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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-帝国の騎士篇-
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第十三話 「異変」

 ◇



 魔人同士の戦闘と言うものをアルトは初めて目の当たりにした気がした。

 以前、ウルスラがベルを襲った時は奇襲と言うこともあり、一方的なもので戦闘と呼ぶには躊躇ためらいが残る。


 イリスとベルの時は暗闇の中で行われていたので外野に居たアルトは目にすることが出来なかった。

 今、目の前で繰り広げられているのは人間では絶対に踏み込めない領域の出来事である。


「……」


 言葉が出ない。

 何を叫んだところであの二人は動きを止めやしないだろう。


 どちらを応援すれば良いのかすらわからない、状況に思考が追いつかなかった。


「小賢しい!」


 全身に絡みつく影で作られた鎖をベルは炎を撒き散らし焼き切った。

 龍人ドラゴニュートの吐き出す火炎には魔力が多分に含まれており、影で作られた武具を容易に焼き尽くすことが出来る。


 加えて、龍鱗りゅうりんは物理攻撃にも魔法にも高い耐性を備えており、人虎ワータイガーのような規格外の攻撃力を有していなければダメージを与えることも難しい。


「なるほど。ブレスでは焼き切れるが、腕力では断ち切れないらしいな」


 帝国最強の魔導騎士マジック・バトラーと言えど龍人ドラゴニュートを相手取るのは初めてのことだった。

 しかし、初対決を味わうのは初めてではない。


 彼女が積み重ねて来た対魔人のオペレーションは磐石を期すものであった。

 距離を保ち、相手の攻撃力と防御力。特殊能力を見極める。


 現在、リリィは影繰かげくりによる鎖によってベルの動きを鈍らせていた。

 その間にも剣による攻撃は怠っていない。


 彼女の剣には影による補強が施されており、それは鋭さを増し、更には刃を伸ばすことも可能としている。

 それによって間合いの外からの剣戟が可能となっていた。


「……くっ」


 ベルにダメージは見られない。

 ギン、ギンと刃の攻撃による音が響く。その音は龍鱗りゅうりんに弾かれた時に生まれる音であった。


 いくら切りつけられようがダメージはない。

 けれど、足や腕に絡みつく鎖と、絶え間なく降り注ぐ剣戟はベルに苛立ちを覚えさせた。


 思わず顔をしかめてしまう。


「煩わしいっ……」


 幾重にも絡みつく鎖を炎で断ち切り、休み無く降り注ぐ剣戟を腕で払うベル。

 視界に移る囚われのアルトを見るたびに焦りは募る。


 しかし、焦れる思いはリリィも同じであった。

 ベルのように言葉に出したり、顔に出したりはしないものの確かな焦りがあった。


 攻略法の糸口が見えない。

 圧倒的に火力が足りなかった。自身が持ちえる攻撃手段はどれもが龍鱗りゅうりんに阻まれ、ダメージと言えるような攻撃は未だにない。


 相手は戦闘に関して初心者であることは既にわかっているが、並外れた防御力はどう足掻いても突破できる代物ではない。

 そんな彼女たちの拮抗が崩れたのは、もう一人の魔人。イリスがこの場に追いつた時だった。


 リリィと同じように影で翼を作り飛翔して来た彼女は迷うことなく、アルトの傍に降り立った。


「アルト! あぁ、無事だったのね。良かった」


「イリス……」


 目尻には涙を浮かべ、再会を心の底から喜んでいる。

 彼女はアルトが五体満足でいることに至極安心したらしく、力強く彼を抱きしめた。


「アルトっ、アルトっ……良かった。殺されてはいないと思ったけれど、本当に無事で……」


 涙声で思いを紡ぐ。

