第61話 可哀想にね
周囲に静けさが戻ってきた頃、ようやく目を開けることが出来たジャスは辺りを見回して絶句した。
そこには想像していたよりも更に衝撃的な光景が広がっていた。
「ドラゴンブレス・・・これをシェロが・・・?」
光が消えた後、空に撃たれたにも関わらずシェロが居る大通りの石畳は、彼女を中心に塵と化しており、そして何よりも、空を見上げると雲の一部が完全に消滅していた。
ジャスは数ヶ月前に出会ったグレードラゴンにドラゴンブレスを撃たれたが、古代竜シェロのブレスはそれとは全く次元が違っていた。
あの時のように簡単に魔法で防ぐというようなことは出来そうにもなかった。
いや、避ける以外に選択肢はない。
ジャスは冷や汗を流しながら空を見上げる。
「ぴゅい〜」
呆然と立ちすくむジャスのもとに小柄な子竜がフラフラと飛んできた。
シェロは途中で人間の姿に変わると覚束ない足取りで駆け寄りジャスの胸に飛び込むと満面の笑みを下からのぞかせた。
「パパやったよ!」
「あぁ、見てた。とんでもなかったな」
「えっへっへっへ〜」
傷だらけの笑顔で満面の笑みを浮かべる竜の幼女に回復魔法をかけてあげようとジャスが手をかざそうとしたその時。
上空から無数の槍が凄まじい速度で二人に降り注いだ。
それに咄嗟に反応したジャスはシェロを抱えて大きく後方へと飛び退り、地面を転がる。
槍自身の重量が加算されたその攻撃は、恐ろしいほどの貫通力を産み、降り注いだ全ての槍が轟音とともに地下深くへ消えていくという恐ろしい結果に背筋が凍るような感覚に陥る。
地面から伝わる恐ろしい衝撃を感じながら二人は同時に天を仰ぐ。
そこには穴の空いた雲を背にした、闇のように黒一色の人型が浮いており、そしてそれはゆっくりと地面に降り立った。
「今のは危なかった」
黒い人型がくぐもった声でそう言った途端、その黒にビシリとヒビが入った。
またたく間にヒビは次々に全身に広がっていき、ヴァルディマから剥がれ落ちた。
地面に落ちた黒い破片は水が蒸発するような音と共に黒い煙となって消えていく。
「不死身か、お前は」
顔をしかめてそう呟くジャスにヴァルディマは応える。
「残念ながらそうじゃあない。今のはソレが未熟なために何とか対応出来たに過ぎないよ。とか格好をつけたが無視出来ないダメージを負ったのは確かだ」
そこで言葉を切りシェロに視線を移すとサッと小柄な体を身構える。
ヴァルディマはその様子を見て忌々しげに顔を歪めた。
「しかしジャス君との遊びを邪魔するにも限度があるぞ小娘。世界から消される前にワタシ自らが殺してやろう」
ヴァルディマが殺意を二人に、正確に言うとシェロに飛ばす。
しかしそれよりもジャスには先程の魔人の言葉が引っかかった。
「世界から、消される?」
「やぁああ!!」
ジャスの呟きは、裂帛の気合によってかき消された。
シェロは素早くヴァルディマに近付くと魔力のこもった拳を必死に叩きこもうとする。
しかし、拙い攻撃であるそのどれもが簡単に躱される。
ヴァルディマの半分も身長がないシェロの手足は当然それ相応に短く、またその差を覆せるような技術も彼女は持ち合わせていなかった。
まさに児戯のような連撃の合間にヴァルディマは的確に斬撃を合わせていく。
「どうした?そんな攻撃では何年経とうとワタシには届かないぞ」
「うぅ!」
その言葉に悔しそうにしながらもシェロは攻撃の手を緩めない。
攻撃を繰り出す度に、防御魔法の硬度を突破した斬撃により細かな傷が増えていくにも関わらず愚直に敵である魔人に向かって拳を振るい続ける。
「ん?お前、まさか禁忌を犯した神族がどうなるのか、ジャス君に教えていないのか?」
「う、うるさい!!」
声を荒げて放ったシェロの大振りの攻撃はいとも容易く避けられ、すれ違いざまにかけられた足によって小さな体は勢いよく地面に転倒してしまう。
「っ!」
「パパは来ないでっ!」
一歩踏み出したジャスにシェロは悲痛な声で叫ぶ。
初めて聞いたその声に思わずジャスの足が止まる。
その様子にヴァルディマは残虐な笑みを浮かべた。
まるで獲物を前にした獣のような、そんな雰囲気だった。
「そうか、やはりそうか。これは面白い。フハハハ!ときにジャス君。君は神族が禁忌を犯したらどうなるのか知っているかい?」
その声音は先程の笑顔とは打って変わって優しく生徒に語りかける教師のようだった。
「だまって!」
地面に転がりながらシェロは叫ぶ。
「過去にこの世界には八柱の神がいた。ということを知っているかい?」
七神教。
この世界の最大宗教で「七柱」の神を崇める宗教。
「言わないで!しゃべらないで!!」
「過去に人と魔の戦いに手を出した神がいたのだよ。さて、その神はどうなったんだろうね?」
赤い瞳と目が会った。
あんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。
「やあああああ!!!!」
「消されたんだよ。この世界から」
消されたんだよ。この世界から
じゃあ次に消えるのは?
消されるのは?
「あーあ、ジャス君を助けたばっかりに。可哀想にね」
シェロの悲鳴よりもその言葉の方が、ハッキリと届いた。




