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20.

 全てを遠くから見ていた私には、全く事態が掴めませんでした。

 それもそのはずです、こんなシナリオ、ご主人様の想定の中にはありませんでしたから。


 ユフィは「嘘……」と呟いていましたし、イリは「……私は、馬鹿」と顔を青ざめさせていました。二人にとっても想定外だったのでしょう。

 いえ、信じていました。あのご主人様が「アルレッキーノは負けが確定しても足掻く。だから、ヘティに奴隷紋で自殺を命じたりする前に、ミーナを使って確実に仕留める。もしくはヘティの奴隷契約書を細切れにして奴隷契約を無効化させる」と念には念を入れていたものですから、こんなことになるとは思ってもなかったのです。


 ミーナさんの真名を呼ぶことは、勝負の神の制約で不可能。そうだと決めつけていたのは、別にご主人様のミスではありません。

 アルレッキーノが私達の店に来たあの場で、ご主人様は殆ど最善を尽くしているように見えました。

 お互いに勝負の制約を作っていく段階で、考えられうる嫌がらせを阻止できるように、慎重にルールを考えていましたから。


 ただ、ご主人様だけが罠を仕込んだだけではなく、アルレッキーノもまた、常識外れな罠を仕込んでいただけなのでした。

 自分の喉元を手で破くだなんて。

 そんな壮絶なことを実行するぐらい、あの人は狂っていたのです。


(……恐ろしいです。一体どんな生き方をすれば、あのような痛ましい行為を躊躇わずに実行できてしまうのでしょう)


 目の前で例の男、アルレッキーノが壮絶な自決を行ったことに、私はしばし見とれてしまいました。

 血が、湧き出ています。

 命を主張している、てらてらと光った、鮮やかな血が流れているのです。

 私は、その時何となく、アルレッキーノという男は『これを見たかった』のではないか、とさえ思ってしまいました。


 今更、どうでもいいことです。

 きっと彼の中には、本物であること、運命を生きること、そのことだけがテーマだったのでしょう。

 私がどうしても、感動を追い求めずにはいられなくなったのと同じように、彼もそうやって生きることを追い求めずにはいられなかったのでしょう。


(……ミーナさん)


 ご主人様のすぐ後ろで、呆然と座り込んでいるミーナさんが見えました。

 彼女はとても静かに泣いていました。泣きわめくこともありません。

 ただ、遂にやってきてしまった最悪の未来を静かに受け入れようとするような諦めと、何故受け入れなければならないのだろうという悲しみが、彼女を茫然とさせながら、打ちひしがれさせているようでした。


 とても弱そうに見えました。不思議です。私たちよりもお姉さんで、よくふざけるけどそのくせ面倒見がよくて、色んな所に気を配ることの出来る人なのに、今はただただ泣いているだけです。


