表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/57

君のとなり

フィオ視点


 やってしまった。

 また、私はやってしまった。


 あの日から、私は何も成長していない。

 それが今日、よくわかった。


 吹き飛ばしたのが『場所』か『会談の場』か。

 吹き飛ばしたのが『魔法』か『己を弁えない行動』か。

 ただそれしか、違わない。



 あの時、彼は凄く傷ついていた。

 あんなにも、あれほどの痛ましい彼の表情を、私は今まで見たことが無い。

 傷つくのも当然だ。人格を否定されれば誰だって胸を痛める。


 それでも、彼は耐えていた。

 我慢して、話を続けようとしていた。

 傷ついてなお、立ち向かおうとしていたのだ。


 それなのに……私は黙って見ている事が出来なかった。

 気づいた時には、話に割り込んで、食ってかかって、最後は半ば叫んでいた。


 私は、私の為に、感情のままに無責任な言葉をぶっ放して、場を引っ掻き回したのだ。

 あれから呆然とした表情を浮かべていた彼を見て、その事を痛感した。


 帰り道も、彼は心がここにあらずという態度で、ほとんど目もあわせてくれなくて。

 私もバツが悪くて、余り彼を見る事ができなかったから、それだけならたまたまだと思いたいのだけれど……。


 彼は優しいから、私の事を責めたりなんかしない。

 でも単純だから、嬉しいとか、美味しいとか、楽しいとか……そういった前向きな言葉は、すぐ口にする。


 そんな彼が、奥歯にものの挟まった言い方で、『ありがとう』と言ってきた。

 つまりは……そういう事なのだ。


 あんなにも『ありがとう』を貰って悲しい気持ちになったのも、初めてだった。


「はぁ……」


 けれど、それはまだ良い。

 いや、良くはないけど、それ以上にある事に気がついて、更に気が滅入る。


 ……普通あのようになってしまったら、どうやって事態を収拾するか苦心するだろう。

 彼とコンラッドさんとの関係の修復をどうするか? その為にそうしてしまった自分が何をするべきか?

 そのように頭を悩ますものだろう。


 だけど私は、

 今の私が、何よりも気にしているのが、


 『彼に嫌われたらどうしよう……』だ。


 最悪だ。

 どこまで自己中心的な考えなのだろう。



 昨日買い物が終わって彼の元に戻ると、レベッカさんが彼にちょっかいをかけていた。

 それを見た時、何故か私はイライラしてしまったな。

 違う重要なのは、そこじゃない。


 重要なのは、ここ公都でも一流の冒険者なら、彼の事は知っているらしいという点だ。

 有望株だと、ここでもまた注目されているらしい。


 要するに私みたいな二流とはさっさとパーティーを解消して、一流の冒険者達と組む事が彼には出来るのだ。


 むしろ、彼の望みを考えれば、そうするのが正解だ。

 私は友達として、そうするように彼を仕向けるのが正しい行いだろう。


 でも、……それは嫌。


 私が困るとか、そんなんじゃない。

 この嫌だという感情の源は、そこじゃない。

 うまく説明できないが、困るからって理由じゃない。


 明確な理由はわからない。

 よくわからないけれど、私は彼と一緒にいたい。


 たぶん、私が彼を守りたいんだ。


 ――私が壊したくせに?


 違う。そうじゃない。私は壊したくて壊したんじゃない。

 失敗しただけだ。


 ――また?


 確かに、また失敗してしまった。

 だけど、次こそは。


 ――どうせまた、繰り返す。


 そんな事は……ないとは言い切れない。

 けれども、失敗しないように心がける事はできる。



 さっきから何度も、自問自答を繰り返している。

 私の中から、私を否定する言葉は次から次へと湧き上がってきて、徐々に弱気になっていく。

 でも、それに従いたくない。


 従えるはずがない。

 嫌だから。


 ……嫌じゃない、負けたくないんだ。

 自分の心に負けたくない。

 彼の抱える悩みと比べれば、私のこの虚無感など比べるのもおこがましい程に些細なものだ。


 彼は、どれだけ望んでもそれはかなわない。

 決して癒えることのない、常につきまとう痛みだ。


 翻って私は、私が成長すれば、成長したと思えたのなら、癒えるものなのだから。


 そんな彼が戦っているのに、どうして私が負けられるのだ?

