初めての依頼
翌朝になり、再びボクらは冒険者ギルド前へ来た。
昨日同様に人が多くてげんなりする。
フィオの背は平均より少し低い。
探すのに苦労しそうと一瞬思ったが、彼女は入り口の前で待ってくれていたので、すぐに見つかって良かった。
「おはようフィオ」
「おはようクリス、本当に来てくれてありがとう」
「来ない訳がないだろう? さあ依頼を受けよう」
中に入ると昨日と同じく何人かから声をかけられたが、フィオと組んだ事を伝えて丁重にお断りする。
外で待ち合わせて助かったよ。
――さて、どの依頼を受けるか。
実際に今の彼女がどれぐらい戦えるのかわからない以上、討伐系の依頼はやめるべきかなぁ。
ティーナはどう思う?
『その辺の判断はお前がした方が良いと思っている。だから任せた』
「クリス。これはどうかな?」
ティーナの適当な返事と対照的に、フィオが一つの依頼票を指さした。
「調査依頼か」
依頼主は軍で、依頼金額はなかなか良いな。
……あれ? この場所って
『3年前に予備試験で行った場所だな、またオークが出たみたいだし今度こそ集落作っているんじゃないか?』
かもしれないね。だったら、
「こっちにしないかい?」
同時に出されていた街道の警備業務を彼女に見せる。
「うーん。さっきの依頼の後方業務か。同じ時間なのに少し金額が下がるね」
「実はさ、3年前の騎士科の予備試験でここに行った時もオークが出たんだ。今回は集落があるかもしれない」
「オークの集落……オークってどれぐらいの強さなの?」
「中級魔法一発受けても、しばらくこちらに攻撃してくるタフさだよ」
そうだよね、ティーナ。
『うむ。あれは実に怖かった……』
「集落を2人で殲滅するなら、難しいかもしれないけど……調査ならできそうじゃない?」
「できると思う。殲滅も可能かもしれない。でもリスクがある」
「うーん」
「初めての依頼だし、安全にいかない?」
「そうね、わかったわ。じゃあ今回は警備にまわりましょうか」
納得してくれたフィオと一緒に、昨日もお世話になった受付嬢さんのところへ並ぶ。
そういえばティーナ、受付嬢さんが美人なのはテンプレ通りじゃない?
『うん、『私の友達の凄く可愛い子』って女友達が言う程度には美人だな』
色々と失礼なニュアンスを感じるんだけど。
『アンジェリーナさんが、美しすぎる問題』
……相変わらず気持ち悪いなぁ。
「お待たせしました。あらクリスさん。パーティーは決まりましたか?」
「えぇ、同級生のフィオと組むことにしました」
「顔見知りの方が安心ですものね。それでパーティー名はどうされましたか?」
考えてなかった……。
『右に同じく』
どうしよう。
「あのさ、『マジェスタ』で、どうかな?」
迷っていると、フィオから控えめな提案。
考えておいてくれて助かった。
「いやーすっかり失念していたよ。ありがとうね。じゃあそれにしようか」
「もう! なんで忘れるかなぁ?」
若干呆れられてしまった。
「はい。――それでは登録しました。続けて今回受注していただく任務は……こちらの警備ですか」
「何か問題ありますか?」
「いえ、特に問題ありませんよ。こちらの任務も『出来れば一組はBランク冒険者を』そのように希望されていますから、むしろ丁度良かったです」
「希望ですか。どういう事でしょう?」
「ごめんなさい。ただ希望があるとしか、私にもわかりません。おそらくは軍の依頼ですから、作戦上の問題なのでしょう」
「そうですか。わかりました。ともかく、よろしくお願いします」
「かしこまりました。では、お待ちください」
ちょっと引っかかるものがあるけど、ボクら『マジェスタ』の初めての依頼は、街道警備に決まった。
さて、依頼は明後日の正午に現地集合。逆算すると明朝には街を出る必要がある。
準備をする為、受付完了後は冒険者ギルドを出て買い物に向かった。
「そういえばクリスってさ、准貴族になる為にどれぐらい稼がないといけないの」
一通り買い物を終えた頃に、フィオからの質問。
「例えるなら……平均的な生涯収入の5倍ぐらいかな?」
「そんなに! そうなると……だいたい今回の任務なら1000回ぐらい受けないといけない訳ね」
確かに。
数字に表すとこれは中々ハードだね。
「それじゃあ、ほぼ休みなしで働いても20年近くかかる計算になるけど、そのつもりなの?」
「まさか。ただ今は冒険者として駆け出しだからね。それに、こんなペースじゃ、フィオだって困るだろう?」
「私は十分なのだけどね……」
それなら良いけど、気を使ってないかな?
