12.
おおよその流れが出来た状況で、チップの四割近くを失いながらもベリェッサは冷静であった。
損を取り返そうとブラフでスティール(弱い手なのに序盤に強く張って、場代だけ稼ぐ行為)に走ろう、とはしない。
あくまで粘り強く戦うつもりらしい、とアルレッキーノは思った。
「……ようやくだ。レイズ、60」
ここでトシキが動いた。ゲームが進み、トシキがスモールブラインドになってからのレイズ。
ハンドは、2d4cとほぼ有り得ない、最弱の組み合わせ。プリフロップの段階で、既に森熊とアルレッキーノ、アリオシュ翁からコールが入っている状況でのレイズだ。
レイズの額、賭け方から客観的に見ても、降りて欲しいというときのスティール作戦に見える。場も程よくタイトなので、実際にこの場はトシキがスティールして終わりそうであった。
「フォールド」とTJsの森熊が降りて、アルレッキーノに順番が回った。
「……コール」
一応アルレッキーノは受けたが、アルレッキーノもさほど良くはない。KdJs、まあ悪くはないがフロップ次第で動きを変えよう、という気分の手だ。
「フォールドじゃな」とQJoのアリオシュ翁まで降りることで、状況はトシキとアルレッキーノの一騎打ちになっていた。
「フロップ。Ks 2h 3sの三枚よ」
Kのヒット、アルレッキーノに降りる理由はない。しかし不気味に過ぎるこの状況で、更にトシキは「レイズ、110」と吊り上げた。
(……。AAのポケットペアかAK、KQs辺りだろう。フラッシュドローのセミブラフも考えられるが、向こうがセオリックに動いていると仮定したとき、普通はAなどのハイカード持ちだと想定できる)
Aのハイカードで動いていると仮定して、場に出たKsを恐れないでレイズ110とは、中々豪胆である。恐れない理由があるとすればAA、AK、KQ辺りか。もしくは蛮勇か。とにかく、アルレッキーノにストレートドローもフラッシュドローもなく、不気味な賭け方の相手プレイヤーがいる以上は、慎重に動くほうがいい。
「……フォールド」
アルレッキーノが降りたその瞬間のことだった。トシキの後ろの奴隷達から微かな安堵の吐息が漏れるのを、アルレッキーノは見逃さなかった。
(……。まさか2、3がヒットした程度のワンペアの手か? それともAJ辺りのハイカードか?)
アルレッキーノは一瞬だけ思案したが、「は、そうか」と一人呟いてそのまま思案に沈んだ。
なるほど、どうやらまた鑑定スキルとやらで辛うじて勝っていることを確認したらしい。後ろの奴隷の隠しきれていない動揺、そして謎の勝利を確信したかのようなベッティングアクションがそれを物語っている。
それは、実に美しくない戦い方であった。
安全であることを知っているから戦いに行く、という行為に、何を試しているというのだろうか。
(俺はイカサマは許す。それはそいつの足掻きであり、与えられた挑戦への一種の答えだ。……だが、挑戦の答えを予め知っているから行動する、という行為には答えがない。それは、生き物でなくても出来る行為だ。生きている必要がない)
答えを知っているからこう動く、という機械的な判断は、生き物でなくても導き出せる。そこに命の存在は認められない。
無論、普通に生きる分には、このつまらない概念に拘る必要は一切ない。ただ、生きるのであれば、そこには本人なりの答えがあって然るべきなのだ。
「なあ、アルレッキーノ。てめぇ何でこんなふざけたことをしてやがるんだ」
ふと尋ねてきたのは、歪んだ表情で怒気を抑えている森熊であった。
「どうした森熊? 今さらの愚問だな、俺は運命が欲しいと言っただろう?」
「そうじゃねえ。お前はどうして他人様から、そうやって平気に何でも奪うことができるんだって言ってんだ」
「は、知れたことを。じゃあ聞くが、俺がもし他人から奪ったり、他人の人生を歪めたりしないように努めたとして、果たして俺は救われると抜かすのか?」
「んなことは知らねえよ。……だが、お前がやっていることは何をもっても正当化できねえ。俺個人にはあまり恨みはねえが、俺はお前を許せねえ」
「それこそ最も傲慢な思想だ。『許さない』。……は、笑わせる。許すという行為は相手の名誉への暴力に等しい。相手のことを許されなくてはならない存在だと貶めている。相手のありのままを否定し、対等に扱うことを拒絶する」
「お前が言う台詞じゃねえ。お前は誰も対等に扱っていない、誰もかもを否定し、暴力を振るっている。お前には仁義がねえんだ」
「馬鹿なことを。そんなこと、決まっている。俺とは誰も対等じゃあねえんだ。強いて言うならば行動と意志以外は、全くの対等ではない」
「ふざけるんじゃねえ!」
