自分を認められたから
「最上級火属性魔法!」
フィオの魔法が発動。
辺り一面から噴き出す猛火と、付随して吹き荒れる熱波。
その威力は大型の魔物ですら骨も残らない。
対人戦闘であれば、使用される事などまずない魔法。
万が一に使用されれば、一流の強さを持つ人間でも、発動後に対応するのはほぼ不可能。
しかし相手は一流なんてレベルじゃない。
「最上級水属性魔法!」
即座にエドワードは、フィオの魔法を相殺する水属性魔法を発動させる。
凄まじい量の水が瞬時に空中に生まれる。
生まれた水は滝の如く地へ降り注ぎ、吹きあがった炎を消火する。
『……落下を始めたな』
あぁ。わかっている。
炎と衝突した水は、蒸気となり、なおも降り続ける水で霧へと変貌する。
「せえぇぇい!」
残ったトンファーを、エドワードの予測位置へ投擲。
『風属性中級魔法!』
ワンテンポ遅らせて、ティーナが霧を払う。
風が吹く中、カキンっとトンファーが弾かれた音が聞こえた。
素直に落下しているようだ。
落下予測地点へ突撃。
間もなくエドワードは着地する。
その瞬間を狙う。3人で。
勝機はここしかない
まともにやれば、彼には3人で戦っても勝てない。
圧倒的強者と弱者では、1対1を3回繰り返されて(ボクとティーナは一つの体だからあり得ないけれど)終わりだ。
だから彼が飛びあがり、着地をするという状況を作り出した。
前方でフィオも着地点へ走ってきている。
ここからエドワードが打つ一手は……。
『想定通りだ! アホが!』
エドワードは魔法を発動。
彼も再度風属性中級魔法を使う。
落下速度を落とす為に。
そしてボクの足止めをする為に。
フィオ一人で相対すれば、多分3合も持たない。
それでも、
「せぃ!」
予想していれば、ボクでも切り払える。
再び前へ! 着地まで時間がない。
しかしここで予想を超えた攻撃が来る。
続けて火球が飛んできた。
直撃はギリギリ避けられる。
だが、避けては同時攻撃に間に合わない。
……やっぱりボクは弱い。
だから覚悟を決めた。
――――――――――――――――
俺の着地間際に火属性上級魔法が直撃。
爆発、衝撃音、粉塵をまき散らす爆風、それらが立て続けに発生。
だが着弾と同時に百合姫が放った炎の槍が俺の着地点を狙っている。
刺し違えても……ってか。バカ野郎。
「はぁぁ!」
それとほぼ同時にちっこい嬢ちゃんまで。
着地。
飛んできた魔法を切り払う。
同時に、鞘で後方の嬢ちゃんへ突きを放つ。
「しまっ……グッ!! ――!」
ゴキャッと骨の砕ける嫌な音が聞こえた。
魔法は防いだ。
だが、嬢ちゃんは鞘突きを避けていた。
半歩横へ移動した分、メイスは俺の右腕を狙ってきた。
まともにくらって右腕は折れ、剣を落とす。
だが、それよりも……。
――――――――――――――――
彼は強い。
だから全ての攻撃を防ぐ
ボクは弱い。
だから捨て身で戦える。
もっとも満身創痍だ。
最後が上級魔法だったのは、完全に誤算だった。
爆発で全身に火傷をおっており、鎧も服もボロボロ。
一番ひどいのは防御した左腕で、焼け爛れてところどころ骨まで覗いている。
だが、生きているのだから問題ない。
あとはこの振り上げた剣を振り下ろすだけ。
その力は残っている。
「うおぉぉ!」
砂塵の海から飛び出す。
ボクの姿を視界に捉えたエドワードは驚愕の表情だ。ざまあみろ。
フィオのメイスが、彼の右腕を砕き、その剣を落とす。
そしてボクがトドメに袈裟切りの一閃を放った。
彼は折れた右腕を振り上げる。
ボクの剣と衝突、切断。彼の腕が宙を舞う。
しかし進行を阻まれて、ほんの僅かに落ちた剣速。
それが勝負の分かれ目となった。
「ぐっ!」
ギリギリで半歩下がられ、薄皮一枚しか斬れなかった。
空振りの勢いで、転がってしまうボク。
即座に飛び上がり、距離を取りながら自らの腕を掴む彼。
「ぐぅぅ!」
痛みを堪えて立ち上がる。
「ハイヒール」
だが立ち上がった時にはすでに回復魔法で彼の腕はほぼ治っていた。
一方ボクはと言うと、少しずつ治ってきてはいる。
が、左腕はほとんど治っていない。出血こそ止まっているが、肘から先は動かせない。
要するに……勝負あり、だ。
「フィオ。待って」
戦いを続行する為、次の魔法を用意していたフィオをまず制止する。
お前は何を言っているのだ?
そう言わんばかりの抗議の視線がボクへ向く。
「待ってくれ」
それでも改めて懇願すると、怪訝そうな表情をしつつもひとまず武器を納めた。
「ふう」
戦いの余熱を載せて、ボクは大きく息を一度吐く。
――そこに悔しさが無いと言えば嘘になる。
けれども不思議とそれを受け入れられた。
前回と違って、ボクの心は屈辱感ではなく、どこか満足感に満たされていた。
そんなボクの心情を、エドワードも読み取ったのだろうか?
