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3.

 昔々、あるところに奴隷商人の男の人がいました。奴隷商人は『賢い樹』という意味の名前で、彼はいつも他の人が思い付きもしないことばかりを考えていました。


 この奴隷商人は変わり者でした。

 彼はいつも、取り扱っている奴隷たちの夢を実現させてしまうのです。

 普通の奴隷商人ならば、あいつらなんてどうでもいい、と奴隷たちをぞんざいに扱うのに、彼は違います。

 何故か夢を叶えてしまうのですから。


 ある日、奴隷が聞きました。

「どうして奴隷たちの夢を叶えるのですか?」と。

 彼はいつも不思議な笑みを浮かべて答えます。

「別に、叶えようと思っている訳じゃない。ただこっちもあまり損をしないのならば、少しだけ手伝うぐらいは大したことじゃないと思っただけさ。どうせ儲かるしね」

 そう言われてみれば、不思議なことに彼は損をしていません。むしろ順当に儲けています。


「それでも、もっと儲ける方法があるはずです」

 奴隷の一人が言いました。

 確かにお金だけを求めるのならば、奴隷の夢を叶える必要はどこにもないのです。

 その質問に奴隷商人は、静かに答えました。

「あるけど、面倒臭いし楽しくない、そして頑張った割に儲けの差があんまりないから、非効率なんだ」

 どうせなら楽しくないとね、と笑う奴隷商人は、どこか遠くを見ていました。


「何というか、やりがいを感じるんだ。だからやってみたいんだ。俺は幸せになりたい」

 幸せになりたい。

 彼の独り言は、奴隷たちには難しかったようです。

 何故なら、彼には人の夢を叶えてしまう魔法の発想と行動力があったからです。

 幸せになればいいじゃないか、自分のことぐらい幸せに出来るはずじゃないか。

 奴隷たちはそう思いました。


「あ、もちろん俺は今幸せだとも」

 そう取り繕う言葉は、どこか遠い所を思いながら呟いているかのような響きがありました。






「……この奴隷商人は」


「え、あ! それは!」


 ちら、と読むなりネルに引ったくられた小説だったが、何とも俺を彷彿とさせる表現がちらほらと見受けられて、つい苦笑してしまった。

 何でだか分からないがネルの顔が少し赤らんでおり、「……気付いちゃったんですか?」と俺に恐る恐る探りまで入れてきていた。


「ん、まあ」主人公が俺をモチーフにしているということだろうか。


「……へ、返事は……?」


「返事?」


「……え! あ、何でもないです!」


 急に慌て出すネルだが、逆にその仕草で気付いてしまったというか何と言うべきか。鑑定スキルの心理グラフと好感度メーターは遠慮がない。

 多分、このネルの小説のオチは返事によって二パターンあるのだろう。マリエールの時に本人に台本を選ばせたあの時のように。

 俺は、あえて話を変えることにした。


「話変わるけどさ、また新しい紙を追加しといたから」


「あ、はい! ありがとうございます!」


「やっぱり紙が大量に手に入るのは便利だな」


「はい! ……あ、いえ、違っ! ご主人様のことを便利だなんて、その、そうじゃなくて!」


「いやいやいや」


 そんな意味で便利と言ったわけではないのだが。というかそう言う意味で便利だと思われているのだとしたらちょっとショックではある。それってご主人様というより便利君ではなかろうか。

 俺が否定すると、今度は別の方向へとネルは勘違いを始めた。


「え、もしかして、私がですか!? え、でも、その、えっと」


「いやそっちでもない」


「話が変わってな……え? あ、その、便利じゃないんですね、その、そうですか……」


 何故かちょっと残念そうなのが気にかかったが、とりあえず「便利とかどうとかって口にすると、何だかお前を便利な女扱いしているような気がして気が引ける」とだけ答えておいた。

 何というか、便利な女扱いしているように思えて良心が咎めるのだ。


「……便利な女」


 かと思うと、ネルは今度は頬に両手を当てて、様々な感情を入り交じらせた何とも言えない表情になっていた。何故かは分からないがその顔を見た俺は、おしゃまな奴だと思ってしまった。


