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第九話

「それでは主様、行ってきます」


「ああ、じゃあな。ミーナ」


「……じゃあな、旦那」


「ああ、武運を祈るぞカイエン」


 手を振るミーナたちを俺は遠巻きに眺め、彼ら戦闘奴隷たち十名の出立を見送った。

 奴隷たちの仕上がりは上々だ。

 全員、最低でも槍術Lv.2あるいは剣術Lv.1を持っており、スキルによる恩恵で戦闘力は相応に高い。

 それが十名。この集団ならば、並の衛兵以上に戦闘ができる、と俺は思っている。


(念のため、水と携帯食料を持たせた。睡眠薬対策だ)


 水と携帯食料は安くはなかった。

 しかしあえてこれを携帯させるのは理由がある。


 魔物使いジャジーラの手口が睡眠薬を用いるものであった、とカイエンが教えてくれたからだ。

 詳しくは教えてくれなかったが、カイエンと友人クラッドは睡眠薬入りの食事を食らって眠ってしまった。

 そこを不意うちされて、あえなくクラッドは死に、カイエンは命からがら生き延びるのに精一杯だったと聞く。


 今回の討伐も、もしかしたら睡眠薬を盛られる可能性があるかも知れない。

 考え過ぎかも知れないが、安い費用だと俺は思う。


 一団の姿が小さく遠く、そしてついに見えなくなる。






 見送る俺の背中から、ヘティがやってきて「見送り終わったかしら」と声をかけてきた。


「ああ、ヘティ。見送り終わった」


「そう。これで、うまく行くかどうかは別として、一つの仕事が終わったわね」


「いや、今から忙しくなるぞ。これからはまさしく、キャリアコンサルタントとして飛び回らなきゃならない」


 そう、実はこれで終わりではないのだ。

 今回のサバクダイオウグモ討伐依頼は、あくまで実績作りのための最初のステップ。

 スラム街の、出所の知れない新米商人、から、良質の奴隷を取り揃えている新進気鋭の若者、になるための足がかりでしかない。


 俺はこれからの展望を彼女へと語った。


「俺は一体何をしたと思う? 奴隷たちに外で稽古している姿を見せて宣伝して、そして手紙で昔なじみの顧客に連絡を取った。これはあくまで知名度戦略だ。おかげでこの店、『人材コンサルタント・ミツジ』という店名は、少なくともオアシス街では結構知られ渡ったと俺は思っている」


「そうね、結構街では話題になってるみたいね」


「しかしあくまで知られただけ。売上の方は……ヘティも知ってるだろ」


「ええ、まだ一人しか売れてないわね」


 特筆すべき事もなかったので語らなかったが、実は一人だけ奴隷は売れている。

 戦闘奴隷一人、剣術Lv.1持ちだったので平均より高めで販売させてもらった。


「そう、取引相手があまりいないことが現状のネックだ。知名度は十分あるのに取引相手があまりいないのは単純に、信頼があまりないというところが大きい」


「……そうよね」


「だからこそ、これからは二つ戦略を掲げる。一つは実績作り。実績は信用だ、見知らぬ奴隷商店であっても定期的に実績を上げてさえいれば取り引きしようかなという気持ちになる。今回の討伐依頼で奴隷たちが一定以上の成果を上げたりすれば、この『人材コンサルタント・ミツジ』は優秀な人材を取り揃えられる店である、と信用が生まれる」


「一ついいかしら」と、賢い彼女は気付いたらしく質問を挟んだ。「実績作りとは言うけども、次はどうするの? 次もまた討伐依頼を待つのかしら?」


「違うな。今回の討伐が上手く行った前提で申し訳ないが、上手くいったとしよう。俺はそのあかつきに、戦闘奴隷二名程度を奴隷解放して冒険者にしようと考えている。そしてその二名に、俺の店の戦闘奴隷を雇ってもらい、冒険者として活躍してもらおうと考えている」


「へえ、彼ら自身に宣伝してもらうのね。彼らが頑張れば頑張るほど『人材コンサルタント・ミツジ』は良質な戦闘奴隷を提供する店だ、という実績が生まれると」


「正解だ。その二名の叩き台が、ミーナとカイエンであって欲しい、と俺は考えている。そして他の戦闘奴隷も、冒険者として活躍して資金を稼いでもらい、自分自身で自分自身を買い取ってもらおうと思っている。例えば金貨七枚の価値の奴隷には金貨七枚で自分自身を買い取ってもらい、彼は晴れて自由の身になって冒険者になる、と」


「面白いことを思いつくのね。でもそこまで上手く行くかしら」


「さあな。冒険者になったところですぐに活躍できるとは俺は思っていない。これもまた長期スパンで考える必要がある」


 だが同時に俺は、案外すぐに成果を上げてくれるのではと考えている。

 楽観が過ぎるだろうが、ミーナやカイエンの技量をみる限りでは、中級冒険者レベルならすぐに成り上がれるだろうと考えているのだ。

 持っているスキルが、そもそもそのレベルにまで達している。ミーナなんかこの間舞踊Lv.3に達し、槍術Lv.4も後少しという次第なので、彼女は上級冒険者レベルまで狙える。