 ミーナさんだけではありません。


 ヘティさんも、とても悲しそうな顔をしていました。

 目の前で繰り広げられた、プーランさんとマハディさんと、そしてアルレッキーノの会話に、悲しそうな顔を浮かべていたのです。

 いつも頼れるようなお姉さんだと思っていたのに、ちょっとだけ、親に愛されたかったという感傷が何となく感じ取られて、私は言葉に困りました。


 復讐の言葉を告げるとき、ヘティさんはとても冷たい表情でした。ですが、私にはそれでも、悲しそうな顔に見えてしまったのです。

 結局、ヘティさんは、親の名前も家族の名前も忘れたままの微かな思い出だけが残っただけで、何ももう、ヘティさんには戻ってこないからでしょう。

 復讐のためなら死ねる。ヘティさんのかつての言葉に、私は、これからのヘティさんが心配になってしまいました。

 ヘティさんは、自分を大切にしようとする意志が薄弱なのです。

 頭が良くない私には、どうしてもヘティさんのその自分に対する関心のなさが、怖いだけでした。


 そして、残されたご主人様は。

 一番あの人が、怒っているような気がしました。真名を呼ばれてしまったミーナさんでも、かつて親をはめられてしまったヘティさんでもなく、ご主人様が怒っていたのです。


 あの人はそういう人間なのだと思います。今までだって、奴隷の夢を叶えようとして、最初の方だけはビジネスに徹するような振りをして、どんどん肩入れしてしまうのです。

 あの人はそれを隠そうとしていますけど、どうしても、端から見ていると分かってしまうのです。


 ご主人様は、大人ですけど、大人のようには怒りません。ご主人様は、もっと本気で怒るのです。

 きっとですけど、ご主人様はミーナさんもヘティさんも好きなのです。

 二人とものことを、恋人とまではちょっと行かないけど、友達よりも深い関係の二人だと思っているようでした。

 私は何となく分かってしまいました。

 ご主人様は、あの二人にとてもたくさんのものを貰ったのだと思います。

 かつては何故か生き疲れているような雰囲気が漂っていたご主人様だったのに 最近は、そんな雰囲気が影を潜めているような気がするのです。

 変な表現になりますけど、生きようとしている気がするのです。


 ご主人様は、怒っていました。

 あの人のとても大事なものが、少しだけ、分かったような気がしました。

 それが、もうじき失われてしまうのかと思うと、私はやり切れない思いです。マハディさんの記憶魔法がどれほど続くのかは分かりませんが、長くはなさそうでした。






(ミロワールさん……)


 後ろにいたミロワールさんは、いつの間にかベリェッサさんに問い詰められていました。


「ねえ、知ってたのかい!? 君はこの結論を知ってたんじゃないのかい!?」


「はい。知っていました。この結末は予想だにしておりませんでしたが、概ねは占い通りでした」


「何で……何でボクたちに教えてくれなかったのさ!」


「私は中立です。そして、究極的にはこの勝負は、三辻 俊樹 様と、アルレッキーノ・フォルトゥナート様のお二方のものです。その他のものの利害は関係有りません」


「そうじゃなくて!」


「それに、その他のものは今回害を被っておりません。ミーナ・セリアンスロープ、もとい芹原 美奈 様は、元々三辻 俊樹 様の所有物でした。つまり今回勝負のやり取りにあったのは、完全に、俊樹様とアルレッキーノ様のお二方のものだけなのです。介入は致しません」


「……ミロワール、君は何を隠しているんだい?」


「むしろ、私は俊樹様を手助けした立場です。アルレッキーノ様は勝負の公平を忘れ、ナイフをもって俊樹様を刺そうとなさっていました。それを私は、呪術を以てして彼の心臓を痛めて、彼の動きを止めました。俊樹様の陣営の方々に、非難をされる筋合いは御座いません」


「君は、アリオシュ翁の懐刀じゃなかったのかい……?」


「はい、あの獰猛な獅子(アリオーシュ)の方でしょうか。あの方は長生きしていらっしゃいますので、私とも縁が自然と深くなるのです。そのため、今までお手伝いすることも数多くありました」


「……何が狙いなんだい?」


「いいえ、狙いなど御座いません。人の子であるベリェッサ様には少々理解しがたいお話かも知れませんが、これは、正当な取引なのです。……強いて言えば、アルレッキーノ様には恩がありまして、彼のささやかな願い程度は聞こうと考えているのです」


「!? ……アルレッキーノの味方だったのかい? じゃあさっきアルレッキーノと何を会話したんだい? アルレッキーノと何を取引したんだい?」


「彼の魂です。引き換えに、私は彼の願いを叶えようと思います」


「……何だって? 君は悪魔だというのか……?」


「いいえ、私は悪魔ではありません。なので魂を代価に好きな願い事を叶える、というような大層な願いを実現できるわけでは御座いません」


「じゃあ何だって言うんだ……!」


「彼の願いは、彼の魂に蓄積された魔力を以てすれば実現可能な程度の、ささやかなものなのです。私は占い師でも呪い師でも、そして代行人でもあります。

 彼は事前に、勝負に敗北したときは下手に暴れないから、魂を明け渡すついでに願いを叶えてくれと持ちかけたのです」


「……アルレッキーノの願いって何なのさ」


「秘密事項です。ご安心ください。誓って、他人に迷惑をかけるようなものではありません」


「嘘だろ? どうせまた、勝負にあったのはトシキ君とアルレッキーノだから、二人の間には利害が発生するんだろ?」


「はい。……訂正します。あのお二方以外には、誰も損害を受けません。どうかご安心ください」


「ふざけないでくれ!」






(どういう、ことですか……?)


