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巫女様奪還大作戦

 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。まるで何年もの間、この暗闇に閉じ込められているような、そんな気さえする。


 脳裏にぼんやりと浮かぶ、1人の女。ソイツは、こちらに向かって微笑みを携えていた。以前は決して見ることのできなかった、砕けた笑顔だ。俺はその笑顔1つの為に、ひたすらこの地獄のような時間を耐えていた。その笑顔を守る為だけに………。ただそれだけを、心の拠り所にして。


「………随分と派手にやられたようだな」


 キィ、と軋む音と共に差し込んだ光は、久しく見ていなかった太陽の光だ。痛む体を何とか持ち上げて、声のする方へ視線を投げる。眩しさで霞む視界には、光を背に立つ黒いシルエットが映し出されていて、その声の主が一体誰なのか、判断するのに時間を要した。


「………なんで………」


 その姿を認識した時、まず1番最初に出た言葉は、「なんで」だった。ここにいる筈がない、来る訳がないと思っていた人物が、そこに立っていたのだ。


「全く。考え無しに行動するからこうなるのだ。………馬鹿息子」


 牢獄に閉じ込められてボロボロに倒れていた黒馬の前に現れたのは、自分の父親だった。













「………揃いも揃って酷い有様だなこりゃ」


 目の前に並ぶ面々のボロボロ具合を見て、黒馬大佐………の横に立つ黄鳥曹長は、痛そうに顔を歪めた。久々に集合した黒馬、白鹿、紫狐、青兎は、それはまあ酷い姿で、至るところに痣や傷を作っていた。彼らはここに連れて来られてからというもの、赤熊の息がかかった軍人たちに、ストレスの捌け口として暴行を加えられ続けていたのだった。一応、名目としては、反逆罪。上の指示に従わず、勝手な行動を取った責任を問われている。そこを、黒馬の父親である黒馬大佐が解放しにやって来たという訳だ。


 とは言っても、黒馬大佐がここに来るのも、そんな簡単な話ではなかった。当然ながら、黒馬大佐の独断だけでは自分の息子たちを解放することはできない。それどころか、黒馬大佐も反逆罪に問われかねないのだ。黒馬たちが赤熊によって連れていかれたあの日、後を追うようにして出発した黒馬大佐と黄鳥曹長は、まず軍本部へ連絡を取り、黒馬大佐の掛け合いの元、やっとこうして彼らを解放できた、という流れである。


「すぐに医療班を手配しよう。まずは傷の手当を………」

「俺たちのことはいい!菖蒲はどこだ」


 黒馬たちの傷の具合を案じて、手当てを施そうとした父親に、黒馬が詰め寄った。彼はこんな状況においても、頭の中は菖蒲のことでいっぱいであり、冷静を欠いていた。全く、黒馬らしくない。


「落ち着け。何を成すにも、順序というものがある」

「そんな悠長なこと言ってられねぇ!早くしねぇと菖蒲が………!」

「落ち着けと言っている」


 黒馬大佐の静かな一言に、その場の空気は一気に引き締まった。声を張らずとも、その身から醸し出す圧で、気持ちばかりが焦っている黒馬たちをぴしゃりと黙らせる。流石は大佐、と隣で感心したように息を漏らす黄鳥の横で、黒馬大佐は今一度、息子たちに告げたのだ。


「巫女様を助ける前に、お前たちが潰れたら一体誰が彼女を救うんだ」

「………!」

「まずは傷の手当てをしながら説明しよう。着いて来い」


 そうして、クルリと踵を返す黒馬大佐の背中を、面々は茫然と見つめていた。黒馬大佐の言うことは最もで、誰も反論する者はいない。やがて、石像のように固まっていた黒馬の肩を、ポンと青兎が叩く。


「………行こう、黒馬。菖蒲様を取り戻さないと」

「………そうだな」

「僕のこの顔を殴った奴………殺す………」


 白鹿だけ、自分を殴った人たちの顔を1人1人思い出しながら恨みを募らせていたが、彼らは何とか、痛む体を引きずって、黒馬大佐の後に続いたのだった。
















「ここは神奈川県の小さな田舎町だ。赤熊大佐が仕切る、横浜駐屯地のすぐ近くだ」

「横浜………。随分と遠くまで連れて来られたもんだな」


 ツン、と鼻を衝く消毒液の匂いに包まれて、黒馬たちはみんな並んで手当てを受けていた。医療班の女性たちが、どこか頬を染めながら、どぎまぎと彼らの体に手当てを施していく。そんな中で、黄鳥曹長は、黒馬大佐の隣に立ちながら、状況の説明をしていた。菖蒲を連れ去られて、赤熊大佐たちともひと悶着あった後、黒馬たちは場所も告げられぬまま、目隠しと拘束をされて厳重に神奈川県まで運ばれた為、自分たちが今どこにいるのかすら、把握していなかったのだ。


