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オクザワファミリア

 巡回が始まって数十分。

 少年は少しずつ巡回という任務がどういったものなのか、理解し始めていた。


 要するに、シズクファミリアでいう巡回とは、奈落街という無法地帯における少女の保護だ。奈落街の大通りや入り組んだ路地などを細かに見て回り、不遇な扱いを受けていたり、犯罪に巻き込まれていたりする少女がいないか探す作業。

 例えるならば、少女限定の警察・警邏のようなものだ。


 もっとも例外はある。

 自ら望んで犯罪に手を染めているものや、シズクファミリアの力を持ってしても手を出すことができない領域にいるもの。彼女たちは巡回で保護する対象外だ。


 だが、少なくとも、少年が奈落街を歩いて回っている限りではそんな例外、特にシズクファミリアの権威が及ばないような領域があるようには、どうしても思えなかった。


 無理もあるまい。

 シズクファミリア一行が行く先々で、


 道を譲る人の群れ、

 途端に弱まる喧騒、

 張り詰めた表情で自らの潔白を訴える店主、

 雫や幹部の一瞥で威勢を失う強面達、


 そんな光景ばかりを目にしているのだから。


 奈落街において、シズクファミリアの存在はまるで植民地における侵略軍のように、圧倒的な力を持っているようだった。


 奈落街にはカタギの人間はいない。

 それは一目瞭然で、顔に傷がある者や奇妙な刺青を体に刻んだ者、高価な衣装に身を包んだ者などが至る所にうろついている。

そんな刺々しい雰囲気を纏っている男達が、雫達を目にした途端、萎縮し退いてしまう。

その光景は、異様であると同時にどこか滑稽だった。



 巡回という名目で奈落街を歩き回ってどのくらいたっただろうか。

 一向に保護の対象と言い切れるような少女は見つからなかった。もっとも、悲惨な運命を生きる少女が見当たらないことは喜ぶべきことなのだろう。


 しかし、今回が初の巡回である少年にとっては、不謹慎かも知れないが実際に何か事件などがあり、任務が遂行される光景を目にしたいものだった。

 正直、拍子抜けもいいところだ。

 マフィアを名乗るからには、もっとスリリングな世界だとばかり思っていた。


 そんな少年の心境に応えるような形で、厄介な問題の種となるそいつらは現れた。


 不意に、雫が静かに左手をあげる。

 一言も言葉を発することなく、前を歩く幹部2人が足を止めた。

つられて少年も静止する。


「これはこれは、シズクファミリアの皆さん。ようこそ東京の暗部へ」


「……奥沢」


シズクファミリアの前進を阻むようにして、そいつらは正面に現れた。

雫達とは対照的な白のスーツに身を包んだ男が10人ほど。

中央最前列にいる男がリーダー格の男だろう。

雫の発言から察するに、名はオクザワ。

そいつはシミひとつない白のスーツをだらしなく着こなした茶髪の男で、首元や指には見るからに高そうなアクセサリーがいくつも付いている。鈍く光るたれ目からは嫌な印象しか得られない。高価で上品な衣装や装具を付けすぎて逆に品性を失っている残念なタイプの大人だと、少年は口に出さずに評価した。


「久しぶりだねえ、こうして奈落街で会うのは。以前、マルチノの連中が奈落落ちした時以来かな」


「ええ、そうね。本当に会 い た か っ た わ、オクザワファミリアの皆さん」


雫は「会いたかったわ」というセリフを強調した。


それを受けてか、白スーツの男達は可笑しくてたまらないようで、笑い出した。


「くくくっ、そうかそうか会いたかったのか。ボス猫のあんたにそんな風に言ってもらえるとは至極光栄だよ」


笑いながら奥沢が言ったセリフに続くようにして、「違えねえや!」「俺も会いたかったぜ!」などの野次が他の白スーツの男達からとんでくる。


 その時だった。

 場の空気に緊張が走った。

 男達も急に口を閉ざし、一様に険しい表情になっている。


 気が付くと、黒曜の艶のある黒髪から黒い毛の猫耳が生えていた。

 視線を下げると、指先には鋭利な爪が覗いている。

 猫化。

 フールの力を解放した黒曜の姿がそこにあった。


 しかし___


「黒曜、やめなさい。今日、ここに来た目的を忘れたわけではないでしょう?」


 即座に雫が黒曜をなだめるように言う。


 主である雫に対する、連中の無礼な振る舞いに限界がきたのだろう。まだ出会って少ししか経っていないが、幹部の中でも黒曜の雫への忠誠は桁違いに強いように思われる。黒曜のこの反応は当然だろう。