 例えこの胸の苦しさに、涙を零すほど苦しくとも、負けちゃいけない。



 ……

 …………



「あぁ、もう! 私らしくない!」


 自分が泣いている事を自覚して、思いがけずに大きな声を、夜だというのに出してしまう。


 でもそうだ、こんなの私らしくない。


 笑うんだ、私。

 例えそれが空元気だとしても。


「ふんっ!」


 笑うと決めて、体を勢いよく立ち上げて、無意味にバタバタと動かす。

 無駄な動作でも体を動かしていれば、何故か沈んだ心も少しだけ上向きになるのだから。


「ハァハァ」


 ちょっと息が上がるまで無駄に体力を使う。

 でも、思った通り。

 ちょっとはましな気分になった。


 よし!


 考え込むと、また暗い気持ちになってしまいそう。

 とりあえず、明日ちゃんと謝ろう。


 強引だがそう締めくくり、寝てしまおうと考えた矢先に、『コンコン』と扉がノックされる音がした。

 なんだろうと思った次の瞬間、ドアの向こうから聞こえた声に、一瞬心臓が止まるかと思った。


「フィオまだ起きてる? ちょっと部屋入っても良い?」


 ドアの向こうから、声をかけてくるのはクリス。


「えっと……ごめん、ちょっと待って。10分くらいかかるからまた来て」

「うん。わかったー」


 そう答えて一度追い返し、私は慌てて身支度を整える。

 やばい、さっきの運動でちょっと汗が……。


 やっぱりデリカシーが無い……は違うか。

 私が勝手にめそめそしていただけだ。

 強いてあげれば、間の悪い奴め。


 あーもう。涙の跡が酷い!


 急いで、顔を洗って、汗を拭いて、もう一度着替えて、空気を入れ替えて……。


 まずい、まずい。

 時間が無い。

 だいたい何しに来たのよ、ホント。


 ……そうだ。

 明日の予定決めてなかったわ。

 それでか。


 一通り部屋に彼を迎える準備が終わらして、慌てていたせいか軽く上がった息を、大きく深呼吸を繰り返して整える。


 そして思い出す。


 ――ちょっと待って。

 あれ? もしかして今からクリスと顔をあわすの?


 ど、ど、ど、どうしよう!?


 明日、改めて謝ろうと思っていたのに、予定外に今から会う訳だ。

 今から会うのに、明日改めて謝るのも変だ。

 もちろん、今日謝ればそれで済む話だけれど、どう謝るか、どう繕うかを考えてない。


 だけど、今から彼が来る。

 仕方無い。一通り話して、その後の流れによって臨機応変に謝るしかない。


 いや……本当に明日の予定についてなのか?

 彼が私を責めるってケースは考えられないか?


 ……そんな事になったら、今度はこの宿が燃え『コンコン』きゃー!


「フィオ。もう良い?」


 びっくりさせないでよ!


「後少し、少しだけ」

「はーい」


 そう伝えて、もう少しだけ考えをまとめる時間を稼ぐ。


 さっき何を考えてた?

 そうだ、宿が燃えるって話だ。

 いや、だからそういう感情と行動が直結する自分を直さないと……。


 バカな事を考えていないで、覚悟をしよう。

 そう。私は今日彼に責められても仕方がない事をした。

 例え罵倒されても、誠心誠意謝ろう。


 よしまとまった。

 女は度胸。

 出たとこ勝負よ!


「ゴメンお待たせ。いいよ」


 そんな強気も、ドアが開く『キィ』とした音を聞いた瞬間、しぼんでいくのを感じる。

 あぁ、やっぱり私は……。


「ゴメンね。遅くに」


 だけど……。


 入って来たクリスは、さっきまでと様子が違っていて、いつも通りの優しい雰囲気だった。


「別にいいよ。明日の事でしょう?」


 さりげなく視線を外し、なんでもないように装う。

 この心を悟られない為に。


 彼と顔を合わす、その事実に怯えた。

 彼の顔を見た、気持ちが緩んだ。

 そして更に何かが合わさって、御しがたくごちゃ混ぜになったこの心を。


「あぁ、うっかりしていた。決めてなかったね」


 後ろ手にドアを閉めながら、そう彼は言った。

 それじゃないのか。

 そうだったら楽だったのに……。


 この、定まらぬ心を隠すのが。


「えっと、それじゃあどうしたの?」

「うん。フィオにお礼を伝えに来た」


 お礼? なんの?