『安心しろよ。彼女はこの任務を年20回も受けていれば問題ないから』
それは安心。
ティーナは、金勘定は間違えない。
――――――――――――――――
翌朝、街を出発し数時間が経過。
道中は予定通りで特に問題なし。
道程を再確認しながら、昼食を取っていると、後方から騎馬が2騎と荷馬車が1台やってきた。
今回の依頼参加者だとは思うが、荷馬車がある事から軍か騎士団かも知れない。
一団を見ていると、こちらに気付いたらしく速度を緩めて、近づいてきた。
あれは――
「おーい、クリスか?」
「ジャスティン兄様ですか?」
「おぉやっぱりそうか」
やはり兄様だった。
「オークの偵察任務か?」
「なぜそれを? 街道警備ですが、まぁその依頼です」
兄様が下馬をしながら答える。
「俺もその任務なんだ」
「そうなのですか。しかし、なぜ騎士団が?」
「うん、それはな……いや、その前に」
話しの途中で兄様が後ろのフィオを見る。
そうだ。ボクが紹介しないと皆が困るな。
「申し遅れました兄様。紹介します。彼女がパーティーを組んだフィオです」
「ご紹介に与かりました、フィオナ・アップルと申します。よろしくお願いします、サザーランド卿」
「こちらこそよろしく。それからそんな固い言い方じゃなく、私の事は『ジャスティン』か『お兄さん』とでも呼んでくれ、アップル嬢」
『シスコンだけじゃなく、ロリコンかよ』
静かにしなさい。
「そんな。恐れ多い」
「堅苦しいのは苦手ですし――それに妹の友人なのだから、頼むよ」
「――ありがとうございます。では私の事はフィオとお呼びください」
「うん。妹をよろしくね。フィオ。それから……」
いつの間にか、もう一人の騎士団の方が近くで下馬していた。
「副官のブルックリンです。私は准騎士ですから継承は不要です。隊長にはブルックと呼ばれておりますので、皆さまもどうかそのようにお呼び下さい」
「よろしく。ブルックさん」
「よろしくお願いします。ブルック様」
「さて。それぞれ紹介も終わった訳だ。それで話しを戻すと」
そうだった。
なぜ騎士団が?
「クリスも知っている話だが、今回のオーク遭遇は2度目だ。恐らく群れが集落を作っている可能性が高い」
ボクらと同じ見解。
いや、ボクらより詳しい情報を兄様は持っているだろう。
ますます、可能性が高まった。
「つまり、偵察結果次第で、そのまま殲滅戦へと移行する。その場合に備えて騎士が必要なのだ」
なるほど。しかし、
「戦力は足りるのですか?」
「冒険者の参加は、探索と街道警備併せて7パーティーらしい。熟練パーティーが2、中堅パーティーも2、駆け出しが3と聞いている。お前らが駆け出しに含まれるなら、充分だろう?」
まあ、中堅以上が4パーティーなら、可能かな。
「そういう事だ。……それよりもこのペースで今日中に着くのか?」
「いえ、明日到着で予定を組んでおります」
「そうか。ならば一緒に乗っていくか?」
「兄様。それはまずいでしょう。他の冒険者から不満が出ますよ」
『大体鎧来た騎士+大人一人って馬が潰れないか?』
そこは大丈夫だと思うけどね。
「うーん……それなら、荷を運んでやろう。そうすれば今日中に到着出来るだろう?」」
「しかしそれも」
「何、問題ないさ。荷馬車には俺の私物が積んである。そしてこれから、妹とその友達から荷物を貰う。つまりそれも俺の私物だ。そして外で出会った妹に、俺の私物をプレゼントする。何か問題があるか?」
……そこまで言うなら良いか。
「それではお願いします。兄様」
「うん。任された」
荷物を馬車へ積み込み、受け渡し方法を決めて兄様達と別れ、再度出発。
荷物が無くなった分、倍近いペースで進める。
「意外ね、クリス。貴女は断ると思ったわ」
「……まあ家族だし、君も簡易な夜営は避けられるなら避けたいだろう? この時期は寒いしね」
「確かに真冬の野営は出来れば避けたいわね。軍の設備ならマシでしょうし」
5時間後、拠点に到着した。




