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4-10 食えない二人

 「ーーでも、龍神を解放するにしても、そもそも龍神が何処に封印されているのかも分からないんじゃ、打つ手が無いな……」


 思案する月灯に、アージェントが言う。


 「場所だけでは駄目ですよ。最初に神を封印した時の術式がどんなものかも知っておく必要があります。神封じの式を破るのですから、下手なことをしてはどうなるか分かりませんしねぇ……」


 その言葉に御影と朝陽も考えを巡らせる。


 「そうなると、やはり王家に伝わる建国神話でしょうか……」


 「まぁ、そうだろうな……」


 そんな中、ふいに間抜けな音が室内に響いた。朝陽の腹の虫である。


 「あー、悪い……」


 「ーー全く、兄上は……。緊張感が無いんだから」


 「まぁ、そう言うなって。実は朝からろくに食ってないんだ。何か食べ物貰える?」


 兄弟の軽口で、室内に満ちていた緊迫感の様なものが幾分和らいだ。


 「ーーそうですね、そろそろ昼餉と致しましょうか。御影、手伝いを頼めますか」


 「はい、松江様」


 「僕も一度、斎宮曹司に顔を出すよ。急ぎの書状が届いていたらまずいし……。兄上とアージェント殿は暫く待っていて下さい」


 そう言うと、三人は立ち上がり部屋を出て行った。






*****


 斎宮の居室に残された男二人ーー即ち、朝陽とアージェント。


 笑みを浮かべる二人だが、二人の間には流れる空気は何処か張り詰めていた。


 そんな中、先に口を開いたのは朝陽の方だった。


 「ーーそれで? アンタは誰だ? うちの可愛い弟と、その可愛い嫁さん候補に近付いて、何を考えてる?」


 「嫌だなぁ。そんな人聞きの悪い事を仰らないで下さいよ、朝陽殿下。私は只の考古学者。偶然月灯殿下に命を救われたご縁で、これまで良くして頂いているまでです」


 笑みを深めるアージェントに、対する朝陽もまた笑みを深める。


 「ーーへぇ。あんた、その割にはさっき俺がした話にも全く動じない所か、さも当然みたいな顔してたけど?」


 「申しました通り、私は旅の考古学者ですから。各国を回り、各地でその伝承を調べているのです。


 先程、朝陽殿下がお話されたのは西の果ての、今はもう存在しないエギュン王国のお話ですね」


 「ーー考古学者ねぇ。まぁ、そういう事にしておいても良いが……」


 そう言った朝陽の瞳は、しかし何かを探る様に細められる。


 「ーーしかし、あんた……そもそも人間か?」


 「たはは。嫌ですねぇ、藪から棒に。朝陽殿下には私が人間以外の何かに見えるのですか?」


 「ーーまぁ、その彫りの深い顔はアシハラじゃ中々お目にかかれないが、見た目は人間だわな」


 「おや、では目には見えない部分で何か私に気に掛かる部分でも?」


 「さぁ、どうかな」


 無遠慮な朝陽の視線に、アージェントは眼鏡の奥の瞳を愉しげに光らせる。


 「ーーおやおや。何やら内側を見透かされる様で怖いですねぇ……。


 しかし、朝陽殿下……殿下がその様に思われるという事は逆に殿下には人ならざる知人でもいらっしゃるのでしょうか?」


 「……」


 「おやおや、ここでだんまりですか。では仕方がない。少し話題を変えましょう。


 そうですね、先程の会話ですが……私からしますと、月灯殿下が当代の皇との会話から得た情報を朝陽殿下は既にご存知だったのではないかと感じたのですが、これについてはいかがですか?」


 「ーー何でそう思った?」


 朝陽の目が細められる。


 「考古学者の勘です」


 「たはは」と頬を掻くアージェント。


 一方の朝陽はそんなアージェントに何処か意地の悪い笑みを浮かべる。


 そして次の瞬間ーー朝陽は袖口に隠し持っていた小刀を閃かせ、一瞬でアージェントとの間合いを詰めた。


 朝陽はアージェントの首元に刃を突き付けーー舌打ちした。


 「ーー全く、涼しい顔しやがって。これでも目の色一つ変えないとか、あんたどういう神経してるんだよ……」


 「嫌ですねぇ。これでもかなり驚いてますよ。取り敢えず、その物騒な物を早く納めて頂きたいですねぇ」


 アージェントの言葉に渋々小刀を納めようとした朝陽だったが、次の瞬間には目にも止まらぬ早さで蹴りを繰り出していた。


 「ーーっ!!」


 これには流石のアージェントも驚いたのか、表情に若干の焦りを滲ませ後方に跳ぶ。


 部屋には勢い余ったアージェントが壁に身体を打ち付ける音が響いた。


 朝陽の一撃を受ける前に躱す事に成功したアージェントだったが、その白い頬には一筋の冷や汗が伝っている。


 アージェントは冷や汗を拭うと、彼には珍しく随分と疲れた様に、ずり落ちた眼鏡を掛け直した。


 「いやはや……。殿下、些かやんちゃが過ぎるのでは?」


 「ははっ。あんた、とんでもないな」


 疲れた様子のアージェントとは対照的に朝陽は何処か楽しげである。興が乗って来たらしい。


 「ーーまぁ、ふざけるのは此処までにしておくよ。あんたが只者じゃ無いのは分かったが、それ以上は今はどうしようも無さそうだしな……」


 「それは助かりますねぇ」


 「全く食えない奴だね、あんた……。でも、そうだな……。一つ聞かせてくれ。あんたは俺や月灯の味方か?」


 それまでとはうって変わって真剣な調子で朝陽が言う。


 「ふむ……味方、ですか。少なくとも月灯殿下と御影さんの味方であることは確かです。


 朝陽殿下の味方かどうかは、殿下が何やら隠されている秘め事次第といったところでしょうかねぇ」


 「ーーあんた、ほんとにとんでもないな」


 「お褒めに預かり光栄です」


 此処でアージェントは少々意地の悪い笑みを浮かべる。


 「ーー実のところ、初めて殿下にお会いした時から気に掛かっていたのですが、殿下に纏わり付いているその(もや)……何か関係があるのでしょうかねぇ?」


 アージェントの言葉に朝陽はいよいよ目を見張った。


 「ーーあんた、分かるのか?」


 「えぇ、まぁ……何となくですが。何やら行動制限までされている様子……随分と面倒な事になっていらっしゃいますねぇ」


 「……」


 「その靄、私が落として差し上げましょうか?」


 「ーー出来るのか?」


 「えぇ、おそらく。それに、その靄を外さない事には先程の私の問いに答えて頂く事も出来ない様ですし、ねぇ……」


 アージェントの言葉に朝陽の金色の瞳が揺らめいた。


 「ーー頼む」






*****


 「兄上、急にどうしたのさ……」


 御影に松江、月灯が部屋に戻ってすぐの事。


 三人がそれぞれ困惑の表情を浮かべる中、部屋の隅で壁に背を預けるアージェントだけが涼しげな顔を崩さない。


 先程まで空腹を訴えていたのは他の誰でもない朝陽の筈なのに、当の朝陽はそれどころでは無いと言わんばかりの表情で、室内の面々に向き直っていた。


 「ーー皆に話さなければいけない事がある」


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