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君が好き

後半はエドワード視点


 男物の下着を初めて買った。肌着も同様だ。

 汚い恰好で、それ以上に女として、死にたくはなかった。


 別にボクだって、初めから死ぬつもりはない。

 だけどその可能性は、決して低くなくて。

 その事実に目を背ければ、確実に負けると思ったから。


 とはいえ、鎧や服は使い慣れた物を選ぶ。

 勝つつもりで挑むのだから。


 もっとも……勝ち負けに余り意味はない。

 決着をつける事が重要なんだ。

 奴との、そして自分自身との。



 ――――――――――――――――


「それで、いつリーリエに戻るつもりなの?」


 とうとうこの質問が来たか……。


 襲撃の日以降、ボクとフィオの間で、その件と帰郷予定の話題に上がる事が無かった。

 彼女がボクに、気を遣ってくれていたからだろう。


「……そうだね。1週間後くらいでいいかな?」


 決着をつける為に、今日から宿を出るつもりだった。

 もしかすると、彼女はボクがそうする事を察して、部屋を訪ねてきたのだろうか?


 質問の真意を探るべく、今の予定をそのまま告げた。


「元々は明々後日の予定だったわよね?」


 ――ここまで黙っていてくれた彼女だから、ちょっぴり期待していた。

 仮に気がついても、何も言わずに見過ごしてくれるかなって。


 決着をつけに行く事を、彼女に告げるべきか否か?

 ボクもこの3日間迷った。でもやめた。


「うん。でも今度公都に来られるのがいつになるかわからないなと思ってね。だから色々と用事を済ませておきたくてさ」


 パーティーとしては褒められない行為だ。

 それに後から知れば、彼女はきっと怒るだろう。

 もしかすると嫌われるかもしれない。


「ふーん。どんな用事? 私もついて行っていい?」


 でも話したらどうなるか?

 普通に考えれば、まず止める。

 客観的には危険ばかりで、何の益もないのだから。


「えっとゴメン。出来れば一人で行きたいんだ。お祖母様にお礼も言いたいし、お祖父様ともちょっとは話すつもりだし」


 それでも、なんと言われても、ボクは行く。

 ボクにとって、譲れない事だから。

 ボクが折れないとなれば、彼女はその時どうするか?


「……そう」


 ……ついてくるかもしれない。

 もしもボクが逆の立場なら、きっとついて行く。


 一方で、流石にあり得ないとも思う。

 だってボクの個人的な感情で、無駄な無茶をするのだから。

 彼女からすれば、バカバカしい行為だ。付き合いきれない。


 でも、その可能性が少しでも頭をよぎってしまったら、もう彼女に告げるという選択肢はボクの中で無くなってしまった。


 彼女を危険に晒したくないから。


「えっと、ほらフィオもさ、レベッカさんに色々とお店を聞いていたけれど、回りきれてないだろう? 折角の公都だし回ってきなよ。それで3-4日ほど暇を潰していてくれないかい?」


 だから家族に会うと、嘘話を作った。

 家族の話と言えば、彼女は引くだろう。

 使いたくはなかった、倫理観の欠ける最低の嘘……。


 そこまでしても、


「――いい加減に嘘はやめて!」


 彼女は引いてくれない。

 声を張り上げボクを睨む。

 でもその瞳が潤んでいる事に気づく。


「うっ……」


 泣きそうなのに、なぜか得もいえぬ彼女の迫力。

 その迫力に押されて、言葉につまる。

 『嘘じゃない』そのたった一言が出ない。


「なんで? なんで誤魔化そうとするの?」

「そ、それは……」


 なぜはボクも同じ。君はなぜ?


「本当の事を教えて! 戦いに行くのでしょう!?」


 ――あぁ。そうだった。

 そうやってまた君は、ボクの事を案じてくれる。

 それでボクは打ち明けられなかったんだ。


「フィオ……。ゴメンね」


 君は己の損得を抜きに、怒ってくれるのだから。


「謝ってほしいんじゃない。答えて」


 彼女はイヤイヤをするように首を振る。

 だがその弱々しい動作と裏腹に、声は明瞭だ。

 それは彼女が、黙って行かせるつもりはない。――その決意の表れのようだ。


「……君の言う通り。ケリをつけたいんだ」


 君はとっても心の強い女の子。

 そして優しい子だ。


「――ッ! そんな事はわかってる!」


 ボクはそんな君が好き。

 ボクも少しでも見習いたい。


「……うん」


 だから、だからちゃんと話をしないと。

 ちゃんと君と向き合わないと。


 ――それを終わらしてから、決着をつけに行こう。


「その事をなんで誤魔化すの? なんで私に言ってくれないの!? 私はそれを聞いているの!」


 そんなの――。


「フィオ。君が好きだ」


 ふと、思考がそのまま口から出た。

 唐突に気持ちを打ち明けてしまった。


 ……これで今回の戦いに、勝っても負けてもパーティーは解散せざるを得ないかもしれないな。

 そう思うと怖い。

 奴と戦うよりもずっと怖い。


「……えっ?」


 反応につまるフィオ。

 彼女からすれば予想外の返答だから当たり前。

 多分ちゃんと聞き取れてもいない。


 今なら、無かった事に出来るかな?