 後ろからの会話に、私は目を丸くして驚くばかりでした。何がどうなのか、さっぱり分かりません。


 私が知っている話はこうです。

 元々、アリオシュ翁とマハディさん、森熊さんたちは、アルレッキーノを捕まえようとずっと頑張っていたそうなのです。

 ですが、アルレッキーノは持ち前の幸運の高さで、追っ手からするすると逃れて、危ないところまで追いつめられても、常人外れた身体能力と運命に味方されているかのような展開によって、いとも簡単に逃げ出してしまうそうなのです。


 誰か勝負強い人間に、彼を倒してもらおう。その時に幸運をすべて巻き上げてしまえば、アルレッキーノは所詮は身体能力が高いだけのならず者でしかない。

 そう考えたアリオシュ翁たちは、マレビト、あるいはミコに協力を仰ぐため、色んな人たちを捜していたようなのです。

 残念ながら、ご主人様以外のマレビトは見つからなかったようでした。ミコは何人かいたようですが、ミーナさん以外は既に、アルレッキーノが始末しているか、幸運や能力だけを奪って奴隷落とししているかでした。


 そうして、ご主人様に白羽の矢が立ったのです。


 ご主人様も、アルレッキーノにちょっかいをかけられているタイミングだったので、早めに不穏因子は断ち切っておきたいと協力を受け入れたようです。


 それに、真実の目もあり、財宝神の加護もあり、勝負それ自体や勝負のためのルールの交渉も有利に運ぶことが出来るのは目に見えて明らか(とご主人様が仰ってました)。

 その上、アルレッキーノという男について、ご主人様は『俺は勝ち方を知っている』とまで発言していました。


 念のため、運の要素なしに完全に真実の目の力のみで勝利できるゲーム――丁半などを幾つか提案するものの、恐らくはテキサスホールデムポーカー(というゲームがあることをこの段階で初めて知りました)になることまで予想していました。

 ご主人様は殆ど万全に準備をしていた……つもりだったのです。


 突然店先にアルレッキーノがやってきて、ミーナさんの真名を呼ばせるか、ヘティさんを買わせるか、という無茶な二択を突きつけるまでは。


 アルレッキーノもまた、食わせ物でした。

 ご主人様との勝負ごとの交渉を、ほぼ互角の条件で結んだのです。いいえ、ミーナさんの真名を知っている、という致命的な弱点を握られながら、ご主人様は互角の条件を飲ませたのです。

 ご主人様は健闘したのです。

 ただ――ヘティさんを売ることを是としてしまったことには、思うところがありますが、これはまた別の話なのでしょう。


 さて、こうしてアルレッキーノと勝負することが決まったわけです。

 ご主人様は、まず真っ先にアルレッキーノさんの倒し方を打ち合わせていました。


 駆け引きの得意ではない森熊さんをアルレッキーノさんの直前において、その代わりがっちり守ってもらいます。強い手以外は守りに入ってもらうという、初心者でも出来る作戦でいくようです。

 心中穏やかでないマハディさんもまた、プレイングミスが響かないように森熊さんの近くで、同じように守り気味に戦ってもらうとのこと。

 お二方にはブラフを禁じ、基本に忠実なプレーを守ってもらうとのことでした。


 逆に機転の利くベリェッサさんや、マハディさんと同じぐらいポーカーフェイスのできるアリオシュ翁がアルレッキーノの下に座るとのことでした。


 あまりポーカーが上手ではない二人には、ご主人様の動きを参考にできるポジションにおいておく。

 ポーカーの技術が期待できる二人には、アルレッキーノの動きを参考に駆け引きできるポジションにおいておく。


 更に、ご主人様は通しの合図まで決めていました。AKなどの強い手が来た場合は唇を触る、などです。

 こうすることで強いカードの残り枚数を把握しながら、皆さんはプレイできたのです。






(……でも、どこにもミロワールさんは関わっていなかった)


