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4.

 そんなある日のこと、俺に一通の手紙がやってきた。

 差出人はArlecchino "Lucky" Fortunato、アルレッキーノその人である。


(……ヘティを買いたい、か)


 手紙はビジネス的な話を切り口に、長々と続いていた。ヘティが気に入った、だから買いたい、かいつまんで言えば手紙の前半の内容はその二言に集約された。

 俺はついにこの日が来たか、と思った。

 今まで慣れ親しんだ奴隷を手放すこと、それは奴隷商を続けていれば当然起き得ることなのだ。ある程度覚悟が既にあったとは言え、いざこうして直面すると、そうかとうとうお鉢が回ってきたかと思わざるを得ない。


(断る理由はない。正確に言うと、断る良い口実はない)


 奴隷商である以上、むしろこの手紙は商機であると捉えるべきだ。

 一方で個人としては余り快く思っていないこともまた事実で、出来れば穏便にこの話を流したいと思っている。


(ヘティにはかなり俺の仕事を手伝って貰っている。ビジネス的にも考えて手放すのは損だと言える。それにそもそも、ヘティは売り物ではない筈なんだが)


 俺は苦笑しながら、どうしてアルレッキーノはヘティが元々売り物であったことを知っているのだろうと思った。

 前の奴隷商マルクが商売をしていたころから、彼女がこの店にいることは見当が付いていたのかもしれない。

 しかし、今は俺が店主である。俺はもはや彼女を売り物扱いしてはおらず、希望する客がいても「彼女は私の店の従業員ですので」と断っていたほどだ。(もちろん全ての奴隷についてこのように売り出すことを断っている訳ではない。顧客と奴隷の要望、取引価格、そして俺がその奴隷の能力をどれほど必要としているか、それらをバランスして考慮した結果、売らない、という選択肢が生まれるのである)


 よって、普通ならばこの話は遠回しに断る案件である。

 普通でないのは、この男がアルレッキーノであるという点に尽きた。

 それもややこしいことにヘティと過去に面識があるのだ。(恐らくだからこそヘティがこの店の売り物であったことを知っているのだろう)


(……オアシス街一帯の賭博を牛耳るアルレッキーノのことだ。角が立たないように断らないとろくでもないことに巻き込まれるだろう)


 俺が保有する奴隷の数がそろそろ五〇近く、最近テントも増設されるほどになり、以前よりも更に戦力は増えた。

 内、魔法を使える奴隷、戦闘技能が高い奴隷の割合も少なくない。

 単純に考えても倍以上の人手を俺に差し向けない限りは、いや倍以上あっても気配察知に引っかかるような素人の群れであれば返り討ちに出来る程度には、この店は安泰だ。


 それでもなお、アルレッキーノは警戒すべき存在である。

 アリオシュ翁に睨まれているにも関わらず、自由勝手に振る舞っている。

 それどころか、アルレッキーノは行動原理が全くもって読めない、快楽主義者なのだ。

 何をしでかすか分からないのだ。


(アルレッキーノの噂はろくでもない)


 噂を聞く限りでは、相手の望むものを賭けて勝負をふっかけ、相手を試して遊ぶという人物だ。

 人物の真価を問うらしい。

 勝負は彼にとって、本物であるらしい。アルレッキーノは常々周囲に、本物が欲しいと言葉にしている。彼にとっては勝負以外が虚構なのだろう。


 その価値観も危険だが、その価値観を実行に移していることがアルレッキーノの異常性である。

 事実、彼は勝負によって他者の人生を狂わせてばかりなのだという。


(おぞましい話だ)


 手紙の続きに目をやると、お前の真価を試したい、勝負をしようという文句が書かれてあった。俺にとっては迷惑でしかなかった。






(手紙の内容を見るに、俺はこの勝負を降りることは不可能だ)


 俺はそう自分の中で結論付けた。

 アルレッキーノの手紙には、マレビトと巫女(或いは御子)について書かれていた。異世界からやってくる紀人(マレビト)は、巫女/御子を寄り代としてこの世に降りてくるのだという。

 巫女/御子とは、行く行くは紀人(マレビト)に乗っ取られてしまう存在であるらしい。


 なぜ彼がその事を知っているのか、と思ったが、更に続きを彼は知っているらしい。

 知りたくば来い、というわけだ。


(不愉快なことに、ミーナが巫女だということまで把握されている。文面から察するに、恐らくはミーナをマレビトに乗っ取らせる方法まで)