「大真面目だ。行動と意志のみが等しく自由だ。それ以上の対等はこの世に存在し得ない。俺は『善悪』は嫌いだが、『行動と意志』は歓迎する。――命は善悪ではなく、行動と意志に宿るのだ」
「じゃあ何だ! 屋台で繁盛していたルッツにちょっかいかけて刃物を刺したり、拳闘大会に茶々入れて金儲けをしようとしたりするのがいいって言うのか!」
「知らねえよ。――刺されて尚、負けて尚、その道に邁進するという選択こそが重要なのだ。分かるな?」
「てめえ、余程殺されてえらしいな!!」
「抑えろよ、まだ勝負は続いているんだ。――分かるな?」
「レイズ、50」
更にゲームが進み、トシキが何度か不合理なプレイングを見せたり、ベリェッサが細かく勝って少し負けを取り戻し、対照に森熊がずっと堅く守ってを繰り返し、ついにアルレッキーノにボタンが移った頃、またしても波乱の場が訪れた。
50と強気に打って出たのはアルレッキーノであった。タイトな場において、アルレッキーノはややルースに状況を捌いている。結果としてアルレッキーノは"幸運"の二つ名に相応しく、アウツを引いては場を引っかいて勝利している。一対一の戦いに限るならば、トシキ以外からは勝ち越している状況であった。
現在アルレッキーノは5d5cのポケットペアでレイズ50を放った所だ。直前にコールでリンプイン(ブラインドの賭け額にコールすること)しているのは、6s6hのポケットペアを持つ森熊のみ。
ベリェッサは当然のフォールド。アリオシュ翁はAdQcの手なので「コールじゃ」と受けて立った。
「……。俺も受けて立つぜ」
森熊もコールし、状況はついに三つ巴へとなった、かに思われた。
「フロップは……、9c 6d 5hです」
アルレッキーノ、555のトリップス。森熊、666のトリップス。そしてアリオシュ翁は何もないハイカード。ストレートを警戒する以外は他に何も読めないこの状況で、アリオシュ翁は「チェック」とまずは様子を見ることにした。何の役もないハイカードとしてはセオリー的に当然の行動である。
森熊は「……レイズ、100」と当然のように賭け額を増やした。こちらもまたセオリーとしては当然の行動であった。
(……。考えるべきは、ストレートドローなのか、ストレート完成なのか、それともA9、A6、A5等なのか、それともAAのペア等のプレミアペアなのか)
アリオシュ翁に限って言うならば、ストレートドローのハイカードか、もしくはAKなどのプレミアハイカードだろう。今現在では手役がないからのチェックと考えられる。もう少しタイトなプレイヤーならばA5、A6の55、66程度の弱いワンペア完成でも同様にチェックするだろう。
あるいはベリェッサのように、トリップスを完成させながらもチェックレイズの機会を待ち望んでいるのかもしれない。どちらにせよアリオシュ翁に対しては降りる必要は今のところはない。
森熊のこのレイズは、迂闊だ。965のいずれかに関連トランプがあることをもろにばらしてしまっているようなものだ。
それも、見た目に反してかなりタイトな森熊が攻めているのだ。同じようにトリップスか、あるいはストレートの可能性も高い。
(……もしも俺が負けているならば降りだったが、今はチップを節約する理由はない。今ここで降りてもどうせチップ50を失うのだから、チップ50の追加損失を支払いながら次の展開を待つのは安いもんだ)
「コール」とアルレッキーノはチップを上乗せして森熊と同じ100にする。
それを見たアリオシュ翁が「……フォールド」と降りるのをみて、アルレッキーノは少しだけ安心を覚えた。
ここでもしアリオシュ翁がブラフでも攻めにいけば、アルレッキーノは両者のトリップスを警戒せねばならず、ターンの時点で降りを選択していた可能性が高い。『右隣の人にはルースアグレッシブに』、という格言は、まさにこの状況を指している。もしもアリオシュ翁が格言どおりにアルレッキーノに対してルースアグレッシブに戦った場合、アルレッキーノは降りを意識する必要がますます生じて不利になる、というわけだ。
(さらに読みを推し進めて、アリオシュ翁がAK等のプレミアハイカードを持っていると仮定したとき、森熊の奴がAA、KK等のプレミアペアを持っている可能性は相対的に下がる……)
本命筋は66、99などのペア持ち(特に99)で、今666、999のトリップスになっているのだろう、と薄く予想。もはやロックと言ってもいいぐらいにタイトなプレイヤーの森熊が、78等のコネクタやA9の中途半端なハイカードなどで勝負をするはずがないのだから。
次点で、普通にJJなどのプレミアペアを持つ可能性だが――。
「ターン、5のスペードよ」
