15.
「さあ、ヘタイラ・ラミアーの話をしようじゃあないか」
アルレッキーノがそう切り出すと、ヘタイラは一瞬だけ動揺したかのように動きを止めた。
トシキもまた同様に、アルレッキーノへの警戒を強めるようにこちらを見やって、そこからしばらくこちらの様子を窺うように動作を止めていた。
「おいおい、警戒するんじゃあない。話の流れ上、とても自然なことだとは思うがな」
「……どういうことだ、アルレッキーノ」
「お前のお仲間が、まあ森熊はその暇もなかったが、各自負けられない理由だとか、熱い思いだとかを述べる茶番を披露してくれたわけだ。だがそれじゃあ分からない奴が一人いるじゃあないか」
茶番、と切り捨てた途端に、トシキの表情がやや険しいものになったが、アルレッキーノにしてみれば実にどうでも良いことであった。どうせ向こうも大して憤慨していないのだろう。トシキとはそういう男だ。アルレッキーノの見立てで言うならばトシキは、アルレッキーノと同じぐらいに狂っている。
それならばまだ、茶番という言葉に「てめえ!」と義憤にかられている森熊や、無言で怒りを表しているベリェッサや、同じく無言でこちらをただ見つめるアリオシュ翁や、無言で悲しい微笑みを浮かべるマハディのほうがよほど人間らしい。
「……何のことだ」
「ヘタイラ・ラミアーの事に決まっているだろう?」
アルレッキーノは、トシキとの一対一の勝負をごく普通に始める気はなかった。
トシキ・ミツジという男をここで暴き立てる。暴き立てながら、彼に完全勝利を突きつける。そうしてやっとアルレッキーノは、自分の目的を達成出来ると考えていた。
そう、彼は試されなければならない。安寧の中に甘えるだけの男を本物とするのは是ではない。そのような男に自分が否定されるだなどと、あってはならないのだ。
真価を問う。運命を試す。それはアルレッキーノの煮えるような怒りの、その究極的な答えである。
「二人の勝負になったわけだ。ブラインドを上げようじゃないか。50 - 100で行こうじゃあないか」
「!」
周囲に驚きが走る。急に十倍のチップをミニマムに設定するということは、一回でもビッグゲームになれば、それで片方のチップが吹き飛んでしまうほどの戦いになってしまうわけだ。
「さあ、続けるぞ。お前にとって戦う理由だったはずの、ヘタイラ・ラミアーの話をするっていうのは、話の流れ上ではごく自然だろう? 負けられない理由が出来るじゃあないか、泣かせる話だ」
「アルレッキーノ、お前は何を考えている?」
「早く決められた通り配れ、ヘタイラ・ラミアー。……ああ、どうしたトシキ・ミツジ。俺は最初から最後まで、どう生きるか、しか考えていない。そして人間はそうあるべきじゃあないか?」
最大限の警戒で身を硬くしているヘタイラを促し、アルレッキーノは飛んできた質問に答えた。何を考えるかなど、それ以外にあるはずがないのだ。命とは徐々に死にゆくこと、ならば死ぬまでの命をどうするのか、ということこそが本当に徹底されるべき命題になる。当たり前のことだ。
「……早く、決められた通り、配れ」
促しても動こうとしないヘタイラに、奴隷紋に命じる事で動きを促す。処罰ではないので、焼けるような痛みだけですむ。痛みのあまり気を違えたりはしないし、痛みで死ぬ事もない。
苦痛に顔をゆがめるヘタイラを他所に、アルレッキーノはトシキとの会話を続けた。
「ヘタイラ・ラミアーはお前の戦う理由だったはずだ。そしてそれは、そこにいるミーナ・セリアンスロープとの二者択一で、それでもなお捨てることの出来なかったはずの、お前にとってのかけがえない存在のはずなのだ」
「……。その通りだ、アルレッキーノ。ヘティは俺にとって、かけがえない存在だ」
「では問おう。――何故捨てた?」
やめて、というかすかな声が聞こえた気がした。大方、ヘタイラがカードを配りながら、思わずそう口にしただけなのだろう。煩わしいので奴隷紋で口を封じ込める。「――ッ!」と痛みにテーブルを引っかく音がした。
