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3.

 ヘティが心の内でそう感じている間に、話は進み、遂には「いつ、どこで決着を付けるか」という段階にまで話が進みつつあった。


「は、すんなりと話が進むものだな。トシキ・ミツジ」


「はい、既にある程度、アルレッキーノ様の手紙に書かれておりましたことを確認しているだけですので」


「違いない。……貴様は自分の立場をようやく理解しつつあるようだな」


「勿論、なるべく対等の立場でありたい、と私は思っております。……言葉にさせて頂きますと、私の立場は貴方と戦うことになる人、ですので」


「そうか。『俺の配下に店を襲われたくない』『ミーナ・セリアンスロープの人格をマレビトで上書きされたくない』『ヘタイラ・ラミアーを買われたくない』という理由で戦う立場を、対等と呼ぶか」


「付け加えるならば、『マレビト』について詳しく教えて貰うために、という文句を思い出して頂きたく存じます。この取引の成立には、それが少なからず関わってますので。その前提あっての今回の件、ということをお忘れないよう何卒よろしくお願いします」


 会話の応酬から感じ取られるお互いへの敵愾心に、ヘティら奴隷たちは付け入る隙がない。

 ミーナが難しい顔で、隙あらば武力介入もやむなしと槍を片手に二人を見守っている。

 イリがヤコーポに対して露わにしたあの時のような警戒を、今回もまた剥き出しにしている。

 ユフィが時折、アルレッキーノの見過ごせない発言に反論しようと口を開こうとして、トシキの顔色を窺ったり、トシキに先を越されたりして、結局もどかしそうに発言を控えている。

 ネルが二人の機嫌を窺うように、ちらちらと二人の表情を怯えながら確認してはおろおろとしている。


 表情、表情、表情、表情。

 四人それぞれの感情がそこに露わになっているのを、ヘティはどこか冷めたような心で眺めていた。


(……どういう表情をすれば正解なのか、分からない)


 冷めたような、という表現は正しくない、正確には冷や水を浴びせかけられたかのような心という方が正しい。

 こういう関係ないタイミングで、自分が人形のように周りに流されるだけの女であることを自覚するのは、ひどく気持ちが冷める。

 しかし感情はそうやって冷めるのに、どこか落ち着かないような不安と、ようやく全て終わらせられるのではという期待感が、彼女の心をちぐはぐなものへとしている。


(……今、もう、アルレッキーノに手を掛けたい)


 アルレッキーノは一人だ。

 可笑しい話だが、アルレッキーノは敵地とも言えるこのテントに一人で乗り込んで、主人であるトシキとやり合っている。

 普通ならば少なくとも護衛を引き連れてこの地にやってくるなりするだろう、しかしアルレッキーノはそうせずに敢えて単身でここまでやってきたのだ。


 アルレッキーノの異常性はこういう所なのだ、とヘティはよく知っている。

 こうやって一人で敵地に乗り込むなどの無意味なリスクを平然と犯すところに彼の異常性が表れているのだ。

 そしてその度に無事に、いや無事どころかアルレッキーノに利益をもたらす形で、事の顛末を迎えてきたという事実が、更にアルレッキーノの異常性を飾りたてている。

 今回もきっと、そうなるのだろう。


 だからどうせ手を掛けても無駄に終わるのだ、と薄々ヘティは理解していた。

 理解していながらも、単身で議論に興じているアルレッキーノを見ていると、そう思わざるを得ないのだった。


 内心の葛藤。

 ふとアルレッキーノと目があった。


 "お人形さんじゃあ、手出し出来ないだろう?"


