第60話 パパをたすける
ジャスに駆け寄るとシェロは彼の足を固定している岩を手にした大きな杖で軽く叩く。
一瞬杖の先が光ったかと思うと、ボゴッという何処か間の抜けたような音共に岩が崩れ落ちた。
それを確認するとシェロはバッとジャスの顔を見上げる。
そのキラキラとした瞳は褒めて欲しいという気持ちが溢れ出ていた。
「パパ!ほめてほめて」
言葉も溢れ出ていた。
突然の展開にしばらく放心状態だったジャスはハッと我に返る。
現在この場所は人と魔人の戦いの真っ只中。
古代竜が、神の一柱である古代竜の一族がここに居て良いはずがない。
人と魔人の戦いでどちらかに加勢することは神々の定めたルールの禁忌に触れる。
そう、ローラルダに聞いていた。
「シェロ!お前なんでここに!?禁忌はーー」
「パパ!!あたしのおかげでたすかったよね?言うことあるんじゃない?」
「今はそんなことよりーー」
「パパ!?」
珍しく目を吊り上げて大きな瞳で睨んでくる子竜の迫力にジャスはたじろいでしまう。
世間の父親が娘に勝てないと言っている意味が少し分かった気がしたジャスだった。
「いや、そうだな。シェロありがとう、助かった」
「どういたしまして!」
一転、満面の笑みを浮かべる天使のような幼女にジャスは今の状況を忘れて和みそうになる。
しかし、そんな暖かな時間は瓦礫を吹き飛ばして立ち上がるヴァルディマによってかき消されてしまった。
「何事かと思えばトカゲの小娘か。まだ年若いようだが、お前たち神の一族が外界の戦いに干渉したらどうなるか知らないわけではあるまい」
ゆらりと歩み寄るヴァルディマの普段とは違う口調のその言葉にシェロはふくれっ面で不機嫌さを表す。
「しらない!しってたとしてもあたしは同じことする!パパをたすける!」
そう叫ぶとフワッと杖にまたがり宙に浮く。
そして杖をギュッと抱きしめるように小さく丸くなると魔力を杖に流し込む。
刹那。
シェロの姿が白い一筋の閃光となりヴァルディマに向かって煌めいた。
「ちぃ!!先程のはコレか!!」
閃光と錯覚するほど高速の飛行体となったシェロの体当たりをヴァルディマは辛うじて躱す。
すぐ脇を通り過ぎた閃光のその馬鹿げた速度が巻き起こす衝撃波は、魔人の体の自由を一瞬奪う。
その無防備となった背中に強烈な衝撃が走った。
「ガハッ!!」
内臓の何処かを傷めたのか、吐血と共に苦悶の表情で自らの背後に剣を振るヴァルディマ。
しかしシェロは既にその場を離れており、その黒刃は何もない空間を薙ぐだけに終わった。
「まだまだいくよっ!!」
シェロは杖に魔力を流し込むと再び白い閃光となりヴァルディマに襲いかかろうと疾走する。
「何度も同じ手が通用する筈がないだろう!!」
「シェロ危ない!!」
三度襲い来る小竜の弾丸に対してヴァルディマは上段から剣を振り下ろす。
黒い凶刃が白い閃光を切り裂くかと思われたその瞬間。
バキィンという音が響き、ヴァルディマの剣が砕け散る。
また、衝突の衝撃で進行方向がずれたシェロはジャスのすぐ近くに着弾し、頭を抱えて蹲っていた。
「お、おいシェロ!大丈夫か?!」
駆け寄り慌てて声をかけるジャスに、シェロは涙をいっぱいに溜めた瞳で見上げてきた。
「ぱ、パパぁ・・・。頭にコブができたかも・・・」
ジャスが軽く頭をなでてみると、確かにプクリと膨らんだ感触が指先に感じられた。
そこに触れたときに「いたたた」と漏らすシェロを見ながらジャスは先程の出来事を思い出す。
(さっきからシェロがしている攻撃はこの杖、大空の杖だったか?に魔力を流して高速で飛んでいるだけ。それなのにあの攻撃力。いや、そんなことよりも確かにアイツの刃はこの子の頭を正確に捉えていた。にも関わらずこの程度の怪我で済むあたり流石は古代竜といったところか)
