第二話 「新しい朝。???篇」
◇
眠って、起きたら業務をこなす。
時たまくる荒事の処理以外は特筆すべき点も無い毎日。
ボクは一体、なんのために生きているのだろうか。
目標がない。なくなってしまった……。
先輩に会いたい。
恐らくは、この世界でただ一人ボクのような人間を受け入れてくれる(と勝手に決め付けているだけだが)あの人に。
あの人が軍に入ったのを聞いて、追いかけるように軍学校へ入学した。
幸い、周囲が驚くような才能があったようだった。
魔力の値が異常に高い。
魔導士では収まらない器。つまり、帝国で最強とされる魔導騎士になる権利を有していたのだ。
噂で聞いた先輩の昇進速度は異例中の異例だった。
近づきたい、一緒にいたい。挨拶や、時たま一緒に寄宿舎の食堂で食事を一緒にするだけでは足りない。
同じ部隊になりたい、その一心でボクは自らを研鑽した。
いつしか全魔導騎士の中でも三本指に入るほどの実力を手にしていたが、まだ足りなかった。
ボクは当時、少佐の地位だった。それでも、年齢を考えれば異常である。
それと言うのも魔導騎士と言う兵科は他の軍部とは性質が異なり、完全実力社会であるためだった。
ある日、ボクの耳にとある噂が入り込んだ。先輩の話題である。
どうにも彼は……先輩は上官に対して体を売っていると言うものであった。
そんな馬鹿なとボクは笑い飛ばした。けれど、事実は残酷だった。
先輩の昇進はボクの昇進とは比べ物にならない程の速度だった。それこそ、通常のルートを通っては絶対に辿りつけないものだ。
元帥か、もしくは帝族の威光がなければ叶うはずもない。
孤児院出身の先輩がそんなコネを持つには……馬鹿な馬鹿な馬鹿な! ありえない! 先輩は綺麗で、純粋で、人を見かけや形で差別しない素晴らしい人だ。
そんな先輩があんな醜い中年の豚共に体を開いているだとう……。
なんとかしなきゃ。ボクがどうにかしないと。
そこからはもう死に物狂いだった。
噂によると、先輩と関係を持つにはそれなりの地位についていなければならないとのことだった。
上級将校の中でもさらに権力のある人間に元帥が紹介するシステムだと、真しやかに囁かれている。
真偽の程は定かではないが、だったらなるだけだ。階級を駆け上がるだけだ。
ボクはある実験に挙手をした。
魔人の一部を体に移植すると言う人体実験だった。
魔導騎士でコレに志願するような間抜けは存在しない。
ただでさえ特権階級として暮らせると確定しているのに、自ら化け物になる必要はないからだ。
それに、魔人の肉体を移植するなどどんな拒否反応が体に起こるかわかったものではない。
けれどボクはそれに志願した。
どんな拒絶反応が起きようと、魔力で押さえ込んでやる。
その気概が通じたのか手術は成功。魔力は跳ね上がり、ボクは魔導騎士の中でトップの座に君臨した。
階級は大佐になった。大佐で止まった。
知らなかったんだ……魔導騎士は所詮、戦闘兵である。少数で動くことがメインとなるため、過分な階級は必要ないとすらされている。
更にボクは気付けば完全に孤立していた。
生まれつきの奇特な体と、魔導騎士としての戦闘評価。さらには魔人の一部を移植され完全な化け物として扱われていたのだから当然かもしれない。
こんなボクが先輩と会えるはずもなく、気付けば……気付けば彼は軍籍から外れていた。
「……」
もはや、溜息すら出ない。
今日もただ執務室に向かい、時間を潰す作業が始まる。
「あぁ、○○大佐殿。グランバニエ元帥からのお呼びがかかってますよ。直ぐに出頭するようにとのことです」
「了解いたしました」
元帥直下の伝令だった。
彼の、元帥の名前を聞くと腹の底からどす黒い何かが生まれてくる。
先輩を好きに弄んだ……違うな、先輩の愛を受けたあの醜い老人。生きていてなんの勝ちも無い豚だ。
あんな豚に先輩が触れたかと思うと、その事実だけで気が狂いそうになる。
あぁ、くそっ。くそっ。コロシテヤリタイ。
「失礼します。魔導騎士特別小隊隊長○○大佐であります!」
「ご苦労、入れ」
「ハッ!」
形式通りのやり取りを済ませ、元帥が陣取る部屋へと入室した。
豚の割りにセンスが良く、シンプルだが価値の高い調度品でまとめられた部屋だった。
「君に特別な任務を与えたくてな」
「……討伐でしょうか」
ボクに回される仕事など一つしかない。