 もしかして今までの?


 一瞬それ(・・)を想像して、動揺が顔に出そうになった。

 だけど、反射的に顔をあげた際に、視界に入ってきた彼を見て安心する。


 こんな顔で、そんな事を言える人じゃない。


「フィオ」

「う、うん」

「今日はありがとう」


 彼はいつもの優しい顔で、私にそう言って……えっ?


「お祖父様との会話の時の事だよ」


 会話って……私がやらかした時の事?

 ダメ、頭が追い付かない。

 私の思考は、更に疑問符が加わっていく。


「ボクをかばってくれてありがとう。フィオの言葉にボクは凄く救われました。凄く嬉しかったです。……だからありがとう」

「ちょ、ちょっと待って。私は、その、私が勝手に感情的になってしまって……ごめんなさい、私のせいであの場をメチャクチャに」


 何を言っているのだろうか。私は?

 支離滅裂じゃないか。


 安心と絶望と、知らない感情がごちゃ混ぜになった。隠したかった心を隠せていない。


「違うよ。君が感情的になっていたとしても、それはボクの気持ちを慮ってくれたからだろ? 嬉しかった。ありがとう」


 相変わらず、理解は追いついてくれない。

 追いついてくれない私を、今日の事が改めて頭をよぎる。


 ――結局、私の心を最終的に支配したのは、先ほどまでの暗い感情だ。

 彼の感謝の、肯定的な言葉を素直に頷けなくて、反射的に否定の言葉が出る。


「そんな事な「ある」」


 でも、彼は言葉を重ねられて……。


「そんな事、あるよ」


 改めて、彼は私を肯定する言葉をくれた。


 ……それでも、やっぱり素直になれなくて、


「じゃあ……なんで? なんで、帰り道あんな態度だったの?」


 聞かなくても良い事を、反射的に口にしていた。

 あれ? 頭が痛い。


「誤解させて、ゴメン。言い訳させてもらうと、ボクをかばってくれた時の君が、凄く眩しく感じちゃって……そうしたらなんか急に照れ臭くなっちゃった」


 頭痛で、はっきり聞き取れなかった。

 もう一度聞こうと思ったけど、口も上手く開けない……。


「それで、顔を直視できなかったんだ。……君を悲しませてしまって、本当にごめんなさい」


 私の沈黙をどう受け取ったのか、彼はそう続けた。


 でもなんで?


「なんで、私が悲しんでいるってわかるの?」

「だって……泣いているじゃないか」


 ――あぁ、本当だ。また私は泣いている。

 みっともない。


 ハンカチを取り出して、顔を拭う。

 取り繕いたいのに、その意に反して、顔を伏せる事しかできない。


 そんな私に、彼の優しい声は降りそそぐ。


「フィオ。もう一度言わせて」

「は…い」


 かろうじて絞り出した、掠れた声の相槌。


「ボクは今日、君に救われた。ありがとう」

「くうっ、うっ……」


 彼の優しい言葉に、ただ嗚咽だけが出てくる。


「……」


 私が落ち着くのを、待ってくれている。

 そう思えば、何か話さなければと焦ってしまい、


「だって、私はまた……失敗ばかり! 貴方を……」


 意味をなしていない言葉が、出てきて。

 それでも彼は、私を待ってくれていて。


「……嫌わ、ヒック……れて当た、り前のバ……」


 あぁ。

 私は何がしたいのだろう?


「……フィオ」

「は、い」

「ちょっとごめんね」


 一瞬、何が起きたかわからなかった。


 彼から断りをいれられたと思ったら、私の顔は何かに包まれていて……。

 でも、その温もりは、私を幾分落ち着かせてくれる。


「ク、クリス?」

「ごめんね。……その、嫌じゃない?」


 あぁ、そうか。


 この温もりの正体は、彼の体温だ。

 私は彼に抱きしめられているんだと理解した。

 クリスの心音も普通なら考えられないくらい、ドクドクと早いリズムを叩いている。


 ……きっと、きっと彼も緊張しているんだ。

 その事に気がつけば、彼の優しさにつつまれているのならば、

 私は、少しだけ勇気が出てくる。


 少しだけ意味をなした言葉を、話すことができる。


「全然。嫌じゃないよ。……あのね。私ね。もしかしてクリスに嫌われたかなって。もしかしてクリスに捨てられるんじゃないかなって……それを思ったら悲しくって、それで、それが……うぅ」


