バカは死んでも治らない
ティーナ視点
「……」
『ちくしょう。ちく、しょう。ち、く、しょ……』
気を失ったか……。
怒りで昏倒なんて、見るのも体験するのも初めてだ。
もちろん肉体的疲労も影響しているのだろうが。
しかしあの野郎。
「クソがっ」
確かにあいつは正しいさ。
だけどそんなの関係ねぇぞ。ふざけやがって。
……いや、違うか。
俺がもっと考えて立ち回っていればな。
この役立たずの、くそバカが。
「その、クリス」
「……なんだ?」
「悔しい気持ちはわかるけど……フィオちゃんをいつまでもあのままにしていては、かわいそうよ」
……確かにそうだ。
「あぁ。すまん。とりあえず起こすか」
倉庫を背に、座ったまま気を失っているフィオの元へ歩く。
少しふらつくが歩行に支障はない。
骨や臓器、脳なんかは問題なさそうだな。
だが、顔のぬめりに不快感を覚えて、服の袖で顔を拭う。
すると少しはましな気分になる。
クリスが目覚めたら、『タオルで拭け』って文句言われるかもしれないと、ふと思う。
もっともそんな小言を言うぐらい余裕があれば、罵倒でも何でも大歓迎だ、とも。
寝かしておいた場所へ行きフィオをみると……寝息まで立ててやがる。
腹の虫のざわつきが増すが、それは只の八つ当たりだ。態度に出しては大人げない。
無事でよかった。以上。
手を取って脈をはかる。
医者じゃないから確かな事は言えないが、問題なさそうだ。
「おい。起きろ」
声をかけるも目を覚まさない。
……おいおい。やめてくれよ。
ちょっと不安を覚える。
だがいびきをかいてない。大丈夫なはず。
念のため揺すらずに、何度か手をたたく。
「フィオ。フィオ」
「……うーん。……あれ、クリス? 何、えっ! これどういう状態!?」
「大丈夫か? ちゃんと見えているな」
焦点は……あっているな。
顔を覗き込んでいるので、息がかかるくらい距離は近い。
その事に動揺しているから、ちゃんと見えているはず。
「起きたか? それと残念だがティーナだ」
「ちょっと。だったら、早く離れて!」
「ぶべっ!」
思いっきり突き飛ばしやがって。
変な声が出ちまったじゃないか。まったく。
「元気なのはいいのだけれどね……。ともかく私はクライアントに報告に行くわ。今日は退けたって。貴方達は帰って休みなさい」
「助かる。悪いな。頼む」
「ちょっと意外ね。貴方は『あいつの言葉を信じるのか?』なんて言うと思っていたのだけれど?」
「お前も、あいつも、プロなのだろう?」
「――貴方はだれ?」
警戒すんなよ、面倒くせぇ。
まてまて、俺は大人だ。
落ち着け。
「それは後だ。とにかく悪いが報告は頼む。俺たちは宿に戻るから、終わったら来てくれ」
「ねぇちょっと。話しが見えないのだけれど」
お前もなぁ……。
「お前が気持ちよく寝ていた間の話は、レベッカが来る前にしてやる。いいから帰るぞ」
「――何よ。感じ悪い。ティーナもしかして機嫌悪いの?」
「さてな」
イライラしている自分が、くそダセェ。
こんなんだから、俺は三流なんだと自覚もしている。
それでもこの感情をコントロールできそうにない。
――――――――――――――――
帰り道。
血まみれの恰好をしている事に気がついたフィオは、心配してきた。だが『大丈夫だから宿に戻るまでは放っておいてくれ』と頼むと、黙ってついてきた。
結局、八つ当たりをしてしまった自分が情けない。
宿に戻るまで放っておけという言葉を額面通りに受け取ったのか、ロビーに入った途端に質問が飛んでくる。
「それで、何があったの?」
「襲撃があった。まずお前が不意打ちで気絶させられた」
「それは……ごめん」
素直に謝られると、なんとも言えない気分になる。
俺は何をしてんだ。
「悪い。言い方も態度も俺が最悪だ。すまない。お前は悪くない。あいつは強いとかそんなんじゃなくて、何というかな? 言わば、存在が理不尽、だな」
あぁ、そうだ。まさに理不尽と評すべき奴だった。
自分で形容した言葉で、少し落ちついた。
名状しがたい相手に、イラついていたが、存在が理不尽か。
なるほど。
だけど憤りはまだ残っている。
このまま会話を続けるべきじゃない。
一度、頭を冷さんと……。
「そんなに?」
「冗談抜きに本当だ。それよりお前も俺も小汚いからまずはシャワーを浴びないか? ――正直、今の俺は冷静じゃないんだ」