「お前たちは、横浜駐屯地から少し離れたここへ。巫女様は恐らく、赤熊大佐がいる横浜駐屯地へ連れて行かれた」

「赤熊が直々に監視してるって訳か」


 大方手当てが終わり、脱いでいた軍服を着直しながら、黒馬が確認するように呟く。向かう先は、赤熊本人がいる、横浜駐屯地。目的は、そこに囚われているであろう、菖蒲の救助。やるべき事は理解した。


「けど、俺たちだけで駐屯地に乗り込むのは現実的じゃないよ。向こうは何百の部下がいる。菖蒲様の監視も厳重だと思うよ」


 青兎の意見はその通りで、白昼堂々、馬鹿真面目に真正面から乗り込んだ所で、圧倒的な人数の差に何も出来ず、牢獄に後戻りするのは目に見えている。何か方法を考えなければならないだろう。考えあぐねる黒馬たちに、黄鳥曹長がどこか悪戯げな笑みを浮かべた。


「お前ら、この方を誰だと思ってんだ。天下の黒馬大佐だぞ」


 それは、黒馬大佐が何か方法を知っている、とでも言いたげな、意味深な言葉。みんなの視線が一斉に黒馬大佐に注がれる。


 菖蒲の救助が一筋縄ではいかないことなど、黒馬大佐もここに来る道中でとっくに分かっていた。ただ列車に揺られてボンヤリとここまでやって来た訳ではないのだ。


「………今回の巫女連れ去りの件。いや………、そもそも事の発端となった、巫女の預言が外れたという事実は、私の耳には全く入っていなかった。知った時には既に、お前たちが赤熊に連れ去られていた」

「そんな………。世継ぎの儀式や巫女の管理は、黒馬大佐の管轄だった筈では………」

「そうだ。どうやら私は、相当上の連中に嫌われていると見える」


 フ、と自嘲気味に笑う大佐。しかしその笑みには、どこか怒りのようなものも感じ取れて、黒馬たちはみな、グッと息を呑んだ。


「私の大事な部下たちへの暴力行為。巫女様への無礼な働き。罪なき民間人をも巻き込んだ騒動………。決して看過できるものではない」

「黒馬大佐…………」

「私は上層部に掛け合い、赤熊を軍法会議に引き摺り出す」


 軍帽の奥で光る黒馬大佐の眼差しは、本気だった。正義と、大切な部下を守るという信念が、そこから確かに感じ取れた。


 ………軍法会議。それは、軍内部で、軍人を裁く為に行われる、裁判のようなものだ。只事では済まない。黒馬大佐はそこで、赤熊と戦うつもりなのだ。権力を持つ者に対抗するには、同じ権力を持つ者が戦うしかない。それを黒馬大佐は分かっている。


「軍法会議が決まれば、赤熊は東京の本部に招集されるだろう。私も東京に出向く。黄鳥、お前も着いて来い」

「勿論です。どこまでもお供します」


 黒馬大佐に絶対の忠誠を誓う黄鳥曹長は、言われるがまま、頭を垂れた。そして大佐は、今度は自分の息子と、部下たちを見下ろす。


「軍法会議の間、横浜駐屯地は赤熊不在となる」

「その間に、菖蒲を助けろってことか」

「そういう事だ。とはいえ、当然、留守を預かる部下たちは変わらず何百といるだろう。その先どうするかは………お前たちが考え、行動しろ」

「…………分かった」

「何が起きようとも、責任は私が取る」


 黒馬大佐が自らの立場を賭けて作ってくれる機会だ。赤熊がいない間に、必ず菖蒲を救い出す。失敗すれば、自分たちも、そして黒馬大佐も立場を失い、菖蒲を救い出せる者はいなくなるだろう。絶対に成し遂げなければならない。


 黒馬、白鹿、紫狐、青兎の間に言葉は少ないけれど、みな思う事は同じ。考えていることは一緒。其々が軍帽を被り直し、革手袋を嵌め直す。


「………親父」


 各自がそれぞれ準備を進めていく中で、黒馬はそう、静かに父親を呼び止めた。ゆっくりと振り返る大佐は、己の息子を真っ直ぐ見つめ返す。


「………ありがとう」

「……………」


 息子から告げられた、素直な感謝の言葉に、大佐は内心驚いていたが、決して表情は崩さぬまま、


「………礼を言うのはまだ早い。事が終わったら、お前たちには全員反省文を提出して貰うぞ」

「へーへー」


 ヒラヒラと片手を上げて軽い返事を残し、仲間たちの元へ歩いていく息子を見て、大佐はその背中がどこか大きく、成長しているように思えた。小さく綻んだその父親の表情を、黄鳥曹長だけが静かに見つめ、微笑んでいた。

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