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2-16 東海林幸路。敵か、味方か

 「どういう事か説明して頂けますか」


 整った顔に渋面を浮かべるのは国司、東海林幸路である。


 一方でそれに対峙する御影と泰菜の顔は、完全に悪事のばれた者のそれである。


 幸路からすれば、郡司達の領域である東の対屋に勝手に立入を禁止する札が立てられ、その狼藉の張本人である泰菜を咎めていた所に突如として御影が現れたのだ。怪しさしか無い。


 当然、御影も泰菜もそれを理解している。


 (不味いところを見られてしまった……)


 眼前の幸路からは険しい眼差しが向けられている。


 (正直に全て話す訳にはいかないわよね……)


 国司である幸路は王都から斎宮の補佐等の為に派遣されて来ているという話だが、彼がどの立場なのか不明だった。


 (万が一に東海林殿が加倉井派だったとしたら……)


 御影は星乃に無理を言って散々違反行為もしてきてしまっている状況である。此処を突かれれば、星乃の立場はかなり危うくなる筈だ。


 散々泰菜からも指摘された事だが、御影は自分の浅はかさに泣きたくなった。


 そんな御影の内心に気付いたのか、泰菜が一歩前へ出る。


 「ーー私とこの御影は松江様の命で斎宮殿下を狙う不届き者を探っていた所です」


 「松江殿の……?」


 「はい、そうです」


 眼付ける勢いの泰菜に、御影の方が冷や冷やしてしまう。


 しかし、幸路の方は特に気にする様子もない。


 「ーー今日はこの奥では加倉井派の茶会が催されている筈ですが……」


 「そう、ですね……」


 「ーー先程、急に御影殿が現れた様に見えましたが……あれは?」


 「それは……」


 泰菜が視線で御影に訴えて来る。


 「ーーあれは私の忍術です。そう長くは持ちませんが、姿を隠して行動する事が出来るのです」


 「忍術……? 神通力の一種ですか?」


 「はい、その様なものです」


 神通力とは人の身に宿る神秘の力である。


 ことアシハラにおいては怪異への対抗手段として特に有効な力であり、持たざる者が数人掛かりで漸く祓える怪異を、神通力の持ち主ならば一人でも相手が出来る。


 御影の忍術も又、この神通力を術として昇華したものであり、四乃の里に受け継がれる相伝の技だ。


 怪異が溢れるアシハラにおいては誰もが求める力であるが、神通力は先天的なものであり、持つ者はほんの一握り。稀有な力であった。


 「ーー神通力でその様な事まで出来るとは、便利な物だ……」


 感心した様に言う幸路だが、直ぐにその銀灰色の瞳は鋭く細められる。


 「ーーしかし、貴方の行い自体は決して褒められたものではありませんね。


 斎宮殿下が貴方を気に入って側に置いておかれるというのもそういった事情があるのなら理解は出来ますが、やはり納得はし難い。


 そも、松江殿の許しを得ているからといって勝手をされるのは困ります。貴女のその浅慮な行動が松江殿だけではなく、斎宮殿下御本人の立場を貶める事にもなり得るのですから」


 矢継ぎ早な幸路の言葉には隠しきれない熱が籠っていた。


 (ーーこの人)


 御影に向けられるその瞳には敵意にも似た色が籠められている。


 御影には、何となくその意味が分かった。


 (ーー心の底から星乃様を想って下さっているんだわ……)


 この人は味方だ。間違いない。そう思った御影だったが、隣に立つ泰菜はそうは思わなかったらしい。


 「ーーちょっとあんたねぇっ!! 黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるじゃないの……っ!!」


