契約満了
夢を見ていると、すぐに気がついた。
現実世界と決定的な違いがあったから。
夢の世界でボクは王立学校へ通っていた。
ローランドを中心とした男子グループで、真面目に勉学や訓練を行ったり、時にバカ騒ぎをしたり。不思議と同級生にフィオがいて、ティーナは前世の姿で用務員さんをしていて。
身も心も、当たり前の男子生徒としてボクは過ごしていた。
ボクがかつて望んだ……今でも妄想するような内容だった。
季節は廻り、学校が長期休暇に入る。
騎士団でのインターンは1年生はまだない。だから暇を持て余す。
帰省する生徒が半分、王都で遊びながら冒険者をする生徒が半分で、ボクらのグループは後者。
そして次々とボクらは冒険者としての成果を上げていった。
楽しい夢は一つの警備依頼を受注した事で終わる。
警備をしていると奴――エドワード――が現れた。
あっという間に皆やられて、ボクは動けなくなった。
でもそこにティーナが乱入してきて、奴は去った。
「女に手を出す趣味はない」
そう捨て台詞を残して。
いつの間にか、現実の――女の体にボクは戻っていた。
時間が飛んで、ボクらは二年生に進級する季節。
フィオもティーナも、何故かいなくなった学校で、ボクは孤立気味だった。
ローランドもまた、王国騎士団団長の令息と関係を深めており、付き合いは明らかに減っていた。
だが、そんな時期にローランドに呼び出される。
彼は公爵家がかつて王だった時代から仕える家柄で、ボクはその分家。
それは法という現実的な側面でも、それ以上に風習的な面でも、色々な場面で今なお影響を残している。
その公爵家の姫様が来年、入学される話を聞く。
その姫様の、護衛兼世話係を頼みたいという話だった。
いわゆる高貴な令嬢の、取り巻きという奴。
当然の話であり、断れる話でもなく、断る必要もない。
ボクは引き受けた。
入学された公姫様は、子供の頃に拝見したご尊顔ではなく成長されていて、陳腐な言い回しだが、大変に見目麗しい方だった。
もっとも後になって考えれば、幼い頃に拝見した姫様の、義理のお姉さまのお姿だったけれど。
公姫様の取り巻きをボクに任しているとはいえ、ローランドも姫様の実質的な配下である事に変わりはない。
顔を合わす機会が増えて、男同士だった時ほどではないにせよ、ボクと彼はまた親密になった。
そんな折。
取り巻きはもちろんボクだけじゃない。
同じ公領でも他の街出身の貴族のご令嬢方。
彼女達はボクとローランドが出身も学部も同じと知ると、ボクらの仲を邪推する。
気分は悪かったが、全員ボクより高貴な家の出だ。
なにせボクは彼女達と違って、護衛を兼ねているのだから。
ボクに戦う力が無ければ、姫の取り巻きをするには家格が足りない。
そんなボクに表立って、彼女たちに意見など出来ない。
ボクにとって大切な事でも、周りからしたら理解を得る事は難しい。
何よりたかが噂話だ、意見など出来るはずもない。
いつしか噂を耳にしたローランドは変わった。
話し方や視線、態度、それらはボクを女として意識していた。
気持ち悪かった。
そんな噂スズメ達の囀りは、姫様の耳にも入る。
姫様も女性である以上、そういった与太話は好まれるようで、直接ボクに尋ねてこられた。
ボクは噂を否定した。
彼とはただの友人であり、そういった関係でない事をはっきりとお伝えした。
そのボクの言葉を彼女は、ボクが身分差を気にしていると曲解したらしい。
そして、姫様のはからいに、スズメ達の噂話に、踊らされたローランドはしまいにはボクに求婚までしてきて……。
その気持ち悪さに、抗いがたい状況に、めまいがした。
改めて見渡せば、
正しい行いをしたと信じて止まない姫様。
素敵な物語だと、楽しそうに見守る取り巻き連中。
本当の自分の気持ちなんだと、ボクを見るローランド。
だからボクは、
「いい加減にしろぉー!!」
声を荒げてしまった。
――――――――――――――――
夢の中で上げた怒声。
その怒りは、現実世界の体にも同じ反応を促した。
「いい加減にしろぉー!!」
そんな自分の声に驚いて、飛び起きた。
び、びっくりした……
心臓がバクバク言っている。
しかし支離滅裂な夢だった。
『夢ってなんであんなに整合性がないのだろうな』
まったくだ。なんだよ今の夢。
……それはともかく、おはようティーナ。
もしかして起こしちゃったかな?
『おはよう。それより大丈夫か? ……昨夜の事は覚えているか?』
昨夜? あっ……。
うん、そうだね。
大丈夫。ちゃんと覚えているよ。
それで、あの後どうなったの?
