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第67話 そうか、そういうことか


サーナが消えた空間を眺めながらジャスは複雑な表情で息を吐いた。

胸元を赤く染めていた血も、気が付けば彼女と同様に幻のように消え去っていた。

取り残されたのは殺し合いをしていた人間と魔人の二人。

そこに場違いなただの町娘の姿は見当たらない。


「フ・・・フフ。そうか、そういうことか。やるなぁサーナちゃん」


今になって考えてみるとジャスは確かに違和感を覚えたことが何度かあった。

特に記憶に新しいのは昨日のやり取りだ。

ジャスは細かく当時の事を思い返す。


(あれは薬草の仕分けを手伝ってくれてた時だったか)


いつもなら慣れた手付きで次々に薬草を仕分けていく彼女が、昨日に限っては動きが辿々しく、ゆっくりと作業を行っていた。

それに対して疑問を覚えたが、翌日、つまり今日予定されていた魔人のアジト殲滅に参加するリオンやチェルロッテ達のことが心配だから心ここにあらずなのだろうと、勝手に納得していた。

実際にその後に皆の身を案じる発言をサーナは口にした。

それはジャスを騙すためではなく、本心からの言葉だったのだろう。

結果的にそれで小さな疑問などキレイに霧散してしまった。


(あ、その前に!)


そこでフっとジャスは思い出した。

薬草の仕分けをする前にした不可解な会話を。

その時は流してしまったが、明らかにサーナの言葉はおかしかった。

仕分けの手伝いを申し出てくれた彼女に悪いからと断ろうとした時にした会話。



『いいよサーナちゃん。折角の休みなんだから』


『それを言ったら店長もお休みですよ』


『まぁそれはそうなんだけど、依頼を受けたのは俺だしね』


『良いから良いから!それにちょうど良い練習ですし』


『え?練習?』


『こっちの話でーす』



練習。

確かにサーナはジャスに対して練習と口にしていた。

多少の違和感があったとしても、聞き流してしまうのも無理はないだろう。


(しかし、たった10日ほどでここまで自然に分身を操れるようになるとは。魔力さえあったら良い魔法使いになれたかもしれないな)


サーナが今日のことを知ったのは10日前。

それ以前から双子の指輪による分身体の制御を練習していたとしても、本格的にそれを行いだしたのはその頃だろう。

その短期間の練習で魔人であるヴァルディマやいつも一緒に居るジャスまでも完全に騙してみせた。

勿論、双子の指輪による超高性能な分身体のおかげではあるが、簡単に出来ることではない。

それよりも、彼女はこの事態を想定して練習していたのだろうか。

恐らく、それは違うだろう。

何か出来ることがないかと、万に一つでも足を引っ張ることがないようにと。

練習を始めた動機はそんなところだろうが、それが見事にはまった。


ジャスは現在の状況も忘れて素直に感心していた。


「これは、ワタシが、<策略>と呼ばれるこのワタシが手玉に取られたということか」


半ば呆然とした表情でヴァルディマが虚空を見つめて呟く。

その視線は先程まで居た少女の姿を追っているようにジャスには見えた。


「そういうことだな。お前が苦労して結界内から攫ってきた女の子は文字通り幻だったということだ」


自分のことを棚に上げてジャスは挑発的に笑う。

ヴァルディマはそんなジャスに視線を向けずに何事かを呟き続ける。


「存在感は完全に人間の娘だった。あれで分身とは興味深い。ということはワタシの睡眠魔法は分身体にも効くのか?いや、違うな。あれは分身が高性能過ぎて本体と意識が密接に繋がりすぎていたために本体ごと意識を失ったと考えるべきか。では最後の致命傷は?ただの人間がソレに耐えてワタシに攻撃してきたというのか?・・・信じられん」


心ここにあらずで分析を始めたヴァルディマであったが、ジャスが地面に落ちていた短刀を手に取り、背後から飛びかかろうと姿勢を低くしたタイミングで顔を上げた。


「ちっ」


「ちっ、じゃあないよジャス君。油断も隙もあったものじゃあないね。しかしやられた。完全にしてやられたよ」


掌を上に向けやれやれと首を振る。

その気取った仕草もヴァルディマがやるとサマになっていた。


「魔人の貴族様が、しかも<策略>様が、普通の人間の女の子に騙されるなんてな。その二つ名は二度と名乗れ無いんじゃないか?」


「フフフッ、確かにその通りかもしれないね。しかしジャス君?得意気にしているが君はもう少しで分身を連れて転移するところだったことを忘れてはイケナイよ?」


「ぐっ・・・」


痛いところを突かれたジャスは悔しげに顔を歪める。

確かにヴァルディマの言うとおりで、胸を貫かれたサーナを連れて大神官キリトの所に彼は転移をしかけていた。

もし、今の魔力が枯渇仕掛けているジャスが転移魔法などを使ってしまえば、魔力が底をついてしまい高確率で死に至っていただろう。

そうなってしまえば犬死どころの騒ぎではない。

全く無駄な転移でジャスは命を落とし、そして約束を違えたことにより王都はヴァルディマの手によって滅ぼされてしまっていた。

そのことに気付かされジャスは言葉を飲み込むことしか出来なかった。


「勝者がこの場に居ない以上、敗者であるワタシ達が何を言い合っても虚しいということだよ」


「それには完全に同意せざるを得ないな」


ヴァルディマが自らのことを敗者と表現したことに驚きながらもジャスは頷いた。

この場で何を言い合ってもそれは所詮負け犬の遠吠えにしかならない。

満身創痍で命さえ風前の灯となった二人がそんな無駄な行為に及ぶはずがなかった。


「では、大きく予定が狂ってしまったがそろそろ決着といこうじゃあないか」


一つ区切りをして、虚空から漆黒の槍を取り出してヴァルディマは姿勢を低くする。

それに対してジャスも一本の短刀を右手に持ち臨戦態勢を取った。

もう一本は未だに魔人の胸に刺さったままだ。


「興が削がれただろ?本日のところはお帰りいただいても良いんだぞ?」


ジリっとお互いに半歩踏み出す。


「さっきも言ったじゃあないか。それは無理だ」


槍と短刀。

隻腕と腹部貫通。

満身創痍と満身創痍。


「残念。帰ってくれたら後は勇者に任せて楽が出来たのに」


この状況で二人は。


「楽ばかり考えちゃイケナイよ。まだまだ若いのに」


笑った。



「はああああああああ!!」


「おおおおおおおおお!!」



二人の咆哮と衝撃音が廃墟と化した北大通りに響き渡った。

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