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第七話

 後でこっそりアリオシュ翁が教えてくれたこと。


 まずギルドの受付嬢があれほどまで頑なに俺に厳しい態度だった理由は、俺の得体が知れないから。

 冒険者ギルド関係者でもない人間、オアシス街の住民でもない、挙げ句、聞く話は犯罪奴隷の話。

 こんな奴は普通の人間じゃないに決まっている。

 当然、ギルドの受付嬢は俺のことを警戒するというものだろう。


「お前さん、頬に傷を持っとるし、しかも不自然に若い」と髭をさわりながらアリオシュ翁が言うには「……じゃが、そういう人間ほど貴族や特殊筋の人である可能性が高いということじゃ。あの娘はそういう意味で未熟じゃの」


 俺はアリオシュ翁の言葉を聞いて少し得心がいった。

 なるほど、怪しい相手というのは、それだけ逆に丁寧に接するべきということなのだ。

 もしかしたら貴族、あるいは裏の筋の人間かもしれない。


「まあ、私の風貌が穏やかでない、というのもございます。今回は私にとっても勉強になりました」

「ほっほ、本心にもない謙遜はかえって嫌みじゃよ」


 この世界ではそういうものなのだろうか。そう思いながら「善処します」と答える。


 そして、もう一つアリオシュ翁がこっそり教えてくれたこと。


「実はの、サバクダイオウグモの討伐に時間がかかっておるのは、人手をそろえる必要があるからなのじゃ」


 それはつまり、言葉通りではない。

 人手不足という意味ではなく、本当にとある人物対策のため人手をそろえる必要があるからだろう。


「魔物使いジャジーラ対策、でしたっけ」

「左様」


 髭を整えながらアリオシュ翁の言うにはこうだ。


「ジャジーラは盗賊の一人。有名な盗賊に黒蠍団がおるのじゃが、奴はそこの盗賊じゃ」

「なるほど」


 盗賊、そして恐らくは手練れの実力者。

 そうでなくばここまで念入りに人手を集めることはないだろう。


 果たしてカイエンにこの男を捕らえる、あるいは始末することが出来るのだろうか。

 話を聞く限りでは、複数人で始末しないと無理だと言わんばかりの大物首のような気がするが。


「ところでアリオシュ翁、一つお聞きしたいことがございます」

「何じゃ?」


 兼ねてからの疑問。


「何故私にそれほどまで情報を下さったのですか? あなたの狙いは?」


 一応真面目に聞いてみたのだが、どうやら変な質問だったようだ。

 アリオシュ翁は「ほっほっほ」と高笑いしてから答えた。


紀人まれびとじゃよ。お前さんには名前がない。その代わり真実を見通す目を持っておる」

「真実を見通す目……?」


 それは、ミーナからも言われた言葉だ。

 真実を見通す目とは何なのだろうか。彼女はゲームでない自分を見てくれる、とか言っていたが。


「左様。紀人まれびとは真実を見通す目を持つと言われとるのじゃ」


「ではな」と気さくに手を振るアリオシュ翁。

 あわてて俺は「ありがとうございました」と頭を下げた。


 そして気付く。マレビト、とやらを聞き出すのを忘れてしまった。






 自分の商店に戻った俺は、まず最初にミーナに詰られることになった。


「主様。私は、とても悲しいのです。あの夜どんな気持ちだったのか、主様はお気付きにならないのですか」

「何の話だよ」


 あの夜ってあれか。ヘティと楽しんだあの夜のことか。


「私は大変惨めでした。心が千々に乱れましたとも。何故、あの年増なのですか」

「年増って……」


 意外に凄い毒を吐くんだな、ミーナって。


「言っとくけどヘティはラミアとのハーフだから、大体二〇〇歳程度まで生きるぞ。だから換算では一九歳程度の小娘だ」

「小娘……?」


 まあ小娘扱いもおかしな話か。

 実際三八年間生きてきている分、俺よりは人生経験を積んできたと言えるのだから。

 俺がこの世界に転生したのが三〇歳だから、むしろヘティの方が人生の先輩なのだ。