 私は思い返します。

 アリオシュ翁はかつて、ミロワールさんに協力を頼んだそうですが、彼女は中立の立場を取り続けているとのことでした。理由は分かりませんでしたが、「あやつもまたオアシス街の秩序は守りたいはずなのじゃ。……なのに中立までは約束しても、ワシらに協力せなんだということは、何かあるのう」とまでは分かっていました。


 ですが、ミロワールさんが何を考えているのかなどは、結局さっぱり分かりませんでした。

 彼女は教えてくれなかったそうなのです。


 結論としては、ミロワールさんには勝負を見届けてもらうことにしました。

 目を離しておく方が何か困ったことをされるかもしれない、といアリオシュ翁の警戒と、ミロワールさんが『お願いします、ご一緒させてください。あなた方に害なすことだけは行いません、誓いましょう』と発言したことが理由でした。


 考えれば考えるほど、ミロワールさんが怪しく見えてきます。

 ですが、ミロワールさんにはこちらに対する敵意はないようなのです。


(……悲しそうな顔をしている?)


 ミロワールさんは、アルレッキーノのことを見つめていました。

 何かに思いを馳せているような表情が、とても印象的でした。











 ご主人様が、ミーナさんの手を引き、ヘティさんの腕を肩に回してやってきました。

 三人とも浮かない表情でした。


「――帰ろう。アルレッキーノとの会話は終わった」


「……」


 私たち三人は、そのご主人様の表情を見て、何も言えなくなりました。


「結論から言うと、ミーナの記憶は持って一ヶ月だ」


 ぴくり、とミーナさんが体を強ばらせます。


「だが、ミーナが芹原 美奈に乗っ取られるのを阻止することは可能だそうだ」


「……嘘ですよね」


「本当さ、ミーナ。安心しろよ」


 ご主人様は言いますが、その表情で語られても安心なんか出来るはずがありません。


「一ヶ月で全てに決着をつける。……いやはや、しなきゃいけないことがたくさんあるな」


 何故かは分かりませんでしたが、ご主人様は何かを諦めているような表情を浮かべています。


「天空の花二輪を探さないといけない。カイエン、ルッツ、マリエール、チッタ、アントニ、あいつらの仕事ぶりのアフターケアも今の内にしとかないといけない。もちろん、ノール達冒険者らに、引継事項をまとめたものを渡しておかないとな」


「……ご主人様、急にどうしたのかしら」


「あ、ヘティ。そういえばお前にも、後一ヶ月で色々仕込まないといけないしな。やっぱり俺の跡を継ぐのはお前だけさ。頼りにしているぜ」


 何かを諦めている表情、それはご主人様にとっては、穏やかな笑顔でした。

 とても優しい表情だと思いました。でも、とても切ない表情のようにも見えます。諦めるのが得意、という言葉が、ふと思い返されてしまいました。


「さっきアルレッキーノに聞いてきたんだ。ミーナを助ける方法をな。そのついでに、願いを叶えて欲しいってあいつに頼まれたんだ。……正直大した願いじゃなかったから、それぐらいなら叶えてやるよと思った」


「……何ですかそれは」


「帰ったら教えるとも。……今日は酷く疲れた」


 気付くと、ユフィとイリがヘティさんを支えるお手伝いをしていました。ヘティさんも、奴隷紋の処罰を受けて、とても身体的に傷ついたことでしょう。


 ふと、私は漠然と思ったことをご主人様に尋ねてみました。


「一ヶ月の間に片付けるって、どうしてなのですか? ミーナさんは乗っ取られないのではないのですか?」


「……鋭いな、ネル」


 ご主人様は、ちょっとだけ答えに困っていたようでした。


「……お前らと会えて良かった。凄く楽しかったよ」


 全く答えになっていません。ですが、とても不安になる言葉です。

 私は、続きを待ちました。




「俺、帰るよ」




「……どこに、ですか」


「元の世界にさ」


 一瞬だけ、時が止まった気がしました。

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