「……貴方はこの世で、最も強い力は何か知っている?」
「知らん」
「即答ねぇ。もうちょっと考えてくれてもいいじゃない」
そう言われてもな。
「答えは太陽よ」
あぁ。太陽信仰って奴かね。
だが、
「それがどう繋がっているんだ?」
「あれはね、地上の太陽なの」
地上の太陽? 核融合の事か?
……いやそんなはずがない。
この世界でそんな化学が発展しているはずがない。
「正確には太陽から降り注ぐ魔力を、魔石にする道具よ。……トランスドライブの世界に足を踏み入れた貴方ならわかるでしょ?」
入神の世界……。
なるほど。なんとなくわかった気がする。
たぶん地球で言えば太陽光のエネルギーで、化石燃料を作るようなものなんだろうな。
研究段階だったが、現象自体は起せたはず。
もっとも現段階じゃ経済効率が話にならなくて、産業化するにはまだまだ先だったが。
だが、この世界で重要なのは、
「食料生産に応用出来る可能性があるのか?」
「可能性はある。でもその目途はたっていないし、目途がたってもエネルギーロスが大きすぎて、食糧問題を解決するだけの装置は現実的に作れないと考えられている。だからこそ、あれを世に出すわけにはいかない」
燃料としての油はパラフィン系炭化水素が主成分だ。
パラフィン系炭化水素の組成はCnH2n+2。
そして光合成によって作られるブドウ糖の組成はC6H12O6。
別に魔石の組成がどうなっているのかは知らない。
だが食事からエネルギーを得るこの世界の生物も、地球の炭素系生物と似たような仕組みのはずだ。
だから魔力というエネルギーを、魔石という物質に変えられる装置は、改良次第で別の物質――つまりは食料――を作れる可能性につながる事は想像出来る。
太陽光発電の研究が、人工光合成の研究にリンクしているのと似たようなもんなんだろう。
しかし、
「現実的に装置が作れないってどういう事だ? いくらロスが多くても、数をそろえればいいんじゃないか?」
「単純な話よ。あれを作れるのは、魔法族を含めて数万人もいないの」
貴方なら作れるでしょうがね。そう彼女はつけくわえる。
なんらかの素養が必要という事か。
……ふむ。
この技術が公になれば、飢えに苦しむ人間なら、食料生産装置を作ってほしいと考えるだろう。
例えそれが魔法族という人的リソースを全て割いても、十分な量を提供できないとしても。
そしてこの大陸ではこの国が例外というだけで、ほとんどの人間が飢えに苦しんでいる。
エネルギーロスの多い食料生産を行える装置の製造に、貴重な人的リソースを割くよりも、現状の魔石製造を行う装置を作り続けた方が、余程効率が良い。
少なくとも人類全体という視点では、その方が余程利益になる訳だ。
つまりこいつらの使命は……。
「お前さんらは魔石文明の守護者という事か」
「結果的にはそうね。でも人類全体の利益を守る為という理念の上でよ。この国が他国の支援に尽力しているのは知っているでしょう?」
「いや誤解を与えたらならすまない。別にお前らの使命を否定する気はないぜ。俺は聖人君子じゃないんだ」
一個人として飢える人間に同情はするが、それは前提として俺の生活が成り立った上での感情だ。
こいつら自身も悩みどころなんだろうよ。
でないとすぐに弁明の言葉など出てこない。
彼女の人間らしい部分に、初めて触れた気がするな。
「……じゃあ最後の質問だ。なんで俺たちにちょっかいを出した」
何よりもこれが俺たちには肝心な点だ。
「理由はいくつかあるわ。まず第一にこの公爵領で、私たちが動かなければならない陰謀が進んでいる事」
……まじかい。
「第二にその陰謀の中で貴方が敵に回ると厄介な事態になるという事」
「そいつはどういう意味だ?」
「貴方の二つ名は?」
百合姫……そうか。
「なるほどね」
「そうよ。建国王の血を引いていて、かつ百合姫の二つ名を持つ貴方は、敵に回れば『勇者』という名の神輿になる。……大義名分が生まれるって訳よ」
大義があるってのは、世の中を動かす時に重要だからな。
自分がそんな物になりたくはないものだ。
「最後に、優秀な人材は純粋にスカウトしているというのもあるわ」
まぁこの理由は、前の二つに比べりゃ、屁みたいな理由だな。
さてと。どうしたもんかな?
ここまで事情を知ってしまった以上、俺たちには関係ないとはいかない。
中立というのは一番の悪手だしな……。
「……OK。大体事情はわかった。お前らの敵にはならないよ。但し協力はパートタイマーって事でよろしく」
「ぱーとたいまー?」
あれ? 通じない?
そっか。時間制労働って概念がないのか。
「外部協力者って事だ」
「そういう意味ね。それは残念。理由を聞いても?」
「無法者な人生はこりごりだし、ましてや工作員なんて器じゃないさ。……それに何よりも」
「何よりも?」
「クリスやフィオに、そんなものは似合わないだろ?」
彼女は一端呆け顔になり、そして笑った。
「そんな子供じみた感傷的な理由?」
嘲るような字面だが、その声は真反対。
「言ったろ。俺はプロじゃないんだ」
「そうだったわね。……でもそれもいいのかも」
どうだかな。
彼女はそれきり黙りこんで、何かに思いを馳せているように見受けられた。
その横顔を見ているとプロじゃない自分を申し訳なく思う。
今の彼女に言葉をかけていいのは、同じ悩みを持つプロだけなのだから。
やがて考えが纏まったのか、少し冷めた茶を飲み干して、彼女は席を立つ。
「お茶ご馳走様。二人によろしく」
二、三言葉を交わして彼女はドアを開く。
去りゆく横顔をふと見れば、いつもの彼女に見受けられ。
不覚にもいい女だなと思ってしまった。
拙作を読んで頂きありがとうございます。
以上で3章終了です。
別途お知らせですが来週からしばらく閑章に入り、別人視点の話を書こうと予定しておりました。
しかしその別人というのが、『小児性愛者の養子になった女性』でして……。
色々と考えてスピンオフとして書くことにしました。
以下はURLです。
http://ncode.syosetu.com/n8855dt/
これからもお付き合い頂ければ幸いです。