 ただ、一九歳程度と考えると小娘のような気がしなくもない。心は三〇歳という俺の微妙な心理である。


「まあ、ヘティも可愛いところがあるぞ」

「主様、あの魔女に誑かされているのです。あれは人を食ったような笑みを浮かべて、口を開けば嘘ばかり。人を値踏みする悪い女です」


 まあ間違っちゃいないけど。

 そういうミーナの心理グラフを見ればわかりやすいほどの嫉妬が表示されていた。


「ミーナ、俺は人のことを悪く言う女は嫌いだ」

「あああ、うう、でも! それならばあの年増こそ、そうではないですか! 人のことを悪く言ってると思うのです」


 そのまま上目遣いで「嫌わないでくださいね……?」とか言ってくるミーナはあざといような気がする。

 そう言えば、彼女の方こそ打算的であざといのではと思うときがある。

 神のお告げがあったから俺を好きになった、というのはまさに打算ではなかろうか。

 いや神のお告げがあったから俺を好きになったわけじゃないだろうけども。


「ヘティは人のことをそんなに悪く言ってないさ。それは偏見だよ偏見」


 そう言いながら俺はミーナを宥めた。


 そう言えば。

 ミーナや戦闘奴隷たちには伝えなきゃいけないことがあった。


「ところでミーナ、今度のサバクダイオウグモ討伐の話、覚えているか?」

「え、はい、何でしょう?」


 話をごまかさないでほしい、という気配を若干滲ませつつ、彼女は俺に耳を傾けた。

 これは後で機嫌を取らないとだめだろうか。


「あの話、もしかしたらかなり危険かもしれない。どうやら指名手配されている魔物使いがサバクダイオウグモの巣にいるらしく、そいつと戦うことになるかも知れない」

「そうなのですか?」


 そう、危険。

 だが、俺はこの話を受けるつもりだ。


「そうだ。しかしその指名手配の魔物使いを討ち取ること。それがカイエンを冒険者に戻すことの条件なんだ」

「そうですか」

「つまり、危険だけどもこの話は降りたくない」


 だからミーナには覚悟を決めてもらう必要がある。

 そう思い俺は、なるべくの対策を彼女へと伝えようと口を開く。


「取りあえず一通り、サバクダイオウグモへの対処法とその魔物使いへの対処を伝えたいと……」

「何だって旦那?」


 突如、声が遮った。

 声の発生源はテントの外からだ。

 見ればカイエンが外に立っていた。


「ああカイエンも聞いていたか、そう」

「魔物使いだって?」


 テントの中に入り詰め寄ってくるカイエン。

 俺はその様子をみて、何らかの固執を彼から感じ取った。


「カイエン? もしかして、いや本当にもしかしてだが、魔物使いジャジーラをお前は恨んでいるのか」

「……旦那には関係ないと思うが」


 関係がない、と言われたらそれまでだが。


「カイエン、不躾に過ぎます。主様に謝りなさい」

「いやいや、構わないよミーナ」


 目の前のカイエンの心理グラフの動向は、動揺と怒りを呈している。

 魔物使いの名前一つで怒りを覚える、それほどの人物となると心当たりは一つしかない。

 カイエンの友クラッドをその手で殺した人物、それがきっと、魔物使いジャジーラなのだろう。


「カイエン。条件付きだが魔物使いジャジーラの討伐、お前に任せていいか」

「……旦那」

「条件は死なないこと。分かったか」


 万感の思い。きっとカイエンは胸の詰まるような感情を、静かに押し殺しているのだ。

 むっつり押し黙るリザードマンの顔つきは、それだけで鬼気迫る何かがある。さらにもしも、その顔の裏に怒りを押し殺しているとすれば、それはいかほどばかりか。


 カイエンは、随分時間をおいてから「承知した」と呟いた。

 その木刀を握る手に、筋が浮かび上がるほどの力が込められているのは、きっと見間違えではない。


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