16.
「こうやって俺とお前の一対一になったわけだ。最初からこうあるべきだったんだ。そうだろう、アルレッキーノ」
「ああ、そうらしい。最初からこの勝負は、俺とお前だけの勝負だったようだ、トシキ・ミツジ」
配られたカードを見ながら、トシキとアルレッキーノは言葉を交わした。今までの激情とは遠くはなれた、実に平静なごく普通の会話に、お互いが僅かばかり苦笑を浮かべていた。
先ほどまでの敵愾心は一旦落ち着いてしまったらしい。引き換えに、勝負に臨むための張り詰めた意志が、心地よいほどに全身に漲っている。
「なあ、アルレッキーノ。実にお誂え向き、という手札じゃないか」
「ああ。実に面白い。お前も俺も、この手札には因縁があるはずだ」
「どういう偶然だ。それともお前の持つ運命のせいか」
「さあな」
この光景は、アルレッキーノが何度も夢に見た光景である。
アルレッキーノの手札はAd Kd。そして敵の手札はQd Qc。何となれば、動き出しまでアルレッキーノは知っている。
アルレッキーノは当然、ここでレイズを選択し「レイズ、200」と場を吊り上げた。
「リレイズ、400」
「リリレイズ、700」
アルレッキーノにはここを引く理由はない。何故ならば、この勝負こそが本当の勝負なのだから。リリレイズの700には、そういう意図がある。
トシキにもまた、ここを引く理由はない。何故ならば、彼には見えている。全てのカードが彼に勝利を教えているのだから。
「コール」
トシキはだから、この場では敢えてコールを選択するのだ。アルレッキーノからオールインを引き出すための立ち回りとしての、罠としてのコール。
オールインさえ引き出せば、今現在、アルレッキーノのチップ3000に対し、トシキのチップ3000で、アルレッキーノのチップが0となり敗北が決定する。だからこそ、ここで下手にトシキの方からオールインは打たないのだ。
そして、場のカードが開かれる。フロップは、As Qs Ks。あまりにも恐ろしいこのフロップの並びに、周囲は驚きを隠せないでいることだろう。アルレッキーノはAAKKのツーペアで、トシキはQQQのスリー・オブ・ア・カインド。
両者の激突は必至である。アルレッキーノもそう思っている。この戦いが殆ど最後になるのだろう。だがアルレッキーノはこの戦いを最後にしないため、全てを準備してきたのだ。
アルレッキーノが他人から運命を数多く頂いた事も。アルレッキーノがこうなるように試合運びを選んだのも。そして、アルレッキーノがヘタイラ・ラミアーを購入したことも。
「は、俺か。レイズ、1000」
「……。コール」
序盤は一旦吊り上げつつもコール、次に単なるコールに留める。このトシキのプレイングには恐らく精一杯のブラフが仕込まれているだろう。アルレッキーノに大してトシキが見せようとしているミスリードは、AA、KK、QQなどのポケットペア(フロップ段階で強気で相手を下ろす)ではない、という幻影だろう。
ポケットペアならば、フロップ前で600~程度の強気のリレイズを賭けてアルレッキーノを下ろすのがセオリックである。フロップでアルレッキーノにワンペアを作られては厄介だからだ。Qという数字もまた、K、Aのワンペアに負けてしまうのが僅かに頼りない。そのため、ここではレイズ400ではなくもっと強気の額を賭けて、アルレッキーノを下ろすように誘導するであろう。勿論KK、AAならばもしかしたらトシキのような振る舞いも自然だったかもしれないが。
そして同じく、AAA、KKK、QQQなどのスリー・オブ・ア・カインズもまた、この場では強気ではいられないカードだ。何故ならば場は明らかなストレート・フラッシュ場。スリー・オブ・ア・カインズを持っているとしても、ストレートやフラッシュを警戒するプレイングになる。つまり、この段階で最強手に近いスリー・オブ・ア・カインズを持っている人間は、ここで相手を下ろすためにもっと強く賭けていくはずなのだ。
トシキのコール1000は、その意味ではおかしい。
よってアルレッキーノを『トシキはAA、KK、QQなどのポケットペアではない』という推理に導くことができる――。
実に、滑稽なまでのブラフである。
アルレッキーノはこの忌々しい展開を全て知っているのだから。
「……ターンはAcか」