 でも、私の恐れていた事を、はっきりと言葉にすれば、再び彼の服を汚し始めて、


 ……情けない。


 でも、泣いている私を励ますように、彼は一層強く私を抱きしめくれて、


「突然だったんだ。ボクにとって予想外だったんだよ」

「えっ?」


 私も、彼を抱きしめていた。


「ボクは……ボクらは、ずっと、ずっと諦めていたんだ」

「……うん」

「でもね、結論を出してから、こんなにも時は過ぎ去ったというのに」


 抱きしめながら、彼の服の裾を強く握りしめていた。


「今日ボクは、君の心に救われたんだ。だから……約束する。ボクはずっと君といる。となりで君を守る」

「……あっ?」


 それ(・・)は微かなもので。

 彼と抱き合っていたから、かろうじて感じられたのだ。


 それ(・・)――その微かな震え――が、彼もまた恐れている事を私に理解させる。


「君が、嫌じゃなければ……ボクに恩を返す時間を下さい」


 ……きっと彼も怖いのだ。私に拒絶される事が。

 私が彼に拒絶される事を、恐れたのと同様に。


「……クリス」

「うん」


 彼は私がただ名前を呼んだだけで、ビクっとして。

 彼の衣服で私が顔を拭えば、くすぐったそうに身をよじる。

 ちょっと可愛いな。……怒るだろうから言えないけれど。


 唐突にそんな事を思ってしまったら、私はいつものバカな私に戻ってしまう。

 私は私に、戻ってこれる。


「あのね」


 外見の話じゃなくて、その仕草が可愛い。

 男の子だって、可愛いものは可愛いのだ。


 見上げれば、彼の顔がとても近い。


 なんだ。

 彼はここにいる。


「勘違いしないでほしいのだけれど」

「えっ?」


 さっきも使ったな、この言い回し。

 そう思える、余裕も戻ってくる。


「貴方が私を守るじゃなくて、私が貴方を守るの。……だから、ずっと、となりにいる」


 私の返事が、彼にとっては想定外だった模様。

 間が開く。


 少しして、私の言葉を消化出来れば、


「駄目だよ。ボクが君を守るんだから」


 キラキラと目を輝かして、そう答えてくれた。

 その瞳に見つめられたら、私も心臓の鼓動が激しくなって、


「……それで、いつまで抱きついているの?」


 このドキドキが、彼にばれてしまうのが恥ずかしくてそんな憎まれ口をたたいてしまう。

 私のバカ。


「あっゴメンね」


 彼はあっさりと私を開放する。

 あーあ。つまらない。


 離れていく温もりは名残惜しい。

 けれど、彼と私はずっと一緒にいるのだから、また機会はある。


「クリス。ありがとう」


 だから今は、今日私に会いに来てくれた。

 その彼に、お礼を言えれば十分だ。


「ボクの方こそありがとう」

「……それで、明日の事だけど」

「あぁそうだったね。えっと……」


 お礼合戦が際限なく続きそうだったので、話題転換。


 彼と明日の予定を確認に数分。

 それは、いつも通りの私たちだった。


 いつも通りが、私を癒してくれた。


「さて。じゃあ今度こそおやすみなさい。また明日」

「えぇ。おやすみ」


 そうして、彼は部屋に戻っていった。



 閉まるドアの音を聞いた時、『帰るんだ?』と私は心の中で呟いた。


 その独白の意味は?

 その答えはすぐに出た。

 

 いつからだろう?

 自覚していなかっただけで、とっくの昔にそうだった。



「……私も寝ますか」


 部屋の明かりを消して、今度こそとベッドに潜り込む。

 すると、さっきまで腰かけていた彼の匂いが鼻をくすぐる。

 私を安心させる、大好きな匂いだ。


 やすらぎに包まれながら、ふと気がついた。


 私はまたやってしまったのだと、さっきまで泣いていた。

 でも違った。


 私は今日やってのけたのだ。




次回更新は10月28日予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