第八話
サバクダイオウグモ討伐に向け、ついに明日、カイエンたちは出発する。
残された一日というわけで、討伐に参加する一〇名の戦闘奴隷が一層訓練に励んでいる。
中でも一際目を引くのは、ミーナとカイエンだった。
華麗でしなやかなミーナの動きは相変わらず。
炎の演舞に加えて燕の演舞、大蛇の演舞、などを披露している。
これからの来たる戦いに備え、今まで習った槍術すべてを一通り復習しようという心積もりなのだろう。
納得がいかないところがあればそこで動きを止め、何度も演舞をやり直している。
(そして、カイエンの動きは、ミーナとは対照的に、荒く力強い)
いつもに増して力の入ったカイエンの動き。
流石に実力者、力み過ぎて動きを悪くしている、ということはないのだが、しかし大振りな動きが目立つ。
よく言えば遠心力を活かし攻撃的、悪く言えば内に潜られると弱い。
傍目から見ても分かる。カイエンは息巻いている。
五年の感情の全てに決着をつけようとしている。静謐だが、刈り込むように鋭い。
俺は息を吸い込んだ。
「そこ、槍を振り回しすぎている。脇を締めて!」
ミーナとカイエンは、今日ばかりは指導役を休めさせている。
明日に集中してもらうためだ。
代わりに俺が指導に入り、他の槍奴隷五名、剣奴隷三名を受け持っている(本当は槍奴隷はミーナの他に六名、剣奴隷はカイエンの他に五名いるのだが、あまり力になれそうもない者は参加させないことにした)。
全員が真剣で、指導にも熱が入るというものだ。
やはり奴隷たちもどことなく、明日の戦いの予感を肌で感じ取ったのだろう。
俺の指導を真っ直ぐ聞いてくれている。
(……やはり彼ら全員に、明日のサバクダイオウグモの討伐と魔物使いジャジーラのことを伝えて正解だった)
衛兵長ハワードが言うには、サバクダイオウグモはそこまで怖くない魔物であるという。
しかし、魔物使いが一枚噛んでいるとなると、事は異なる。
魔物の知性の低さは一つの弱点だが、魔物使いがいるとそれは期待できない。
故に今日教えるのは団体戦のこなしかただ。
「もう少し集まって、槍を突き出すタイミングを整えろ!」
壁の方陣、と呼ばれる陣形を覚えさせる。
即興の陣形これ一つで何が出来るかと言われると、あまり期待は出来ない。
しかし、集団でくる魔物に対しては、単体戦闘を挑むよりは遥かに良いだろう。
サバクダイオウグモは子供を大量に産むと聞く。
その子供に一気に襲いかかられたときに、何も知らなければ浮き足立って、襲われて死ぬだろう。
それを、この付け焼き刃の方陣の知識だけでも知っていれば勝手が変わる。
方陣を作って立ち向かえるので、押しつぶされて死ぬのを防げるだろう。
「解散! ほらすぐに逃げろ! いいな、ミーナが解散を指示したらすぐに逃げるんだ!」
号令を飛ばすと、ぱっと散開する奴隷たち。
そう、所詮彼ら槍奴隷たちはミーナを合わせて六人しかいないのだから、戦うのか、逃げるのかを素早く見極めるのが重要だ。
(……鑑定スキルは知識の宝庫だ。だかしかし、どこまで行っても所詮は付け焼き刃。逃げることこそ兵法の極み、徹底させないと)
俺は奴隷たちを死なせるつもりは毛頭ない。
だからこそ、生き残るための術を色々教えておく。
(……だが、生き残る術を教えても無茶をしそうな奴が一人だけいる)
俺はちらりとカイエンを見た。
この男は一体何を考えているのだろうか。
俺ならば、積年の友を失い、五年の汚名を晴らすためならば、死んでも構わないとすら考える。それだけの気持ちをもって剣をとる。
きっとカイエンも同じなのだ。嘘のように穏やかな心理グラフは、むしろ覚悟の証拠なのだ。
俺は言葉も出なかった。この男に止めろ、というのは無駄なのだ。
カイエンは思い返していた。
自分の親友、クラッドは一体どのような剣をしていたか。今の自分よりも荒々しく、力強い剣だったはずだ。
ただの感傷。
意味はない。クラッドの剣がどのようなものであれ、カイエンには関係のない話だ。
カイエンはカイエンの剣を極めるべきだ。そう自分に何度も言い聞かせる。
それを今になって、彼の剣術に思いを馳せるだなどと、感傷が過ぎる。
獣人族とリザードマンの体格は異なるのだから、剣の質も全然異なる。
だからカイエンのこの気持ちは、気まぐれでしかないのだ。
(ほら、旦那だって気付いている)
カイエンは剣の稽古をしながら自嘲した。
あの少年は、いや男は不思議だ。ただの小僧かと思っていたが、むしろあの男からはそのような幼さをあまり感じなかった。
ともすればもっと理知的な表情を見せている。
それがカイエンにはいじましく見えた。
だがあの男のことを侮るつもりはない。
むしろ彼は何でも見通すような聡明さを持ち合わせている。聡明、というよりは心を読むのが上手いように思われる。
きっとだから、今のカイエンのこの気持ちを理解しているはずだ。
自分の剣には感傷が乗っている。
それをどこかしら深い色の目で、あの男トシキは見つめている。
(死んでも良い。クラッドの無念を晴らすためならば俺は、この命を捨てられる)
剣に鋭さを乗せる。
この自分の感傷は、きっとクラッドとカイエンの両方の剣で魔物使いジャジーラを討ち取らねば晴らせない。
そうでなくば、あの時の気持ちから自分は、進めないのだ。
トシキの言葉を思い出す。
かつてトシキは、カイエンと二人きりの時に一言だけ、忠告のような言葉を残したことがある。
「復讐が何も産まないとは思わない。死ぬな、クラッドのために生きろ、とも思わない。ただ、カイエン、俺は死ぬためではなく決着をつけるために剣術を指導している。死んで全てに終止符が打たれると思って英雄願望に酔っているのなら、剣を捨てろ。剣は決着をつける道具であって、自己陶酔の道具ではない」
俺が真剣に剣術を指導するのは、決着のためというお前の覚悟によるものだ。
お前の自己満足のために教える剣はない。
彼はそう締めくくった。
カイエンはその言葉に、なるほどもっともだと思った。
死ぬため剣術を習う、という考えは剣術を馬鹿にしている。クラッドの剣術や自分の剣術をどことなく汚しているような気がする。
この意識だけが辛うじてカイエンに、死への意志を持たぬようにさせていた。
(名を残したくないか、か)
カイエンはいつぞやの演説を思い返していた。
あの時一瞬見た冒険の夢を思い返していた。
クラッドと笑いあっていた、あの何でも出来たかのような、若い日々が蘇った。
だからこそ、決着が欲しいと思った。
この剣術に真剣でありたいと、この剣術で全てに決着をつけたいと思った。
剣は、未だかつてないほどに鋭く仕上がっていた。




