第十五話 「そんな、まさか」
◇
場は完全に混沌が支配していた。
アルトの前では辛うじてウルスラだと認識が出来る壊れかかった魔人と、吹き飛ばされた右腕の変わりに紫色の影を使い腕を生やしたリリィが、砂浜の形を変えながら戦闘を行っていた。
イリスは瀕死の状態であるらしく、吹き飛ばされた地点から動けないで居る。
身体を動かし、寝返りを打っている姿が見えたので生きていることだけはわかった。
重症の度合いであればイリスよりベルの方が厄介だと説明したのは、アルトとリリィを遮るように突如現れたレイラだった。
その姿に言葉を失うアルトを無視して彼女は説明を続ける。
ベルの外的損傷は大したものではないが、魂を抜かれかかった。
幸いギリギリのところでウルスラの乱入があったので手遅れにはなってないが、回復にはそれなりの時間が必要であることを口にした。
「あ、王様。初めまして、私はチェルシーって言いますー」
緊張感の欠片もない要領でもう一人の魔人。レイラと同じようにアルトを囲うように身を晒している女が自己紹介をした。
レイラもチェルシーも、どこからどう見ても魔人。しかも、その存在が最も稀有と呼ばれる淫魔の姿を作っているのだから驚愕の具合は頷ける。
「あのウルスラって娘……凄いわね……」
レイラが肝を冷やしたような物言いをした。
視線の先にはウルスラがもの凄い速度で移動し、リリィに攻撃を加えている絵があった。
姿は見えない。ソレほどの速度でウルスラは地を蹴り攻撃をしている。
そしてリリィもそれに対応していた。失った右腕を影でこさえたように、地面から幾重にもそれを生やし神速の早さで動くウルスラを斬り付けていた。
「まるで地獄の一丁目ね……」
「うはっ。キモいですねー……うねうねと、まぁ……」
「なぁ、おい」
完全に蚊帳の外に追い遣られたアルトがようやく口を開いた。
どこから問えば良いのか検討もつかないが、それでも状況を飲み込まねばならない。
「……どう言うことなんだ?」
とにかく簡潔に。
一言で得られる最大の情報を要求した。
「見ての通り、我々は魔人です。それも淫魔の」
レイラが答える。
そして、続けた。
「あの者は入国した時点でマークしてありました。なにしろ魔力の質が歪んでいたもので……えぇ、しかし、まぁ見ての通りです。彼女は怒涛の勢いであの事務所を襲撃し、今に至ります。対策を立てる前に動かれてしまい、ご覧の様を晒しています」
「それで、なんで魔人なんだ? ──あぁ、馬鹿な質問だ。くそっ、頭が回ってない」
レイラに対して、なぜ魔人だと問うたとして、生まれた時から魔人だったとしか言いようが無い。
アルトも自身で愚かな質問んをしたと顔をしかめた。
「ご説明は生きて後に出来れば全てを。今は現状を打開する方法が先決です」
レイラがアルトに取る態度はどうにもおかしな部分があった。
まるで従者が主人に対するような口調を取っている。
しかし、それを気にかける暇は今のアルトにはなく、意識を再びリリィへと移した。
「ウルスラは戦虎になったのか……?」
「半分、と言うのが正しいでしょうか。本物の戦虎であれば、あの求魂鬼だけではなく我々にも牙を向けているでしょうから……実際、大した娘ですよ。あのような妙技は聞いたこともございません」
要約すると、ウルスラは<技>によって壊れたと言うことだった。
本物の戦虎であれば、見境なく暴れまわるだろうがウルスラはリリィだけを敵として攻撃し続けていた。
「ッッ……あの求魂鬼。もしやと思いますが帝国の<リリーナ・アルバトロス>大佐ですか?」
「あぁ、そうだよ。僕の幼馴染だ」
レイラの顔が強張る。
リリーナ大佐ならばと納得したような、歯痒い表情を作っていた。
ウルスラは未だに高速移動を繰り返しているため、その姿は見えない。