「おい、アレッキ坊や。そいつは、許されない行為だ」
「答えろ。お前はミーナ・セリアンスロープを選び、ヘタイラ・ラミアーを捨てた。それがお前の答えだ。答えた以上は、そこに理由があるはずだ。それを詳らかにしろ」
「……」
周囲が騒がしい。マハディが「お止めなんし!」と鋭く叫び、周囲のアルレッキーノの子飼いの者たちが武器を片手に臨戦状態に入り、森熊とアリオシュ翁が素早く立ち上がっている。
喧騒の予感のする、異常に張り詰めた空気の中で、アルレッキーノはそれでも止めない。
「お前は捨てた。その行為の意味を知らずにお前はヘタイラ・ラミアーを捨てたのだ」
「……捨てたものか、馬鹿いうな」
「俺は捨てたと言ったんだ、トシキ・ミツジ。お前は比較したのだろう? ミーナ・セリアンスロープが真名を呼ばれて、彼女の人格が塗りつぶされて消えてしまうことと、ヘタイラ・ラミアーを一旦アルレッキーノの奴隷として売り飛ばすことと、どちらが致命的なのか、と。そしてお前は捨てたのだ」
「捨ててないだろ。イエスorノーの極論人間はこれだから困るぜ。俺は馬鹿とは会話をしたくはないんだ」
「話を逸らすな。お前は捨てたのだ。俺が代わりに語ってやろう。お前は捨てたのだ」
やめて、ねえ、というかすかな声がアルレッキーノにひどく煩わしい。もう一度奴隷紋を起動させ、今度は警告の処分を下す。「――ッ!」と再び机を引っ掻く音がして、周囲が色めき立った。
警告の次は、処罰。アルレッキーノに容赦はない。
「お前はヘタイラ・ラミアーを知らないだろう。お前の代わりに教えてやろう。奴は人形だ。――親の顔を窺うことで愛を感じていた、心のなりそこなった人形だ」
「人形? 俺にはそうは見えないぜ。その節穴、お前さんの大好きな本物とか運命とか見えてないんじゃないのか?」
「奴は、親を諦めていたのだ。親が自分を叱る理由が分からないまま、感情的になっていくのを見て、違う生き物だと諦めたという。――結果、気味悪がられて、ラミアー家のお付の婆さんに世話を押し付けられた、っていう話だ。は、ざまぁねぇな」
「は、俺もお前を諦めたらいいのかい、アレッキ坊や。なりそこないって言うけど、お前も大概なりそこないだな、何か重要な部分が欠けているぜ」
挑発に回るトシキが、完全なポーカーフェイスで挑んでいるのであればアルレッキーノは評価しただろう。だが、彼は少しだけ動揺している。ヘタイラに奴隷紋の痛みが回ることで、冷静を欠いているようにも見える。
馬鹿馬鹿しい。それほどに重要な本物なのであれば、最初から捨てなければいいのだ。
「親を諦めたヘタイラは、しかし面白いことに本当は親を諦めていなかった。ヘタイラの兄弟姉妹が親と楽しそうに話す姿を見て、彼女は、いつか自分にも親が笑いかけてくれるかもしれない、と思ったらしい。泣かせる話じゃあないか」
「で、俺はどうすりゃいい? お前のパパになれっていうのか? 笑って欲しいならいくらだって笑ってやるよ、坊や」
「だから奴は、金策に窮したラミアー家のために、自分が身売りされることを受け入れたのだ。面白いことに、奴は親に愛されたかったわけではない。親が他の兄弟に愛情を注ぐのを、遠くからそっと見守っているだけでも幸せだったらしい。は、本当に泣かせる話だ」
「なあ何でお前はそんなに、俺はヘティのことを知っているんだぜって空気醸し出してるんだ? 何だ、俺はアイツの本当の姿を知っているみたいな。元彼女の自慢をする勘違い男じゃあねえんだからさ」
「奴は、馬鹿な女だ。愛して欲しいという言葉も、愛されるということの意味も、そういう感情の存在も知らずに育った。結果、親が他の兄弟に笑いかけたり愛を注いでいる姿や関係性を、幸せとして認識するようになったのだからな」
「そろそろ気持ち悪いぜ、お前。そのよく回るお口を閉じな」
「奴はつまり、自分が立ち去る事で、そういう幸せの場所が守れるのであれば、自分が身売りされても構わないと判断したのだ。自分がその幸せの場所にいることも出来ないというのに、それでいいらしい。滑稽じゃあないか?」