「……そうね。わかった」
「痛ぅ!」
シャワーが傷にしみる。
全身擦り傷だらけだし、筋肉が腫れてところどころ赤黒い。
治したいのは山々だが、回復魔法を使うと魔力切れで俺まで気を失う。
「はぁ」
いかんな。
反省はするべきだが、それは今じゃない。
後悔なんて自分に酔う行為は、する必要すらない。
こんなにイライラしても何にもならない。
そもそも、俺は能天気なバカだ。
何を癇癪おこしてんだ。らしくない。
「どこぞの変態テ○ィベアみたいな名前しやがって。胸にスイッチでも……あほくさ」
気分を変えたくて、いつものつまらない軽口を叩いてみても、一向に笑えない。
くだらない言葉を浮かべようと思っても、汚い言葉しか浮かばない。
なあなあに今回の件を誤魔化せそうにない。
だから仕方なしに真面目に向き合う。
……奴は強い。俺は弱い上に無能。
つまり完敗。
要するに、ただそれだけ。
柄にもなく、向き合った結果は単純な話で……。
いや、頭のどこかでちゃんと分析しろとも思っているのだが、
「くそっ」
ただひたすらに、悔しさで一杯だった。
クリスが気絶して、良かったこと二つある。
一つは起きたらいつもみたいに茶化さずに、一緒に悔しがれる。
もう一つは今の俺を見られないで済んだこと。
若いというのは素晴らしい。
途中からシャワーを水に切り替えたが、上がって体を拭いてしまえばなんともない。
つーか、打ち身を温めるとかアホか俺は。
頭が冷えたところで、フィオが部屋に来た。
何かを我慢しているような、なんとも言えない表情で。
――こんな顔をさせちまっていたのか。
「フィオ。さっきは本当に悪かった。謝る」
「……ケガしてなければ、ぶん殴るところだったわよ」
「殴ってくれても構わない。申し訳ない」
「殴られた方が気が楽なんでしょ。だから殴ってあげない」
「……バレたか」
そう言って下げた頭をあげて、ニヤリと笑う。
「……落ち着いたみたいで良かった。心配した」
「ごめんな。おかげで多少ましになったよ」
「いいよ。それで、続きをお願い」
どこまで話したっけ?
フィオが倒れたところまでか。
ハハ。なんも話してねぇな。
「了解。ともかくかけてくれ」
丸テーブルを挟んだ、イスに座らせる。
茶を二人分淹れて、反対の椅子へ腰かける。
「ありがとう」
「どういたしまして。それでお前が倒れた続きだが、まずはお前の無事を確認した」
「そう」
そっけない返事だが、どこか嬉しそうだな。
「ともかくお前の無事を確認してクリスは安心した。同時にお前を守れなかった事に恥を覚えた。そのどうしようもない鬱屈とした気持ちが、相手への怒りに変わったんだろう。そして……」
素手で剣を止めた事や、剣を抜かれた後は手を抜かれたあしらわれた事、殺さないように気を使われていた事を簡単に話していく。
信じられないとか、大げさに言っていないかと確認されるが、残念だが事実だ。
「繰り返すが本当だ。そこでレベッカが来た。あいつらは顔見知りらしく、レベッカが交渉した結果、野郎は今日引く事にした。正直助かったよ」
「それで、無事だったんだ……」
僅かに会話が止まる。だがすぐに続きを促される。
「その後は? いつティーナに?」
口に出すと、また心がささくれそうだが、答えないという選択肢もない。
「クリスが、何故殺さなかったのか問うと、奴はこう答えた」
あぁ駄目だ。やっぱムカつく。
「女に手を挙げる趣味はない、と」
ざけんな。ちくしょう。
「奴は、クリスが『百合姫』と知っている上でそう答えやがった」
「そんな。そんな事って……」
いささか意味をなさない言葉を彼女は口にする。
意味をなさなくとも、その震えた声がありがたい。
「怒りで……まあ疲れもあるだろうが、クリスは気を失って、俺と交代した。そしてお前を起したんだ」
そして今度こそ完全に、二人そろって黙り込む。
声に出して奴を批判したり、罵る事すら出来ない。
心底腹を立てると人は言葉を失う。
黙って怒りを消化しようと、震えるフィオをしばらく眺めていると、感謝の念が沸いてくる。
しばらく眺めていたが、時間がかかりそうなので、考え事へとりかかる。
どうすれば……。
「ねぇ。ティーナ」
「うん?」
思考遊びに没頭しすぎた。
いつの間にかフィオが立っていて、顔を上げると……って、え?
