予告日
予感というものは、後になって考えれば何かしらの根拠があるものだ。
嫌な予感をティーナもボクも覚えた。
何が起きるのか今はわからない。でも、何かしらの問題は起こるのだろう。
だけど、嫌な予感がするなんて理由で依頼は降りられない。
結局のところ、その良くない事が最小限の被害に留まるように、依頼に当たるしかないのだ。
「難しい顔をしてどうしたのよ。もしかして機嫌悪い?」
「あー。そう見える? ちょっと考え事していてさ」
駄目だな。
気を抜いてはいけないけれど、ずっと緊張しているのも悪い結果を呼び込む。
依頼初日の夜。各パーティー事に巡回をしている。
本命の倉庫の場所は聞いてしまっているので、その近くばかりをついつい回ってしまっていた。
考えて巡回しないと、ボクの動きから本命が割れてしまう。
……しかし人の気配が薄いな。
ボクら商会に雇われた冒険者だけでなく、普段から巡回している兵士さんもいるけれど、夜の倉庫街は基本的に誰もいないようだ。
ところどころ壁面に描かれているラクガキから、やんちゃしている人達なんかもいそうなものだけれど、なぜか今日は見あたらない。
もしかすると、帯剣している人間を見かけて、寄り付かないのかも、なんて益体もない事を思う。
「そういえば、なんで予告状なんて出したのかしら?」
ある程度巡回をしてみて、事前に貰っていた地図との相違が無い事を二人で確認していたら、唐突にフィオが尋ねてきた。
「うーん。一応こういう予告って、錯乱か悪戯のどちらかなんだよね」
「じゃあ悪戯で、何も起きない可能性もあるんだ」
「その可能性は、極めて低いと思うよ」
ボクらを雇うのにも、かなりのコストがかかっている。
依頼者にはそうするだけの心当たりと、それだけのコストをかける価値があるのだ。
「つまり十中八九、錯乱って事ね」
「だと思う。もっとも余り意味を成しているとは思えないけれど」
予告日は一週間後の一日だ。
もちろん依頼者もバカ正直にその日だけ守る訳はなく、品物を倉庫に入れた本日から警備は雇われている。
「でも、どのみちクリスが守っている以上は安心という事ね」
「なんでさ?」
「なんとなく、よ」
「……」
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
まあ、いざとなれば君だけ守れればそれでいいけれどね。
恥ずかしくてこんな言葉は言えないね。
結局以後の6日間は特に襲撃は無かった。
まさか本当に予告日に来る気なのか?
――――――――――――――――
「ご苦労様です。早速ですが、配置変更を伝えに来ました」
正午過ぎに目が覚めると、ファティマさんが宿に訪ねてきた。
一向に姿を現さない敵に、依頼主の商会長が焦れてきているそうで、作戦変更をするそうだ。
でもその内容が、
「つまりは囮役ですか」
「そうです。私見を申し上げますと、一番可能性が高いのも貴女達が囮になる事です」
作戦は単純だ。
本命の倉庫にボクとフィオの二人が張り付いて警備。
他の冒険者たちは近くで待機。
戦闘になったら、応援が来てみんなで袋叩きにするって寸法。
でもこれさ、
「逆に警戒するでしょう?」
「そうかもしれないですね。ただ、正面にいるのが若い女性二人。応援が来る前に事を済まそう……そう考えるかもしれません」
うーん。
まあやってみてダメなら、きっとまた方法を変えるのだろう。
『それに、仮に警戒して来なくても、俺らとしては警備依頼達成な訳だから、そっちの方が良いだろ』
それもなんとなーくすっきりしないけどね。
「とはいえ今日は予告日です。襲撃をかけてくる可能性は低くないので、気をつけて下さい」
「わかりました」
「ところで一つ質問しても良いですか?」
フィオ?