魔人の討伐。コレのためにボクは軍籍についているようなものだし、戦う以外に能が無いのも事実だ。
魔人を殺す手管だけで生活しているのだから、なんと悪趣味な商売を生業にしたものだとなにもかもを恨みたくなる。
「いや、違う」
「……」
しかし、元帥は否定した。
ではなんだ? 想像が付かない。まさかボクに新兵の指導でもしろと言い出すんじゃなかろうか。
「それが、その……な」
珍しく元帥が言いよどんだ。
蓄えた白ひげを弄び、言葉を選んでいるように見える。
「これは、通常の軍務とは趣がことなる」
「……」
ボクは黙って元帥の言葉に傾聴した。
「そう言えば君は従軍以来、休みと言う休みを取っていなかったな?」
「……えぇ、はい、まぁ。ご存知の通り魔導騎士として従軍しておりますので、緊急の際には一目散に現場に出撃せねばなりませんので」
全く持って、元帥の意図が読めない。
ボクに暇でも与えるつもりなのだろうか? それとも、化け物であるボクが厄介者にでもなったのか……。
「そうか、それは大変だ。君は疲れている、そうだろう?」
「……」
「つまりだ、休まねばならん。人間、休暇は大事だからな」
どうやら、本当にボクを休ませたいらしい。
なんだ? 懲戒免職にでもしようと言うのだろうか。
「それでな、コレは個人的な頼みでもあり、公的な頼みでもあるのだ。禁則事項で名前は出せぬが<尊きお方>からの依頼でもある」
<尊きお方>……つまり、帝国に置けるソレは帝族だろう。
この国のシンボルであり、頂上であり、君主たる帝族の依頼でれば個人的だろうが公的だろうが首を横に振ることはできない。
「探し出し、連れ戻して欲しい人物がいる」
「……ッ」
瞬間、ボクの脳は沸騰した。
思わず口角が上がってないか心配になるほど、歓喜で脳内は埋め尽くされていたのだ!
「君も知っているだろう。<アルハルラト・テイラー>元少将だ。彼を軍籍に戻す。その為、連れ帰って欲しいのだ」
「了解いたしました。しかし、なぜ私なのでしょうか?」
上の人間と会話する際は、一人称を私にしなければなららないのが面倒だった。
けれど、今はそれどころじゃない。遂に運が向いてきたのだ。
「あー、つまりだ。彼が抵抗する可能性を踏まえて、実力者でなければならない。そして絶対に傷つけてはならない。そうなるとかなりの実力者を用意せねばならないが、魔導騎士を個人のお使いで使う訳にもいくまい?」
なるほど、と合点がいった。
軍隊と言えど、所詮は人付き合いの延長線上にあるのだ。
繋がりがある。
腕利きの魔導騎士ともなれば、様々な上級将校との付き合いがあって然るべきなのだ。
そこで、ボクの名前があがったのだろう。
ボクの実力は魔道騎士の中でも随一だ。これは間違いない。その為にも多大なる犠牲を払った。
そして体の構造や、後付で得た諸々。性格を含めた上で、ボクに親しい者は軍部に存在しない。
いや、軍部どころではない。生まれ育った施設にすらボクを擁護する人間はただの一人もいないだろう。
強いだけの兵隊だ。
だから、いなくなったところで前線の兵がちょいとばかり苦労するだけだろう。
ははっ! 良いぞ、良い!
不幸だ不幸だ。哀れで不憫でたまらない、可哀想なボクにやっと幸運が巡ってきた! 神さまありがとう! 祝福しろちくしょうめ!
「万事了解いたしました。少将の所在地はつかめているのでしょうか」
「アルハルラト<中将>は現在、フィリップス諸島の最西端に位置する<クルノワ共和国>に居るらしい。島国だな。飯と賭博と女で持ってる国だ。バカンスには丁度良い」
くくっ。<中将>か。
昇進させるから国に戻ってきてね。そう言ったところだろう。
「期間はどの程度でありましょうか」
「中将を連れ帰ってくるまでだ。よろしいな?」
「了解であります」
「よろしい兵隊。回れ右! 直ちに任務に取り掛かれ!」
「ハッ!」
踵を打ち鳴らし、見事な敬礼をした。
元帥も答礼をする。
ははは! ははは! はははははは!
部屋を出て、笑いが堪え切れなくなった。
発達した八重歯が無意識に顔を覗かせる。
ボクは正しくかぶった軍帽をあみだに着崩した。
これは、軍務じゃない。ボクのための任務である。
「ははは!」
押し殺すように一笑いし、自室へと向かった。準備をせねばならない。
先輩、いま行きますよ。
先輩、愛しております。
先輩、先輩。
アル先輩。