第九話 「本命」
会合は終決に向けて動いていた。
メインゲストであると思い込んでいた、我々一同(僕は添え物だけれど)はダシに使われたのだとわかった。
ポーカーフェイスを貫いていたゴールドマンの表情は曇り、憔悴が見てとれる程になっていた。
当然だろう。彼はこの後、全てを奪われてしまう。
誰がこの会合でこのような動きを見せると推測できただろうか。
「ゴールド。お前さんの身の振り方だがどうする」
「…………僕の個人的な財産はどうなるのかな」
しばしの沈黙の後、搾り出すようにゴールドマンは声を出した。
頭を切り替えたのだろう。
シマと人は奪われる。では、個人の財産はどうなるのだ、と。
「安心しろ。俺たちはあくまでもお前さん個人をどうこうしようって訳じゃ無ぇんだ。個人財産を取り上げるような真似はしねぇよ」
「……それは良かった」
「望むんなら、それこそ嬢ちゃんが勤めるカジノのオーナーとして雇っても良い。プライドが許すならな」
「……それは、辞めておこうかな」
「そうか」
酷い会話だ。
アルフォードの言葉で、イリスは勤務を続行出来ることがわかった。
魔人を雇ったと難癖を付けて失脚させたのにも関わらず、だ。
恐らくはこの場でその話はついているから問題ないと言い張るのだろう。
イリスが兵隊としての役割を担わずとも、魔人がディーラーを勤めていると話が広まれば馬鹿な連中も沸きはしない。
その場にいるだけで魔人と言うのは巨大な抑止力となるのだ。
なんと素晴らしい。
彼は三商社の一角であり、この国の賭博を取り締まるゴールドマンを一撃で、血の一滴も流さずに失墜させてしまったのだ。
これを豪腕と言わんとせずに、なんと表現すれば良いのだろうと思った。
が、はたとまた違う思考が僕の脳を過ぎる。
どうにも話が上手すぎる、と言うのも事がアルフォードの都合の良い方向へと転がり過ぎている気がした。
違和感を覚えるほどに事態はサクサクと進んでいるのだ。
<サック・ゴールドマン>と言う男の事を考えてみる。
彼のことは知らないが、恐らくは極めて優秀な男だろう。でなければ、商社の長は務まらないし、国のトップに就ける道理が無い。
アルフォードも然りであり、優秀者だ。
であれば、なぜこのように簡単に話しが進むのか疑問でならなかった。アルフォードが一枚も二枚も上手なのだろうか?
そうと仮定しても、それにしては……な印象を受ける。
例えば優秀な男が、魔人を雇うにあたってこうなることを予測しなかったのだろうか? これを好機と受け取って動く輩が居ると想定しないのか。
目先の利益に目が眩みイリスを雇った。では、あまりにも小物すぎるし、僕の眼前に居る男は何度見返しても小物には思えない。
なにか、計略があるのではないのかと勘ぐってしまう。
ゴールドマンの狼狽ぶりですら演技なのではないのかとすら。
「さて、忙しいわよアルフォード」
口を開いたのはコルトピアであった。
彼女についても幾ばくかの疑念がある。アルフォードの尻馬に簡単に乗りすぎている気がしたのだ。
仮に僕が彼女の立場であれば、もう少し様子を見て慎重に発言をするだろう。
しかし、彼女は明確に自分の立場をアルフォード寄りと逡巡せずに示した。なにか裏で取引が行われている匂いさえさせている。
全てがあからさまに過ぎるのだ。
それとも、これは僕が無能であるが故に感じるものなのだろうか。
大局を扱う人間とは、この用に即断即決で動き、時には大胆に行動をし莫大な利益を生み出すものなのだろうか。
わからない。やはり僕は無能なのだと、思考を弄んでいるとアルフォードがコルトピアに応答した。
「おう。俺は直ぐに事務所に戻って手はずを整える。コルトはここに残ってゴールドが配下の者に連絡をしないように見張ってくれ。ホプキンス、お前もだ、わかったな? それと魔人の姉ちゃんたちはご足労だったな、礼にもならんがここで好きなだけ食って行くと良い。じゃあな」
矢継ぎ早にそう告げると、アルフォードはその巨躯を面倒そうに持ち上げ部屋を後にした。
自らが追いやったゴールドマンには一瞥もくれない。
彼にとってゴールドマンは最早、視線をやる程度の存在ではないのだろう。僕の扱いと一緒になっていた。
「一応、ゴールドの身柄は落ち着くまでこちらで拘束しておくわ。念には念をね」
部屋を去り行くアルフォードの背中へとコルトピアが投げかけ、彼は振り向かず手を振ってそれに答えた。
重い扉が閉まり、円卓には残りの七名だけとなった。
「ホプキンス。ご苦労でした、貴方は下がって結構よ」