 アルトは抱きしめられながらも彼女の両手首に視線を移した。いみじくも綺麗に縫われている。縫い後がかすかに見えるだけで、綺麗に縫合されていた。



「────おい」



 そんな、感動とも言える場面に置いて一際ひくい声が響いた。

 声の主はリリィである。彼女は現在、対面するベルを完全に無視し、背後に突如現れたイリス……と、一緒に居たアルトに目線を向けている。


 先ほどまで見えていた瞳に宿る光彩は一切が消えている。表情は娼婦であるコールを無残に殺した時の光が宿っていた。


「魔人。離れろ……殺すぞ」


 声色も、喋り口調もそれまでの彼女と異なっている。

 異様。としか言いようが無い程に様変わりした顔付きを作っていた。


 それは対面に居たベルをも身を強張らせるほどの変貌振りである。雰囲気が一切合財、変わってしまったのだ。

 纏っている魔力にも変化が出る。


「薄汚い蝙蝠こうもり風情が……おい、触るなよ。おい」


 辺りを包む空気が一遍に変質した。

 イリスに抱きしめられている肩が寒気を覚え、身震いを起こす。


 視線をリリィに向けると風に捲くられた瞳がまばゆい程の赤味を帯びている。

 まるでそれは伝播するように無関係であるはずの左眼までも赤く染めている。


 リリィの両眼は今や、イリスと同じように両方が朱に染まっている。


「ふざけるなよ? なんだそれ……なんで、お前なんかがアル君に触れてるんだよ……おかしいだろ……」


 ぶつぶつと、耳に出来ない音量でリリィが呟き始める。

 ベルはやっとのことで全身に絡みつく鎖を焼ききり、彼女を無視してアルトとイリスの元へ飛翔した。


 既に現状は三対一(と言ってもアルトは戦力に加えられないが、人質が無くなったのは大きなプラス要素だった)であり、形勢は逆転している。

 だと言うのに、二人の魔人。イリスとベルの表情はとても硬いものになっていた。


 視線の先はリリィである。

 彼女を取り巻く魔力が信じられない速度で変わっていく。


「……るなよ。…………る君はボクと一緒なんだ……ろす、コロシテ──ぎ、ギギ……」


 まるで、イリスの登場が引き金だったかのような豹変だった。

 それまでは帝国最強の魔導騎士マジック・バトラーらしい、実に理に適った動きをしていたと言うのに。


「──ハァッ、ハァッ……殺して、やル……うぅっ」


 異変を察知し、ベルも囲うようにアルトの元へと足を伸ばした。

 イリスとベルでリリィから遮るように体を前に出す。


 それほど、異常と呼べる異変を彼女はかもし出していた。


「なっ」


 その変貌を目の当たりにして声を上げる人物が一人だけ居た。イリスだ。

 イリスはリリィが憤怒の余りに地団駄を踏む様子を見ながら、その朱色に染まった目を見開く。


「そんな、少し可笑しいとは思ったけれど……いえ、でも……だって、そんな……まずい、これじゃ……」


 アルトを抱く腕に力を入れる。

 普段の彼女なら想像も付かぬほどにうろたえていた。


「ギッ……いっ、痛い……痛い、よ。あるくん……」


 激情を抱きながから、リリィがもがく。

 移植された魔人の目を押さえながら、彼女はひたすらに激痛に悶えた。


「待って、駄目。それだけは……」


 いつしかイリスの言葉は悶絶するリリィに投げかけており、それは懇願にも似た色を帯びていた。

 柄にも無く、彼女の肩が震えていることにアルトも気付く。


 目に見て取れるほどの魔力の奔流がリリィから発せられた。

 アルトの目が異変を察知する。


 先ほどまでは真っ赤に染まっていたリリィの両眼が、薄紫色に発光していた。

 とても綺麗で、犯し難い神聖さすら纏っている。


 それを見たイリスは全身を震わせたいた。

 ベルはなにが起きたのか理解できず、ただイリスの言葉を待っている。それはアルトも同じだった。


「…………こ、壊れた。壊れてしまった。初めてよ、初めて見たわ」


