第十話 「またまた、」
アルト、ひいては三人の魔人の了承を得てからのゴールドマンとコルトピアの行動はまさに疾風迅雷と称するに相応しいものだった。
即時に外で待機していた伝令を呼びつけ、各所へと人員を走らせた。
先に警察機構へ帰らせ、待機を命じていたホプキンスまで動員させた。
アルフォードが自社に到着。各書類を手にし、次々とサイン、調印を済ませ業務を行っている時だった。
敬意の欠片も感じさせない勢いで豪奢な扉が開く。
三商社のトップが座す建物だけあって、警備は多数配置されていたが圧倒的な数の力で排除されている。
「…………ッッ!」
葉巻を咥えていた口に力が入る。
続々と部屋へ侵入してくる者たちは、この国の治安を維持するためにに組織された者たちであった。
数々の突撃銃の銃口がアルフォードに向けられる。
彼が事務所として使っている部屋はすでに突入部隊の人間で埋まっていた。
「手前ぇ等……これぁどういうことだ!? アァッ!?」
スキンヘッドの頭部に、血管が無数に浮き出てくる。
アルフォードは顔を真っ赤に染め上げ、これ以上ないほどの激昂状態を示していた。
「申し訳ありませんが、貴方を拘束します」
頭部をフルフェイスの装甲で覆った、部隊の指揮者らしき男が返答した。
「どういう了見だ!? 俺ぁ<ガンド・アルフォード>だ! 手前らは警察機構の突入部隊だな? ってこたぁ、ホプキンスの部下か。随分と上等こいてくれるじゃねぇの」
アルフォードの顔は今にも爆発しそうなほどである。
しかし、それと同時に頭の中は驚くほど冷ややかになっており、この状況を分析していた。
現状で自身に敵対するとすれば、ゴールドだけだ。けれど、ヤツはコルトが抑えている。
であればコレは? ホプキンスに命令できるものなど、自身を置いて今ではコルトしかない。
つまり、裏切った? しかし解せない。
ゴールドとコルトが手を組んだとして、俺を蹴落とそうとしたところで名目が立たない。
ここは無法国家ではない。こんな筋が立たないことをするほど、やつ等は馬鹿じゃないはずだ。
その疑問は、部隊長の言葉で氷解した。
「貴方は国家治安を脅かしました。この国に居る三人の魔人の怒りを同時に買ったのです。その怒りを静めるため、ゴールドマン氏とコルトピア氏が英断いたいました。どうか、抵抗なさらずにお願いいたします」
「…………」
完全に咥えていた葉巻を食いちぎってしまった。
瞬時にハメられたと、彼の脳は理解する。
あのレストランから退店してから、ほとんど時間は経過していない。
この短時間でこれほどの武力を用いて制圧するなど、計画していなければ出来ないことだ。
「カカッ……俺が踊らされたって訳か」
もっと疑うべきだったのだ。
あのゴールドが、自身が最も優秀だと認めていた男があれほど簡単に尻尾を掴ませるようなことをするはずがない。
魔人だ、全ては魔人と言う規格外の存在が出てきたことでこうなってしまった。
こんなものがいなければ、もっと違う方法で政敵と対峙することになっていただろう。
魔人なんてものが出てきてしまったから、こんな計画を立て、実行した。
そしてそれは全て上手く行き、信じられないほどの成果を叩き出したと思い込んでしまったのだ。常の自分であれば絶対に安心などしないだろう。
あの場で、あのレストランでゴールドを殺してしまっても良かったのだ。
それをしなかったのは、やはり浮かれていたのだろう。自身の愚かさに笑いがこぼれる。
「お願いします。どうか、お平らに」
「俺ぁ、<ガンド・アルフォード>だ」
そう不敵に笑ったアルフォードは、机の引き出しに閉まってあった小拳銃を手にしていた。
場の空気が凍てつき、包囲していた人員が一斉に引き金を絞る指に力を入れる。部隊長の支持が下れば一斉射撃が下される。
「手は借りねぇよ」
その言葉を最後に彼の人生は幕を閉じた。
自殺を決行したアルフォードの決断はあまりにも浅はかだったと後の民衆は口々にそうした。
けれど、違う。
自らの浅慮が招いた結果の尻拭いをつけたのだ。