「え、いや、でも」
コルトピアがホプキンスに退席を命じた。
しかし、彼はアルフォードにゴールドマンを見張れとの命令をたった今出されたばかりだった。離れる訳にはいかないだろう。
「わたくしが良いと言っているの。それとも、貴方はアルフォードの命令しか聞けない?」
「いえ、そんな訳では……」
ホプキンスが焦るのも無理はない。
この国の警察機構を収める彼からすれば、事態は急変と呼ぶに相応しく、今まで<三商ギルド>と呼んでいた組織が目の前で崩壊したのだ。
その全てを飲み込むことなど早急に出来るはずがなく、であれば下された命令に対し馬鹿のように従うことしか出来ない。
「よろしい。わたくしが直接に命令を下します。貴方は警察所で別命あるまで待機。尚、直ぐに行動が出来るように署員を完全装備させ、待機させておくこと。書面にも記してあります、さぁ、お行きなさい」
「はっ!」
勢い良く立ち上がり、それは見事な敬礼をしてホプキンスは駆け出した。
命令の意図は理解していない。する必要もないのだろう。
命令とは、発令者に従うべきものであって、その内容を部下が考えるものではないからだ。
「ふう」
とコルトピアは一つ息を吐いた。
これで部屋には六人。ゴールドマンと、コルトピアと、僕ら四人だ。
「やっと邪魔者がいなくなったわね」
「……ふう」
焦燥していたゴールドマンだったが、アルフォードが消えた途端に冷静を取り戻している。
胸ポケットに閉まってあった布で眼鏡を拭いていた。
「中々の演技だったじゃない。今の職が無くなったら役者にでもなるのね」
「もうごめんだよ、こりごりだ」
「……ねぇ」
コルトピアとゴールドの意図がわからず、イリスが口を開いた。
僕はベルやウルスラと一緒に馬鹿面を下げて椅子に座り続けている。
「説明が欲しいのだけど?」
「あぁ、そうだったね。ごめんごめん」
それに対応したのは、失脚が確定したばかりのゴールドマンだった。
柔和な表情に戻っており、先ほど見せていた憔悴した様子は一寸も見受けられない。
「アルフォードを失脚させるために君たち魔人を利用させて貰ったんだ、すまないね」
「どういうこと?」
「つまり──」
イリスの問いに、今度はコルトピアが言を発した。
「エイリアスちゃん、貴方がゴールドのお店で働き始めた時から我々はこの絵を描いてたのよ。アルフォードが動くことを確信してね」
その言葉で、今まで感じていた違和感の正体が判明した。
あまりにもゴールドマンが反論せず、アルフォードのワンサイドゲームになっていたのは理由があったのだ。
「彼は、アルフォードは税金を少しばかり私用として使う癖があってね。まぁ、彼から言わせれば全てはお国のためにとなるのだろうけれど、自社の人間を武装させる費用を民衆が負う理由はないだろう? それに、警察機構も残念ながらアルフォードの子飼いのようになってしまっているしね、これは頂けない。公僕とは民のためにあるもので、個人が有するものじゃない。それにベルさん? 貴女を狙っていたのはホプキンスではなく、アルフォードだよ。彼が命じたんだ。武力が欲しかったんだねぇ」
相変わらず表情は柔らかいが、目が笑っていなかった。
アルフォードからすればゴールドは政敵であるのかもしれないが、彼からすればアルフォードは国に害をなす無法者にしか過ぎなかったのだろう。
そして、警察機構所を使いベルの獲得を目論見ていたのはアルフォードだったとゴールドマンは言った。
「だから、降ろす」
「そして私はゴールドに乗ったと言うわけ。アルフォードの行動は迅速だったけれど、それよりもゴールドは早かった」
ここまで説明されて、笑いがこぼれる。失笑に近い。
僕らは完全に蚊帳の外で、結局は外で物語が動いていた。ここに来る前に話し合っていた内容など欠片も出てこないじゃないか。
「くっくっく……ははは」
「あ、アルト?」
「どうした? お腹が減ったのか?」
黙り込んでいた僕が急に笑い始めたからか、ベルとウルスラが心配してくれた。
イリスは溜息を吐いている。
「いやいや、すると僕ら──あぁー、いや、最初から僕個人に用などないのでしょうけれど、それの仕事は終わったと言う解釈で宜しいでしょうか?」
この国のトップに座す二人へ投げかけた。
彼らの言い分を加味すれば、魔人はキッカケに過ぎず、実際にその力を行使したり動いたりする必要など全くなかったのだ。
「それがね、ここからがお願いになるんだ」
ゴールドマンが言う。
そしてまた奇妙な感覚を覚えた、お願い? お願いだって?
