2.
「マレビトは寧ろ、俺の敵だと言える。そして俺の餌だともな」
「餌、と言いますと」
平坦に受け答えするトシキには一切の動揺もなく、そのことをアルレッキーノは残念に思った。被食者扱いされることに恐怖もなければ嫌悪もない、ただ無情動という訳である。
「言葉通りだとも。俺は勝負の神の加護により、打ち負かした相手から好きな物を一つ奪うことが出来るからな」
「……なるほど」
「俺が今までどうやって成功してきたのか、分かるだろう? そして俺が今まで無敗だと言うその意味も、分かるはずだ」
「ええ、存じております」
やはり淡々としたその言葉を耳にしながら、アルレッキーノは考えた。
勝負の神の加護、それはアルレッキーノの人生そのものを体現していた。
物心ついた時から、アルレッキーノの人生は勝ちと負けに支配されており、そしてアルレッキーノは常に勝ち続けている。
勝利とは道であった。つまりアルレッキーノがより遠くまで渡るための足場であり、事実彼は、一般の者よりも遙か高みにまで登りつめた。
そこには無数の勝利がある。貪るように積み上げられ、そして今もなお勝ち取られていく彼の勝利は、彼を畏怖の象徴へとならしめる。
アルレッキーノはもはや常人ではなく、一つの存在であった。
「そして、それこそが俺の目的って奴だ。分かるな?」
「……推察するに、私から欲しい物があるということだと思われますが」
「ああ、真偽を見抜くという貴様の目を貰いに来た」
「……お言葉ではございますが、この度のアルレッキーノ様の提案は見送らせていただきたく思います」
「提案じゃあない、俺は貰いに来たと言ったんだ。分かるだろう?」
「はい。アルレッキーノ様の要望は仰るとおりメモに控えさせていただきました。そちらを踏まえまして、我々の回答になりますが、申し訳御座いませんが色よいお返事は出来かねます」
「……お前ほどの身の程知らず、嫌いじゃあないぜ」
だが、どう足掻いても遅かれ早かれトシキ・ミツジは勝負を受けざるを得ないだろう。
アルレッキーノの運命が、そう囁いているのだから。
運命を嗅ぎ取るアルレッキーノの感性は、勝負に勝つ度に鋭くなっていった。
それは勝利する度に、アルレッキーノが運命を望んできたからだろう。この敗者に起きる運命を俺に、と望み続けて、アルレッキーノは運命を誰よりも『生きた』。
だからだろうか、人に言わせるとどうやらアルレッキーノは、幸運が他人よりも高いらしい。
高くなった幸運により、アルレッキーノは時々、天啓と言うべきような霊感を宿すことがあった。この奴隷は手放したほうがいい、彼は破滅させたほうがいい、というようなものだ。
それに従うアルレッキーノは、周りからみると非合理的な行いを繰り返していた。恐らく周りからは、刹那的な快楽主義者に見えただろう。
事実アルレッキーノは刹那的な快楽主義者である。
しかし、決して無意味に奴隷をタダで手放したり、他人の人生を気まぐれで台無しにしているわけではなく、全てはアルレッキーノの霊性に従ってのことである。
幸運のアルレッキーノ。
彼には既に、トシキ・ミツジがその勝負を飲む未来が見えていた。
「しかしアルレッキーノ様。我々も勝負をすること自体は吝かではありません。このままの条件で勝負が出来ないというだけです」
「は、交渉ごっこか。こういう時にまで少しでも利益を得ようと意地汚いとは、見上げた商魂だな。俺も暇じゃないんだ、時間を使わせるな。飲むか飲まないか、で決めろ。分かるな?」
「交渉ではなく取り決めです。今時間を使うのは、将来アルレッキーノ様の時間を大きく無駄にすることを防ぐためです。……まず、賭けるものから整理しましょう。アルレッキーノ様は私の目を、ということで宜しいですね」
「は、取り決め? 無法者の俺に法的な効力で束縛する意味があると思うのか?」
「法に効力はなくとも、勝負の神の加護にはあります。勝負をする前に取り決めを交わすことで、勝負の神が、立会人となって取り決めを守らせるはずですから」