「お前だよお前。滑稽だぜ。狂い出したかのように一人ではしゃいじゃってさ。悦に浸って語ってるんじゃねえよ」
「お前の奴隷商店でも、一際面倒見がいい女がいただろう? 他の者たちが幸せそうにしている姿をそっと見守るだけで幸せそうにしている女がいただろう? 賢く受け答えしているふりをして、よく表情を窺う卑屈な女がいただろう? 分かるだろう?」
「いや本当、一人で盛り上がって何なんだお前は」
ここに来て、二人の会話は全く成立していなかった。アルレッキーノは徐々に暴き立てつつある。ヘタイラ・ラミアーという個人の過去を、そしてトシキ・ミツジという人間の異常性を。
徐々に周囲すら、トシキ・ミツジという男の異常性に気付き出したかもしれない。アルレッキーノはそれでもまだ言葉を続けた。
「お前は、その女が最も恐れる行為を知らない。媚びるのが大好きなその女は、捨てられることが最も嫌いなのだ。かつて過去に、人に身売りされることを受け入れたはずなのに、彼女が最も傷付いたのもまた、そうやって捨てられることなのだ」
「なのだなのだうるさいなお前」
「お前は。トシキ。彼女を一旦俺に預けるだけだとしか考えていなかったのだ。それがどれほど彼女を不安にさせるのかも知らずに、どれほど彼女にとって致命的な行為なのかも知らずに。分かるか?」
やめて、と涙で震えた声が聞こえてきた。見れば、テーブルに涙をこぼして痛みに苦しんでいるヘタイラがいた。なるほど、こうして見るといい女に違いない。
アルレッキーノはそれでも、会話に割り入る価値無しとして警告の命令を再び下した。何かがぶつかるような音がして、テーブルの上に積まれたチップがかちりと音を立てていた。
トシキは、ようやく強い口調でアルレッキーノに向き直った。
「――さっぱり分からん。ヘティは俺のものだ」
なあヘティ、とあっけらかんと言い切るトシキに、息を弾ませて痛みに堪えていたヘタイラは「え……」とか細い返事だけを返していた。テーブルに突っ伏したままトシキに顔だけ向けている彼女の声からは、全く毒気が抜かれており、切に迫った悲痛さもなかった。
「アルレッキーノ。お前何なんだ? 勝てる前提で俺に話しかけてるけど、正直自分に酔ってる感じがして寒いって」
「……恐れを知らないか。それとも、ヘタイラ・ラミアーなぞどうでもいいということか。いずれにせよ、愚かな奴だ」
「発想が乏しいねえ。俺は最初っからお前に勝っている前提だってことだ。分かるかい? 可哀相なピエロ君」
「それこそ、さっぱり分からないって奴じゃあないか。お仲間からチップをたくさん貰えたから勘違いしているのか? 俺はアルレッキーノ・"ラッキー"・フォルトゥナート。負けたことのない男だ」
「お前勝負して貰えると勘違いしているのか? 俺には三つ、負けないための切り札があるんだぜ」
「ほう? 吹かすじゃあないか」
そうからかってみせるアルレッキーノに向かって、トシキはというと、どこからそんな表情が出てくるのか分からない、というような場違いな表情――つまりぞっとするような笑みを投げかけた。
猛禽類のような、相手を完全に餌としか見なしていないような、瞳孔の絞られた黒目。
鼻で笑うような余裕の表情に、薄く貼りついた口元の笑みが相まって、心底相手を小馬鹿にしている。
そればかりではなく、何処となくその表情には、相手を哀れむような、そんな感情が潜んでいるようであり。
それはアルレッキーノにとって、最も不愉快な表情であった。
トシキ・ミツジの異常性とは、何故か無謀を恐れない心である。まるで一回死を経験したかのような、否、もう一回目の人生を余興で生きているかのような余裕がある。
今を死に物狂いで生きているアルレッキーノには、酷く、不愉快だ。
余裕で生きているくせに、そのような底知れぬ凄んだ表情をするな、とアルレッキーノは憎悪を煮やす。
「一つ目。ミーナを連れて来た。ミーナはお前の殺し方を知っている。こいつは俺のワイルドカードだ」
