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しんきんぐおぶふぁーすとらぶ


 玄関を出て門へ向かってフワフワと歩く。

 ドアを出て庭を歩くと外の暑さによる不快さを感じて、ボーっとしていた頭が逆にシャキッとした。


 結局ボクらは祖父の屋敷には泊まらない事にした。

 いや『した』じゃなくて、『なった』か。

 途中からよくわからない何か熱いものがこみ上げて来て、はっきり覚えていないや。


 ともかく、お祖父様とボクの考えが違い過ぎてお互いに妥協などあり得ないのだから。

 フィオがボクを擁護してくれた後、対話はすぐに終わったはず。



「それでは、失礼します。……申し訳ありませんでした」

「別に、私は気にしていないのだけどね。まあ馬車は私が預かっておくから。……アランは早いとこ取りに来なさい。それからこれを」


 門の前で改めてお詫びをすると、一枚の紙をお祖母様は取り出した。

 受け取り中を見ると宿の名前と簡単な場所が書いてある。


「これは?」

「予約している宿よ。こういう事もあるかなーと思いましてね」

「……重ね重ねありがとうございます。 その、本当に不幸者で申し訳ありません。それでは失礼します」


 ――はぁ。情けない。


「あぁそうだ。フィオちゃん」

「? はい」

「クリスをよろしくね」

「――はい!」


 あぅ……。


 お祖母様に返事をする、フィオの笑顔はとても眩しくて、

 ボクの頭は再度グルグルし始めた。



 屋敷を出て、夜の都会をフィオと二人で並んで歩く。

 この半年の間は別に珍しい事じゃなかったのに、なんだかとても落ち着かない。


 ちらりと隣のフィオを見ると、彼女はいつもより少し俯き気味だ。


「ねぇクリス。……さっきはごめんね。私のせいでこんな事になって」

「えっ? う、うん。……違う、えっと、嬉し…かっ…た、……よ」


 謝罪なんて必要ないよ。ボクは嬉しかった。

 ただそう伝えるだけなのに、上手く言葉に出来ずに、どもった挙句、最後にはゴニョゴニョと、蚊の鳴くような声になってしまう。


 ――駄目だ、駄目だ。

 いくらなんでもカッコ悪過ぎるぞ! ボク!


「フィオ!」

「は、はい!?」


 思ったより大きい声を出しちゃったよ。

 驚いた顔でボクを見るフィオ。


 あ、わっ近、あぁ、うぅ。


「えっと、その、あー、……ありがとう」


 思ったよりも顔が近くて、言葉が少し詰まってしまったけど。

 伝わったかな?

 伝わったよね。


「本当? ……なら良かったけど」


 言葉での問いに対して、魂を抜かれたようにコクコクと何度も頷く。

 彼女の顔を正面に捉えながら、これ以上は上手く話せそうに無いから。

 でもボクと彼女はそこそこ身長差があるから、頷くというのは傍から見ればボクのクビから上の動きは非常に滑稽な物だろう。


 彼女の前でそんな醜態をさらしている事に気がついて、あわてて顔を背けるように前を向いてしまう。


「行こう」

「あっ――う、ん」


 あぁぁぁ、もう!

 何やっているのさ。ボクは!


 今、顔を背けた事が、何か変な意味に取られていなければ良いのだけれど。


 ……はぁ。宿はまだかなぁ? 今日は落ち着いて一人でちゃんと考えたい。

『……だっさ』

 わかってるよぉ。



 ――――――――――――――――



 疑っていたわけではないけれど、本当に宿泊予約されていた。

 きっちり三部屋。おまけに支払いまで終わっているらしい。


 お祖母様の心遣いというか、根回しの良さというか……ともかく驚嘆させられる。

 商会を運営するというのは、きっとこういう配慮や予見が必要なんだろうな。

 もしも実家で姉さまの手伝いをボクがしていたらと想像すると、ちょっと笑えない。



 部屋に入って服を脱ぎ、熱いシャワーを浴びる。

 頭をスッキリさせたい時は、ボクはいつもこうしてる。

 久しぶりのシャワーは汗と一緒に、ボクの心のモヤモヤを流してくれる気がした。


 ……しかし、昨日の宿とは大違いだ。

 そうか、まだ一日しかたってないのか。


 振り返れば、今日一日いろいろとあり過ぎた。

 こう言ってはなんだけど、あの少々みすぼらしい宿に泊まったのが昨日の事なんて嘘のよう。

 強盗に襲われて、事情聴取されて、お祖父様と話をして、そしたらフィオが……


 ……はぅ。

 いかん、いかん。のぼせてしまう。


 シャワーを止めて濡れた体を拭いて部屋に戻る。

 頭にタオルを巻いて、湯冷めしないようにガウンを羽織ってベッドに転がり込む。


「はぁー」


 彼女の事を考えると、顔が熱くなって、いつの間にかゴロゴロと激しく悶えていて……


「痛ぅ!」


 いたた!

 下着を付けるの、忘れていた。

 無意識で普段行う事すら抜けがあるほどに、ボクの頭は回っていないらしい。


「よっこいしょ」


 立ち上がり、下着を付けながら壁面に設置された鏡を見ると、当然だけどボクが映っている。

 知らない人から見れば、女の子にしか見えないボクが。

 自分じゃなければ、自分すら女の子にしか見えないボクが……。


 どうやら痛みで冷静になったらしい。

 浮かれた気持ちが落ち着きを取り戻し、次いで急速に冷めていくのを感じる。


 真っ白だった頭の中は、今度は真っ青な色に塗りつぶされる。

 どうしようもない、不安感が駆け巡る。


 多分、ボクは今日、恋をした。


 あんなにも優しくて、強くて、可愛い女の子とずっと一緒にいたのに、なぜボクは意識しなかったのだろう?