「えっと、ご主人様は、便利な女が好みですよね……?」


「え、いやその質問おかしいだろ、何でそう思ったし」


「え!? でも、ミーナさんもヘティさんも、え、あれ?」


「……お前、今のセリフすげえ俺に刺さったよ」


 無意識と言うべきか天然と言うべきか、とにかくネルは余り深く考えてない癖に、やけに刺さる意見を言う時がある。今がまさにそれだ。

 一応俺は弁明を試みた。


「便利扱いって訳じゃないからな。……俺が単純に人にあれもこれも頼んじゃうって性格をしているだけ、そういう話だ」


「……本当ですか……?」


「ああ、もちろんさ」


「……でも、ご主人様にとって周囲の人は誰でも彼でも便利な人扱いになっちゃっているように見えて、怖いです」


「……なるほど」


 そういった物の見方もあるな、と俺は思った。というかスキルを覚え込ませたり色々雑用を頼んだりしているのは、ある意味では便利扱い以外の何物でもない。

 実の所、俺は結構人使いが荒い所がある。自分が保有している奴隷にどんどん仕事を投げて、自分は営業活動と称して色んな場所で飲み食いしたり遊んだりしているのだ。

 前の奴隷商(マルク)の時の方が忙しくなかった、と言っていた奴隷もいた気がする。待遇は改善したものの、その分忙しくなったことは間違いない。


「俺は、人を便利扱いする人間なのかもな。人間性的に」


「え……あ、う、その……ああ、え?」


「……何かころころ表情変わってるけど、多分間違っているぞ、その想像」


「……そうですか?」


 一瞬意味を考えて、それで一瞬嬉しそうな顔をしたかと思うと全然違うことに気が付いて、と表情が忙しく変化するネル。結局、地味に残念そうな、しかし安堵のような諦めのような、それでいて期待するかのような表情へと落ち着いていたが、どういう思考の過程があったのか全く読めない。

 ただ間違っていることだけは明らかであった。さっきの俺のセリフに残念がる要素も安堵する要素も微塵もないからだ。


(誰でも彼でも便利な人扱いか)


 などと、ネルのいつもの会話のちぐはぐさに苦笑しながら、俺は裏で苦笑いを胸中に隠していた。

 善悪に潔癖で鋭いユフィや、端的な言葉で本質を突こうとするイリに言われるなら分かるのだが、まさかネルにずばりと言われてしまうとは。

 どこかネルに対して侮りのようなものがあったことに今更気付いて、俺は自分のことを、全然見えてない奴だなと思った。






「主様ー、最近凄く忙しくないですか?」


「ミーナか。まあ、仕事先が増えたからな」


 ミーナは槍へともたれ掛かりながら、へばった様子でこっちを見やっていた。

 槍稽古を俺とこなすのは凄く疲れるらしい。もちろん俺もかなり疲れているのだが、どうやらミーナの方がやり辛さを感じているとのこと。俺の動きが読み辛い分、どうにも後手に回ることが多いミーナは、負担と消耗が俺と比べて大きいのだという。

 もちろん、後手を引いても互角以上に渡り合う彼女の方が凄いわけだが。


「あらよっと」


「ちょ! きゃっ、怖っ、主様手加減!」


 俺の槍を辛うじて回避するミーナは、俺と比べて俊敏に長けており、動きに無駄がない。

 俺は一方で、奇襲に長けた無形の槍だ。正確には型のバリエーションが無数にある俺ならではの奇襲の豊富さなのだが、いずれにせよ直前まで相手に駆け引きを強要させる嫌な槍であることに間違いはない。

 結果として、彼女は体力を消耗している。

 大袈裟に避けることで奇襲の槍の軌道がやや読めなくても安全回避に努める、あるいは直前まで引きつけながら持ち前の俊敏で即座に避ける、という彼女の戦い方。どちらも素晴らしい腕前だが、体力を余計に使うことに違いはない。


「ひっ! ちょ、休憩!」


「いや、まだだ!」


「ええ!? そんな! 死んじゃいます!」


 悲壮な声。しかし、動きに精彩を欠いているのは実は俺の方なのだ。

 奇襲の動きも体力を余分に消耗する。攻めるも避けるもどちらも体を動かし回すことだけは一緒なのだが、槍を振り回す分攻める方がしんどかったりする。人によるだろうが俺はそう思う。


