第68話 お見事
「はぁ・・・!はぁ・・・!っ・・・!?・・・はぁ・・・」
サーナは胸を押さえながら勢いよく上半身を起こす。
胸に当てられた右手からは早鐘のように存在を主張する心臓の鼓動を感じられた。
胸に穴が開いていないことに安堵してサーナは周囲を見回す。
そこはこじんまりとしながらも、自分のためだけに割り当てられた見慣れた自室であり、決して命のやり取りをするような場所ではなかった。
極度の緊張感から解放されたからか、死ぬような、いや死ぬ痛みを先程受けたからなのか、恐らくその両方か。
サーナはベッドの上で上半身を起こしたまま放心していた。
するとその気配を察したのか部屋のドアがそっと開くと一人の女性が部屋を覗き込み、放心するサーナと目が合う。
すると女性はダムが決壊したかと思うような涙を流しながらサーナへと駆け寄っていった。
「サ、サーナ!あぁ・・・良かった!」
「・・・お、お母、さん?」
何やら母親が泣いている。
今のサーナはたったそれだけを理解するのにもしばらく時間がかかった。
そしてどうやらそれが自分のせいだということに考えが至るまでには更に時間が必要だった。
「サーナ!貴女ね、昨日から死んだように眠っていたのよ!呼んでも全然起きなくて、朝になってもやっぱり起きなくて!どうしようどうしようと思ってたら外で爆発が起きて!魔人が来たとかなんとか!ここも危ないみたいだけど置いていけないから!ああもう!良かった!サーナぁ!」
いつもは明るくて弱音を吐かない母親が自分の胸で子供のように泣いていた。
胸からまた大出血しないか少々肝を冷やしながら母の言葉に耳を傾ける。
泣きながら母親が言うには、昨日の夕方にベッドの上で眠るサーナを見たとのこと。
夕方から寝るなんてことはほとんどないサーナがぐっすり眠っているということはよっぽど疲れているのだと思い、そっとしておこうと家族で決めたらしい。
しかし、夜になっても明け方になっても起きてこない娘に両親の不安が爆発。
夜が明けて医者に診てもらおうと思った矢先に魔人が攻めてきた、ということらしい。
北東区にあるサーナの家は、ヴァルディマが攻めてきた北門から近からず遠からずの距離にあり、先程も夫婦で避難するかどうするかを言い合っていたところだったそうだ。
「ごめんね、なんか疲れてたみたい。・・・ソルノも心配してくれてありがとうね」
扉から顔を覗かせていた弟のソルノがその言葉に反応してサッと逃げた。
だが、ぴょんと跳ねた毛が扉の隙間から見えており、まだその場に居るのはバレバレだった。
「さぁ!サーナも目が覚めたんだし早く避難するわよ!お父さんが下でいつでも出られるように準備してくれてるはずだから!」
「あ、待って」
母が目元の涙を拭って部屋を出ていこうとするのを呼び止める。
振り返る不安げな顔をした母親にサーナは満面の笑みで言葉を続けた。
「何処にも逃げなくて大丈夫だよ。多分、ううん、絶対!」
◇ ◇ ◇
ギィィン!
耳障りな金属音がまた響く。
既に幾度目となるかわからない衝突。
交わった刃と穂先から火花が飛び散り、そしてそれが消える頃にはまた二人の間に距離が開いた。
はぁ・・・はぁ・・・
・・・ぜぃ・・・ぜぃ
二種類の荒い呼吸がしんと静まり返る大通りに広がり消えていく。
その二人は満身創痍ながら頭の中では次にどう動くかを決めていた。
「はぁ!!」
裂帛の気合とともに距離を詰めたジャスから「普通」の斬撃が放たれる。
それを鈍い動きながらも槍で受け、鍔迫り合いのような格好に持ち込むヴァルディマ。
お互いに脳内の動きに体が全然追いついて来ないほどに限界が近付いていた。
「気合を入れた割には軽い攻撃じゃあないか、ジャス君?」
「それを止めるのにも必死なお前に言われたくないな」
「ふふ、確かにね」
ヴァルディマは軽く笑うと槍を思い切り押す。
ジャスがその力を利用して後方に跳ぶことで再び両者の間には距離が生まれた。
数秒の沈黙の後、先に口を開いたのはヴァルディマの方だった。
「このままでは埒が明かないね。どうだね?次の邂逅でお互い残った力を使い切るというのは?」
その言葉を受けジャスは大きな溜息を吐いて笑う。
「隙を突こうと思ってたのにバレバレか。良いよ、その誘い乗ってやるよ」
(正直そろそろ出血量的にもかなりマズイしな)
ジャスは意識を穴の開いた腹部に持っていく。
今は先程の回復魔法のおかげで出血量は減ってはいるが、それでも大怪我には違いない。
それに何度も続いた剣戟によって傷は悪化していく一方だった。
だから、行くしか無い。
「覚悟は出来たようだね。・・・来たまえ」
「先手をくれるなんて紳士なんだな」
「知らなかったのかい?ワタシはいつでも紳士だよ」
「それに関してはノーコメントだ」
言葉を返したと同時にジャスは3体に別れ、先程までとは比べ物にならない俊敏な動きでヴァルディマの左右と正面から斬りかかった。
左からは足元を右からは頭部を、そして正面からは中心を狙った動き。
どれか一つでも対処できなければ致命傷は免れない。
そのジャスの刃が届くかと思われたその瞬間、ヴァルディマが動いた。
「はああ!!」
残された右腕から投げつけられた槍が正面のジャスの腹部を貫く。
と、同時にヴァルディマの足元の空間が揺らめき、左右のジャスもそこから飛び出した漆黒の槍によって串刺しとなる。
血しぶきと砕けた分身体の魔力の欠片が舞い散る中、ヴァルディマはそれらを視界にも入れず後方に振り返り、笑みを深めた。
ヴァルディマの後方、いや今は既にヴァルディマの眼前には、驚愕に目を見開いたジャスが薄く虹色に輝く短刀を振り下ろそうとしている姿があった。
「終わりだ!!」
ヴァルディマが叫ぶと同時に彼の周囲の空間が大きく歪み、十本の黒い槍が物凄い速度でジャスを襲った。
1本目、2本目は身を捩って避け、3、4、5本目は短刀で弾く。
6、7本目は体を掠めて、8本目がついにジャスの脚を捉える。
10本目の槍がジャスの胸を貫通したのを見てヴァルディマは勝利の確信ではなく猛烈な違和感を覚えた。
さっき・・・血しぶきが、舞わなかったか?
槍に胸を貫かれたジャスが砕けて魔力の欠片になると同時に手に持っていた虹色の短刀が地面へと落下した。
分身に切り札であるはずの短刀を持たせて囮にする。
そんな狂った感覚を持っているなら「そういう事」も平気でするのだろう。
そう納得したヴァルディマの後方から声が聞こえた。
「神様に勝った技だ。光栄に思えよ」
一閃。
ヴァルディマは視界が回転する中、思い出していた。
そういえば、最初に殺された時もこんな感じだった、と。
膨大な魔力を込めることによって魔人の首を切り落とすまでに鋭利さを増したミスリルナイフを構える人間。
腹部に黒槍が刺さったジャスを視界の端に収めながらヴァルディマは呟いた。
「お見事」
ジャスの長い一日が終わろうとしていた。