これで、アルレッキーノはAAAKKのフルハウス、トシキはQQQAAのフルハウスとなった。これでアルレッキーノはこの段階におけるロイヤルストレートフラッシュ以外の最強手を握っていることになった。そうであるからには、アルレッキーノは強気で攻める、とトシキは踏んでいる。
実際にその通りである。だからアルレッキーノはさらに賭け金を増やす。
「――チェック」
相手にレイズを選択させることで。
「……。レイズ、1500」
実にバランスが取れている、トシキのアクションは『AA、KK、QQなどのポケットペアは持っていないが、Aを持っているためAAAのスリー・オブ・ア・カインドである』、と考えれば自然な程度のプレイングだ。
なるほど、トシキという人間はポーカーがそれなりに上手らしい。
トシキとしては、ここは次のリバーがめくられる前に勝負を付けたいはずなのだ。リバーは、トシキの目にはQhとして写っているはずだ。
ここでQQQQのクアッズであることをアルレッキーノに悟られては、アルレッキーノのオールインがもしかすれば誘えない可能性があるからだ。
トシキがAA、KK二枚持ちの可能性は、場にあるAAKを確認出来てAKを持っているアルレッキーノから見ればかなり低い。だが、トシキがQQを持っている可能性は場にあるQ一枚のみでは否定し切れない。
リバーでQがもう一枚出てくれば、自然アルレッキーノは、もしかすればQQのクアッズも可能性としてはあり得るのでは、と警戒を強めるだろう。
よって、トシキとしては、ここはリバーが公開される前にオールインに誘い込みたいところなのだ。
偶然にも、アルレッキーノはこの段階でのほぼ最強手を手にしている。
この段階でオールインをするのはかなり戦略的だ。よってアルレッキーノはここでオールインをするだろう――。
「いいだろう、トシキ。――オールインだ」
アルレッキーノは、それに乗った。
この流れでは、オールインしない方が不自然だ。
何故ならばアルレッキーノはほぼ間違いなく最強手。この段階でのオールインは、寧ろ、自然な流れと言える。
「OK、コールだ」
そして、トシキもそれを受けてコールをし――。
お互いに広げられる、Ad Kdと、Qd Qc。
周囲は色めき立ち、AAAKKとQQQAAというモンスターハンド同士の勝負に、驚きを隠しきれていない。
だがしかし、この手札ではトシキは、残り一枚のQを引く以外に勝ちはない。確率にして2%、52枚のトランプの中にある最後の一枚だけが、トシキに残された活路である。
「……マレビト。お前に最後に時間を与えてやろう」
「何だ、俺にハートのQはやってこないって思い込んでいるのか?」
「は、Qhを引けるものなら、引いてみるがいい。確率にして2%のアウツなぞ、引き得るはずもない」
「『確率が0%じゃない限り、俺は勝ってきた』、だったか? その言葉、ここで借りさせて貰おうじゃないか」
トシキは依然余裕を保ったまま、まるで今からでもQhを引いてみせようと言わんばかりの態度をとっている。圧倒的な不利を嘆くことも、敗北後の未来を悲観することも、彼にはまるでなかった。
だからこそであろうか。周囲の奴隷たちも、顔を青ざめさせていながらも一縷の望みを失っていない様子で、トシキのことを見つめているのは。
「……お前のその2%への賭け。それは、確率1/44でも賭けてみせるという強い意志の表れなのか? それとも、真実の目で答えを知っていたから出来たというだけの、ただ状況に流されただけの選択か?」
「アルレッキーノ、良い事を教えてやろう。自発的に選ぶことと、自由意志の有無は哲学的には異なる問題なんだぜ。ある人曰く、状況に流されたとしても、それを是とするならば、それもまた自由意志なのさ」
全く成立していない平行した会話ではあったが、気に食わないことだけは間違いない。
「……覚悟は良いか、マレビト」
「……。最後に、少しだけいいか。ヘティと話がしたい」
「ああ、構わん。……ただし」
つと、と軽い音を立てて、ナイフが最後のカードに突き立った。アルレッキーノが刺したのだ。これでもはや、カードを入れ替えたりするなどのイカサマは行なわれないだろう。このカードは、そのまま表に返されるのみだ。
「さあ、これでカードを入れ替える事も何もかもが不可能だ。このままナイフを持ち上げて、カードの表面を確認するしかない。……お前がヘティと何をしようが、これだけは変えられないってことだ」
「……そうか。お前がそう信じるならばそうだろう」
