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19.

「……何が最後の勝負だ、アルレッキーノ。ふざけているのか」


「は、貴様がその台詞を言うとは、……笑わせるじゃあ、ないか」


 俺は、努めて冷静に返した。本当ならば怒鳴りつけたい所だったが、そんな場合ではない。


 森熊が「黙れアルレッキーノ、てめえは何をしたのか分かっているのか?」と凄んでいた。こちらも見るからに重傷そうで、腹部を抑えて呻いている。森熊のその切り傷に、ベリェッサが服の上着を脱いで、強く巻きつけているのが見えた。


 アルレッキーノは、そんな外野に構い付けることはなかった。


「トシキ・ミツジ。ミーナ・セリアンスロープを、助けたくば、……勝負に乗れ」


「……そもそも俺が勝利した暁には、御子/巫女とマレビトについて詳しく聞く権利が与えられたはずだ。ミーナを助ける方法を答えろ」


「勝負の内容は、……こうしよう。『運命は乗り越えることが出来る』。……どうだ、貴様は……乗るか?」


「話を聞けアルレッキーノ。何が運命だ。この世には、運命なんてものは存在しない。運命を感じるほどの出会いや衝撃、喜び、悲しみはあっても、運命だなんてものは存在しないんだ。人は神様のチェスの駒じゃないんだ」


「……は、勝負に乗らないか。……つまらん、奴だ」


 血に体を濡らすアルレッキーノに、俺は、「早くしろ、死ぬ前に」と焦りを抱いていた。

 せめてこいつが死ぬ前に、ミーナを助ける方法だけでも聞かないといけない。


「――堪忍袋の緒が、切れ申した。おんしという男は、最後まで、何という阿呆でありんすかえ」


「は、……マハディ、か」


 怒っているのは俺だけではないようだった。

 身も凍るようなおぞましい怒りを露わにしているマハディは、その美貌を徹底的なまでの鉄面皮に変えて、全ての感情を殺していた。

 しかし。


「――は、俺のために、泣く女は……いないの、だろう?」


「すいさんがましや。誰も、おんしのために泣いてなんかありんせん」


 能面のような無表情が、涙を一筋こぼしている。

 今までマハディの涙は見たことがなかった。


「この子が、あんまりにも、可哀想でありんす……っ」


 ついでに言うならば、マハディが声を震わせる姿も見たことはない。徹底した無表情で、何も顔に出さないまま、深い悲しみを淡々述べ連ねて、そうして微かに震える声に、隣のプーランの方が「母上……」とはっとしている程だった。

 彼女は強い母親だった。そして、情の(こわ)い女でもあった。


「……。は、そうか。……後で、俺の煙草でも……やろう。俺が死んだら、好きに、吸え、プーラン」


「……」


「こいつは、美味い煙草だ。……死ぬ前の最高の、一服、だった。――美味い煙草、だったとも……」


 娘に火を付けてもらった、あの煙草のことだろう。人を喰ったようなアルレッキーノの態度は、死の間際になっても相変わらずであった。

 この男は、父親としても最低の男だ。今ここで端から見ている分にも、おおよそ父親らしくはなかった。

 だが、そうだというのに彼は、間違いなくプーランの父親なのだと、はっきり分かってしまう。

 呆れるような男だ。くだらない男だ。だが、それがアルレッキーノなのだ。


「……ご主人、様」


「ヘティ、無理するな」


「まだ、終わってないわ……」


 ふと、震える感触が手から伝わってきた。背中を小刻みに震わせて、ヘティが上体を起こそうとしている。

 俺は、ヘティを止めてもう一度横たえさせようか迷ったが、起き上がりたい彼女の意志を尊重して、隣で支えた。「起きれるか?」と声をかけると、小さく頷いていた。

 彼女には何か言いたいことがあるのだろう。同感だ。俺も、アルレッキーノにはまだ死んでもらっては困るのだ。


「アルレ、キーノ……」


 か細い声でヘティは呼びかけた。


「……は、ヘタイラ、……ラミアーか。お前の、ことは……誤算だった」


「せめて、父親らしく……ありなさい」


 それは、ヘティだからこその言葉だった。己の父親を失った、そして名前も覚えていない父に愛されなかった、そんな彼女だからこそ言える言葉だ。


「……は、父か。……そう言えばお前は、そんな女、だったな」


「愛して、あげなさい。じゃないと、何かが、駄目になるわ……」


「……お前とも、分かり合えん。(偽物)が……偽物の愛を注いだ所で、何になる……」


「寂しさを、癒せるわ……」


「……は、そうか」


 アルレッキーノは自嘲気味に笑い、「……だが、世の中には……遅過ぎる、こともある」と血をこぼしながら答えていた。


 やや呼吸を落ち着かせて、ヘティは口を開いた。

 

「……アルレッキーノ」


「は、お人形、風情かと、思えば。……そういえば、あの時、最後の最後、お前に、してやられたな……」


「まだ、復讐は、終わってないわ」


「……ほう、……良い目だ」


 息も絶え絶えなアルレッキーノに、ヘティのその冷たい眼差しが投げられている。あのマハディとプーランと、アルレッキーノの会話にだって、彼女は思うところがあるはずなのだ。マハディは彼女の恩人だ。そして、あの光景は、家族に何か思うところがある彼女にとっては、あまりにも心を刺激するような光景だったはずなのだ。


「何だ? 俺を、殺すか? ……それとも、痛めつける……か? どうしたい?」


「……アルレッキーノ」


「は、それとも……勝負でも、するか? そいつは、……悪くない」


「違うわ」


「は。そう、か」


「……”ほら、これで救われたでしょう?”」


「!」


「”道化から人らしくなれる、自由に生きることが出来る、貴方はもう自分で人生を歩めるのよ”」


「……は、はは、ははは」


「――夢の続きを見ようと足掻いた結果、死に瀕しているってのは、どういう気持ちかしら」


「……はは、はははは、はははははは! ははははははははははははは!!!」


 突如、アルレッキーノは恐ろしい程に笑った。

 それは、アルレッキーノとヘティにしか分からないはずのやり取りだ。だが、俺は、ヘティから聞いたから分かる。その痛烈なまでの皮肉を。


「はははははははははははははははははは!!! ――ざまぁ、ないぜ、……は」


 皮肉を受けて、しかしアルレッキーノは笑っている。「最高だ。お前は、やはり、良い女だ」と血に塗れた口で誉めてさえいる。


 それは、悲しい笑いでもあった。しかし、心の底から楽しそうな笑いだった。アルレッキーノに、ヘティのその言葉は、きっと沢山の意味を持って届いたはずなのだ。

 人らしくあろうとして、家族を失う。自由に生きようとして、命を失う。アルレッキーノはどこまで行っても、道化師(アルレッキーノ)だ。

 しかし、こういう無様な悪こそが、アルレッキーノという生き方ですらあった。






「……トシキ・ミツジ」


「何だ」


「ミーナを助ける方法を、教えてやろう」


 アルレッキーノは、そして遂に、俺を近くへと呼び寄せていた。

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