「……はい、承知しております。しかし、こいつらの発言と態度は___」


「黒曜」


 堪えきれない様子の黒曜に、たった一言で強烈な釘を刺す雫。


「申し訳ありません。自重します」


 己の非を深く自覚した様子の黒曜は半歩下がり、次第に通常の人の姿に戻っていった。


「見苦しいところを見せてしまったわね。まあ、あなた達もわが身が大事だったら今後はあたしへの無礼な発言は自粛することね」


「まったく、相変わらず恐ろしいねえ。シズクファミリア。猫の異能を持つ集団」


 嘲るような口調で奥澤はそう言うと、雫のもとへと歩み寄りながら続けた。


「それで、さっき言っていた今日の目的とやらは何なのかな?」


「別に教えてあげてもいいけど、その前にオクザワファミリアの皆さんがここで何をしているのか答えてもらえる?」


「なに、ただの視察だよ。奈落同盟でファミリアごとにシマが区分されているとはいえ、いつ悪い虫が寄ってくるか分からないからね。害虫の駆除ってところかな」


 雫の問いに奥澤はどこか芝居がかった口調で答える。


 奈落同盟。

 この不気味な単語については、巡回が始まる前に黒曜から聞かされていた。

 これは、奈落街を縄張りにするマフィア間で結ばれた同盟。広い奈落街をいくつかのエリアに分割し、自らのファミリアが縄張りとするエリア以外のシマには手を出さないという約束によって、奈落街に混在するマフィア勢力の均衡を保っているものだ。

 現在、雫達が足を踏み入れているエリアはオクザワファミリアの縄張りだった。


 では、シズクファミリアは領域侵犯をしているのかというと、決してそんなことはない。同盟傘下にあるファミリアの中で唯一特殊な立ち位置にあるのがシズクファミリアだった。それはシズクファミリアだけは、奈落街に縄張りを持たない代わりに、いつでも全てのエリアに足を踏み入れ、正当な理由さえあれば少女を保護することが許されるというものだ。いかにも雫が提案しそうな条件だ。


「へえ、それは感心ね。まあ、害虫を駆除しているつもりの本人がいつの間にか害虫になっていた、なんて愚かな結末にならないようにせいぜい注意することね」


 奥澤の説明に、挑発的な応対をする雫。

 

「くくくっ。ああ、害虫駆除が野良猫駆除にならないよう、注意するとしよう」


「あら、その場合、駆除されるのは人間の方になるかもね。知らない? 野生の猫って凶暴なのよ」


「凶暴なだけで知能は虫以下と聞いているが、どうだろうね? 一度、実際に試してみたいものだ」


 奈落同盟があるとはいえ、争い事が根絶されるわけではない。

 ご覧のとおり、同盟に反しない範囲での交戦は存在する。


「さて、そろそろ私たちは行かせてもらうよ。これでも忙しい身でね。君達の相手をしている暇なんて無いんだよ」


「まだあたし達がここに来た目的を話していないけど?」


 足早にこの場から去ろうとする奥澤に雫が指摘すると、奥澤は鼻で笑い言い返した。


「聞くまでもない。大方、いつもの女集めだろう。好き勝手やるといい。どうせ我々のシマには、君達がいう正当な理由とやらで連行できる女は一人もいないからね」


「大した自信ね」


「単なる野良猫との核の差だよ」


 そう言って、雫達の横を通り過ぎていく奥澤とその部下達。


 オクザワファミリア。

 連中が何をしているマフィアなのか少年はまだ聞かされていなかったが、その雰囲気から法に触れる事は勿論、碌でもないことに手を染めているんだろう。マフィアなのだから当然の事かもしれないが。


 視界から白のスーツ姿が消え、雫達がまた巡回に戻ろうとしていた時だった。

 オクザワファミリアの一員だろう。

 白のスーツの男が前方から息を切らしながら走ってきた。どうやら奥澤に用があるらしい。ボス、ボス、と何度も連呼している。そして、その男は奥澤のもとに辿りつくと何やら深刻そうな様子で報告を始めた。


