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来客


 公都に来てから1週間が過ぎた。

 到着した翌日に、領政府への書類を届けてからは、特にこれといった仕事はしていない。


 冒険者ギルドに公都を拠点にする旨を報告したのと、その日のうちに終わる簡単な仕事をいくつかこなしたぐらいだ。

 この地では右も左もわからないのだから、妥当なところだろう。

 それからお祖母様が手配してくれていた宿は、少々ボクには敷居が高い――端的に言えば値段が高い――宿だったので、宿を変える必要もあったし。


 あとは少し公都を見学していた。

 公都は凄く広いので、宿の周辺のお店をいくつか回ったに過ぎないけど、フィオとデート気分を味わえて、内心はしゃいだ。プライベートは充実した日々と言える。

 残念ながらデート気分なのは、ボク一人だけだというのは重々承知しているけど。


 それはそれとして、そろそろ本格的にここで冒険者として仕事をしよう……そう思っていた矢先の事だった。



「クリスさん。お客さんが見えられていますよ」


 簡単な仕事を終えて夕刻に宿へ戻ると、女将さんにそう声をかけられた。

 お客さん?

 特に約束はしていないけど。


「そうですか、どんな方ですか?」

「若い女性の方です。一時間くらい前にこられました。今は食堂でお待ちですよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 女将さんに会釈して、併設されている食堂兼酒場へ向かう。

 しかし、誰だろう。

 お祖父様の使いなら、秘書の方が来るから、男の人だし。


「フィオ。誰かわかる?」


 食堂へ向かいながら、となりを歩くフィオに尋ねる。


「レベッカさんじゃない? 約束はしてないの?」

「いや、ボクはしていない。その様子だとフィオもみたいだね」

「うん。していないわ。でも、レベッカさんだとしてなんでここがわかったのかしら?」

「そう言われてみれば、確かに……」


 二人で推測するが、結論は出ないまま食堂へと入る。

 中に入って、目的の人物を探してみるが、見当たらない。

 キョロキョロとしていると、ウェイターさんがやってくる。


「クリスさん、ご案内します」

「どうもすいません」

「いえいえ。仕事ですから」


 5日も泊まっていると、ボクらの顔をすっかり覚えたみたい。

 そうして、案内された席で待っていたのは、レベッカさん……ではなかった。

 特にギルドでも見たことが無い人だ。


 人違いかな? でもこの人……。

 いろいろと想像をめぐらしていると、こちらに気づいた女性は立ち上がる。


「恐れ入りますが、クリスティーナ・サザーランドさんと、フィオナ・アップルさんで間違いないでしょうか?」

「はい。ボクがクリスで、彼女が仲間のフィオです」


 ボクが紹介すると、フィオは黙って軽く会釈する。


「ありがとうございます。申し遅れました。私はリッツ建設で総務部4課に務めておりますファティマ・ケンプソンです。以後よろしくお願いします」

「……こちらこそよろしくお願いします」


 リッツ建設か。だったらあの件だろうな。


 差し出された右手に、こちらも軽く握り返す。

 握った手からわかるのは、彼女は明らかに事務方じゃない。

 今は小奇麗な服を着ているが、服装が違えば先輩冒険者と思うだろう。


 ……ちょっと違和感があるけれど、話してみなければ何もわからないか。


「……お待たせしたようで、申し訳ありません」

「とんでもない。アポも無しに、こちらこそ失礼しました。ただ、言伝を頼みにくい要件でして……どうぞおかけになって下さい」

「それでは失礼します」


 ボクらが席に座ると、彼女も同様に座る。


「しかし、納得しました」

「何を、ですか?」

「たった3人で。という話ですよ」


 うーん、なんというか回りくどくて、ちょっとやりにくい人だな。

『先方からすれば、デリケートな話なんだろうよ。なんせ、孫請けが強盗事件起こしたんだからな。あぁ、それと多分メシ誘ってくるだろうが、面倒なら先約があるとでも言っとけ』