それこそが<ガンド・アルフォード>であり、この国の飲食を一手に担っていた男のケジメの着け方であった。
◇
全ての指令を発した後は待つばかりである。
となれば、場所はレストランなのだから取る行動は一つ。食事だ。
「あら、美味しいわね」
「こんなに美味しいの初めて食べた……」
「うまうまっ! おかわりーっ!」
イリスもベルもウルスラも、出された料理に舌鼓を打っている。
最近は食事と言えば僕の血液だったものだから、こう言った料理を楽しむのは随分と久しぶりだろう。
「肉も魚も美味いとは……さすが高級レストランだ」
肉は黎明牛のフィレ部分を、塩と胡椒のシンプルな味付けで炭火焼にしたものだった。
力強い肉の味と、素朴な味付けが妙にマッチしていて、噛み締めるごとに力が沸いてくるような気さえする。
添え物は南方馬鈴薯を素揚げしたものと、緑菜のバターソテーで肉の味を邪魔することなく引き立てている。
魚はと言えば、その味の高さから宝魚と呼ばれる回遊魚を生のまま薄くスライスし、オイルを垂らし水菜や海草を散らしたものだった。
加熱処理を施さず魚肉を食べれる店などそう多くはなく、新鮮さに自信がなければ到底出せるものではない。
「一応、ここの料理はこの国で一番だからね」
そう言ってゴールドはウィスキーを煽った。
度数の強い酒が好みらしく、また酒豪でもあるらしかった。どうにも酔えない性質らしい。
「素晴らしいの一言ですね」
料理に夢中になる三人娘の代わりに僕が答えた。
「帝国の料理と比べてどうかしらね?」
僕の賛辞に応えたのはコルトピアであった。
どうやら、僕の過去は調べがついているらしい。
「そうですね、軍人が食べられる物などたかが知れてます」
「随分と謙遜なさるのね。少将と言えば、それなりの地位と言っても過言じゃないわよ?」
階級まで知っているとは、これはもう全て知られていると思って良いかもしれないな。
「これはお恥ずかしい……そこまでご存知とは」
「帝国に若くして少将になった美麗の者がいる。と言う話は聞いたことがあるなぁ」
ウィスキーを傾けながらゴールドマンが口を挟んだ。
確かに、僕の年齢で少将と言う地位は過分にすぎる。それも帝国という大国でのことだから、海を隔てた国に話が渡るのも不思議ではない。
しかし、美麗と言われるとどうにも……。
「美麗と言うにはいやはや、どうでしょう。自分ではそう思いません。美麗と言う言葉が相応しい者はおりましたが」
「あら、貴方よりも?」
コルトピアは意外そうな口ぶりで言った。
そうとも、僕の容姿など大したものではない。帝国はそれだけ大きく、巨大なのだ。
「帝国最強の魔導騎士。階級は大佐でありますが、あの者こそは眉目秀麗と言う言葉に相応しい容姿の持ち主でした」
僕の言に反応を示したのは意外にもイリスであった。
帝国の話であるから懐かしさを覚えたのだろうか。
「聞いたことがあるわね。確か、その魔導騎士は影殺の称号を持っていたわね? 我々の天敵とも呼べるわ」
現在、帝国で最強と呼ばれている魔導騎士は影殺の称号を唯一保持している。
通常であれば魔人との対比で五人が要求される戦力を持つ魔導騎士であるが、大佐はただ一人で魔人と渡り合えるとの評価を得ている。
その評価の通り、大佐は無数の魔人を単機で駆逐した実績を保有しているのだった。
つまり、人間の身でありながら魔人と対等に戦える人類でも稀有な存在である。その人物の容姿が美麗であれば話も広がると言うものだ。
「詳しいんだな。その通りだよ。大佐は現役で唯一、影殺の称号を持っている」
「ふん。どれほど弱い吸血鬼を殺してきたと言うのかしら……私が相手をしてあげたいほどだわ」
ぶつぶつと文句を垂れるイリスであるが、大佐と彼女が出会うことはこの島にいる限りはありえないだろう。
何故なら大佐は吸血鬼にただ一人、たんどで立ち向かえる人間なのだ。
帝国に貴族と言う立ち位置で居座る吸血鬼に対し、確かな対抗力と呼べる人材である。
このような島国へバカンスとしてでも訪れる理由はなかった。
「もう。もし会えたらと言う前提で話しているのだから、現実に戻さないで頂戴な」