「……どういうことだ」
「さあな」
気になる台詞については答えが来なかった。
アルレッキーノとの会話もそこそこに切り上げて、トシキはテーブルから「ヘティ、大丈夫か」と呼びかけていた。
その声には、これまでのアルレッキーノとの応酬からは意外な事に、あの得意げな響きや揶揄するような軽妙さがない。
強いて言うならば、それは若干の弱気。事ここに至って、最も彼から遠いと思われていたはずの、頼りない感情であった。
「ヘティ、痛くはないか、大丈夫か」
「……ええ。大丈夫よ」
「大丈夫だ、後少しで終わる。もうこれで最後だ」
「……そうみたいね」
「……なあ。俺はハートのQを引けると思うか? 俺に2%の奇跡は起きると思うか?」
「……。起きなくても、起こして」
「ああ。……それもそうかも知れないな」
「……ご主人様」
「だけど、俺はヘティに酷な事を要求しないといけない。……俺はジンクスに賭けているんだ。ヘティが引っ張ってくるカードにはラッキーカードが多いってさ。……そういう事なんだ、分かるか?」
「……どういうこと、かしら」
「……。死ぬ時は一緒に死ぬ。俺は、それでも賭ける」
「ねえ、どういうこと……?」
「ヘティ、少しだけ話に付き合ってくれないか」
「……ええ」
「何のために生きているのか、実は俺にも分からないんだ」
「え……」
「俺さ、ガキの頃は何でも出来るガキでさ。運動も出来たし勉強も出来た。学校でも割と良い子やってたと思う。漠然と生きてたけど、要領は悪くなかったし、正直俺、人生舐めてたんだ。何でも上手くいくじゃん、みたいな」
「貴方が、何のために生きているか、分からない……?」
「そう。分からない。……人生は自分の生きる理由を探す旅だ、とかそういう言葉あるだろ? ああいう言葉に甘えて、とりあえず今はこうやって生きればいいかって、目の前のことをそれなりに無難にこなして、大人になってしまった」
「……大人?」
「そう。……昔は夢なんか選ぶ時代じゃなかった、ずべこべ言わず目の前のことに取り組まないと食べていけない時代だった、みたいな言葉あるだろ? そういう話も話半分に聞いてたからさ、そういうものだよなー人生、みたいな気分で人生を過ごしてたっていうかさ。俺なりに目の前のことをやっていけばそれでいいかって思っていたんだ」
「……意外。貴方って、もっと自発的で、主体的で」
「あー、まあな。自発的で主体的になっているのは、やりたいことを見つけたからかもしらん。……正確に言うと見つかっていないからなんだけどさ」
「……どういうこと」
「さあな。俺、自分のこと語るの苦手だからこの辺で。……でも、今は、何かこのために生きているのかも、みたいなものが漠然とあるんだ」
「……何、それは」
「人の夢を叶えていくこと」
「――」
「ヘティ。何のために生きていくのか分からないんだったらさ、手伝って欲しいことがあるんだ」
「夢、を」
「俺のやってること。お前になら任せられそうなんだ」
「叶えて、いく」
「人間誰もが夢を叶えられる、とかそんなことは思わないけど。でも、そいつが夢を叶えていくのを見守るのって凄い、言葉にしがたい感動があるんだ。俺の夢なんだよ。目の前でそいつは、俺の夢を叶えていってるんだ」
「……」
「そいつに吹き込んだ俺の夢は、きっといつか俺が夢見たもの以上になっているんだ。そいつと一緒に見つけた俺とそいつの夢は、きっといつか他のやつの夢になる。凄くないか、それって」
「……夢」
「夢さ。俺は、あれもしたいしこれもしたい、何でもしたいっていう人間なんだ。でも何も一流になれなかった。諦めるのだけは凄く得意になった。そういう、ほら、中身の空っぽな人間でさ」
「……」
「でも、夢は、やり様次第で叶う。不可能に見えること、実質的に不可能なこと、生まれ持っての何かが必要なこと、そういうものはたくさんあるけど、それでも世の中は基本的にやり様次第さ。だから俺は、夢を叶えていきたいって思ったのさ」
「……」
「なあヘティ。嫌じゃなかったらさ、やってくれるか?」
「……私で、いいの」
「ああ、もちろんさ」
「……私」
「何のために生きているのか、これで見つけてくれるか?」
「……」
「もし受け取ってくれるなら、そいつが、お前のキャリアプランさ」
「――」
「だから、ごめんなヘティ。今から言うことは矛盾しているけどさ、……そのためなら、死ねるか?」
「……!」




