13.
森熊を下しながらもアルレッキーノが考えていたことは、一人消えたことでここから相手の出方が変わる可能性が高い、ということだ。
今現在、アルレッキーノは圧倒的に優位を築き上げている。だがしかしその優位はあくまで、一対一におけるものである。一対一の駆け引きであれば、チップの数に任せた強気のブラフという選択肢が増えている。
だが一対多であるならば、そのブラフはあまり意味をなさない。
(……さあ、ここからが勝負だな)
もし戦い方を変えるとしたら、それはトシキだ。彼が一番情報量が多いのだから。
そして事実、トシキの戦い方は急に変化するのだった。
(チャンス手か)
アルレッキーノに配られたのはKKのプレミアハンド。状況としても、アルレッキーノがボタンを引いている。ここは強気に攻められると判断したが――。
アンダー・ザ・ガンのトシキは「コール」とただ単なるリンプインを選んだ。
(今までのあいつは、3BB(ビッグブラインドの額の三倍)のレイズなどで戦っていたが、突如謎のコールに出た)
勝てると分かっているなら強気のレイズではないのか、とアルレッキーノは思ったが、勝てるからこそこちらを揺さぶっているとも言える。
(……後ろの奴隷どもの反応を窺ってみたが、そこまでの驚愕はない。実際に良い手なのだろう)
となると意図が読めない。読めないが、このゲームは捨ててフォールドするしかなさそうであった。
事実、アルレッキーノと同じように考えたのか、マハディも「降りんす」とカードを伏せていた。
「……。フォールド」
「ボクもフォールド」
「ふむ、ワシはビッグブラインドじゃが、フォールドをするのもやぶさかではない」
結局、ビッグブラインドがただのリンプインにフォールドするという異例の事態を迎えて、アルレッキーノのチャンス手は流された。
そこから、マハディがチャンス手を引いたらしく強気に出て、受けるアルレッキーノもフロップを覗いて(――、トリップスの可能性が高いか。フォールドだ)と降りる展開があった。
更にアリオシュ翁もチャンス手を引き、アルレッキーノは今度はハンドカードが良くないので勝負もせずにフォールドをした。
そして、アルレッキーノが再びチャンス手を引いたときに状況は変化した。
(俺のハンドカードはAd QdのAQsのプレミアハンド、ここは強気に序盤からレイズをして――)
アルレッキーノが「レイズ、40」と叩いてから、それをベリェッサが「コール」と受けて、ポッドにチップが85だけ集まってから、再び動きが生まれた。
「コールだ」
またしても、こちらのチャンス手でコール。アルレッキーノを妨害するようなプレイングに、一瞬の疑念が頭をよぎる。
(もしやトシキは、俺を降ろすためのブラフをかけているのではないか?)
ブラフを試す方法は簡単だ。このままチェックアラウンドを狙い、以降のプレイングをチェックもしくは精々コールのみにするだけだ。
こちらからあえてレイズをかけるという方法もあるが、それはもしも相手が本当にモンスターハンドだった場合は大きく損をする。
それに、チェックを放ちながらも、これはブラフだと確証を握れた瞬間は、チェックレイズに構え直すことも可能だ。まだレイズを放つべき時ではない。
「フロップ、Jd Js Ahよ」
ヘティの開いたカードを見て、これは事故が起きると確信して、アルレッキーノは内心ほくそ笑んだ。
(――なるほど、トシキのコールの理由が読めた。『味方の手は強いが、アルレッキーノの手がもっと強い』という時に介入しているのだな?)