「イダッ!」
デコピンされた。
「な、何故?」
「さっきのティーナの態度に納得がいった。だからそれで許してあげる」
えぇ――。それ貴女のイライラの八つ当たりでは……。
いや、それも含めても俺が悪いな。
あぁやだやだ。
それに、こいつも感情のやり場がないんだろう。
だったら、付き合って貰おうか。
「そいつはどうも。……って、年長者を敬わんかい!」
「――うるさい! 年上を主張するなら、年上らしい振る舞いを見せなさいよ! だいたいあんたは普段から」
「普段の事を言うなら、お前は!」
二人で感情のままに声を荒げた。
気持ちをリセットするために。
前を向くために。
騒ぐ事にお互い疲れを感じ始めた頃に、レベッカがやってきた。
「報告してきたわ。取り逃したが、傷を負わして追い払ったってね。それで、貴方たちの話し合いは終わった?」
「あぁ。どうするかはまだだが、フィオも考えたいだろうし、クリスも寝ている。先に俺と話そう」
「貴方は誰?」
そこからか。
直球な質問に直球で返す。
「俺はティーナだ。二重人格でな」
「……なるほどね。『百合姫』の魔法の秘密が解けたわ。けれども、そういう意味じゃないわ。理解しているでしょう。何故貴方は奴の言葉を信じたの?」
「さっき答えたぞ。お前と奴がプロだからだ」
「質問を変えるわ。貴方の言うプロって何?」
「私も聞きたい。私たちはプロの冒険者じゃないの?」
フィオが質問に割り込む。
「フィオ、俺たちはプロの冒険者だ。それは間違いない。こいつらはアングラな意味でのプロだ。冒険者は肩書の一つに過ぎない」
「わからないわよ、それじゃ……」
再び黙り込むフィオ。
黙ったフィオを見て、対照的に続きをレベッカは促す。
「とにかく俺たちとは別種のプロだ。プロというのは、プロ同士の約束は破らないものだ。だから奴の言葉を信じた。フェアプレーなんて言葉は無いが、ルールはある。なにせ狭い業界だからな。ルールを守らなければ、延々と殺し合って最後はみんな死んじまう。だろう?」
「概ね間違ってないけれど、私とあれを一緒にしないで。私は能力上、ギルドから警護依頼の指名が多いだけよ」
ふーん。まあいい。
「そうかい。じゃあ奴はなんだ? 殺し屋……じゃあないよな」
当前だが、殺し屋だって対象以外の殺しはなるべく避ける。
だが、ああまで忌避する奴はいない。
「便利屋でしょうね。それでなぜクリスの別人格の貴方がプロのルールを知っているのよ」
「俺はクリスの前世人格だ。前世の記憶を持っている。もっとも別の世界のだけどな。それでも同じ人間同士で考えることに大差はないだろう」
「なるほど、前世持ちね。納得したわ」
? すんなり納得されたな。
そういえば、
「前世持ちって珍しくないのか?」
「珍しいわよ。でも報告事例が無いわけじゃないし、私も何人かは会った事がある。多重人格者は私は初めてだけど」
地球でも前世記憶を持つ人間はいたそうだしな。
そんなもんか。
おっと、つい脱線しちまった。
「まあいい。奴の事でいくつか聞きたいんだがいいか?」
「一々断らなくてもいいわよ。知っている事しか答えられないけどね。……って、まさか貴方?」
「クリス次第だが……ま、あいつには必要な話だろ」
あいつがこのまま尻尾を巻くとは思えない。
「貴方プロだったのでしょう? 止めないの? プロ同士の約束よ」
「俺はプロじゃない。もっとも素人とも言えないが」
「一番タチが悪いタイプね。困った人」
同感だ。
プロになり切れない奴が、大概物事をややこしくする。
もっとも、そういう奴はいずれババを引く。
俺はその事を良く知っている。
おそらく、身をもって体験したのだから。
それでも、残念な事に
「バカだろ?」
バカは死んでも治らない。
「大馬鹿よ。理解しているでしょうが、私は付き合えないわよ。それでも?」
そんな自分に半分呆れ、半分ほっとしている。
むしろ好ましいとすら思っている。
実にナルシストな奴だ。
「安心しろ。最初から当てにしてない。だから頼む」
自己愛者気質な己を知って、呆れてしまう。
だがつまらん軽口を100個叩くよりも、よほど笑えた。
悪くない気分だった。




