ランジェリーショップ
後5分宣言から10分後。
フィオの部屋を再訪すると、ようやく彼女は準備を整えたようで、ドアが開いた。
「ゴメン、お待たせ……わっ! クリスカッコいいね」
「そう? ありがとう。フィオもとても可愛いよ」
いつも魅力的だけど、今日はいつにもまして可愛いな。
空腹もどこかへ立ち消えるよ。
彼女は初めてみる綺麗なワンピースを着て、髪をサイドアップにして出てきた。
セットに時間が、かかったのかな?
普段はチュニックにパンツ、ポニーテールだから新鮮だ。
「えへへ。ありがとう。でもクリスもカッコいいよー。まるで物語に出てくる……」
「出てくる?」
「あー。……ゴメン。なんでもない」
女騎士みたい、だろうな。
別に口にしても怒らないよ?
「謝る必要は無いさ。フィオはボクを理解してくれているって知っているし。大体ボク自身そう見えるようにしたからさ」
「ゴメン、ゴメン。でも、あんまりにも様になっているものだから。しかし、なんで騎士服を着ているの?」
「武装していても、違和感がないだろう?」
一瞬、何を言われたか理解していない様子だったが、すぐに彼女も顔を引き締まる。
「もしかして、何か危険があるの?」
「9割9分無いよ。どちらかと言えば、監視されていた場合に備えてのパフォーマンスかな」
監視は……されているのかな? されていないかも。
なにせ経験がないから、ちょっと自信はない。
けれど、監視されている可能性は心に留めておくべきだ。
「そう……。私はどうしたら良い?」
「今日はそのままで大丈夫だよ」
だって、せっかく可愛くしたのだから。
でも、
「明日から街の中では、念の為にこれだけは持っておいて」
「これは何?」
「トンファーバトン。一応は武器。でもガントレットみたいな防具だと思って」
グリップを握り、腕から肘を平行に覆うように構える。
型をいくつか見せると、フィオは納得した。
「明日から、体捌きと防御の型を教えるね。攻撃にも使えるけど、ある程度の格闘術が必要だからさ」
「わかったわ。でもクリスってこんなものまで使えるのね」
「ボクは、さほど得意な訳じゃないけれどね。それよりもそろそろ出よう」
「そうね。じゃあ今日は守って貰おうかしら」
「了解。……では、姫、お手を」
小芝居が過ぎるかな?
そう思ったけれど、彼女はノリ良く手を出してくれたので、その手を取って宿を出た。
ゆっくりと距離を縮めていければいいなと思っていたけど、せっかくだし手を繋ぎたくなった。
結果として、好きな子の手を握るというのは想像以上にドキドキする。
――――――――――――――――
「ここか……。確かに美味しかったけど高くない?」
「美味しかったならいいじゃない」
公都に来た当日に、訪れたレストランに入る。
あの後で聞いた話だが、お祖母様と、ここのオーナーとは懇意にしているらしい。
上客の家族だから、厚遇されるし、個室にも案内される。
ボクがあの家の力を使うのは、いささかスジが通らない話だけど、今日は信頼出来る店が良い。
「それで、どういう事なの? リッツ建設の件という事はわかるけれど、突然どうしてそんなに警戒するのかしら? そもそも明日はどんな内容で呼び出されている訳?」
料理が全て届いたところで、本命の質問が来る。
「明日の呼び出しは示談交渉だろうね。その気になれば、この間の強盗騒ぎの監督責任を取れって、ボクらはねじ込めるから」
「なるほどね。……あれ? でもクリス確かそれはしないって、軍の人に言ってなかったっけ?」
「確かにそう言ったよ。ところがリッツ建設は、この街の子爵家の人間が代表者を務めている会社でね、後から騒がれたくないんでしょ。小さな醜聞でも貴族は嫌がるんから」
でもボクだって、万が一にも地元の有力貴族の覚えが悪くなるのは勘弁願いたいのに。
だから面倒だけど、明日行く訳だし。
「ふんふん。呼ばれた理由は腑に落ちた。でも貴方が警戒し始めた理由は、まだわからない」
「そうだな、まずは左手を出して。それとボクの手を触ってみて」
言葉と同時に左手を出す。
彼女は自分の手と比べつつ、ボクの手のひらの上を触る。
ちょっとくすぐったい。
「えっと……わっ、クリス見た目じゃわからないけど、タコが硬い」
「そうそれタコだよ」
「? タコの硬さ?」
「違う。タコの位置。ボクやフィオは左手の手のひら、中指から小指にかけてと小指球(手首近くの膨らみの小指側)付近にタコがある」
うん? あれ?