味方の手が強いときはスルーすればいい。アルレッキーノの手が強いだけの時もスルーすればいい、仲間は自動的に危険を察知して自ずと降りるはずだから。
しかし、味方の手がそれなりに強くて、アルレッキーノの手がもっと強い場合はどうだろうか。その場合、殆どの確率でビッグゲームに育ってしまい、アルレッキーノが儲かるのではないだろうか。
それを防ぐためにトシキはブラフで介入している可能性がある。
トシキはこの中で真実の目を持っている、だから負けることはない、という思い込みを利用して、アルレッキーノを降ろさせるのだ。
(そうならば何故、ベリェッサや森熊の時にあの二人を助けなかったのか、とはなるが……。ノイズのようなものだ、そこに疑心を生む余地を残させることで、俺を躊躇わせるという狙いがあるのだろう)
アルレッキーノはここに至って、トシキが攻めても降りないという選択肢を得た。
だがその予感を過剰に信じて、積極的に攻めに行くのもまずい。やはりここはコールかチェックでパッシブに戦うべき状況であった。
「チェック」
「……フォールド」
ベリェッサはチェックもせずにフォールドを行った。有り得ないプレイングではあったが、トシキが強気に来てるならば、という信頼なのだろう。
「チェック」とトシキもチェックをアクションし、ヘティが次のカードをめくった。
Jd Js Ah Qs。間違いなく事故の起きそうなコミュニティーカードだ。これで警戒すべきレンジが、フルハウス、ストレート、トリップスにまで膨らんだ。何ならばJのクアッズまで警戒すべきだろう。
「チェック」
「チェック」
互いに膨らませもしない。いよいよアルレッキーノの疑念が真実味を帯びてきた。
リバーが開かれ、Qcが顔を出した。今ここにアルレッキーノはQQQAAのフルハウスを完成させた。
これでアルレッキーノは思い切り攻めることが出来る、がしかし。
「チェック」
このゲームの目的は勝つことではなく、様子を見ることだ。向こうは一体この奇妙な場でどう動くのか、それを確かめる価値は十分にある。
もし本当に彼が勝っているのなら、トシキの選択肢はレイズ一択だ。
だがもし彼がブラフをかましているのだとすれば、とり得る行動は2つ。
まるで勝っているかのようにこちらを騙す強気のブラフ、レイズ。それもアルレッキーノが降りを考えるようなレイズなので、オールイン以外は有り得ない。アルレッキーノはオールイン以外なら余裕でコールするつもりである。いや例えオールインであろうとコールで受けて立つつもりだ。
トシキにとってこの選択肢は非常にリスキーだろう、きっと彼はこれは選ばないはずだ。
もう一つは、アルレッキーノに疑念を残したまま損失額を減らすという選択肢、即ち――。
「フォールド」
その宣言に、ヘタイラは「えっ……」と一瞬だけ驚いているのうだった。
ここで、チェックではなくフォールドが出た。この時点では有り得ない選択肢である。チェックを選べばノーコストでショーダウンが可能であり、もしかしたらアルレッキーノに勝っているかもしれないというのに。
ここでフォールドをする理由は簡単で、手札を公開したくないのだ。手札を公開すれば、アルレッキーノに『トシキはブラフでも攻めることがある』という情報を与えてしまう。それはつまり、トシキの無敗の強みを脅しに使うことが出来なくなってしまうことを意味している。
つまりは、アルレッキーノを降ろしたいときに、降りてくれない可能性が出てしまうのだ。
(だが、そのフォールドが既に、お前がブラフでも攻めることがあるという動かぬ証拠だ。妨害のためのコール作戦は、もうこれで通用しない)
アルレッキーノは合計125ものチップを回収しながら、それ以上の収穫の手応えを感じ取っていた。
(とはいえ、トシキのリンプインが他のプレイヤーのリンプインと比較して、未だに驚異的なのは変わらない。あいつと戦うことがあれば、ややパッシブに戦い方を変える必要がありそうだ)
アルレッキーノはあくまで冷静であった。今分かったのはあくまで、『トシキがこちらのチャンス手を潰すために、ブラフでコールすることもある』という程度の情報のみだ。向こうが圧倒的に有利であることは変わらないのだ。
なので、アルレッキーノはあくまでもクールにプレイングを続けるつもりであった。
「……気付いたでしょ、アルレッキーノ。君に勝ち目はないんだよ」
突如ベリェッサが口を開いた。アルレッキーノには、彼女の強気な口調は逆に弱気な内心を隠すためのものだとしか見えなかった。そして事実そうなのだろう。
「は、ベリェッサか。俺に一度ショーダウンで負けておいて、随分面白い口を聞くじゃあないか」
「ボクたちは君の手を潰せる。でも君はボクたちの手を潰せるかどうか、それはその都度読まないといけない。徐々に君は追い詰められてるんだよ」