「はい。答えられる事でしたら」
「その襲撃犯が、破壊を目的にしているのであれば、倉庫諸共魔法で吹き飛ばすというのは考えられないの?」
「そもそも例の倉庫自体、対魔法建材で作られていますから簡単には壊せません。それに対象を確認せずにそのような行動には出ないだろうと、課長が申しておりました。……なぜその答えに至ったのは私も聞いていませんが、確信している様子でしたね」
「なんだかねぇ。まあ一応納得しておくわ」
……ねえ、ティーナ。
『何も言うな。藪をつついて蛇を出すことはない。とにかくフィオと俺たちの安全第一に行動しよう。……できれば何も起こらずに、依頼期間が過ぎればいいんだけど、な』
ボクもそう願いたい。
でもきっと無理だ。
ますますきな臭いよ。
ボクの感は絶対に何かが起こると言っている。
――――――――――――――――
倉庫前、二人で歩哨につく。
他のメンバーがどこに伏せているのか、お互いに知らないけれど、ボクらが合図として魔法を打ち上げれば、応援に来る手筈になっている。
相手は多くても3、4人だろうし、それまで凌げば勝ちだ。
不意を突かれないようにだけ集中しないと。
――そのまま約2時間経過したが、何も変わらない。
相変わらずの代わり映えの無い倉庫が並ぶ光景と、風も穏やかで物音一つ聞こえない静かな夜だ。
長時間集中していると、流石に疲れてきた。
そんなボクを気遣ってか、フィオが話しかけてきた。
「ねぇクリス。一番最初の依頼覚えている?」
「もちろん覚えているけど、どうしたのさ」
「あの時もこうやって待機していたなってふと思って……まだ半年しか経っていないのに、随分昔の事みたい」
そうだった。
あの時もこうやって待機していて、フィオと話して、そうしたら兄様に注意されて……。
「あの時もこんな感じで物音一つなくて、世界に私たちしかいないんじゃないかと思うくらい静かでさ」
「うんうん。……うん? ……ちょっと待って」
「どうしたの?」
何か違和感がある。
なんだ? 何かが、おかしい?
「何か違和感があるのだけれど……フィオわかる?」
「えっ? ……うーん。ごめん、ちょっとわからない」
辺りを二人で見渡すが、特に先ほどまでの光景から変化は見当たらない。
索敵魔法を使ってみても、50m程の索敵範囲内には誰もいない。
「気のせい……じゃないよね?」
「索敵範囲内には魔力をもった生物はいないから、気のせいのはずだけど」
「誰一人いないって事?」
誰一人いない? 応援は? そんなにも離れている?
……そうか。
違和感の正体は音だ。
「わかった。いくら倉庫街といえども静かすぎる。そして誰もいな『カンッ』」
「きゃっ」
不自然な静寂を認識し、口に出したまさにその時だった。
後ろから聞こえた金属質なその音は、小さいものではあったが、音に意識を向けていたボクらには、まるで雷鳴が轟いたような衝撃を与えた。
反射的に振り向き、剣の柄に手をかける。
同時にティーナも強化魔法を使っていく。
「ちょっと見てくる。援護を」
「了解」
まだ動揺は完全に収まっていない。
音の原因が判明しなければ、収まる事はない。
身長に2歩、3歩と足を進める。
数m進んだところで、何か光るものが地面に落ちているのが見えた。
あれは……コイン? なぜこんなとこ……!
まずい!!
「フィオ注意して!」
「えっ?」
振り向き注意を呼びかけながら彼女を見る。
彼女はボクの言葉に理解がまだ追い付いていない様で、ボクを見ている。
もう一度注意を促そう。
口を開こうとした時に、彼女の後ろで何かが動いた。
そして、
突然彼女は力が抜けたようにゆっくりと倒れる。
「はっ?」
何で? 理解が追いつかない。
『襲撃だ!』
ティーナの声が聞こえて、風が吹いた。
「ちと悪いが、寝ててくれ」
そして知らない男の声が聞こえた。