 砂漠で着実に成果を上げていけば、問題なく実績を積み上げてくれるだろう。


 などと考え事をしている俺に、ヘティはもう一つの質問を投げかけてきた。


「もう一つの戦略って何かしら」


「飛び込み営業さ」と俺は答える。「例えば人手が欲しい料理屋があるとしよう。彼と仲良くなってから、新しく料理人が欲しくはないかと持ちかける。そうすれば彼はきっと、料理人を新しく一人、雇ってくれるだろう。このように料理屋とか雑貨屋などの取り引き相手を増やすことを、飛び込み営業というわけだ」


「へえ、それってとても難しそうね」


「難しいだろうな、信頼がなければ」と認めつつも、俺は自信を持って答えた。「ただ、俺には交渉技術があるし、交渉の加護を受けている。それを信じて飛び込み営業を増やすしかない」


 交渉技術は財宝神の加護がある。不利な契約は無効にさせることすら可能である。

 それに、鑑定スキルによる心理グラフの可視化で、交渉相手に常に優位を握ることが可能だ。

 これほどのアドバンテージがあるのだから、交渉はそこまで難しくならないと俺は考えている。


「因みに最初に狙っている相手は誰かしら」


「奴隷商ミロワール。彼女とは絶対長い付き合いになる。奴隷を買うこともするし、同時に売ることも考えている。最悪彼女に奴隷を売って、しばらくの間資金を調達するつもりだ」


「へえ」とヘティは納得したように頷いた。「奴隷商と取引するっていうのは盲点ね。確かに納得だわ。でも、他の人にも飛び込み営業をかけるつもりよね」


「そう。まずは冒険者ギルドのアリオシュ翁と衛兵長ハワードに、戦闘奴隷を買ってくれないか持ちかけるつもりだ。幸いこっちは戦闘奴隷の育成にはノウハウがあるし、戦闘スキルの才能を持った奴隷を発掘することも、その才能を伸ばすことも、俺の鑑定の指導をもってすれば難しくはない」


 鑑定スキルは非常に有用だ。

 どうせ他の商人はせいぜいステータスの値しか見破れなかったものを、俺は加護もスキルも見破れる。

 そうして選別した奴隷を、今度は鑑定スキルによって、足りないところの指導まで完璧にこなせる。

 一体どうやったら失敗するのか、逆に聞きたいほどだ。


「他にも飛び込み営業をかけるのは、既存の顧客繋がり。アフターケアと称して貴族相手に、似通った奴隷を売ることを考えている。例えば愛玩奴隷を買い取ってくれた貴族の長男がいたとき、その次男も多分愛玩奴隷を買いたいと考えている可能性が高い」


 この辺の知識は、前世のキャリアコンサルタント時代の経験則だ。

 俺の担当は広告業界だったが、例えばCGアートができる人材が欲しい、という会社は次もCGアートのできる人を雇う可能性が高いのだ。

 もちろん次はWebデザインが出来る人、というように方向が変わることもあるが、それはそれだ。


「……何だか、ご主人様って堅実なのね」


 俺の説明を聞いたヘティは、意外なものを見るような目で俺を見つめていた。


「堅実?」


「そう、若いのに定石通りというか、奇抜なことを思いつく癖にやることは地道な作業というか」そこまで言ってヘティは確認するように尋ねた。「ご主人様って別にマルクに何も教わってないのよね?」


「何も教わってないな。……そうか、マルクも同じようなことをしていたか。まあ当然だな」


 そう聞くと、ヘティは訂正を入れた。


「いや、してなかったわ。してたと言えばしてたけど、正確には、貴方の方がよっぽどしっかりしていると思うの」


 彼女は思い返すような表情を作っていたが、その顔色があまり良くないことを見ると、どうやらマルクは大したことをしなかったようだ。

 それもまあそうだろう。

 マルクはお世辞にもあまり営業努力をしているようには見えなかった。


 むしろ彼が目指していたのは、営業努力をしなくても利益を上げられる経営だ。

 ひたすら二つに特化していた、即ち愛玩奴隷と徹底的に安い粗悪な奴隷。

 マルクの店は営業年数だけは長かったので、町の人が「愛玩奴隷を買うならあそこがいい」とかを噂してくれるのだ。

 この二つの分野は、別に営業努力を重ねなくても、ふらっと遊びで立ち寄った貴族とかが買い取ってくれる可能性がある。


「まあ、ちょっとその経営スタイルは俺の目指すところじゃないからな」


「そうなの?」


「まあな」


 それじゃあ成り上がれない。限度があるんだよ。

 そういう言葉はあえて飲み込んでおいた。


 俺はキャリアコンサルタントをしてみたいのだ。マルクのような商店経営をしたいわけではないのだ。

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