ここは宿みたいだけれど……。
そうしてティーナからボクが気を失った後の顛末を聞いた。
「……そう。迷惑かけたね」
『気にするな。……大丈夫か?』
ティーナが心配しているのは、体ではなく心の事だろう。
倒れる前に、随分と取り乱してしまったもんね。
あげくには、感情が爆発して気を失ってしまったし。
でも意外だろうけど、もう大丈夫だよ。
『……無理してないか?』
うーん。なんていうかボク自身、不思議なんだけどね。
今は何故か落ち着いているよ。
『そうか。まあそれならいい。……じゃあ、俺はまだ魔力回復しきってないからもう少し寝るな』
あぁ。何かあったら起こすよ。
『頼む』
しばらくすると、ティーナの意識が再度眠りについたようだ。
気を使わせてしまったな。
だけどこれはお互い様なので、お互い割り切っている事項だ。
「さて」
目を瞑って、昨日の戦いを思い出す。
エドワードの体捌きを、剣筋を、魔力操作を。
併せてシミュレートする。想像の中で戦ってみる。
……やっぱり凄いな。
全然太刀打ちできるイメージがしない。
ボクはいつの間にか驕っていたようだ。
別に誰よりも強いなんて考えていた訳じゃない。
けれど常識外の……例えばドラゴンとかそういう類の存在でなければ、ある程度は戦えると思っていた。
足元にも及ばない人間がいるなんて、思ってなかった。
だが想像していなかったとしても、事実立ちはだかっているのだ。
だからもう一度、状況を変えてシミュレートする。
……くっ。
またブッ飛ばされた。そして追撃はこない。
「ふう……」
駄目だ。集中できない。
奴の言葉が脳裏に浮かぶ。
「女に手を挙げる趣味は無い、か」
……あームカつく。
言葉そのものはボクも賛成。女の子に手を挙げちゃダメだと思う。
でもそれをボクに当てはめられたくない。
矛盾しているのは、重々承知している。
確かにボクだって女扱いされることは、不本意だけど慣れている。
日常生活を送るうえで、それは仕方のない事なのだから。
でもボクは戦う事しか能がない人間だ。
この戦闘能力を抜きに生きていけない。それはボクじゃない。
それ故せめて戦場においては女扱いされたくなかった。
命のやり取りをする場で、なおも気遣われるのは屈辱だった。
――――――――――――――――
夜になって、6日目までと同じくフィオと巡回警備を行う。
レベッカさんが報告した、ボクらが敵を追い払ったという話は一応信じられたようだけど、別の襲撃者がいないとは限らない。
つまり契約満了までは、今まで通りの警備を行う必要性がある。
もちろんボクらがいなくなった後も、他の冒険者さんは暫く雇うのだろう。
もっともあんな奴が何人もいてたまるかとも思う。
それに奴は一人で動くとレベッカさんは言っていた。
仮にいたとしてもここに品物が無い以上、奴の仲間なら来るはずが無い。
それより来る前にフィオにケガは大丈夫かと心配された。
けれども治療は済んでいるのだ。問題はない。
そのまま答えると、彼女はちょっと困ったような表情を浮かべていた。
少しして『昨日は役立たずでゴメン』と謝ってきた。
どうしようもない相手だったし、ボクも結局は何も出来なかった。だから気にしないで欲しい。
その事を伝えると、ますます彼女は曇った顔をして……。どうにか彼女を元気づけたくて色々と言葉を尽くしたけど、彼女のいつもの笑顔を見る事はついぞ叶わなかった。
おかげで巡回している今もどこかギクシャクしている。はぁ。
昨日の件が彼女とボクの間にも尾を引いている。
けじめを付ければこれも解消される。そう信じる他にない。
その日の仕事が終わり、部屋に戻った。
そしてティーナに話した。
けじめを付けに行きたいと。
『絶対に立ち向かう必要は別に無いぜ?』
……嫌だよ。
『まあ聞け。放り投げて逃げても、全てがダメになる訳でもない。むしろダメになる事なんて……周りから見ればほぼ無い。……そりゃあ最初は後味の悪さがあるだろうさ。だが、いずれそれは消えてなくなる。今回の件から逃げてその先にあるものにだって、意味はある。その先に掴むものにも価値はある』
君の言葉は否定しない。そこに価値はあるのだろう。
けれども……。
『何もかもから逃げないなんて選択は、誰もに出来ない。みんなそうやって生きている』
そうかもしれない。でも今回はダメ。
放り投げるのは簡単だけど、自分が納得できるボクでありたい。
だからお願い。付き合ってくれ。
『……困った奴だ。じゃあ奴のカラクリを教えるよ』
? なんで知っているの?
『レベッカに聞いた』
――君もそのつもりだったのかい?
『まあな』
――ふふ。実に君らしい。頼むよ。君だけが頼りだ。
『……』
変な事を言った?
『いいや。それで奴の強さの秘密は――』
聞けば単純な答えだった。
ただの強化魔法だった。
四属性を混合した伝説級のという但し書きがつくが。
だが強化魔法ならば、水系統の魔法で散らせる。
それが成せる可能性をシミュレートする。
……ボクとティーナが死力を尽くして、30回に1回ぐらいか。
十分だ。悪くない。
分は悪くても勝ち目があるのだから。
その1回を次に持ってきてやる。
そして何事もなく3日たち、契約は満了した。