 知ったことではない。

 余計なアクシデントに巻き込まれる前にこの場を立ち去った方がいいだろう。

 少年はそう考えながら目線を前に戻すと、何故か雫はにやにやと誰が見ても怪しい表情を浮かべていた。他の幹部も同様だ。この場から移動しようとすらしない。

どうやら何も知らないのは仮面を被っている少年と後ろにいる3人の少女達だけだったようだ。


「待てえ! 貴様ら!」


 突然、辺りに誰かの怒号が響いた。


 振り向いて把握した。

 奥澤の声だ。


「このっ泥棒猫どもが! 図ったな!」


 先程までのクールな印象とは一転して、奥澤は物凄く追い詰められた様子の形相を浮かべていた。

 目の形がゆがみ、やや吊り上っている。

 

「ふふっ。さっき言ったでしょう。野良猫は凶暴だってね」


 雫は悪戯っ子のような顔をしていた。


 状況が掴めていない少年と後ろの3人にも分かるように、黒曜が端的に説明してくれる。

結論から言うと、シズクファミリアはオクザワファミリアによって虐げられていた少女を2人、保護することに成功したらしい。


 数年前、シズクファミリアが奈落街で巡回を始めて少しした頃、オクザワファミリアを含むいくつかのファミリアが仕事で扱う少女らを保護されないように、対策を講じ始めたという。それにより、当然だが巡回時に保護される少女の人数は減り、奈落街で起こった急な変化に雫達は不審を抱いた。そこで雫が一般人に扮した幹部に奈落街まで調べに行かせたところ、シズクファミリアの巡回時にのみ、保護の対象になりそうな少女らを巧妙に隠していたことが判明。また、最近では今回のように直接ファミリアのボスや幹部が現れ、間接的にだが巡回を牽制することも増えてきていた。雫達は、どうにかして隠された少女らを保護できないものか考え、作戦を立てていたのだという。


 そして、その決行が今日なされたということだ。


「貴様らは陽動役だったということか……」


 悔しそうに顔を歪めながら奥澤はもらした。


 全て雫達の作戦通りだったということだ。

 奥澤の言う陽動役が今この場にいるメンバーで、今回奥澤達に見つからないように別働隊として保護対象の少女がいないか捜索していたのが最初に消えた二人の幹部だったらしい。

 雫達に警戒の目を向け、注意力が散漫になりがちな「雫達がいる場所から離れた位置にある店」に密かに別働隊として幹部二人を派遣。これで、別働隊が行う静かな巡回がオクザワファミリアに妨害されることはなくなる。上手く事が運べば、警戒され建物の奥に少女らを隠す前に見つけ出すことも不可能ではないだろう。


 奥澤はどうやら今さっき必死な顔をして走ってきた男から報告を受け、己がシズクファミリアの術中にまんまと嵌まり、その上、存在を隠していた少女らを奪われたことを理解したのだろう。


「奈落街に来ているうちのファミリアがここにいる子で全員なんて、あたし言ってないわよね? オクザワファミリアさん?」


「くそっ、よくも私のファミリアの商売道具を…野良猫の分際で……」


「さっき猫の知能は虫以下だとか、色々と馬鹿にしてくれてたみたいだけど、結局、あなた達の知能はその猫よりも下だったってことね。悪いけど、あの女の子達は頂いていくわね」

 

 雫は得意げに宣言した。


 通常のマフィアの世界なら、ここでオクザワファミリアが銃を抜き戦闘にでもなって、両ファミリアがそれぞれの意向を貫き通すため殺し合う展開になるだろう。

 だが、ここは奈落街で奈落同盟により乱闘は禁止されている。これに反すれば、奈落同盟で結ばれた全てのマフィアを敵に回すことになる。

 それゆえに、この一件はシズクファミリアの作戦勝ちのようにみえた。


 ___しかし、奥澤という男がこれで手を引くはずもなかった。


 奥澤の顔を見れば誰でも分かるだろう。

 雫に対して怒りを露わにしているのと同時に、何か企んでいるような嫌な笑みを浮かべている。


 そして案の定、奥澤は反撃の一手を打った。



「フェーデだ」



 奥澤が唐突に言い放ったその言葉に、周囲がざわつく。


「へえ……フェーデとはまた随分と勝つ自信があるのね」


 雫も意外だったのか、目を見開いている。


 フェーデという単語が何の意味を持つのか知る由もない少年が黒曜に訊ねようとすると、それに気づいた背後にいる仮面の少女の一人が説明してくれた。

 