「は、人頼みか。笑わせる話だ」
「もう一つ目。こいつは最強だ。伏せておこう」
「……は、教えることも出来ないとはな。何が三つある、だ? 笑わせるんじゃあない」
「最後。これも強烈だぜ。分かるか?」
「……。ははははは! 一つしか切り札がないというのか! 笑わせる! 滑稽だ!」
まさか、こんなところでブラフに出くわすとは思わず、アルレッキーノは大声で笑ってしまった。しかしどうやらそれは、ブラフではないようであった。
トシキの表情がいつになく真剣だったからだ。
「お前本当に可哀相だよ。どこまで行ってもアルレッキーノじゃねえか。救われないねえ」
「どうした、挑発か?」
「――アルレッキーノ・フォルトゥナート。敵NPC。イベント『ショーダウン』のボスキャラで、主人公に逆転を食らって負けるだけのキャラクター。元はというと護民卿と慕われていた男だったが、突如己の運命を知ることとなり発狂。負け知らずの勝負師として、違法賭博場を纏め上げることになった存在」
「……暴き立てるか、小僧」
途端、濃密な殺気が場を包む。これは、アルレッキーノの殺意に他ならない。彼は、アルレッキーノの最も触れてはならない部分に触れようとすらしている。
「正確にはアルレッキーノは、発狂したわけじゃなくて最初から狂っていた。生まれながらにして徐々に磨り減っていく己の人生に、誰よりも苦悶して、誰よりも嘆き悲しむことになった。護民卿として慕われることでは、お前の答えは得られなかった」
「小僧、口を慎め。お前は正に、許されないことをしようとしている」
「お前のその異常な勝負強さは、加護だった。生まれながらにしてお前は、望んだ訳でもないのに加護に左右される人生を歩む事になった。可哀相なアルレッキーノ。その加護は、お前を縛る呪いだ」
「貴様」
「お前の手紙に異常なまでに執拗に書かれていた項目がある。何でお前がそれに詳しいのか、ということを俺は考えた。結果、お前の異常なまでの『運命』、『生』、『夢の続き』への執着の答えが見つかった」
「小僧、お前は俺を怒らせている」
「お前が最も嫌うことをしてやるよ。勝負なんざ、勝負の制約で『第三者による勝負の妨害が行なわれた瞬間に妨害を行なった方の負けとする』という項目を飲んでしまった時点で、最初から俺の勝ちだったんだよ。今からの俺は誰にも止められないんだ。――なあ、アレッシー、アレックス、アレン、アルゴー……」
グラスの割れるような音がして、アルレッキーノはトシキの眼前まで接近していた。ナイフをその不愉快な真実の目に突きつけ、今すぐにでも命を奪い取ることが可能だと言わんばかりに殺気をぶつける。
アルレッキーノにとって、最も許せないことが今まさに起きようとしていた。
この男は、最大級の侮辱と、最大級の禁忌を犯そうとしている。勝負の卓にすら着こうとしない。勝負をせせら笑い、勝負を重んじる者にとって有り得ぬ行為を以ってしてこの勝負を終わらせようとしている。
「それだけは、そればかりは、絶対に、行なってはならない」
「知るかよ」
「勝負をしろ。それは、人として犯してはならない、最大級の悪逆だ」
「勝負をしてください、だろ。……お前が今までこうやって他人を踏みにじってきたくせに、自分の番になると止めてください、か? は、笑わせるぜ」
「冒涜だ。傲慢だ。反吐の出る行為だ。お前は今、全てを最低の形で台無しにしようとした。それだけは、俺の全てをもってして、阻止せねばならん。貴様と刺し違えようともだ」
「今度はアルレッキーノ・フォルトゥナートの話をしようじゃあないか。――可哀相なアルレッキーノ。いつ自分が自分でなくなるのかも分からないアルレッキーノ。ある日突然自分は否定され、存在は根本から塗りつぶされて、何を考えたのか、何の為に生きたのか、それらが全て消滅してしまうアルレッキーノ」
「殺す。貴様だけは、殺さねばならん。マレビトよ」