けれど、次第に彼女がどこをどう移動しているのか目にすることが出来るようになってきた。
理由は簡単で、血飛沫であった。
体を動かすたびにあらゆる箇所から出血を見せている。リリィの繰り出す剣戟や、地面から生える紫色の手腕は確実にウルスラを引き裂いていた。
ウルスラの攻撃はどうかと言えば、全てが霧に阻まれていた。
どれだけ鋭く切り裂こうと、どれだけ力強く殴り込もうと、柔らかく弾性の富む影に無効化されてしまう。
壊れてなお、魔導騎士として培ってきた彼女の技量が魔人を圧倒していた。
「う……ぐるる……うーっ……ぐぞう……」
初めてウルスラが足を止めた。
言葉を上手く紡ぐことが出来ないらしく、どこか訛っているようであった。
「どうした。獣よ、もう終わりか」
対照的に、リリィは涼しい顔を取り戻していた。
このまま続ければ自身に敗北がないことが分かったからだった。
確かに戦虎の戦力は凄まじいものがある。
爪には多量の魔力が宿ってあり、影を切り裂く力も有している。が、如何せん戦い方がお粗末であった。
技と呼べるものはなく、まるで稚児の喧嘩のような戦い方なため、リリィにその牙や爪が届くことはなかった。
「不味い……あの娘が勝てないとなると……」
レイラが生唾を飲み込んだ。
求魂鬼と化したリリィは執着心の塊と呼べる。
例え今この場から逃げ去ったとしても逃げ切ることは不可能と断定できる。
それならば魔人が集結している今に賭けた方が勝率が高い。そう踏んでいた。
「お姉さま、出ましょう。今を逃したら状況は不利になる一方です」
チェルシーの声から甘さの香る音が消えた。
覚悟を決めた者の目をしている。
「あの戦……人虎の攻撃力を失えば我々は決定打を失います。負けます。王様を失います」
「……そうね。行きましょう」
先ほどまでの苛烈な戦いの中であれば、レイラやチェルシーの加勢は無意味。
むしろ、ウルスラの行動を妨げるものでしかなかった。
が、今は状況が変わった。ウルスラの体力は減耗し、止まっている。
今であれば彼女らは大いにその力を活用することが出来るだろう。
淫魔とは魔人の中で最も魔力扱いに長けた種族である。
攻撃力を持たないが、リリィの邪魔をすることは出来る。トドメはウルスラに任せればよい。
「出来ることなら説明役にチェルシーだけでも残って欲しいのだけどね」
溜息交じりにこぼすレイラに対し、チェルシーは「だったら死ぬ訳にはいきませんね」と軽口を零し歩みを進めた。
「お……おい……」
声を発するアルトに対し、レイラは微笑を浮かべた。
そして口をあける。
「……貴方は、本当に自分がただの人間だと思っているのですか?」
「え」
「生きて帰ったらちゃんと説明しますってー」
チェルシーは再び甘い声を作り、陽気に続けた。
そして、弾けるように二人は翼を広げてウルスラの両脇へと躍り出る。
「こんにちわ、お嬢ちゃん。私のことわかるかしら?」
「はじめましてー。サポートするから攻撃しないでね?」
「……う? ……お?」
僅かに残った理性が二人は敵ではないとウルスラに告げた。
訳も解せずに首を立てに振る。
その情景を見て、ただ呆然とする男が居た。
「……」
完全に言葉を失う。
レイラの言葉を脳内が何度も何度も反芻していた。
心臓の鼓動が嫌と言うほど強くなり、苦しくなる。
「僕が……? なにを言ってるんだ、あいつは……」
まるで砂浜は大規模な祭りが催されたようだった。
ベルが吐き出し未だ猛り狂う炎の柱が何本も上がり、ウルスラの空けた大きな穴にパラパラと砂がこぼれ落ち続けている。
うねうねとくねる紫色の手腕は催し物のようであった。
「ふざけるなよ……どう言うことだよ、説明、しろよ……」
ちくしょう。
そう呟くアルトの声を聞く者は周りに誰一人としていなかった。