 曰く、フェーデとは別名「平和的決闘」を意味し、交渉で解決できない問題が起きた時に、武力による実力行使以外でそれを解決するために行われる勝負事のことのようだ。

 その内容は、賭け事などのゲームが定番らしい。

 物凄く低レベルな言い方をすると、喧嘩は駄目だからじゃんけんでどっちが勝ちか決めようね、という話で、マフィアの次元で言うならば、殺し合いは嫌だから机上のゲームで決めようか、という話らしい。


「嘗めてもらっては困る。何もフェーデはこれが初めてではない。この奈落街で勢力を拡大するために何度も他のファミリアを屈服させてきたのだから。それで、この勝負、受けるのか受けないのか、どっちなんだ?」


 奥澤は試すような口ぶりで雫に問いかけた。

 

 そう、フェーデには両者の合意がいる。

 ここで、雫が拒否すれば面倒な展開にならなくて済むというわけだ。

 少年としては、別に自分が決闘の舞台に立つわけではないのだから、雫がフェーデの申し入れを受けようが受けまいがどちらでもよかったが、奥澤も何の策もなくそんな提案をするほど愚かではないはずだ。勝算があるのだろう。それはつまり、こちらが苦戦する可能性もあるわけで、少年はあまり気が進まなかった。


 だが、雫は何の迷いもなく答えた。


「上等よ。勿論、受けて立つわ」


 まあ、雫と少しでも接したことがある人間なら誰しも分かっていたことだ。

 今更、驚きはしない。



 こうして、フェーデは成立した。

 その後の打ち合わせにより、奈落同盟にも参加していて組織として中立的位置にいるロッカファミリアを仲介とすることが決まり、シズクファミリアとオクザワファミリアとの決闘はロッカファミリアが経営するカジノ、通称ロッカで行われる運びとなった。




_____________________




【現時点での登場人物】


◆少年=北条 天羅(失われたかつての名)

「華族の十血」の中でも戦闘に優れた「鬼」の力を有する名家・北条一族の人間。かつては「白鬼」と呼ばれた最強の能力者だったが、今は力を失っている。一族を追放され露頭で野たれ死のうとしているところを雫に助けられた。が、女性に間違われ、男子禁制のマフィアに入れられてしまう。雫から猫の力を授けられた。黒髪黒眼。中性的な顔立ち。


◆雫

シズクファミリアのボス。世界中に隠れている美少女を発掘し、自身の眷属にする少女集めを趣味・生業としている。女王気質で構成員である多数の美少女達から慕われている。銀髪碧眼。猫の力。


◆黒曜

シズクファミリア幹部の一人。雫を強く慕う。ドエス。黒のショートヘア。群青の瞳。


◆栗色ロングヘアの少女

シズクファミリア幹部の一人。栗色のロングヘア。


◆銀髪の少女

シズクファミリア幹部の一人。巡回では別行動。


◆黒髪ショートボブの少女

シズクファミリア幹部の一人。巡回では別行動。


◆風歌

シズクファミリアのメイド。非戦闘員。穏やかで明るい性格。亜麻色の髪。


◆羅奈

シズクファミリアのメイド。非戦闘員。感情が表に出ることが少なく落ち着いている。面倒見がいい。ダークブラウンのロングヘア。


◆奥澤

奈落街にシマを持つオクザワファミリアのボス。雫に目を付けられている。へらへらしたたれ目茶髪の男。



大幅に投稿が遅くなり、申し訳ございません。

本当の本当に、今日から復活致します。

まだ読んで下さる方いましたら、どうぞ宜しくお願い致します。



前回の投稿から時間が空きすぎたので、最後に登場人物を整理して書き加えておきました。

次回の投稿は、できれば今夜、遅くても明日には致します。

どうぞお楽しみください。

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