 ともかく、今さら彼女に恋をした。


 恋に落ちたと自覚すると、なるべく考えないようにしていた、自分の体を意識してしまう。


 言葉に表せば、こんなボクが彼女に対して、こんな気持ちを抱いてもよいのだろうか、と?


 彼女は『そんな事は下らない』と言ってくれた。それはわかっている。

 その言葉に、あの行動に、ボクの心はどれだけ救われただろうか?

 感謝などという言葉では……いやどれだけ言葉を尽くしてもこの気持ちは伝えきれない。


 ボクはあの時、彼女にとても大切な宝物を貰った。


 だから、彼女は恩人だ。

 それはこの先、何があっても揺るがない事実だ。


 この恩を返したい。

 彼女は言葉ではなく、その心のあり方でボクを救ってくれた。


 この先何かが彼女を苦しめるのなら、ボクはボクの全てで彼女を守りたい。

 守らねばならない。


 彼女にはいつも笑って幸せでいてほしい。


 そう思った。その気持ちをボクは持った。


 ……だけど、その気持ちを超えた、欲を持ってしまった。


 その役目をボクが務めさせてもらえるのならば、どれほど嬉しいだろうか?

 彼女をボクが幸せにしたい。

 そんな事を切望してしまったんだ。


 好きになってしまったから、好きだと自覚してしまったから……逆に怖くなる。

 彼女は何を思ってボクを助けてくれたのだろう? と。


 彼女がなにかしらの悪意をもって、ボクを助けた訳ではない事はわかっている。

 けれども、それはあくまでも友人としてボクをかばってくれただけで、ボクのこの感情は、彼女にとっては迷惑な話ではないのだろうか? 

 恩を仇で返すような、迷惑な感情ではないだろうか? そう思うと怖い。


 ボクは彼女を好きで良いのだろうか?



『……クリス君。人生の先輩として君にアドバイスをしてもいいか?』


 ……ティーナの好意はありがたいけど、この問題は自分で答えを見つけるべき事だと思うんだけどね。


『答えは自分で出したらいいさ。だが一人で唸って考えなきゃいけない訳じゃないだろう? 別にお前の考えにあれこれ指図する訳じゃない。ただ俺の考える、恋愛における男の子の心構えってだけだ』


 心構えか。わかったよ。聞かせて。


『女の言葉を誠にするか嘘にするのかは、男の行動次第だと俺は考えている。以上』


 本当に一言だな。

 後は自分で考えろ、か。


 平たく言えば、ティーナの言っている事は『彼女の言葉の、嘘も誠もボク次第』。


 彼女の言葉をどう受け取るか、彼女は何を考えて、ボクを救ってくれたのか。

 

 ……ボクには考えてもわからないな。

 うん? それはどうやっても知るすべなんて無いか?


 仮に彼女に直接問いただしたとしても、あの時の事をどう話すかもまた彼女次第な訳で……。

 知るすべが無い事にいつまでも考えていても無駄な訳で。


 ……そうか。結局はボクがどうしたいか? 今、重要なのはそれだけだ。



 ボクは今日、恋をした。

 ボクは彼女が好きだ。


 単純な話だ。

 今の彼女の気持ちがどうあろうとも、ボクは好き。

 いつか彼女とボクで、笑いたい。


「アハハ」


 自分のダメさに笑いが出る。

 でもその笑い声は先ほどの鬱々とした苦笑じゃない。


 何が恩人だからだ。


 彼女に救われたのは確かで、恩人である事は間違ってない。

 でも、恩人だから好きになってはいけないって、なんだそれ?


 ただ、恋に臆しただけの言い訳じゃないか。


 彼女に拒絶されるのが怖くて、向き合わなければ拒絶される事もないから。

 そうして逃げる自分を正当化する為に、この体で彼女に向き合うのは彼女の迷惑だと考える。


 臆病風に吹かれた自分の心を正当化する為に、彼女の言葉を否定する。

 そんな言い訳、彼女の誠意に唾を吐く行為だ。



 ――確かにボクは女の子の体で生まれた。

 それはハンデだろう。


 けれど、そんな事は下らないんだ。

 そう彼女が教えてくれたんだ。

 他の部分で補えば良いってだけだって。


 彼女に受け入れて貰えなかった時は、その時に考える。

 いや違う、受け入れさせる。

 その為に頑張る。


 具体的にどうするべきかなんて全然わからないけれど、その気持ちをこの胸に抱こう。


『よし。蛇足だがお兄さんが恋心を自覚したクリス君に、俺ならどうするか教えてあげよう』


 ふーん。どうせいたらない話だろうが聞いて差し上げよう。


『今から彼女の部屋に行く。酒を飲ませて、酔っぱらったところで押し倒す』


 ……そいつは君らしい。

 告白しに行けとでも言われるかと思ったけど、それは斜め上の発想って奴だね。


『普通、告白する前に相性確かめるだろ!? 時間は有限なんだぞ!! 相手の女性に悪いと思わないのか!? お互い酒のせいに出来る、素晴らしい方法だろうが!!』


 何故そんなに熱く……はいはい、わかりました。

 君は正しいですよ。


 でも少なくとも、初恋に目覚めたばかりの初心な少年へのアドバイスとしては、いかがなものかと思うけどね。


『おろ。調子出てきたじゃない?』


 おかげ様でね。

 なーんか結局乗せられた気もするけど、別にいいや。


『そんな事ないよ。お前が見つけた、お前の答えだ』


 そうかい? まあいいや。とにかく着替えて行きますか。


『おいおい、こんな時間にどこに行くんだ? 夜這いか?』


 あながち間違ってはいないかな。




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