 一体いくつ交渉材料を保有しているというのだろうか。

 ヘティを買われたくなくば、ミーナの人格をマレビトに塗りつぶされたくなくば、アルレッキーノと事を構えたくなくば、そしてマレビトと巫女/御子について知りたくば。

 交渉は数ではない。だが、この四つはどれ一つを取っても俺にとって重要すぎた。


(……俺が切れるカードは、アリオシュ翁、キャシー、森熊の旦那、そしてマハディ・プーラン母娘)


 もう少し楽観的に見て、衛兵長ハワードまでは力を借りれるかも知れない。だが、商人ギルド長ロスマンゴールド氏や領主アルベール伯爵などは不可能だろう。アルレッキーノの影響力を彼ら二人は知っているはずだ、俺と天秤に掛けるまでもなさそうだ。

 一応ベリェッサなら飛んで駆けつけてくれそうだが、それは気が引ける。


(……なるほど。勝負はもう始まっているじゃないか、アルレッキーノ)


 顔合わせ(ショーダウン)は果たしてどう転ぶ。俺は未だ顔も知らぬアルレッキーノとの対峙の予感に、唇を堅く結ぶのだった。






「ほんに、わっちがすいさんがましい事をお願い申しゃんす自覚はありんす。でも、後生だからたった一つお願いを聞いておくんなんし」


 あの日、画伯アントニにどのような絵を描かせるか頭を悩ませていたころ、俺がマハディとプーランと、偶然町中で遭遇したことがあった。

 あの時マハディと俺がやりとりしているということを伯爵に知られ、そこから伯爵と例のあのカルテル談合になるわけだが、それはさて置き。


 あの時マハディが俺を呼びつけた理由、それはある頼みがあったからだ。


「おんし、あの絵描きに惚れ込んでいしゃんすえ?」


「ええ、あの才能は腐らせるには惜しいと思うんですよ、本当に。……私が昔デザインに纏わるお仕事をしていたからかも知れませんが、彼の絵は本当に美しいと思いました」


「……おんしに一つ、口利きできる伝がありんす。それにわっちもその絵描きには個人的に、救われて貰いたいと願っておりんすにえ。……わっちゃあ、あの人が絵を描くことをあがりなんすことなど有りんせんと、信じておりんす。少なくとも諦めなんすことなど、あっちゃあいけんと考えておりんす」


「そうですか」


「……話が逸れ申しんした。わっちゃあ、その絵描きに救われて貰いたいとほんに思っておりんすよ? けど、わっちの願いはそれじゃありんせん」


 鈴のような声でマハディが言うに、見過ごせない人がいる、という事だった。


「願いってのは他でもありんせん、あの与太郎(うつけ者)の言いなりにはならなんでおくんなんし、ということでありんす」


「与太郎?」


「アルレッキーノと鳴らしておりおす歌舞伎者にありんす」


「どうしてその名前が……?」


「ヘラちゃん、もといヘティちゃんが極道者の娘だとは存じゃんすね?」


「確信は持っておりませんでしたが」嘘である。初耳だ。


「アルレッキーノは、ヘティちゃんの仇にありんす。ヘティちゃんはかつては奴隷でも何でもない身分でありんして、うちで働いておりんしたが、あの阿呆のお命を頂戴しようとして、奴隷落ちして、奴隷商の所に身を流されんしたんよ?」


「……実はアルレッキーノの名前が出てくるとは思いませんでした」


「これから嫌でも耳にしゃんすと思いんす。……何せ、アルレッキーノはおんしに目を付けんしたにえ」


「……なるほど」


 頷きつつも、俺はマハディの不穏な言葉に眉をひそめていた。願いがある、アルレッキーノを止めてほしい、という話だ、穏やかな訳があるはずがない。


「具体的にはどうしろと言うのでしょう?」


「有り体に申しんして宜しかや?」


「ええ」


 一言区切って、マハディは答えた。


「ヘティちゃんを、どうか手放さないでおくんなんし。あの子にゃ、わっちゃあ幸せになって欲しいの。アルレッキーノになんか手渡すものだんしたら、わっちゃあ、赦しゃあせん。……後生だから」


 どうかこの頼み、無碍にしないでおくんなんし、とマハディは呟いていた。その声は、いつものように人を食ったような喋り方ではなく、真摯な響きがあった。

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