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4-8 月灯の帰還 通じ合う想い

 御影は今日も、幸路に補佐をされながら斎宮曹司にて大量の執務をこなしていた。


 幸路から説明を受けた書状に黙々と押印作業をしていく御影に、ふいに声が掛けられた。


 勿論、幸路である。


 「ーー御影殿」


 「どうかされましたか、東海林様?」


 「これをお渡しする様に言付かっていたのを失念しておりました」


 そう言って幸路が御影に差し出して来たのは一通の手紙だった。


 「泰菜殿からですよ」


 「えっ、泰菜から?」


 「えぇ。此方に来る途中の渡殿で偶然会いましてね。その際に貴女に渡す様頼まれたのです」


 泰菜は御影の同僚である上位巫女であり、御影や幸路と同じく斎宮の正体を知る一人でもある。


 幸路の許しを得て御影が手紙の内容を確認すると、そこには斎宮の身代わりとして慣れない日々を送る御影を案じる言葉が綴られていた。


 「泰菜殿も貴女を心配していましたよ」


 「泰菜……」


 手紙の最後には斎宮ーー月灯が戻ってきたらまた以前の様に馬鹿話をしながらお茶を飲もうとも書かれている。


 御影は読み終えた手紙を畳むと大切そうに胸に抱えた。


 (うん、泰菜……。私も泰菜と話したい事が沢山あるわ……)


 そんな中、そろそろと障子戸が開く。やがて顔を覗かせた小柄な姿に、御影は目を見開いた。


 それは紛れもなく御影が会いたくて会いたくて仕方が無かった人物だった。


 「ーー月灯様……っ!!」


 「ただいま、御影」


 月灯もまた御影の姿を認めて相好を崩した。


 月灯の後ろには白黒の長髪の彫りの深い男の姿もあった。


 「ーー月灯様、アージェント様。お帰りなさいませ。御無事で何よりでございました」


 涙ぐむ御影の横では、アージェントに対して散々不満を漏らしていた幸路もこの時ばかりは少し目を潤ませていた。


 斎宮の帰還であった。





*****


 長旅で疲れたろうという事で、月灯は自身の寝所に戻り、アージェントも秘密裏に母屋に室が用意された。


 時刻は夜。松江が気を利かせてくれたのか、寝所の周囲には人の気配は無い。


 縁側に出てみると、中点には丸い月が輝いている。今、月灯と御影は揃って縁側に腰掛け空を見上げていた。


 「ーー月が綺麗だね、御影」


 「そうですね。でも、私の隣にいらっしゃるお月様の方がずっと綺麗です」


 想定外の返しに、月灯は思わず手にしていた茶碗を落としそうになった。


 「み、御影も言うようになったね……」


 「月灯様の影響かもしれません」


 楽しげに言う御影に、月灯は微かに眉をひそめた。


 (ーー僕はそんなに歯の浮く様な台詞言った覚え無いけど……)


 自覚が無いのは当人だけである。


 「ーー王都で叔父上にお会い出来たよ。詳しい話は明日、松江やアージェント殿もいる時に話すけどね」


 「はい」


 「ーー王都で南雲殿に会ったよ」


 思いがけない名に御影は目を見張った。


 「四乃の、橘の若君ですか?」


 「うん。王都に着いたは良いものの、僕もアージェント殿も衛士に怪しまれてね。大内裏に入れて貰えなかったんだ。


 そこを偶然通り掛かった南雲殿に助けて貰ったんだよ」


 「凄い人だよ。歯に衣着せぬ物言いというか……」と思い返しているのかしみじみと言う月灯に、御影は目を白黒させる。


 (ーー南雲様、月灯様相手でも普段と変わらない物言いをされたのね……。らしいといえば、らしいけれど……)


 南雲の対応を心配する御影だが、月灯の方は南雲の言動などまるで気にしていない。


 「叔父上との面会が叶ったのも南雲殿のお陰なんだ。


 でも、その面会が想像以上に(こた)えてね……。情けないけど、叔父上が立ち去った後もその場から動けなくなってしまったんだ」


 「え!?」


 当代の皇といったいどんな話をしたのか。月灯がどんな辛い目に遭わされたのかと御影は青くなる。


 「ーーでも、南雲殿が喝を入れてくれてね。そのお陰で立ち上がれたんだ。その後に御影の事も話したよ」


 「わ、私ですか?」


 「うん。あのさ、御影……僕も今回の旅の中で色々考えたんだ。


 僕のわがままで御影を何時までもこの斎宮殿に縛り付けているのは間違ってる。解放してあげるべきだって、ね……」


 「つ、月灯様……」


 月灯は何を言おうとしているのか。御影は突如感じた嫌な予感に心臓が早鐘を打つのを感じた。


 そんな御影をよそに月灯は空の月を見上げた。


 「ーーでもね。僕は欲深だからやっぱり御影を手放せない。


 ねぇ、御影。今の僕は悔しいけど、南雲殿に勝ってる所なんて何一つ無い。御影からしたら年下で、弟みたいなものかもしれない。おまけに斎宮なんて位に就いていて、何時でも御影を一番には考えてあげられないかも。


 それでも、僕はやっぱり君が好きだから、何時か必ず君を惚れさせてみせる」


 それは少年の宣誓だった。


 言い切った月灯は今まで見た事もない様な清々しく、それでいて穏やかな表情をしていた。


 呆気に取られたのは御影だった。しかし、一拍の後我に返る。


 御影も月灯に言うべき事がある。ずっと見ない振りをしてきた、しかし気付いてしまえば、すとんと心に嵌まる自分のありのままの気持ち。


 「その必要はありませんよ」


 「え?」


 「もうとっくに月灯様に惚れていますから」


 御影の言葉に月灯の顔がみるみるうちに赤くなる。間違いなく、今までで一番赤い。


 そんな月灯を見て御影は吹き出した。




 静かな夜。満月が照らす中、縁側で二つの影が重なった。





*****


 深夜。多くの人が寝静まる時刻。


 その日も月灯の心は怨嗟に満ちた存在によって支配され、この世の全ての苦痛とも呼べそうなそれを与えられていた。


 月灯は痛みと苦しみに悶えながらも、自身にそれらをぶつけてくる強大なーーそして、怨嗟と共に大いなる悲しみをも内包する存在に意識を向ける。


 以前はただこの苦しみが終わる事を願うだけで精一杯だった。


 今も与えられる苦痛は何一つ変わらない。


 それでも、今の月灯には目を覚ました時に側にいてくれる御影がいる。御影だけではない。松江や兄、アージェントや南雲も皆月灯を支えてくれる。


 月灯は大切な彼らへの想いを胸に、大いなる存在へと向き合った。

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