冒険者同士の話し合い
約1ヵ月経過した。
先月の生物分布調査依頼を皮切りに、グリンデゥール子爵の関連企業からの指名依頼が多い。
最初は分布調査の後は、リッグ建設から例の街道の警備依頼を長期間されていたのだけれど、困った事に相場を上回る報酬を提示されていた。
確かにボクはお金が欲しいから、ありがたいと思ったのは事実だし、断りづらくもあった。
だから1週間程は受けたけれど、あまりにも報酬が相場と剥離しすぎていたので、それ以上は丁重に断らせてもらった。
警備依頼の予算が予定を大きく上回るという事は、それだけ他の部分にしわ寄せがある。
街道の完成度や人件費などの諸々に。
その結果、街道を利用する人々や作業員に、ボクが恨みを買う可能性があるからね。
そうしたら今度は関連企業から、次々と指名が入って来たという訳。
警護、採取、配達なんでもござれ。
変わったところではステップガール(日雇いのメイド)なんかもあった。
流石にそれは断ったけれどね。
一日メイドにそんな報酬はありえない。そもそもいっぱいメイドいるじゃないですか、といったお屋敷だもの。
第一、女性限定みたいな仕事は、申し訳ないがゴメン被りたい。
貴婦人の護衛とかなら、まだ割り切れるけれどさ。
どう対応するべきか頭を抱えるボクらとは対照的に、レベッカさんは実に自由だった。
指名依頼をご一緒する事も多々あったけど、都合が合わない時は、ばっさりと断っていた。
なんでも別の依頼がかなりあって、忙しいみたい。
それなのにボクらと一緒の依頼も、それなりに受ける。
不思議な人だ。
そんな感じで、公都に来た最初は強盗事件からしばらく稼げなかったけれど、そんな訳で最近は順調だった。
でも昔から『好事魔多し』って言葉があるように、つまらないケンカをしてしまった。
――――――――――――――――
公都の冒険者ギルドは地元のそれと違って、軽食の取れる喫茶店が併設されている。
その日は夕食にはちょっと早い時間に依頼が終わったので、そこでフィオとお茶をしていた。
「しかし、毎日忙しいわね」
「そうだね。ありがたいけれど、こうも休みがないと少し疲れるね」
指名依頼がひっきりなしに入るので、最後に丸一日休んだのはもう2週間近く前。
変な依頼もないからずっと受けていたけれど、たまには休みも欲しくなってきた。
「そういえば、そろそろフィオは借金返し終わるんじゃない?」
「そうね。このペースなら後2か月もすれば、貯まりそうなものね」
そうなんだ……。
自分で降った話題に対する返答は、鈍い痛みをボクに与える。
僅かの間、沈黙がボクを支配。
周りの喧噪の中で、ボクの耳には彼女が飲み物を吸う音しか聞こえない。
「よかったじゃないか。それで貯まったら一度戻るかい?」
やっとの思いで言葉をつなぐ。
なるべく明るく聞こえるように。
「そう、ね……待ってくれる約束にはなっているけれど、なるべく早く返しておきたいもの」
「そうだよね。うん。ボクもそうするべきだと思うよ」
……彼女は返済を終えたらどうするのかな?
もう冒険者なんて続ける必要性もなくなるし、地元に残るのだろうか?
何か気の利いたセリフはないものか。
『難しく考えるなよ。お前はどうしたい?』
ボク?
……うん。そうだね。
ありがとう。
「ねえフィオ」
「なあにクリス?」
「……あのさ「これはこれは『百合姫』さんじゃないですか」」
ボクが話そうとした時に、今まで話したことのない男に声をかけられた。
そいつは30ぐらいでやけにずんぐりとした、恐らくはウエイトトレーニングばかりをして上半身を鍛えているだろう、そんな男だった。
少し酔っているのか、顔に赤みがさしている。
どこかで見た気はするのだけれど……。
「こんにちは。ボクの事をご存じなんですか?」
「はっ。俺の事なんか覚えていないってかい。流石は今売り出し中の若手って訳だ」
なんだ、こいつ? それにここでは余り『百合姫』の名前で呼ばれないのだけれど……。
『俺らを尾行していた奴だろう』
あぁ、あいつか。それでボクを知っているわけだ。
どうしたものかと思案していると、男の仲間らしき連中が彼を止めに入った。
「よせよ、ダニー」
「うるせー。なあ、お前さん『百合姫』はやめたのかい?」
はっ?
「どういう事でしょうか? 先輩方」
「スチュワートさんの女にでもなったのかって、そう聞いているんだよ?」
なるほどね。
ボクを尾行していた事からもわかる通り、こいつにとってスチュワート課長は常連客だったのだろう。
でも、ボクらが最近は依頼を受けている分、こいつは割を食っているという事か。
ちょっとムッとするけど、所詮は酔っ払いのたわごとだし……どうしたもんかな?
「ちょっとアンタ! ふざけた事言わないでよ!」
「なんだチビ! ぶっ飛ばされたくなかったら引っ込んでろ」
「この酔っ払い。あんたが役立たずだから、こうなったんでしょうが。こっちも迷惑しているのよ!」
ボクが何か言う前に、フィオと男が口論になる。
「クソガキ!」
男の腕が彼女に伸びるが、ここ最近の訓練の成果かフィオはその腕を払う。
続いて……まずい!
