第62話 ぜったいのぜったいだよ
「消される?シェロが?」
甘く考えていた。
禁忌という言葉からしても代償が軽いわけがないのに。
蒼白な顔で様子を窺う子竜を視界に入れながらもジャスにはその姿は見えていなかった。
「次の無の神であるシェロが消される?そんなわけがないだろ。これは、そう、ただの喧嘩だ。お前と俺のツマラナイ喧嘩だ」
そんな筈がないことはジャスもわかっている。
明らかに魔人が人に害をなしており、それに人が対抗するという何処からどう見ても人と魔の争いだ。
シェロのしたことはどのように解釈してもその争いで人の側に立ってしまっている。
ただ、そうじゃないと誰かに言ってほしかった。
「ツマラナイとは酷いじゃあないか。あんなに激しく殺し合ったというのにね」
「そ、そうだ。俺とお前の殺し合いだ。人と魔の争いなんてそんなスケールの大きい問題じゃない!」
「それは違うね。ワタシは君個人を狙ったんじゃない。この街を滅ぼそうとしたら君が居たんだ」
「嘘を、つくなああああ!!!」
「パパまって!?」
シェロの制止の声を無視してジャスはヴァルディマに接近。
傷だらけの腕をふるい攻撃を繰り返す。
今は、早くこの魔人の口を閉ざしたかった。
刃物同士がぶつかる甲高い音が周囲に響き渡る。
「ん〜良い表情をするじゃあないかジャス君。アレの登場は想定外だったが禁忌を犯したトカゲ娘には感謝しないとイケナイね」
「だまれ」
攻撃の度に血しぶきが舞う。
回復しきれていなかった傷口が出鱈目な攻撃で開いてしまった。
しかし、痛みなどジャスは感じない。
それよりも、そんなことよりも目の前で醜く笑う生物の息の根を止める方が先決だった。
「おぉ怖い。何を怒っているんだい?勝手に付きまとわれて父親扱いされて鬱陶しかっただろ?面倒だっただろ?邪魔者が居なくなって万々歳じゃあないか」
「殺すぞ!!」
カッと目を見開くと今までで一番鋭い、しかし一番単調な斬撃をジャスは放った。
ヴァルディマはそれを紙一重で避けるとカウンターでジャスの腹部に長い足を叩き込んだ。
「ぐはっ!?」
「パパっ!?」
血を撒き散らしながら吹き飛ぶジャスをチェロはその小さな体で抱き止めた。
そしてそのままぎゅっとジャスの体を抱きしめると二人の体が淡く光を放った。
「これは?」
暖かな光に包まれ、幾分か冷静になったジャスが問う。
「回復魔法、のつもり。あたしまだちゃんと使えないから・・・」
恥ずかしそうに悔しそうにしながら答える。
言われてみれば多少痛みが引いたような、そんな気がした。
「シェロは知ってたのか?」
何がとは言わない。
言う必要もない。
「・・・うん」
少しためらった後に小さく頷く。
その姿にジャスは大きく息を吐いて呟いた。
「ということはアイツの言ってることは本当なんだな?」
「うん。お母さんが、言ってた。すごく昔に人間を助けて、世界から追い出された神様が居たって」
ぽつりぽつりと消え入るような声で呟く。
その姿は自分のしてしまった悪いことを親に報告する普通の子供のそれだった。
ジャスは状況も忘れて思わず微笑み、小さくなっているその頭を優しく撫でる。
シェロの体がびくりと震えた。
「じゃあ何で俺を助けたんだ?自分がどうなるかわかってて何故?」
ジャスの質問にシェロはバッと顔を上げる。
その瞳からは大粒の雫が流れ落ちた。
「パパが危なかったから。死んじゃうと思ったら、飛び出してた」
「それでお前が消えちゃったら意味がないだろ。馬鹿なやつだな」
「馬鹿じゃないもん!あたしが馬鹿ならパパも馬鹿だよ!なんでパパは逃げないの!?パパなら簡単に逃げられるよね?なのになんで!?・・・・・・あたし知ってるよ。みんなを守りたいからだよね?あたしも一緒だよ!あたしが何もしないせいでパパが死んじゃうのは絶対いや!」
「シェロ・・・」
ポロポロと大粒の涙がシェロのきめ細やかな頬を転がり落ちる。
その様子を見てジャスは自分の言葉を悔いた。
この子はこの子なりに精一杯考えて、考え抜いて父親を助けるために動いた。