 そんな言葉が聞こえたような気がして、ヘティは益々、心のどこかが冷えていくような気持ちになるのだった。


「なあトシキ・ミツジ」


「質問でしょうか? でしたら後ほどお答えしたいと考えておりますので――」


「そうじゃない。奴隷だ。――お前の奴隷は、お客様に対しての躾がなってないようじゃあないか」


 さっと全体を一舐めするかのように視線を這わせるアルレッキーノに、ヘティは蛇に背筋を這われたかのような寒気を感じた。

 見れば周りの奴隷たちも同じように、不快そうな反応を返している。

 ネルは怯えきったように萎縮し、ユフィはというとさっと頬に朱が差して顔をしかめていたが、ミーナとイリは益々警戒を強め毛を逆立てんばかりになっていた。


 アルレッキーノの目は克明に『偽物は引っ込んでいろ』という蔑みを語っていた。

 刹那の時間にスリルを味わせるもの以外は本物ではないというアルレッキーノの価値観が滲んでいるようでもあり、ヘティは自分が見透かされたような気持ちにさえなった。つまり自分は無力(偽物)である、と。


「彼女たちは当店の自慢です」


 トシキはそのタイミングで不敵に笑っていた。


「は、笑わせる。――恥を自慢って言えばいいってもんじゃあない。分かるな?」


「アルレッキーノ様こそご冗談を。とりあえず他人の自慢を恥と言えば体のいい揚げ足取りになる、という訳ではございません」


「頭をひねって出した皮肉がそれか?」


「図星でしたら失礼しました。思いついた仮説の中で最も幼稚な物を口にしただけです」


 空気が揺れ、アルレッキーノが殺気を放ったのとミーナが槍をアルレッキーノに突き立てて牽制したのがほぼ同時だった。

 トシキは、泰然自若として動かなかった。アルレッキーノもまた、殺気を放っただけで動きはしなかった。

 一瞬だけ静寂が生まれる。


「――俺は、お客様に対しての態度がなっていないと言ったんだ。その意味が分からないのか?」


「ええ、仰いました。それを受け私は当店の自慢ですとお答えしました。意味を汲んでいただけましたら幸いです」


「……仕方ない。ならばこうする他あるまい」


 溜め息。

 緊迫する二人の空気の中、それを更に緊張させたのは、アルレッキーノのとある言葉。




「ヘタイラ・ラミアーを買わせていただこう」




「申し訳ありませんがお断りさせていただきます」


「ならば、ミーナ・セリアンスロープの『本名』を呼ぶ他にあるまい。……マレビトを呼ぶためにな」


「先ほど勝負の成立条件を作ったばかりではないですか。――それはミーナ・セリアンスロープ、ヘタイラ・ラミアー、並びにその他私の保有する奴隷たちに危害を与えうる行為を禁ずる物でした」


 とっさにトシキが盾にしたのは、先ほど取り交わした取り決めである。


「は、だから何だ?」


「そのような行動に踏み出すものであれば、私は勝負をお受けしません。――つまり、私の真実を見抜く能力を手にすることは、未来永劫不可能になるとお考え下さい」


だから、何だ(・・・・・・)? 俺は本物(・・)が欲しいだけさ、勘違いするんじゃあない」


「私には合意のない契約を破棄する力があります。どのような契約魔法も私には効きません。つまり私の能力はアルレッキーノ様には二度と――」


「関係ねえよ。俺がその能力を手にするかどうかはどっちでもいい。――俺が今、ここでミーナ・セリアンスロープの本名を呼んでも良いかって言っているんだ」


「……何が望みなのですか? そんな無意味なこと」


 ここに来て交渉の緊張感は色合いを変化させた。緊迫した状態であることに変わりはないが、それは、両者が睨み合う類の緊迫から、不可解な一方(アルレッキーノ)とそれに困惑し警戒する一方(トシキ)、という構図へと移っていた。


 一見して何のメリットもないアルレッキーノの暴挙に、しかしアルレッキーノは彼だからこそ価値を見いだしているらしい。

 苦い表情で困惑するトシキに、アルレッキーノは語りかける。


「望みか? ――本物だ」


 その口調は、確信に満ちていた。


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