「……やるじゃあないか」
感心。アルレッキーノは内心でトシキ・ミツジの評価を上方修正した。
どこで調べたのかは知らないが、アルレッキーノの勝負の神の加護を熟知しているようだと見える。知っているとすればアリオシュ翁か『天空の花』マハディ・プアラニだが、あの二人が勝負の神の誓約の仕組みを知っているとは考えにくい。
ならばトシキ・ミツジがもつ真実の目の効果だろう。トシキ・ミツジは勝負の神の加護について、その真実の目で見抜いてしまったのだ。
「は、面白くなってきたぞ。貴様が不愉快なことに変わりはないが、お前との勝負が楽しみになってきた。――運命だ! 運命を賭けようじゃあないか、トシキ・ミツジ」
「……勝負の神の加護によると、お互いに相手から欲しい物を指定する権利があります。私が欲しいものを決めるのはアルレッキーノ様ではなく、私です」
「は、こういう時にまでか。……お前は知り過ぎている、いずれお前を殺す必要があるな」
「では、欲しいものを取り決めましょう」
「俺からは、お前の真実を見抜くその能力を指定しよう」
「……『目』とは仰らないのですか」
「お前を失明させることなんぞに、勝負をする価値はない。その手の小細工が通用すると思うな。分かるな?」
真実の目、という伝承が『あたかも目に加護が宿っているように見せるための小細工』であることをアルレッキーノは既に知っている。
目の前のトシキ・ミツジはそれを知らない可能性はあるが、念のため釘を刺しておく。
「失礼しました。騙すような意図はありませんでした。……私からは勝負神の加護を頂きたいのですが」
「……は、ふざけた話だな。釣り合うはずがない」
「はい。そちらは次の機会に致しましょう。――貴方からは幸運を頂きましょう」
「……なるほど、やはり『幸運』という言い回しなのだな?」
「さて」
とぼけるトシキ・ミツジだったが、それを見逃すアルレッキーノではない。次の機会という言葉からも、トシキ・ミツジはアルレッキーノを殺すつもりはないということや、勝負の神の加護を欲しているということが窺われる。
ならばこの勝負ならば成立しそうであるとアルレッキーノは考えた。
「は、下らない猿芝居だがまあいい。――その条件で構わん」
「ありがとうございます。……では、肝心の勝負内容ですが、私からは公平を期すべく、ダイスの奇数遇数を当てるodd and even(丁半)で――」
「却下だ。……お前の真実の目相手じゃあ、そのゲームは不利すぎる」
「左様ですか。では別の案として――」
「ポーカーだ」
アルレッキーノは言葉を切って、口角を上げた。
「テキサス・ホールデム・ポーカー。……お仲間を引き連れて戦いたいお前にはお誂え向きだろう?」
ヘティが二人のやりとりに付いていけなくなったのは、トシキが「うちのヘティは貴方が立ちっ放しのまま長く話に興じることを気に病んでいるようです」と、一旦話に割り込んでもらってからであった。
主人であるトシキが、自分を慮って話の矛先を逸らしてくれたことは、ヘティにも分かる。
だが、そこから先の話の展開が、彼女の想像の範疇を超えていたのだった。
アルレッキーノを挑発しているとしか思えない、アルレッキーノの秘密をばらすようなトシキの台詞。
それを受けて、寒気のするような笑みを浮かべるアルレッキーノ。
てっきり勝負は受けないものと思っていたヘティにとっては、この一連のやり取りは不可解すぎた。
止めなくては。
そう思ったが、言葉が口を突くことはなく、代わりにヘティはどこか待ち望んでいる展開だと考えている自分に気付いた。
これはアルレッキーノに復讐する千載一遇の機会なのではないか。そのような言葉が脳裏から離れない。
それが終わったらようやく全て終わる、ようやく死ねるのだ。
(……)
ふと、言葉が出ないまま見守るしかないのなら、自分は人形と変わりないのではと思ったヘティだったが、だからといってどうこうすることも何も出来ないと思った。