「ねぇフィオ。ちゃんと手のケアしてる?」
「……突然何よ? もしかしてケンカ売ってる?」
あわわ。言い間違えた!
「違う! 違うよ! その、タコを削っているかな? ……そう思いまして」
『じとぉー』と音が聞こえてくるような目は多少和らいだけど、参ったな。
そうだ。
「それから。どうぞこちらをお納めください」
「……その口調気持ち悪いからやめて。本当に怒るわよ。……それで。何よ、これ?」
「ハンドクリーム。タコはある程度は削らないと割れるし、ハンドクリーム縫っておけば、多少柔らかくなるからケアしやすいよ」
「ふーん……。私もいまいち加減がわからなくてさ。今度教えてよ」
ふぅ。
多少は機嫌が戻ったかな。
「えっと、それで話を戻すけれど……」
ボクとフィオは似た位置にタコがある。
何故かと言えば、ボクらは武器を毎日振っている冒険者だからだ。
一方で今日の来客者、ファティマさん? だっけな。
彼女は大手の建設会社で総務部所属。
事務方の人間というのはペンを握るから、人差し指と中指の間にタコができる。
ところが彼女の手は、
「人差し指と親指の間。それから小指の外側にマメがあったって訳」
もちろん手のひらにも、いくつかあったけれど。
「グリップの短い武器を使っている人物って事?」
「付け加えて、逆手で持つ事も想定した武器を使っているって事。握手した感触だとメイン武器では無いと思う。多少ナイフ術を心得ているって感じかな。でも会社勤めの事務員さんが、護身術を習っていますってレベルじゃない」
対人戦闘と対魔物戦闘では、その技術は別物だ。
対魔物の訓練をしている人は市井でもそれなりにいるけど、対人となるとそうはいない。
それと気になったのが、
「なんで総務の人間が、この件を担当するのか。示談交渉なら法務関係だろ?」
「それは私も気になった。でもメッセンジャーとして来ただけで、明日は法務の担当者と会うのかなと思ったけれど。クリスの考えは違うのね」
「根拠は二つ。明日は上司と待っていると言っていた事。それと食事に誘ったって事は事前交渉したかったんじゃないかなと思う。そうなるとやっぱり彼女の部署が担当するはず」
強盗事件の示談交渉に、らしくない部署の、らしくない人物が来る。
「怪しさ満点ね。なるほど。警戒する訳だ」
「まいったよね。こっちは迷惑をかけるつもりは無いのにさ」
なんの為にこんな事をしたのだろうか?
力を誇示して交渉を有利に進めるための威圧だとしたら、ボクが彼女の能力に気づかない可能性があるからおかしいよな。
いや、気づく事を前提にしているのであれば、ストレートな脅し文句よりも、かえってその不気味さが効果的かも。
あるいは彼女の来訪に対する、ボクらの行動を見たかったのかもしれない。
ボクは武装までして、あからさまに警戒しているけど、他の選択肢だってあるはずだから。
そうだ。監視者どうしようかな?
まだ割り出せていないけど、視線は感じるんだよね。
フィオと一緒に探す方法は……。
――――――――――――――――
帰りに複合商業施設で買い物をして、宿へ戻った。
中へ入る前に振り向いて、尾行者に手を振る。
目が合うが、余程焦ったのか、何も反応せずただ目を逸らして素通りしていった。
後で反応しないほうが、不自然だと気づくだろう。
下着売り場に入った時の動揺は、実に面白かったのに。
好きな子と連れだって行くには、ボクにとっても苦しい場所だったけど。