小さな笑いが起きる。
こうして<三商ギルド>との会合は幕を閉じた。
アルフォードの失脚により<三商ギルド>と言う名称は変わるだろうし、明日の朝刊はこの話題で独占されることだろう。
だが、僕には──僕らには関係のないことだ。
これからは業務妨害もなく、平和に恙無く暮らせることだろう。
しかも、正式に雑用業務であればウチの事務所を使ってくれるとの言質も得た。
お使い程度ならベルやウルスラにも出来るだろうとの目論見が僕にはある。
そうすれば、食費もなんとかなり、吸血も減る。ひいては僕の貧血問題が解消する。
なんのかんのと、この魔人たちとの生活が悪いものじゃないかもしれない、などと僕は思い始めていた。
これで、平穏に暮らせるのだと。
馬鹿な妄想である。
魔人と言う常識外の者と暮らしているのだ、平和平穏などと言う日常が待っているはずがない。
多少なり美味い食事を取ったことで僕の脳は少しばかり幸せなものとなっていたのだ。
爆弾を抱えながらの生活で、心休まる日など訪れるわけがない。
でも、まぁ良い。
今ばかりは、この贅を尽くした料理を楽しむと言う贅沢を自分自身に許してやることに決めた。
◇
疲れた。
と二言目には出てしまうほど、くたくたになっていた。
なにせこの国のトップ三人と対談していたのだ──まぁ、僕は完全なる添え物だったが、あぁ言った空気は昔から好きになれない。
無駄にしゃちほこばって疲労ばかりが溜まってしまう。
料理の美味さは抜群だったが、それを差し引いても疲れてしまった。
「駄目だ……疲労が先行しすぎて思考がまとまらない……寝よう」
シャワーを浴びることも、服を着替えることも拒否して僕は寝室に向かい、ベッドに倒れこんだ。
もう体を動かしたくない。
「私の化粧は落としてくれないのかしら」
「わっ、私の、その……化粧なんて、落としたことないから……どど、どうしよう」
「顔がむずむずする……」
三者三様に化粧を落せと抗議してくる。
手を加えたのだから、最後まで面倒を見ろと言っているのだろうが、冗談じゃない。
スーツを脱ぐのも億劫なのに、そんな手間なことをしてやる気など起きるはずがないだろう。
「僕は寝る……」
そう言うと、体に重さが走った。
イリスが馬乗りになっている。
「ねぇ、アルト。お料理美味しかったわね?」
イリスの表情はいつもの、弱者をいたぶるものだった。
話の意図と表情の理由が掴めない。
「もしかしたら、と思って聞くのだけれど──魔人の胃袋があの程度の量の食事で満足すると思っていて?」
そう言いながら、イリスは僕のネクタイを解き、上着のボタンを一つ一つ丁寧に外していった。
「燃費が悪いのよ。貴方の血に比べるならば、おやつ程度にしかならないわ……殿方の服を脱がすというのは、こう、なにか来るものがあるわね?」
自分でやっておきながら頬を染めるあたり、やはりイリスは生娘なのだろう。
僕も疲れているため碌な抵抗をしていない。
「だから、わかってるわね……?」
つまり、血をよこせと。
だがしかし、ちょっと待て。この部屋は僕とイリスの二人だけではない。ベルもウルスラもいるんだ。
「──キャッ」
どん、と馬乗りになっていたイリスが突き飛ばされた。
突き飛ばしたのは顔を真っ赤に染めたベルだった。
「ずっ! ずずず、ずるいぞイリス!」
「もう、ちょっとした冗談じゃない……まぁ良いわ。ちょうど突き飛ばされて定位置に付いたことだし」
そう言って何時ものように僕の首筋に歯を立てた。
ワンテンポ遅れて、ベルが慌てながら逆の首筋に噛み付く。はは、もう様式美ですらあるな。
「自分もっ、自分もっ!」
挙手するようにウルスラもベッドに上がりこみ、ついにベッドは四人の体重を支える不幸を被った。
僕は両腕を広げ、イリスとベルを腕枕するような体勢を作り、その飛び出た指先をウルスラが加えて吸血を始める。
疲れもあいまって、その瞬間は直ぐに訪れた。
次第に意識が薄れ、倦怠感が体中を包み、思考が停止してゆく。
そしてブラックアウト。僕は失神したのだった。
-人虎と三商ギルド篇- 完。
次篇に続きます。