「それがどうした。勝ち目がないことと不利なことは、同じではない。俺はアルレッキーノ・"ラッキー"・フォルトゥナートだ。可能性があるならば、勝てるとも」
今までそう勝ってきた。アルレッキーノの言葉に嘘はない。そのことに対してベリェッサは一瞬だけ言葉を切って、恐らくは本当に聞きたかった別のことを切り出すのだった。
「……。アントニの絵を返すんだ、アルレッキーノ。それは君如きには過ぎたものだ」
「は、過ぎたものか。お断りしよう。あれは確かに、アイツが奴隷に落ちる覚悟で取り返そうとするだけの価値がある」
「それは君のためのものじゃない。ボクは、それはアントニのものだと思っている」
そうか、としかアルレッキーノは思わなかった。誰の物か、という議論は究極的には無意味だ。どのようにあるのか、ということこそがアルレッキーノの関心事なのだから。
だが、少しだけ答えておいてやろうとアルレッキーノは思った。それだけの価値は、あの絵にはある。
「……まあ一つだけ感謝しておこう、俺には気付いたことがある。本物はあるのだ。どこからどう眺めても偽物だとは思えないものがこの世界にはある」
「……訳の分からないことを」
「奴の世界は、なるほど確かに美しい。俺はまた一つ本物に近付いたとも。確信したぞ、この世界のものでも本物には届くのだ、この世界は偽者ではないのだと」
やはり、アルレッキーノのみチャンス手の時には別にコールしようとはしない。そのゲームはフロップで流れてアルレッキーノに端金が渡った。
トシキが動くのは、マハディなど味方もいい手だが、アルレッキーノがもっといい手であるという状況――つまりアルレッキーノが大勝ちできそうなタイミングであった。その時はマハディやアリオシュ翁等が勝負から降りて、トシキとアルレッキーノはお互いにチェックで進んで、結果トシキが最後の最後でフォールドする。
なるほど、味方を勝負から降ろさせている時点で、十分以上に働いている。なかなかどうして巧いことを考えつくものだ。
それにより状況は膠着している――かに思われたが、徐々にその均衡に異変が生じる。
そのことに気付いたのはアルレッキーノだけではなく、ベリェッサやアリオシュ翁、マハディたちも、ゲームから脱落した森熊も感づいたようで、何とあらば、トシキもおそらくそのことに気付いて焦っているのだろう。
アルレッキーノの運が良すぎるのだ。先ほどから細かくチップを稼ぐに留まっているアルレッキーノだったが、体感他のプレイヤーの二倍から三倍はハンズに手が入る。つまりは二倍から三倍ほど他のプレイヤーから稼いでいるのだった。
確かにアルレッキーノを封じ込める策として働いてはいるが、それでも彼の勢いを殺しきれていないのだ。
それにこの方法は、トシキの消耗が大きすぎる。先ほどからトシキは結構な頻度で「コール」とリンプインする羽目になっているため、その分チップが流れ出てしまっているのだ。
もちろんトシキはトシキで、何度かスティールをするなどしてチップを補填してはいるものの、それでもベリェッサやアリオシュ翁などがアルレッキーノの餌食になりそうな展開に直面するたびに、その身を犠牲にして防いでいるのだ。
そのため大局的に見るのであれば、アルレッキーノがじわじわと優勢になりつつあった。
「は、中々どうして思惑通りに行かない物だな。そうだろう、トシキ・ミツジ?」
「まあ、ハンドが入らないなら仕方ないさ。どうやら俺はアルレッキーノとは違いラッキーじゃないらしい」
軽口を叩きながらもしのぎを削るような戦いを繰り広げるトシキとアルレッキーノ。「そう言えば、ラッキーとハッピーは違うものらしいな」などとどうでも良さげなことを言葉遊びのように口にするトシキは、一見余裕そうに見えるが、先程からチップを吐き出してばかりであった。
「余裕そうに振る舞っているが、お前は最初のチップからどれだけ増やせたというのだ? むしろ最初の1000を割り込んでいるのだろう?」
「……。まあな」
依然ポーカーフェイスで余裕を見せるトシキを、アルレッキーノは「は、まだ強がるか」と小馬鹿にしたように笑った。
「お仲間が足を引っ張っているというのにか?」
「まさか、アクティブプレイヤーの数が多ければ相対的にアレッキ坊やの勝率が下がるだろ? 足なんか引っ張ってないさ」
「アクティブプレイヤーの数が多ければ、その分お前が身を挺してお仲間を守らなくちゃいけない場面も増える。……は、皮肉なことだな」
冷ややかに揶揄するアルレッキーノを、トシキは構い付けようとはなかった。
無視も立派なポーカーフェイスの一種である。しかし沈黙は同時に雄弁でもある。否定できないがそのことを悟られたくはない、という類の無言の主張だ。
無言のままチップを手で弄ぶ音が、席の離れたアルレッキーノにまで聞こえてきた。
「……。足を引っ張っている、か」
そんな中、ポツリとベリェッサが呟いた。