「真名を呼ばれなくても、時が来れば自分は塗りつぶされてしまう。それがいつなのかは分からない。明日かもしれない。今かもしれない。そんないつに訪れるか分からない恐怖と不安を抱えて、生きるしかないアルレッキーノ。例え生きたとしても、自分の人生に意味があるのかどうかも分からないまま。だって他人がお前を乗っ取るのだもの。何をどうあがいても意味なんてないだろ? ああ、可哀相な奴だ」
「黙れ」
「マレビトを恨むアルレッキーノ。人生の意味を問い続けるアルレッキーノ。本当に生きるとは何なのか、苦悩して、狂っていく、滑稽なピエロのアルレッキーノ。本物とは何なのか分からなくなっていくアルレッキーノ。それはそうだものな、お前はいつか強制的に掻き消されてしまう哀れな存在だもの。他の奴らがぬくぬくと安寧を生きる中、お前は、お前だけは、いつ終わるのか分からない恐怖を抱えて、狂っていくんだ」
「黙れ、黙るがいい」
「更に、最高に可哀相なのは、お前の運命が既に『何か』によって定められているということ。お前の行く末はいずれ、破滅だ。『主人公』とかいう最高にふざけた野郎に打ちのめされるという、最高に惨めな終末だ。お前は『何か』にとっては、作られた物語の哀れな登場人物にしか過ぎないピエロ君らしい。涙が出て来るぜ。泣かせる話じゃあないか」
「お前は、既に、喋り過ぎている」
「お前は運命を超越したい。お前は運命が欲しい。勝負を繰り返して、運命をその度に願って、たくさんの運命を生きて、それでもお前は運命を願い続ける。本当に生きることを願い続ける。マレビトを恨みながら、あるいは多分だが、幾人かのマレビトを殺しながら、それでも己の運命を、己の本当を祈り続ける。『定められた惨めな自分』、『いずれ自分を塗りつぶすマレビト』、その二つに腹の煮えるような憎悪を抱きながら、もがいて、のた打ち回って、生きるために抗い続けている」
「俺を、十分以上に、怒らせている……!」
「本当に生きることは、夢の続きを見ること。そのための命。格好良いじゃないか。格好良いまま終わらせてやるよ、アルバート、アルスター、アルフレッド……」
「黙れ!」
吼えるような声に、周囲が戦慄した。
だが、中央にいるトシキは、全く堪えた様子もなく「は、うるさい奴だ」とだけ返していた。
そのまま歌うように、詳らかにアルレッキーノを暴き立てる。
「――アルレッキーノ。お前は、『御子』だ。『マレビトの器』だ。真名を呼ばれるか、いつか時が来れば、どこぞの人間に乗っ取られる可哀想な男だ。その上、『この先の運命まで定められている』という救いようのない男だ」
「貴様……!」
「……俺がこのまま真名を探し続ければ、お前はいずれ終わる。勝負の制約で、このまま第三者の介入が出来ない以上、俺に負けはない。絶対だ。――さあ降伏しろ、アルレッキーノ」
「断る。笑わせるな。それならばお前を殺して勝負の制約を破る方が余程ましだ。――否、貴様には、死すら生温い」
「……。そうか、三番目の切り札はここまでか」
そう言うとトシキは、煩わしそうに目の前のナイフを手で払い、アルレッキーノに向かって真っ直ぐ姿勢を正していた。
「おい偽者坊や。席に着け。お前の運命を、試してやる」
それは紛れもない勝負の宣言。全てを終わらせるという強い意志を感じるような、或いはお前の全てを打ち負かしてみせると言うかのような、敵意の表れ。
周囲の全てを置き去りにして、この場で全てを終わらせようとする、一人の男の勝負心。
アルレッキーノは見た。
トシキ・ミツジの怒りを。
己の周囲の人々を苦しめた人間に、それ相応の報いをなさんとする強い感情を。
己の大切なものを傷付けた人間に、己の手で裁きを下さんとする恐ろしい激情を。
許しがたい行為を、許さぬ意志を。
それは、勝負だ。
アルレッキーノが今から臨むのは、全ての決着であり、ようやく叶った、最後の勝負なのだ。
「――運命を賭けろ。トシキ・ミツジ」
「いいぜ。お前も運命を賭けな、ピエロ坊や」
交わされる言葉。試される勝負。かくして遂に、トシキ・ミツジの断固たる意志と、アルレッキーノの全ての願いを賭けた、本当の大勝負が幕を開けた。