実際、先程からシェロが使っている魔法は自身の防御力を上げるものだけで、高速で飛び回っているのは「大空の杖」に莫大な魔力を流し込む、ただそれだけの結果であった。
通常空を跳ぶためのこの杖も古代竜の膨大な魔力があれば強烈な武器となる。
先日、赤髪の看板娘がシェロからの同乗の誘いを断ったのは英断と言えた。
「全く、出鱈目な事をしてくれるじゃあないか。ヒトサマの武器を二人揃って折りすぎだ。結構手間がかかるんだよ?コレを作るのにも」
虚空から今度は槍を取り出してその黒い穂先をシェロに向けて構える。
慌てて杖にまたがり、またも宙に浮かび上がり応じるシェロ。
「自分で作ったんだね。いっぱい欠片が落ちてるし、パパにもたくさん折られたんだ?強さが足りないんじゃない?」
「フン、ジャス君の短刀にしてもお前にしてもトカゲは硬くてかなわん。まぁそれくらいしか取り柄がないがな」
「そのトカゲの子供にやられるなんてかっこ悪いね」
「ほざけ」
その言葉を合図に両者の姿がブレる。
音を置き去りにして一直線に宙を翔けるシェロにヴァルディマの高速の突きが襲いかかる。
交錯。
打点が僅かにズレたのか、激しい衝突音の後、白と黒の2つの直線は互いにすれ違って大きく距離を開けた。
交錯箇所にシェロの輝く髪の一房とヴァルディマの燕尾服の布地が舞う。
シェロは方向転換すると杖に込める魔力の量を増やす。
古びた長い杖は薄っすらと光を纏うと先程よりも速度を上げることでそれに応えた。
圧倒的な暴力の白い塊がヴァルディマを飲み込むかと思われたその瞬間。
直径5メートル程の土の柱が地面から突き出して白い閃光となったシェロに襲いかかった。
「きゃああ!!」
突如下方から激しい突き上げを受けたことでシェロの小柄な体は上空へと跳ね上げられてしまう。
直線の動きは側方からの力に弱い。
そこをヴァルディマは突いた。
「うぅ・・・どうなったの?」
上空で体勢を立て直し、地上に視線を落とすシェロにふと影がさした。
慌てて空を見上げるとそこには槍を構えた魔人の姿があった。
「死ね」
「!?」
思わず目を瞑り身を縮めたシェロに魔力を帯びた真っ黒な槍が叩き込まれる。
激しい衝突音の後、小さな白い体が地面に向かって途轍もない速度で落下。
地面と接触する直前、シェロはくるりと半回転することで何とか足から着地。
大通りに小さなクレーターが出来上がった。
「あぁ!杖が折れちゃった・・・」
先程のヴァルディマの攻撃を無意識で杖で受けてしまったのだろう。
大空の杖は真っ二つに折れ、それぞれが持ち主の身長と同じような長さになってしまっていた。
「もういいシェロ!」
「パパはもう少し休んでて!」
駆寄ろうとしたジャスにシェロの鋭い声が跳ぶ。
まだ大丈夫だから、と空を見上げる子竜に黒い暴力が降り注いだ。
ヴァルディマの槍による連撃をシェロは防御力を上げた体で受けながら、半分になった杖を両手で振り回す。
しかし、そんな攻撃が当たるはずもなく、一方的に嬲られるシェロの体のあちこちに出血が目立ち始めた。
「こ、このぉ!」
渾身の力を込めた打撃は、しかしあっさりと弾かれて二つの木片が地面を転がった。
「終わりだ」
「シェロぉ!!」
大きく振りかぶったヴァルディマの槍が細い華奢な首を貫こうとしたその時、ポンと気の抜けるような音と共にシェロの姿がその場から消えた。
正確には可憐で小柄な幼女の姿が消えた代わりに中型犬サイズの白のような虹のような小さな竜が浮かんでいた。
そしてその小さな竜は目一杯に大きく口を開くと、
「ぴゅぃぃぃっぃいいいいいい!!!」
と大地を震わせるような声で大きく叫んだ。
刹那。
シェロの大きく開かれた小さな口から蒼白い閃光が空へと射出された。
地上から天に届く蒼白い柱。
その閃光はヴァルディマを飲み込み、辺りを真っ白に染めて。
・・・そして消えた。