交差していた、互いの剣気が霧消し、場の空気も柔らかくなっている。
第一このやり取りの間、何も仕掛けてこないのだ。
彼もこれ以上戦うつもりはないのだろう。
「……参った。ボクの負けだ」
気がつけば自然とそう口から零れていた。
真っ向から結果を受け入れられた。
負けを、彼を、そして自分を認められたから。
「……なあ百合姫」
……ボクから戦いを仕掛けておいて、ましてや降参したこの身で、勝手な言い分なのは重々承知している。
それでも折角のこの悪くない気分に、余り水を差さないで欲しいのだけれどね。
そんな事を考えながら、ボクは返事をする。
「なんだい? ……いたた」
戦いが終ったと認識すると、左腕の痛みが顔を出してきた。
うわぁ。改めてみると酷いな、これ。
参ったね。しばらく使い物にならないかもしれない。
「エドワード・アザルだ。お前は?」
――こいつは想定外だ。
彼は名乗ったのだ。それもボクより先に。
ふふっ。なんだ。意外といい奴じゃないか。
「クリスティーナ・サザーランド」
だからボクも彼に応える。
「本当はまだ戦えたんじゃないのか?」
なかなか無茶を言うね。
「もう撤退しか策を残していないんだよ」
「それなら引き分けだな。俺も剣を落としているし。それに……紙一重だったぜ」
「……そいつはまた、随分と分厚い紙だね」
「まあ俺は負けられないからな」
気負いもせずに、事もなげに吐いたその言葉には、だからこそ重みがあった。
直感的に、ボクにはまだ体現した事のない事情……いや、彼の信念、あるいは責務がある事だけは感じ取れた。
辺りを見渡せば、視界の隅にボクらのやり取りを不思議そうに見守る、フィオが映る。
「……そうかい」
やはり彼は何かしらの使命を帯びていたのだ。
こんな犯罪者のような方法を取ったのも、その使命の為だろう。
……誰かの為に、何かの為に、か。
その強さをボクは最近思い知らされてばかりだ。
自負心だの自己主張だの、言い換えれば私心、私情、エゴ。
それらを超越する力を。
「あーそれでだ。よかったら治してやろうか? それ」
ボクの左腕を指さして彼が言う。
そんな事まで出来るの?
「凄いね。じゃあお願いします」
「はぁぁぁ!?」
とうとう完全に理解の範疇を超えたようで、フィオは素っ頓狂な声を出した。
そんな困惑した顔も可愛いとふと思った。
このタイミングで口に出したら殴られそうだけど。
――――――――――――――――
「母なる世界よ。三界の全てに遍在する光よ。祈りに応え祝福を。至高の輝きをここに。……エクストラヒール」
詠唱を終えて、光の奔流が彼の手から放たれ、患部を包む。
「……おぉ」
感嘆の言葉が思わず漏れた。いや本当に凄い。これ。
吹き飛んだ肉まで修復されていく。
伴って指先が徐々に痺れを感じてくる。
『いやいや……若干グロくないか? つーか傷が痒くてたまらん』
もう。我慢しなよ。
ボクも意識しないようにしていたのに、そう言われるとますます痒くなるじゃないか。
「おいクリス」
ティーナといつも通りのやり取りをしていると、エドワードが声をかけてきた。
さてどういった態度で接するべきか?
「……いきなり愛称で呼ぶとは馴れ馴れしい奴だね君は。それでなんだいテッド」
少し迷ったが、敬愛の気持ちも込め、敢えて軽口で答える。
「なんなのこいつら……意味がわからない。全く理解出来ない」
フィオはそんなボクらを、なかなか辛辣な言葉で評する。
「そういうなよ、嬢ちゃん。男同士は殴り合うと友情が芽生えるんだよ」
「そういう訳なんだ。ゴメンね、フィオ」
「……いちいち拾わないでよ」
ただでさえ呆れたと言わんばかりのフィオは、より一層眉間に皺を寄せ、盛大にため息をつき、
「だったら前回で友情を育んでおいて欲しかったわ」
少しの沈黙の後、そう小さく呟いた。
「……ゴホン。それでだクリス」
これ以上彼女を刺激するのは好ましくない。
彼もそう考えたのか、再度ボクに話題を振ってきた。
「なんだい?」
「トランスドライブは制御出来るまで使うな」
うん? なんの事だろう?
「……覚えてないか? 俺の強化魔法を真似しようとしただろ? すっとこどっこいは覚えていないのか?」
すっとこどっこい?
『セクハラにも程があるだろ……。制御方法を教えろと言ってくれ』
「セクハラにも程がある、だそうだ。あと制御方法を教えろってさ」
「お前さんも図々しいにも程があるだろ。いや勘違いするな、前世人格の事だぞ。……まあ今度教えてやるよ。……よし。OKだ」
左手を見ると治療が終わっていた。
念の為手を閉じたり、開いたりしてみたが、完全に治っている。
「ありがとう」
「おう。またな」
手短に礼を伝えると、彼もまた手短に答えた。
そしてテッドは踵を返す。
あれ?
「仕事はいいのかい?」
「問題ないんだな。これが」
手をブラブラと振り、相変わらずの軽い態度で彼はそれだけ答えて、公都方面へと走り去った。
彼が――正確には彼の仲間が――きっちりと仕事を済ませていった事をボクが知ったのは、翌日になってからだった。