「!? ぐっ!」


「……あーあ、やっと終わったー……疲れたー……」


 ようやく、俺に一撃が入って俺の負けで終わる。

 勢い余って座り込んだ俺を「大丈夫ですか主様?」と気遣ってくれるミーナは、まだもう少しだけ余裕がありそうだった。


「……勝てないものだな」


「いやあ、主様凄く強いですよ……」


「それでも、男たるもの一度は勝ちたいもんだ」


「うーん、別にそんなことしなくても私は主様のこと凄く尊敬してますし、好きですよ」


「……そうか」


 しかしそれでも勝ちたいものだ。そう口にするとミーナは、「何でも頑張る所、私は好きですよ」と笑っていた。


「でも最近はビジネスも何でも頑張り過ぎですよ」


「そうか?」


「はい。奴隷たちも最近、忙しい毎日で疲れてますし」


「これで忙しいだって? 弛んでるな、あいつらを扱き直すか」


「主様、スパルタ過ぎませんか……?」


「冗談さ」


 俺はそう言って苦笑した。

 やんわりミーナが忠告するように、最近奴隷たちにも色々やらせすぎている、ということを自覚はしていた。

 それでも不満が出ないのは、俺の提供する待遇が他の奴隷商と比べて破格であることと、あとは俺の方が奴隷たちより働いているからなのだろう。

 俺も仕事が楽しいタイプの人間なので(というかこの世界において仕事がいい調子なので)、割と夕方に帰ってきてからも仕事をしたりすることが多い。

 仕事というか、業務委託契約書などをこちらから向こうの為に作ったり(複製を商人ギルドに提出するタイプなど色々とある)、秘密保持誓約書を制作したり(最近画商としても働いたり製紙業に一枚噛んだりしているため営業先が一気に増えた)、ヘティやミーナに丸投げするには手に余る案件が増えてきたのだ。


 因みに、契約書の言葉の言い回しには非常に苦労した。向こうと最も揉めるところはその部分で、この時代の商売がいかに法整備されていない言い回し勝負の世界なのかと思い知らされることになった。幸いヘティがその辺りに詳しいので、契約内容は俺言い回しなどはヘティと、俺とヘティで仕事をする機会がかなり増えた。

 ミーナもちょっと手伝ってもらってはいるが、冒険者業もやっていて忙しいためか、そこまで俺とヘティを手伝えておらず、若干拗ねていた。ヘティはずるいですとか何とか言っていた気がする。


 話が逸れた。要点は、俺は仕事好きである、ということだ。

 そしてそれに奴隷たちを付き合わせている、というだけである。


「……主様って結構奴隷をこき使いますよね」


「でも、まあ、奴隷ってそういうものだろ」


「そのセリフ、主様の口から出ると凄く違和感があるんですけど」


「でも一応配慮はしてるんだからな? 俺も過労の辛さは知ってるつもりだからな。何事もバランスってやつさ」


「……主様、影でイリに何て言われてるか知ってますか? ツンデレって言われてるんですよ?」


 ツンデレって。それ現代用語じゃねえか。


「……なあ、前も女子会でイリが変な言葉使ってたと思うんだが。コミュ障とかだったか? なあミーナ、お前だろ」


「えっ!?」


「イリに変な言葉を教え込ませるような奴は、お前しかいないはずだからな」


「いやあ、まさか!」


 ひきつった笑み。鑑定スキルを使わなくても嘘だと分かる。そして実際に嘘であった。


「よしミーナ! もう一回槍稽古するぞ!」


「主様! バランス! バランス考えてください! これ過労ですよ! 死んじゃいます!」


「バランスを考えたらもう二回か」


「増やしてどうするんですか! 殺す気ですか!? 殺す気ですね!?」


 俺だって後二回も槍稽古をするのはしんどい。正直体力が持たない。

 だから回復ポーションを飲んで疲労を癒すと「あー! ずるい!」とか悲鳴が聞こえてくる。


「さ、行くぞ」


「嫌です! 嫌ですよ! 嫌ですってば!」


 知ったことではない、と俺は槍を振りかぶった。

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