 「ちょ、泰菜……っ。私は良いからっ」


 吠える泰菜を慌てて御影が静止しようとするが、泰菜は止まらない。それどころか幸路との距離を詰めると、きつく睨み付ける。


 「ーーこの御影は確かに考えなしで暴走しがちな所もある困った子だけど、斎宮殿下や小百合の事を心の底から心配してんのよ……っ!!」


 「また感情論ですか? とても斎宮殿の巫女とは思えない言葉遣いですね。聞くに耐えません」


 「何ですって、この糞郡司……っ!! あんたには血も涙も無い訳……!?」


 「正確には郡司ではなく国司です」


 目の前で舌戦を繰り広げる二人。完全に蚊帳の外になりつつある御影はそんな二人を止めようと二人の間に割って入った。


 「ふ、二人とも落ち着いて……っ」


 「はぁっ!? 止めるんじゃないわよ、御影……っ」


 「泰菜、こんな所で騒ぎを起こしたら不味いでしょう……っ。熱くなり過ぎよ……っ」


 御影の言葉が効いたのか、泰菜が引き下がる。


 「ーー分かったわよ。全く、私も御影の事ばっか言ってらんないわね……」


 ぼやく泰菜に内心でほっと胸を撫で下ろし、続いて御影は幸路に向き直る。


 「ーー東海林殿。私の行動が軽はずみであった事については、返す言葉もございません。斎宮殿下にも影響が及ぶ事、もっと考えて然るべきでした」


 「……」


 深々と頭を下げる御影を、幸路は黙って見詰める。


 「ーーですが、お願い致します。どうか今は見逃しては頂けませんか」


 「貴女は……いったい何を知っていると言うのですか」


 幸路の問い掛けに、御影は顔を上げた。


 「ーーこの斎宮殿に闇が潜んでいます。放っておけば、いずれは九陰全土に影を落とす事になるかもしれません……」


 真剣な面持ちで言い切った御影に、幸路は天井を仰ぎ、次いで深く溜め息をついた。


 「貴女方の知る内容を全て、洗いざらい話して下さい」






*****


 「ーー瘴気を纏った香に、謎の男ですか……。更に御影殿の見立てでは加倉井殿が件の香を派閥の人間に分け与えていると……」


 御影の話を一通り聞き終えた幸路が眉間に皺を寄せて唸った。


 信じがたい部分も大いにある内容な上に、座敷牢に斎宮の許可を得たとは言え秘密裏に面会に行ったと聞いた際にはその額に青筋を浮かべていた幸路だが、先程の御影の隠形術等も見た事から情報は真実だと判断した様だ。


 「遠野小百合の部屋から件の香は証拠品として押収した方が良さそうですね……。


 しかし、茶会で郡司は伽羅と言っていたのですね?」


 「はい、確かにそう言っていました」


 「伽羅は非常に高価な香木です。入手経路が外部の商人というのも妥当でしょう……。しかし、それを派閥の人間にまでとなると、かなりの額になる筈……」


 そこで幸路は視線を床に落とした。何か考えている様だ。


 「九陰の金鉱で金の横領疑惑があるのをご存じですか?」


 幸路の言葉に、御影はハッとなる。以前星乃から聞いた話だ。


 「私は初耳だわ。御影は?」


 「以前、斎宮殿下から少しだけ」


 二人の反応に、幸路は頷く。


 「高額な香を得るための資金源として金を横領する……動機としては有り得る話ですね。


 正直な所、疑いの余地自体は以前からあったのです。金の納品作業には加倉井派の郡司も少なくない人数が携わっている……。しかし、加倉井殿程の有力者……。探りを入れるのも容易ではない。


 斎宮殿下は難しいお立場ですし、私も所詮は一陽から派遣されているだけのよそ者ですからね」


 自嘲混じりにそう言った後、幸路は御影を見る。


 「ーーですので、素直に称賛する事は出来ませんが御影殿の情報は大変貴重です。


 私も今日茶会があるという情報までは掴めましたが、御影殿の様に潜入する訳にもいきませんし、正規の方法で参加したとしても今回の様な話は聞けなかったでしょう」


 泰菜が「お手柄だってさ、御影」と御影の肩を小突き、次いで二人に問い掛ける。


 「加倉井殿は来客だか何だかで茶会を欠席だったんでしょ? その来客って誰な訳? もしかして、例の香の商人だったりしない?」


 「その可能性も有り得ますね」


 「今も加倉井殿の所にいるかもしれないんですね……。


 ーー忍び込みますか?」


 「馬鹿な事を言わないで下さい」


 大胆過ぎる御影の提案に、幸路が渋面を浮かべる。


 「来客を迎えると言うのなら斎宮殿ではなく、喜瀬にある加倉井殿の屋敷でしょう。そんな場所に忍び込んで万が一見付かる様な事があれば目も当てられませんよ」


 「そ、そうですね……。軽率でした」


 「勘弁してくれ」と言わんばかりの幸路に、御影が頭を下げた。


 「ーー先ずは情報を整理し、斎宮殿下や松江殿も交えて今後の方針を決めるのです。


 お二人も、一度戻られるように。宜しいですね?」

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