「てめぇ!」
「キャッ」
あっ……。
『ありゃりゃ。身長差がありすぎて、今度は払えなかったな……っておい』
「お前ふざけんなよ!!」
男を突き飛ばして、尻もちをついたフィオと男の間に割り込んで立つ。
「お前が気に入らないのはボクだろう! そのケンカ買ってやるから、訓練場に来い!」
「ガキが!!」
『はぁ……あんま大怪我させるなよ』
……善処するよ。
フィオと、男の仲間と、ギルド職員が見守る中、移動した訓練場で対峙する。
男は拳闘スタイルのようで、こぶしを握り顎の前で構える。
「おい、謝るなら今の内だぞ」
それはこちらのセリフだ。
「負けるのが怖いんですか?」
「死ね!」
それなりにはできるみたいで、いきなり大振りなパンチはしてこない。
男は距離を取りながらジャブを放ってくる。
身長差が15cmぐらいあるので、リーチ差でカウンターが取りづらい。
だけど、これぐらい。
男のスタイルに合わせて、拳闘で相手をする。
ウィービングとスウェーでジャブをかわし、要所で拳をはたいてジャブを返す。
そしてあえて寸止めする。
寸止めしている事に気づくと、当然だが男は怒り出す。
怒り出すと雑になるので、ますますボクに攻撃が当たらずに、寸止めをし続ける。
「てめぇ!!」
とうとう怒りまかせに前蹴りが来る。
右半身を前に一歩踏み込み、左腕で蹴り足を持ち上げ、軸足を払うと男は盛大に尻から落ちる。
追撃に掌底を鼻に叩き込もうとすると、男は額で受けようとヘッドバットを放つ。
掌底を止めて頭突きをすかし、そのまま髪をつかんでこちらに顔を向けさせる。
「まだやりますか?」
「クソがっ!」
懐に手を入れた男がナイフを取り出し、掴んでいた手を斬りつけてくる。
とっさに手を放して後方へ飛ぶ。
「やめろダン!」
「クリス!」
「来るな!」
観客が止めに入ろうとしたので、声とジェスチャーで制する。
「そら、来いよ」
「死ねや!」
右手に持ったナイフを男は真っ直ぐに突き出す。
左の掌で男の前腕を流し、彼我の距離は50cmにも満たない。
流された右腕が畳まれて、肘がボクの顔に迫る。
右手で止めると、スイッチした左手のナイフが腹を狙ってくる。
半歩下がり空振りさせると再度スイッチしていて、振り下ろしが鎖骨を狙って来る。
……思ったよりも使える人だな。
攻防を10度も繰り返したところで、終わりにする事にした。
右手の切り払いを捌いて、左膝で肝臓を狙う。
男もさるもので、右膝でガード。でも甘い。
ボクの膝が離れた瞬間、男のガードが下がる。
腰のバネを使って、左足を伸ばしてミドルキック。
肝臓の硬い感触が足に伝わってくる。男は腹を抑えて膝をつく。
「ぐっ」
ナイフを持ち替えていた左腕をからめとって、肘を極める。
そのまま折れないように調節しながら、地面に押し倒す。
それでも武器を離さない。握った手の甲を踏みつけると、痛みでようやく離した。
転がったナイフを拾い、踏みつけた手に刃をあてる。
『おい。マジでやめろよ』
わかっているよ。
「謝って、もらえませんか?」
「刺せるものなら刺してみろ!」
男の目は、まだ戦意を失っていない。
「……ボクが回復魔法を使えるのはご存知ですよね?」
「それがど「刺して、治して、刺して、治して、刺して、治して……どこまで耐えられますか?」」
しばし睨みあいになるが、やがて男が目線を外した。
……ふう。
「やめときます。お互い忘れましょう」
踏んでいる足をどけて、出口へ向かう。
「行こう。フィオ」
「ちょっと待て!」
ボクが振り返ると、男は立ち上がっていた。
「下らない事を言って悪かった。そっちの嬢ちゃんにも謝る」
「……いえ。ボクの方こそ配慮が足りていなかったです。申し訳ありませんでした」
男の仲間と職員にも詫びを告げて、訓練場を後にした。
――――――――――――――――
「やりすぎよ、クリス。心配したんだから」
「ゴメンね」
帰り道、歩いていると、突然怒られてしまった。
どうも男同士の話し合いは、女の子には少々野蛮に見えるようだ。
「でもね」
「うん?」
「守ってくれてありがとう」
――やっぱりボクの好きな子はかわいい。
満開の花のような笑顔がボクの心をグラグラと揺さぶるのを感じる。
「えへへ。でも先にかばってくれたのはフィオだよ。ありがとう」
感謝の言葉と同時に、彼女の手を握る。
しばらく戸惑っていた様子だったが、やがて握り返してくれた。
そうだ、
「ねえフィオ」
「な、なに?」
「返済が終わっても、一緒に冒険者続けてね」
「当たり前でしょ? こんなにお金になる仕事やめられないわよ」
……そうかい。
でも、今はそれでも良いさ。
「それに」
「ん?」
「貴方を守るために隣にいるって言ったじゃない」
「――駄目だよ。ボクが君を守るんだから」
いつかの夜のやり取りをそのままに、ボクらは手をつないで帰路についた。