 確かに。この回りくどさはティーナみたいだね。

『ほっとけ』

 フフ。おっと、返事をしないと。


「運が良かっただけです。それでご用件は?」

「薄々ご理解を頂いているとは思いますがその前に……。あの件はどこかで話されてはいませんか?」

「……軍と、ギルドと、領政府だけです。必要がなければ、今後も話すつもりはありませんので、ご安心ください」

「ご配慮痛み入ります。その件で交渉がしたいのですが、明日弊社に来て頂けないでしょうか?」


 えぇ……。


「あの、私に含むところはありませんが」

「そう言って頂けるのはありがたい限りですが、私も下っ端でして……どうかお願いできないでしょうか?」


 下っ端って……。

 それはともかく、面倒だな。

 でも断るのも厄介な相手だし、仕方がないか。


「わかりました。何時にお伺いすればよろしいですか?」

「快諾頂きありがとうございます。担当者が午前中はおりませんので、13時でよろしいでしょうか?」

「かしこまりました」

「はいよろしくお願いします。ところで、今から時間はありますか? よろしければお食事でもいかがですか」

「いえ。お誘いはありがたいのですが、今日は先約がありますので、また後日という事で……」


 できれば、後日は永遠に来ないでください。

 予備交渉とか、事後交渉って難しいからさ。


「そうですか。では明日は上司とお待ちしておりますので、よろしくお願いします」

「失礼します」


 やれやれ、なんとか逃げられた。

 席を立って食堂を出る。

 さりげなく振り返り、彼女を観察すると、支払いをしていたので一安心。


 部屋に戻る途中で、フィオが話しかけてくる。


「ねえ、それでどういう事なの?」

「えっと、ごめんね。勝手に決めてしまって」

「それは良いのだけれど、詳しく説明してくれるとありがたいかな」


 だよね。でも。


「うん。とりあえず、一度部屋に戻ろう。それから悪いのだけど、今日は外で食事をしよう」

「? じゃあ20分後にロビーで良い?」

「うん。いや、やっぱりボクが迎えに行くから部屋で待っていて。……そうだ。面倒だと思うけれど、ちょっと綺麗な恰好してきてね」

「――うん! わかった! それなら30分後でも良い?」

「? 別に良いよ。とにかく部屋で待っていてね」


 そうしてフィオと別れて部屋に戻った。


 シャワーを浴びて軽く汗を流し、普段は着ない騎士服に着替えて、剣のロックを解除する。


 街中では、武器を即時使用が出来ないように、持ち運ばなければならない。

 武器事に方法は違うけれど、例えば剣ならすぐに抜けないように縄を使って固定しないといけないし、メイスなら先端を皮のカバーで覆い、柄もしならないように専用の道具を取り付ける必要がある。


 街中で、即時使用可能状態で武器を携帯して良いのは、当直中の兵士、依頼中かつその依頼の遂行上必要性が認められている冒険者、騎士、そして最後に貴族だ。

 実際は結構守っていない冒険者もいるし、そこまで取り締まりはうるさくはないけれど、事件沙汰になった時は即問題になる。


 木剣などの殺傷力が低いものならこの限りではないけれど、今日は念のためにちゃんと武装をしたいので、騎士服に着替えた。


 フィオの武器はどうしようかな……。


『俺の渡しておけば?』


 あれか。

 確かに街中で持てるし、室内戦闘で使えるけど、フィオは素手での戦闘訓練は殆どしてないと思うよ。


『ないよりはマシだろ。時間稼ぎにはなる』


 うーん……代案も無いし、そうしようかな。

 それよりもお店はどこにするかな。


『お祖母様に連れられた店しかないだろうよ』


 でも、あの家を出たボクが、あの家の力を使うのは、スジが通らないよ。


『お前、フィオを危険に晒す可能性下げたくないの? プライドを優先するの?』


 ……ティーナさ。それはずるいよ?



 仕事でなければ、フィオは準備に時間をかける。

 だから、約束より5分遅れでフィオの部屋に迎えに行った。


 なのにドアをノックすると、


「ゴメン。後5分待って。良かったら部屋に戻ってて」


 ……お腹減ってきた。




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