「僕とコルトはアルフォードを失脚させるつもりだ、けれど、名目がない。名目がなければ動けない。それが我々、政治で生きる生き物なんだ」
「具体的に、そのお願いとやらをお聞かせ願えないでしょうか。僕は自身を有能とは思っていないので、明確にして貰わねば。察することを期待されても、それにはお答えしかねますので」
「ふふっ」
僕の言葉を聴いて、コルトピアが笑いをこぼした。
「失礼、随分と素直な方なのね? 良いわ、ゴールド。私から説明する」
「頼むよ」
そう言うとコルトピアは冷え切ったお茶を一口だけ飲み、その厚く瑞々しい唇を濡らした。
言葉が紡がれていく。
「我々は名目を用意しなければならない。三商の一角を落すのであれば、それ相応の理由が必要ね? それこそ、常識の枠から外れた名目が必要だわ。アルフォードがゴールドを陥れたような……ね? つまり、魔人よ、魔人。兎にも角にも、貴女たちの力、と言うより名前が欲しい。つまり……今日、この会合でアルフォードは三人の魔人の怒りを買ったのよ。そして私とゴールドは魔人を支持した、国を守るためにね」
「全ては僕らが片付ける。つまり、テイラー君。君の可愛い魔人たちの名前を貸して欲しいんだ」
やっと全貌が掴めた。
僕にはゴールドマンとコルトピアが狐と狸に見え始めていた。
化かし合い。化かされた方が負ける。ではアルフォードはなんだ? 豚か? はは、笑えるじゃないか。
「強力するにあたって、想定されるメリットとデメリットを教えて下さい。それに、僕の一存では決まりません──と言うよりも、決めるのは彼女たちです」
「あら、私はアルトの決定に従うわよ」
「わっ、私もだ」
「良くわからないけど、自分もだぞ。でも、少しお腹すいたなー」
ちくしょうめ。三人共に同じ答えを出してきた。
今の今まで完全に蚊帳の外にいたはずの僕が、全てを決定付ける位置に立たされているだなんて、これはいったい何の冗談なんだ。
「ふふっ、微笑ましいわね。メリットとしては、貴方の探偵事務所。それの……汚らしい言葉だけれど、わかりやすく言えばケツ持ち。それをゴールドと私が持ちます。この国に置いてこれ以上はないわ」
「デメリットだけれど、どうだろう。名目上、魔人の怒りを買ったことになるからね、もしかしたらそう言った気性だと思われるかもしれない。けれど、良く考えれば魔人とは大抵がそう言うものだと言う認識が我々人類にはあるんじゃいのかな。君の事務所に居る三人が特別に穏やかなのかどうかは、定かじゃないけれどね」
穏やかかどうかは、素直に頭を動かすことは出来なかった。
イリスにしても実は好戦的で、いきなりベルに襲い掛かったし、ベルは龍人らしい温和な性格をしているが、降りかかる火の粉にはしっかりとした対応を取っていた。
ウルスラに至っては龍人を圧倒する超武力を有しているし、勘違いで突進するために街中でも平気で暴れる性格をしている。
「ついでに言うのであれば、商社の仕事。そうね、お使いやそう言った雑用になるけれど、それを貴方の事務所にお願いすることも多くなると思うわ。お給金は特別高い訳でも低い訳でもなく、普通よ。ただ、生活に困るような事態にはならないでしょうね」
くそっ。色々と飴玉を並べてみちゃくれたが、結局、僕の心を動かしたのはコルトピアの最後の台詞だった。
知っての通り、我が探偵事務所の財務内容は常に芳しいものではない。
事務所の困窮と僕の貧血具合は比例しているのだ。
「…………」
少しだけ考え込むポーズを取る。
いやらしいかもしれないが、即決するのもなんだか癪に思えたからだ。なんと矮小な人間だろうかと自分に唾を吐きたくなる。
ほどなくして、頃合かと思い口をあけた。
「了解しました。あなた方の提案に乗らせて頂きます」
「よかった。ありがとう、テイラー君」
「嬉しいわ、貴方とはこれからも仲良くしたいもの」
にこやかに二人が返事をした。
そして、僕は一言だけ条件に付けたしを加えた。
「食事を用意してもらっても? アルフォード氏の食べっぷりがとても美味しそうだったもので、彼女らを含め僕も腹ペコです」
そう言うと、ゴールドとコルトはお互いに目を見合わせ、柔らかく笑い、
「どうぞ」
と口を揃えて言った。