 <壊れた>。イリスは確かにそう口にした。

 それを聞いてアルトとベルは再びリリィに視線を移す。


 そこには相変わらず美麗で、寒気すらすら覚えるほどの雰囲気を纏う騎士の姿があった。



 ◇



「う~ん……」


 一遍の光さえ届かない闇の中でウルスラは一人あぐらをかいていた。

 難しそうに眉をひそめ、目を瞑っている。


 なにか考えているようだった。


「ここじゃ、いくら殴っても蹴っても……なぁ……」


 結論を口にして、後ろに倒れた。

 大の字に両手両足を伸ばし、お手上げ状態を誰に示すことなく表示していた。


「う~……自分に少しでも魔力が使えたならなぁ」


 虎人ワータイガーはその殆どの固体が魔力を扱う術を苦手としており、ウルスラもご他聞に漏れず魔力の扱いは苦手だった。

 この空間。影牢かげろうと呼ばれる吸血鬼ヴァンパイアが作り出す空間は魔力を帯びた攻撃でなければ干渉することが出来ない。


 どれだけ速度と攻撃力を有していても、抜け出すことは出来なかった。


「む~~」


 既に、かなりの時間をここで過ごしている。

 ベルの息吹ブレスや、同じ眷属であるイリスが救出作業を行っていたならとっくに外に出られているだろう。



 だがしかし、全く外部からの動きは見られずウルスラは未だに闇に囚われている。

 つまり、外は今ピンチだ。と彼女は判断していた。


「自分が助けにいかないと……」


 ウルスラは自身があの面子で言う、戦闘員である自覚を持っていた。

 誰に言われた訳ではない。ベルは性格からして戦いが好きでないし、イリスはどう見てもファイターではない。


 ならば、力を振るうのは自身であると思い込んでいた。

 早く脱出しなければならない。


「ど、どうしよう……」


 一筋の汗が頬を過ぎていく。


「うー……」


 手が無い訳ではなかった。

 ウルスラには祖父に教わった術がある。


 常軌を逸した筋力と速度を用いたと闘法の他に、もう一つ。

 終ぞ、祖父も使いこなすことが出来ず業に溺れてしまった技能。


「……でも、他に方法が」


 完全に我を忘れ、自身を襲った祖父の映像が脳裏を過ぎった。

 あの姿は忘れようにも忘れられない。


 あれは人虎ワータイガーと呼べるような姿ではなかった。

 獣。としか言いようが無い姿。発達しすぎた四肢は直立することすら困難になり、四足獣そのものとなった。


 思考回路も獣と同然になり、技を繰り出す手足すら変形してしまった祖父は殊更に弱かった。

 技を極めた祖父の姿はそこに無く、あるのは理性を失ったただの獣であった。


「……」


 自らが手にかけた祖父を思い出す。

 絶対に使ってはならないと厳しく躾けられ、その危うさを肌身で持って体験した禁じ手。



 壊化かいか



 それは、自らの意思によって壊れ、力を無理やりに引き出すというものであった。

 どの種族にも伝わらない、完全にウルスラの祖父が編み出した妙技であった。


壊化かいかすれば、多分……出れる」


 体を寝かせ、大の字になったまま呟いた。

 外の事に思いを馳せる。あれは、紛れも無い殺意を帯びた襲撃だった。


 一撃目でイリスの手は両断されて、自身はここに幽閉されてしまった。

 外はいまどうなっているのか、想像もつかない。


 龍人ドラゴニュートであるベルの性能はウルスラも認めているところであるが、どうにも嫌な予感が拭えなかった。


「……」


 横たえていた体を起こす。

 やはり、待っているだけの選択肢はない。


 人虎ワータイガーは行動あるのみである。

 深く息を吸って、吐き出す。心を強く持たねばならない。


「──変、身」


 誰も居ない、光さえ届かないその空間でウルスラは確かに発声した。




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