ヘティの声に、アルレッキーノは(――噛み取った!)と歓喜した。
アルレッキーノは5555のクアッズ。森熊は66655のフルハウスである。両方とも欲しいカードを引いたわけだが、これはアルレッキーノの手の勝利だ。
(もしも9、6が場に出たならば、俺は喜べなかっただろう。向こうにクアッズが渡っている可能性は十分残されているし、そうでなくても向こうの方がドミネートしているフルハウスだ。相手がプレミアペアである可能性に賭けて揺さぶる他なかった)
アルレッキーノはこの段階で、いかに相手から巻き上げるか、という方向に戦略を変えた。
森熊はフルハウスを引いて当然の「チェック」とベット増額のための誘い出しにかかった。森熊にはこの状況が読みきれていない。勝利を確信したまま、それをポーカーフェイスで装っているようであった。
「……。レイズ、150」
あくまでリレイズを期待しての、最低額での増額。向こうも弱気を装ってここでコールする可能性は十分にあったが――。
「レイズ、250」
森熊はリレイズに乗った。チェックレイズを実行したまで。あまりに素直すぎるプレイングだ。この分かりやすいまでのお手本のようなチェックレイズでは、森熊の手は相当いいことを周囲にアピールしているようなものだ。
それはつまりフルハウスだということ。アルレッキーノに勝ち目がないフルハウス、ということだ。
(6、9を引く以外は勝利は確実、か)
「コール」
ここでアルレッキーノがリリレイズに走らずにコールをすることで、『100から150にレイズはするが、250からはレイズしない程度の手』であることを印象付けさせる。
無論これをブラフと怪しまれても構わない。今更森熊が降りたところで、アルレッキーノにとってみれば十分の勝利なのだから。
これは弱気を装う作戦だ。ストレート、もしくはストレートドローの読み筋がある。向こうはもしかすれば、先ほどの弱気のプレイを『森熊のストレートを警戒して』と誤解してくれる可能性がある(つまりアルレッキーノがストレートを警戒するような手――ストレート以下の手であるとミスリードする可能性である)。
「……リバー、8のスペードよ」
完璧だ、とアルレッキーノは思った。
ここでポッドを膨らませたい森熊は、チェックを挟むだろう。そしてアルレッキーノのレイズを誘ってからのリレイズで、勝負に出るはずなのだ。
「チェックだ」
「……。レイズ、350」
『森熊のチェックが不気味に見えるが、勝っている可能性も十分あるので、様子見のためにミニマムレイズで相手にアクションを渡す』、という演技をして、アルレッキーノは森熊の様子を窺った。
「……レイズ、500」
完璧に釣れた。あわよくば、というシナリオに持ち込めた。アルレッキーノはここでついに不敵に笑って見せた。
「オールインだ」
「……は?」
「オールインだとも」
チップの数的に勝ち越しているアルレッキーノのオールインは、つまり、森熊にとって死刑宣告に等しいものであった。
もちろんオールインでは、森熊のチップの枚数をアルレッキーノは500近く上回っているので、負けたとしてもアルレッキーノには500程度が返ってくる。
ここで森熊は、もしかすれば負けているのではないか、という可能性を検討し始めた。だがアルレッキーノからすればそれはもう遅いのだ。
「どうした森熊? 降りるのか?」
勝負を促すような言葉をかける。この言葉はもちろんブラフで『まるでアルレッキーノが本当は負けている手札だがあえて強気に振舞って森熊を降ろそうとしているのだ、オールインはあくまでそのパフォーマンスだ』と見えるようにしている。
当然だろう。森熊からすれば、アルレッキーノが勝っている手札など、55ペアか99ペアしか有り得ないのだ。確率的に言うならば、近似的には1/250程度なのだ。
それはもう、もはや有り得ぬ数字。
「……乗った」
「いいだろう。それじゃあ、ショーダウンと行こうじゃあないか」
そう言って手札を開くアルレッキーノ。そこには有り得ないはずの、5555のクアッズ。
「な……」
場は再び凍る。ディーラーのヘタイラですら、読み上げることを忘れていた。有り得ない光景、いや、有り得て欲しくなかった光景に誰もが言葉を失っているようであった。
森熊のプレイングに非らしい非はなかった。ただ、アルレッキーノが超越しすぎているのだ。
「……悪かったな、運命は俺にあるようだ」
人を殺しそうな笑みを浮かべるアルレッキーノは、既に誰にも止められない高みに上りつつあった。常勝の男、勝負師アルレッキーノ。その二つ名に相応しいショーダウンの中で、オアシス街最強と名高かった森熊は、その華々しい勝負から脱落した。