もしそれが自身の破滅を意味するものだとしても。
動かずには居られなかった。
はぁぁ・・・とジャスは深い溜息をつくと手で顔を覆った。
不安そうな様子でおずおずとシェロが口を開く。
「パパ、おこった?」
「いや、呆れた」
「うぅ、ごめんなさい」
「全く。誰に似たのやら」
「それはパパだよ!自分が損してもみんなのために働くパパをあたしはこの街に来てから何度も見たもん」
「じゃあ親として俺が責任取らないとイケナイな」
ジャスは顔を覆っていた手をどけると、キョトンと見上げてくるシェロにニッと笑いかける。
「パパ?」
「シェロが今回ルールを破ったのは俺のせいだからな。何とかしてくれるように神様にでも何にでも頭を下げに行くさ」
「でもそんなの無理だよ」
「無理なら一緒に追放されるさ。ここじゃない何処かで一緒に暮らすのも良い」
「!?」
シェロは瞳が零れそうな程大きく目を見開くと、次々に溢れ出す涙を抑えることなく大きく何度も頷いた。
キラキラと輝く水滴が宙に舞った。
その小さな頭をくしゃくしゃと撫でるとジャスは視線を上げた。
下らなそうに、しかし楽しそうにこちらを眺めるヴァルディマに向き合う。
「律儀に待ってくれるとはな。魔人様は思ったよりも紳士らしい」
「何を言っているんだい。ワタシ程紳士な者はそうは居ないと思うんだけどね。パンの一欠片すら買えないようなホームドラマを最後まで見届けてあげたじゃあないか」
「言ってろ」
ジャスが視線を下げると、瞳に溜まった涙を袖でぐしぐしと拭いたシェロと目が合う。
シェロは小さく一つ頷くと、同じく魔人へと視線を向けた。
「一緒に戦おう!力を合わせたらなんとかなるかもしれないよ!」
ぐっと姿勢を低くしていつでも飛びかかれる体勢になる。
魔法により防御力を上げるのも忘れない。
シェロがこの状態になればよっぽどのことがない限り大きなダメージを受けないのは先程までのやり取りで証明されている。
「そう・・・だな」
ジャスも同じく魔力を高めていく。
そう多くは残っていない魔力を右手に纏わせて、そして触れた。
魔人を威嚇する小さな少女の頭に。
「・・・え?パパ?」
シェロが思わず振り向いたその瞬間、その小さな体がぼんやりと光りだす。
不思議そうに自分の体を見回していたシェロだったが、ジャスの表情を見て全てを察した。
自分が転移されるということに。
「ヤダ!ヤダよパパ!!酷いよ!一緒にたたかう!あたしもたたかうよ!!」
「さっきのブレスでお前の魔力はもうほとんど残ってない。俺の転移に抵抗出来ていないのが良い証拠だ。これ以上は命に関わる」
シェロは、産まれたばかりの子竜はドラゴンの住処以外には住めない。
空間に満ちている魔力素が足りないからだ。
まだ体が出来ていない子竜が長時間住処を離れると命を落とす。
初めて竜の巣に行ったときにそう聞いた。
「いやああ!!パパやだああ!!しんじゃいやだあああ!!約束!!いっしょだって約束したのに!!」
既に半透明になりながらもシェロは必死に転移に抵抗する。
強制転移に抵抗するのはそう難しくない。
普段であれば簡単に抵抗できたであろうが、ほぼ魔力が尽きているシェロにそれは不可能な話であった。
そんな泣き叫ぶ幼女にジャスは優しく笑いかけた。
「シェロ、お前勘違いしてるだろ?俺は別にお前だけ逃して死のうなんて考えてないからな?さっさとアイツを倒して、その後に神様連中のところに行って、それでお前の処分を取り消してもらう。それが終わるまで死ぬ気なんてないぞ?」
「でも、パパかてない」
「おいおい、何言ってるんだ。俺はあのローラルダにも勝ったんだぞ?忘れたのか?だからアイツぐらい余裕だって。だから、待ってろ」
真剣な顔で消えかけているシェロと約束する。
なおも何か言いたそうにしていたシェロであったが、一度俯き、顔を上げた時には迷いが晴れた顔をしていた。
少なくとも、その振りは出来ていた。
「わかった。約束。勝ってむかえに来てね。ぜったいのぜったいだよ!」
「任せろ」
その言葉に輝くような笑顔を見せ、
「パパーーーー」
そして消えた。