 そんな考えも頭をよぎるけれど……。


 だけど、君にちゃんと――誠意を持って話すという事は、好きという言葉を伝えないのは嘘になる。

 遅すぎだけど、今からでもそうした方がいい。


 だから……。


「ボクは君が好きだ。友人としてではなく、男女のそれとして」


 もう一度、いや何度でも言葉にする。


「ボクは君が好きです。……理由は沢山あるけれど、そうやってボクの事で怒ってくれる君が特に好き。……そういう君だから、言えなかった。……言えば巻き込むと思ったから」


 気持ち悪いと思われたかもしれない。

 怖い。怖い。怖い。

 それを確かめたい衝動にかられる。


「クリス……」

「待ってフィオ」


 でもそんな事は聞かない。


 ボクは中途半端で格好悪くて、そして体は女の子だ。

 それでも君を好きなのは本気だ。

 この気持ちは、誰に恥じることもない。


 第一、相手の反応を探りながら告白するなんて男らしくない。


「ゴメン。最後まで言わせて。――これからする事は凄く危険なんだ。黙っていた事は本当に悪かったと思っている。でもボクは君に危険を冒してほしくないんだ。……だけど君にこの話をしたら、巻き込んでしまうと思った。だから言えなかったんだ。……その事を許してなんて言わない。ただ見逃してほしい。行かせて欲しいんだ!」


 だってそれが


「ボクが――ボクが男の子である為に!」



 ――――――――――――――――


 隠れ家を出て、協力者に用意してくれた馬車に乗る。

 荷を検められずに、それも夜間に、公都を出られるとは相当な力があるな。

 そんな彼女が情報提供に留まらず、実行まで協力してくれるのはありがたい。


 お陰で今回は、早めの対応が出来たと思う。

 それもこれも協力者様様だな。


 ここウィンザー領には、職員こそ多少はいても、今まで協力者がいなかった。

 だが元を正せば死んだ従甥孫(じゅうせっそん)が原因らしい。

 部長(当代)が仰るには、彼女も思うところがあってこちらに接触してきたとか。



『あの事件……いや事故か。ともかくその真相は痛ましい話だったんだ。加害者(・・・)からすれば痛ましいで済まされては堪らない程に、な』



 正直そんな遠い親戚の事でいちいち責任を感じる心境は理解出来ない。

 知らないふりをすれば、自らの利益になったかもしれないのだから尚更だ。



『若いお前にはわからんだろう。かく言う私もお前の言葉も理解出来る。……それは私もお前も男だからかもしれないな。……なんにせよ、今のうちに諦めて欲しいものだ。……だから力を見せつけてこい。その為のお前だ』



 ……最低条件は問題なくクリア出来そうだが、リクエストに答えられているかは微妙だな。

 こんなもんで諦めてくれないもんかね?

 お咎めなしで済ませられるうちに……。



「ここらでよろしいですかな」


 公都を出て15分程。

 衛兵からは見えない場所まで移動したところで馬車が止まる。


「あぁ。助かったよ。それよりあんたは大丈夫かい?」

「心配なさらずとも迷惑はかけませぬ。それよりも旦那様からご伝言が」


 うん?


「旦那様? 奥様でなく?」

「はい。旦那様です」


 奥様個人でなく、家として協力してくれているという事か。

 そいつはますますありがたいね。


「なんでしょうか?」

「では。『万が一の事があれば敵に回る』との事です」

「……その万が一って、今日の事だよな?」


 ……やっぱりありがたくないかも。


「左様でございます。もっとも貴方様には失礼な話だと思いますが……、孫可愛さ故の戯言と思って、お聞き流し下さい」


 手加減できる相手じゃないからなぁ。

 そんな事したら、こっちがやられる。


 ま、ゾンビみたいにタフな奴だったから大丈夫だろう。


「はっ。誰に言ってんだ。心配するな」


 軽いノリで返答する。

 協力者に弱気な姿は見せられない。


「よろしくお願いします」


 そう言い残して馬車は遠ざかっていった。



 さて、


「……天に地に、あまねく世界に満ちる光よ」


 詠唱と魔力操作に集中する。

 高位の四属性混合魔法だけは、詠唱抜きだと流石の俺も難しい。


「祈りに応え内在を照らせ」


 そろそろ短縮詠唱くらいできないと、師匠にバカにされそうだな。

 こうやって考え事が出来るくらいには、慣れてきたんだが。


「今、この想いを貫かんが為に」


 体が熱く、そして軽くなる。

 まるで回復魔法の光に包まれているような感覚だ。

 起きている事はほぼ真逆だが。


「……トランスドライブ」


 体が活性し、引きずられるように精神も高揚してきた。


 おっし。気楽に行くか。

 なにせ勝ってもよし、負けてもよしだ。

 お膳立てはすでに整えた。


 俺たちにそこまでさせたんだ。

 だからそれなりの物を見せろよ。百合姫。




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